異国の商人
「どれも、これも、見たことある物ばかり…もういいわ。下げて頂戴」
「はっ」
「ヴァニティーナ様、異国の商人が御目通りを願い出ていますが、
どう致しますか?」
「ふ~ん、少しは目新しい物があるかもしれないわ。通して頂戴」
「失礼いたします」
「挨拶はいいわ。まずは見せて頂戴」
「はい。では、失礼いたします」
黒いローブでフードを深くかぶった男は跪き、
赤い布を広げて、黒い革の鞄から一つ一つ丁寧に装飾品を並べ始めた。
ふん、大して代わり映えしないわね…
少し宝石の色が違って…細工も繊細で悪くは、ないけど…
「こちらで今日お持ちしたのは、全部でございます」
その中でも異彩を放つ、見事な装飾の小さな短剣。
護身用には役に立たなそうな代物だった。
それをジッと見つめていると、商人がそれに気がついた。
「おや、それが気になりますか?流石お目が高い」
「装飾品の中に何で短剣があるわけ?」
「武器ではありません。まじない用の装飾品です。
幅広の腕輪やネックレス、ブローチなどの金具を付け替えて、
ご希望のアクセサリーに変更可能です。
勿論、短剣としても使えますよ。例えば、果物の皮むきとかね」
「…まじない?」
「はい、恋が叶う、まじないです」
「はぁ?何それ。バッカらしい…」
「はははっ、これでもご令嬢方に非常に人気の品なんです。
短剣の柄に埋め込んである、その魔石には不思議な魔力があるのです。
ご興味がおありでしたら、使い方も非常に簡単ですし、
試してみてはいかがですか?
装飾品としても美しい細工でしょう?華やかな王女様にお似合いですよ」
「…ふぅん、まあいいわ。退屈してたのよ。詳しく聞かせて頂戴」
「畏まりました」
幼く見える異国の商人は、愛想のいい顔でニコリと笑った。
* * * * * * *
「サトミさん!」
「あ、アレンくん」
「シャーベット最高!」
「…ん?」
「シャーベット超美味い!」
「あ、うん。良かった」
「シャーベット万歳‼︎ 」
「わかったから」
どうやら、相当気に入ったらしい。
食堂のデザートで出したシャーベットを初めて口に入れた途端、
団員みんなが変な動きで悶え喜ぶ様子をカウンター越しで覗き見て、
笑いが止まらなかったのは内緒だ。
でもお陰様で、ゴンリーを早めに消費できそうだ。
「あ、そうだ。ステラ師団長が来てます。
第3会議室に来て欲しいそうです!シャベート最高!」
「うん、分かった。ありがとう、アレンくん。ふふっ」
第3会議室って、防音室だ。
ああ、この前の転移魔獣と切断された腕の再接続の件かな。
ステラ師団長に詰められそう。
会議室に入室すると、ステラ様は報告書を食い入るように熟読していた。
そして、私を認識して前に座れと手招きする。
抑えきれない探究心と好奇心で、目が生き生きしている。
「お疲れ様です、ステラ様」
「ええ。お疲れ様です。ところで、驚きました。
サトミさんは、こんな事も可能なのですか?」
「はい。何とか…なりました」
遅れてグレンさんとレイさんとサイラスさん、そしてセオドア様が入室。
報告書を見てから、セオドア様がずっと私を射抜かんばかりに凝視している。
まあ、そうだよねぇ。
「とりあえず、切断された右腕を見せていただけますか?」
「ああ」
サイラスさんが右腕をまくり上げ、ステラ様の前に差し出しす。
傷ひとつないその腕は、一度切断したとは思えない程だった。
「ああ、確かに…大量の神聖力が……ん?暗黒力も、使いました?」
「はい。傷ついた細胞を落ち着かせるためです」
「…………なるほど…見事です」
「本当に切断したのですか?傷一つないですが…」
「ああ、セオドア文官。まあ、信じられねぇよなぁ。
当事者の俺も信じられねぇよ」
「間違いない。俺が瘴気を探知して一緒にグレン団長が見てる」
「ああ、俺はサイラスの腕を拾って凍結魔法をかけたしな」
サイラスさんの腕を上げたり下ろしたりして、凝視しながら、
ステラ様が言葉を続ける。
「ご自分の世界のやり方を参考にして、治癒をしたと報告書にありましたが、
サトミ様の知識に、いつも驚かされますよ。
魔法が無いにも関わらず、恐ろしいほどの医療技術の発展具合ですね」
「神経を繋げば脳からの命令で動かせますから、それを優先したんです…
あとは破損部分を修復しただけで…」
「いくら知識があってもですね…、聖女が四肢欠損を治すなど、
今までは不可能だったのです。
…サトミさんなら、死者も蘇らせることも可能かもしれない…」
「いやいや、いくらなんでもそれは無理だと思います!
何でみんな同じこと言うかなぁ」
「あなたは、暗黒力も保持している。
死者の世界にも、干渉できるのかもしれないのですよ?」
「……私は、死者は静かに眠らせてあげたいです。
もし可能でも、倫理を無視するとても恐ろしい行為です。
それに、神様が本当に存在するのなら、ただの人間にそんな過ぎる力は、
与えないと思います」
「サトミさんのその道徳心は、どこで会得したのですか?」
「義務教育と母からの教えです。
あとは、昔から先祖代々から無意識に刷り込まれた、
神道の考え方というか…全てのものに神は宿っていて、その辺の草花でさえ、
人間の手から作り出された物でさえ、命を宿している神様なんです。
一神教ではなく多神教です。どこにいても神様は、私たちの行いを見ている。
人間は、神様の裁きからは逃げられないんです」
「なんとも興味深い教えだ。それが、正しき行いをする源ですか」
「それも、ありますけど…一番は良心の呵責ですかね?」
「…なるほど…やはりサトミ様は、根っからの善人なんですね」
「どうで、しょうか…そうでありたいと思っているだけかもしれない。
私だって間違いを犯しますし、邪心がないわけじゃないです。
それに……神様は…私を…きっと…許さない……」
「……サトミ?どうした?」
「あ、ううん、何でもない。話が逸れちゃったね。グレンさん。
転移してきた魔獣については、何か分かったんですか?」
「事例から調査しまくりしたが、自ら転移してくる魔獣など存在しません。
突然変異だとしてもあり得ないんですよ。
彼らは瘴気にやられて凶暴化し、思考さえ働かない知能の低さに加え、
目につく物を片っ端から襲う狂乱状態なんです。そうですね?ステラ師団長」
「ええ、調査と解説をありがとうございます。セオドア殿。
転移してくるなど、知性が無くては出来ませんし、
考えられるのは…転移魔法を保持してる者が、
サトミ様のいる場所へ狙って、魔獣を飛ばしたんでしょう」
転移魔法…
あの赤い髪の男の顔が、真っ先に浮かんだ。
そうだ、転移魔法を使えるなら…距離など関係なく短時間で、
魔石を埋め込むことができる。南の辺境でさえも。
それに、あの人並外れた跳躍力…彼は風魔法も保持していた。
随分アレンくんを嫌がっていたけど、
あの男は、アレンくんより風魔法は強くないのだろうか。
「神出鬼没の隣国の赤毛諜報員でしょうね」
「あ、私もそう思います」
「ええ。今後もちょっかいをかけて来るでしょうね。全く転移魔法とは厄介な」
「だけど、転移も無限に使えるわけじゃない。魔力消費は相当だろうし、
恐らく制約があると思う。あれは、短期決戦向きだ」
「俺もそう思う、グレン団長。奇襲かけてすぐ撤退していくし、
無限に使えるなら、俺たちを圧倒しているはずだ」
「だなぁ…俺もそう思うぜ。畳み掛けてこねぇもんなぁ」
「流石騎士殿達は、着眼点が違いますね。
それも可能性として、報告書に含めておきます。
それでは、今日はこの辺にしておきましょうか。
陛下への報告書がまとまったら、また目を通していただきますね」
「しかし、サトミの身代わり魔石は本当に凄いな。
今回の事で効力は充分証明された訳だし」
「あ、そうですね。それも報告書に追加しないと。確かに安心感が違いますね」
「ああ、これあれば1回死んでも大丈夫ってのは心強い」
「命だけじゃなくて、腕まで治しちまうんだもんなぁ」
「ちょっ、みんな1回死ぬとかやめてっ!
そうだ、サイラスさんに身代わり魔石後で新しいの渡すから」
「おう、ありがとうよ、サトミちゃん」
「ああ、そうだ。サトミ様」
「はい、セオドア様」
「歴代聖女の文献の観覧許可が降りましたので、
お好きな時にお声がけください。
保管先が、王宮の図書館の更に奥の禁書庫になりますから、
私が同行してご案内します」
「あっ、本当ですか?表彰式と祝賀会が終わった後に、是非お願いします。
前の聖女様のお墓参りも、その時にします」
いよいよ、憂鬱な表彰式と祝賀会が迫ってきていた。
そして、そろそろ慣れてきたであろう今回の登城で、
私は自分の無力さを思い知ることになる。




