神殺しの魔石
「…サト、ミ?」
手が空を切り、バサリとマントが力なく舞う。
その場で片膝をついて、目を見開いて何もない床を凝視する。
今、目の前に居たのに、指が触れたのに、
彼女は、跡形も無く消えてしまった。
あの驚愕に見開かれた、黒い瞳。
なんだ、コレは… 何が 起きて… 手が…震えている。
「グレン団長‼︎ 」
「ステラ師団長、なんだ…これはっ!どうなっている?」
「別室に移動しましょう。ここで騒ぐのは不味いです。
幸い喧騒でこちらの状況は、来賓の方々には気取られていません」
「サトミが、消えたんだ…」
「ええ、分かってます。会場に入って、おかしな魔力の気配がしたのです。
もっと私が早く参加していれば…申し訳ありません」
「あの黒いローブの人物が突然現れて、あいつがサトミを…」
「とにかく移動しましょう。ヴァニティーナ王女殿下もご同行願います」
「まさか…王女がサトミに何かしたのか?」
鋭くグレンに睨まれ、
王女は小さな短剣を手に俯き震えていた。
「ち、違う!私じゃないっ…」
「弁解は別室でお聞きします。
さ、今の現場を目撃した皆様も移動しましょう」
* * * * * * *
王宮の一室に移動して、皆無言でソファに座る。
ステラ師団長、セオドア文官、エダーヴァルト宰相、
グレン団長、レイ副団長、サイラス副団長補佐、アレン、
そして、ヴァニティーナ王女殿下。
部屋の外のドアの前には、
遠征を共にした他の北の騎士団員が警護してくれている。
国王陛下と王子達は他国の王族と外交接待中で、事後報告することになった。
そして、その沈黙を破り、
サイラスは再接続された右腕を触りながら口を開く。
「…転移魔獣と同じ現れ方だった…あれは、転移魔法だろ?なあ?」
「ああ、サイラス。隣国の赤毛男の仕業だろう」
「ええ。グレン団長、サイラス補佐、間違いないでしょう。
ですが、こんなに容易くサトミさんが連れ去られるなど、おかしいのですよ。
まず対策の前に、その原因を解明する必要があります。
……ヴァニティーナ王女殿下、その短剣を渡していただけますか?」
「ち、違うっ!違う!別に私は、何も、何もしてないっ……」
「早く渡してください」
低くはっきりした声でステラ師団長が言い放つ。
震える手を伸ばし、大人しく短剣を差し出す王女。
それを手に取り、ステラ師団長が目を見開き、
額に手を当てて頭を抱えた。
「…何が起きている?ステラ師団長、その短剣は何なんだ?」
「最悪です。何でコレが、ここにあるのか。
これは…どうしたのですか?ヴァニティーナ王女殿下。
なぜ、あなたがコレを持っているのです?」
「い、異国の商人から買ったのよ!まじないの装飾品だって聞いてっ」
「まじない?はははっ、何ですかそれ。そんな可愛い代物ではないですよ。
それで、なぜ、サトミさんを刺したんです?切っ先に血が付着してますが」
「意中の人物の…恋敵に刺せば…別れるって聞いて…で、でもっ!
そんな子供騙し本気にした訳じゃないわ!それに、こんな事になるなんて
知らなかったし悪気はなかった。軽い好奇心で、た、試してみただけよっ」
「…上手いこと騙されましたね。しかも下らない理由で…愚かなことです」
「…っ、……」
「ステラ師団長、その短剣は何だ?今回のこれに、何の関係がある?」
「この短剣の柄に埋め込まれているのは、魔石です」
「魔石?その赤い石が?」
「ええ、“神殺し” の魔石です」
「神殺し⁉︎」
「落ち着いてください。そう呼ばれているだけで、実際には殺せません。
ですが、神聖力と暗黒力保持者の魔力を無効化できるんです。
神の力と言われている魔力を使えなくするので、そう呼ばれています」
「…は?そんなの初めて聞くぞ?」
「ええ。私も噂程度で知っていただけで、この目では初めて見ました。
まさか、生成化されていたとは…
さっきも言いましたが、これは神聖力と暗黒力に干渉できる唯一の魔石。
現にサトミさんの拒絶の防御魔法が、発動しなかったでしょう?
コレのせいですよ」
「なんて、ことだ…」
「は?どういうこと?それ、魔道具だったていうこと?」
「あなたは利用されたのです、ヴァニティーナ王女殿下」
「…じゃあ、サトミちゃんは、今、魔力が使えない状態ってことか?」
「はい。そうなります…非常に不味い状況です」
「王女殿下に短剣遣わせるように唆して、魔力が無効化されてから、
転移してきたのか。どうりで、あんなにあっさり拐われる訳だ。
しかし、サトミさんは、どこに連れて行かれた?
俺の探知が働かないんだが…転移ってどれ位の距離が可能なんだ?」
「そうだよ!ねえ、サトミさんの居場所分からないの?ステラ師団長」
サイラス補佐とレイ副団長とアレンに問われ、
ステラ師団長は思考しながら目を巡らせて、グレン団長の耳で目線をとめる。
「…グレン団長、耳のカフスをお借りできますか?」
「あ?ああ…これで何か分かるのか?」
「これは、サトミさんの婚約腕輪と同じ鉱石で作っていますよね?
だから、繋がっているはず…」
グレン団長のカフスを軽く握り、目を瞑ってしばらく沈黙する。
そして、項垂れて大きな息を吐く。
「…悪いお知らせです」
「聞かせてくれ」
「既に国境を超えて、隣国レガリアに入国しています。
そして、今現在も移動中です」
* * * * * * *
「なんということだ…こんな日に堂々と実行してくるとは…」
祝賀会も終わり、国王陛下と王子達に事の次第を説明する。
元凶のヴァニティーナ王女殿下は、少し離れた位置で、
不貞腐れソッポを向き、ソファで優雅に紅茶を飲んでいる。
それを苦々しい顔で一瞥すると、陛下は腰を浮かせて王女の元へ行った。
「ヴァニティーナ…地下牢へ行け」
「は?何をおっしゃってますの?ご冗談を」
「冗談ではない。自分がどれほどの愚かな行いをしたか分からんのか?
お前は我が国の聖女に害を及ぼしたのだ。処分は追って言い渡す。
サトミ殿の無事が分かるまで、大人しくしていろ」
「お待ちください父上!私は騙されたのです!異国の商人に嘘のまじないの
短剣を買わされてっ…こんな事になるとは知らなかったのです!」
「事情が何であれ、お前は悪意を持って彼女を短剣で刺して怪我を負わせたのは
事実だ。そして、それがキッカケでこんな事になっている。
もう少し、真摯に己の愚かさを反省出来んのか?」
「………あんなっ、あんな……卑しい異世界人、など‼︎
何の苦労もせず、運良く簡単に手に入れた魔力をひけらかしてっ、
聖女などと持ち上げられ、称賛されてっ、地位も名誉も、グレンも、
何もかも手に入れて、忌々しい!いい気になって調子に乗った戒めですわ!
それに、あんな女いなくても、今まで国は大丈夫だったではないですか!」
「ヴァニティーナ…なんという愚かなことを言うのだ…
それが、サトミ殿への嫌悪感の理由か?」
「ヴァニティーナ王女殿下。あなたは、サトミがこの世界に来てからの
苦悩を何一つ分かっていない」
「苦悩?ふん。笑わせないでよ。
いつもヘラヘラ笑って幸せそうに、誰にでも愛嬌振りまいて、
あんな尻軽女が、聖女だなんて馬鹿馬鹿しい!世も末だわ」
「ご自分こそ、王族の血筋にもかかわらず、少しの魔力もないのに、
夫を5人も向かえた上に、随分恵まれた環境と立場にいることを
お忘れですか?」
「……お前っ!よくも、そんなっ…」
「魔力がない己に劣等感を持つのは勝手です。だからと言って、
サトミに嫉妬するのは、ただの八つ当たりではないですか?
我々北の騎士団員達は、サトミの努力と頑張りを誰より近くで見ています。
ですから、あなたのそんな愚かな妄言は、到底受け入れる事は出来ません」
「お、お前になんか、分かるものですかっ!
私がどんな気持ちでっ、今ままでこの王宮で過ごしてきたかっ、
兄妹の中で一人だけっ…どんなに、どんなにっ、屈辱だったかっ!」
「分かりませんし、興味もありません。
さて、ご自分で牢屋に行けないのでしたら、我が北の騎士団員が
ご案内しますが、どう致しますか?全員あなたに相当イラついていますがね」
「…っ、……うるさいわね!ひ、一人で行くわよっ!」
持っていたティーカップをガシャンと乱暴に叩きつけ、
肩を怒らせながら立ち上がりズカズカと部屋のドアを目指して歩いていく
王女殿下。それを見ながら国王は、護衛騎士へ目を向け口を開く。
「護衛騎士、ヴァニティーナを貴族用の牢屋へ案内してやれ」
「はっ」
バタンッ
「…あれは、なんて事をしてくれたのだ…」
「父上、聖女様は…サトミ様は、助け出せないのですか?
もう、会えないのですか?」
「大丈夫だ、心配するな。私たちが必ずサトミ殿を助け出す。
もう、お前たちは休むといい。ウィルアルド、セラデュードを頼む」
「はい、父上。後は皆んなに任せよう。さ、行こうか」
目に涙を溜めて、今にも泣き出しそうな第三王子を
第二王子が連れ立ち退室する。
「さて、どうしたものか。
王家が出来ることは、宰相を隣国へ赴かせ、王子の遊学の件で
向こうの様子を伺う程度しかできんが……
何か直接的な対策はあるか?ステラ師団長殿」
「魔力は回復します。今は一時的に使えなくなっているだけです。
どれ位で回復するのかは、個人差がありますが…」
「だけど、回復する前に…サトミに何か危害を加えられたら…」
「それは、ありえません。わざわざあんな小細工をして、
敵国に侵入する危険を犯してまで連れ去ったんです。
殺すのが目的なら、あの場で出来たはず」
「神殺し石が生成化出来て…
サトミ様を捕らえ利用する方に、シフトしたんでしょうね」
「そうですね、セオドア殿。
今までとは、明らかに違う動きをしています」
「なあ、あの魔石は、あれだけじゃねぇのか?」
「多分、まだ所有しているでしょう。
それをサトミさんに使って、拘束するつもりなのかもしれません」
「そうだろうな。全く…本当に厄介だな、転移魔法ってのは…」
「なにはともあれ、位置検索は引き続きしますが…
後は国境付近の警備を強化して…今はこちらで出来る事はこれ位です。
それに、相手は転移魔力持ち。後を追った所で場所を特定するのも難しい。
歯痒いですが、隣国に確たる証拠もないのにズカズカ侵入できませんからね」
「向こうは痕跡残さずにこっちに入りこんで来てるのに…腹立つなぁ…」
「どれ位で、サトミは魔力回復すると思う?」
「恐らく効力は、持って2日でしょう。
彼女の魔力量なら、もっと短いかもしれません。
そして、魔力が戻りさえすれば、次はサトミさんのターンです」
* * * * * * *
「おい、大丈夫か?その娘…ずっとグッタリしてるが…」
「ああ、気を失ってるだけだ。初めての転移は気持ち悪くなるし。
それに、今このお姫様は、神殺しで魔力が無効化されている状態。
普通の人間の体には、キツいだろうな」
「本当に、その娘なら可能なのか?」
「今は賭けるしかねぇよ。
このままじゃ、俺たちの明るい未来なんて望めない。
試してみる価値はあるさ。
それに、この姫さんは話が分かる賢い娘だ。
まあ、目が覚めたら引っ叩かれると思うけどな~、ははっ」
「不確かな事に、なんでそんなに楽観的なんだよ…トウジ」
「彼女は違うって、俺の直感がそう言ってるんだよ。
神聖力と土属性持ちの聖女なんだぜ?他にも属性持ってそうだが…
彼女なら、なんでも出来そうな気がするんだ」
「味方になるか分からない上に、北の精鋭部隊を敵に回してるのに、
呑気すぎだろ」
「それは、姫さん頼みだなぁ。おっと、もう俺は打ち止めだ。
今日は、この辺で野営すっか」
「…確かもう少し先に、廃墟になっている城があったはずだ」
「雨風凌げりゃなんでもいい。
しかし今頃、ガレリア王家は大騒ぎだろうな。
大事な聖女を拐われたんだから」
「どの道詰んでいるんだよな。俺たち…」
「そう言うなアキラ。俺はまだ諦めてねーよ」
* * * * * * *
窓際にさり気なく移動して、窓の外の庭を見ながら、
国王は声を落として呼びかける。
「影、いるか?」
「はっ、国王陛下ここに」
「話は聞いていたな?
隣国へ侵入し、サトミ殿の追跡と救出へ赴け」
「畏まりました」
「ああ、あと、転移魔法を使う男は、可能なら始末しろ。
今後も厄介な存在になる」
「御意」
「では行け」
「はっ」
国王陛下が、ただ黙ってサトミが自力で帰るのを待つはずはなく、
王族の影となり、全てを監視し、情報を収集する隠密能力者の
諜報員を隣国へ秘密裏に向かわせたのだ。




