婚約腕輪と受難
「…ったく、あのタヌキ…」
ん?何か言ったな。
まさか…国王陛下にタヌキって言った?
……聞こえなかったフリしよう。
ただいま、王宮から騎士塔に帰る途中の馬車の中である。
「また一週間休めるね」
「うん、そうだな。まだ表彰式と祝賀会があるけどね」
「あーそれは嫌だけど…まあ、強引な面通しだったけど、
二人の王子様が常識ある人で良かったぁ」
「ああ、あの二人は、まだ貴族の腹黒さには染まってないから。
しかし…国王陛下は困ったものだ。疲れただろう?」
「晩餐のお料理は、あんまり喉を通らなかったけど、
あの二人が陛下に文句言ってくれたから少し救われた。
いつも王宮に来ると気疲れはするから、慣れなきゃだよなぁ」
「あとサトミ、これ…今朝出来上がったんだ」
「え?何?うわ…綺麗〜、腕輪?」
「うん。腕につけて。
騎士塔に帰るとすぐ団長と隊長達の会議があるから、馬車の中で悪いけど
先に渡しておくよ。婚約済み、あるいは既婚者が着ける腕輪なんだ」
「あ、指輪みたいな?」
「指輪?」
「うん。私の世界では指輪をするの。こっちの世界は腕輪なんだね」
「着けてあげる。どっちの腕がいい?」
「あれ?決まってないんだ?」
「あ?ああ。サトミの世界では違うのか?」
「うん。左手の薬指にするの。血管が心臓と繋がってるから、
心臓って大事な場所だし、愛の静脈って言われて愛の証なんだって。
相手の心を掴むとかの意味合いもあるらしいけど…
あと、右利きが多いから、指輪が傷つかない様に普段使わない
左手にするらしいよ?」
「へえ、そうなんだ。面白いな。じゃあ、左腕にするかい?」
「うん。ありがとう…」
「それとも、指輪にしようか?サトミの世界みたいに…」
「ううん。腕輪でいい。今は私、この世界の住人だもの…
不思議…この腕輪七色に輝いてる…何でできているの?」
「溶岩近くにある希少なデルモン鉱石から出来ている。
原石は半透明の灰色だけど、熱で加工するとこんな風に発色するんだ」
「………高いんじゃ…」
「こら、野暮な事言わない」
「ごめん…つい気になっちゃって…男の人は付けないの?」
「男も同じ鉱石をつけるけど、特に腕輪って決まってない。俺はこれ。
剣を握るから腕まわりは邪魔だし、耳に同じ鉱石で作ったカフス。
ほら、これ。見える?」
「あ、素敵。グレンさん似合う!」
少し耳に掛かる藍色の髪をかき分けて、虹色のカフスが見えていた。
私の左腕に腕輪をパチンとつけて、左耳のカフスに顔を近づけて見てた私へ
ついでのように、頬に口付けを落として、そのまま耳にもキスをする。
くすぐったくて、私が笑いながら身動ぎしていると、
グレンさんが体を傾け、目の前にアイスシルバーの瞳が迫ってきた。
唇に優しい口付けをして、彼は私をふんわり抱きしめる。
婚約腕輪…貰っちゃった…
うわああああ〜!凄く嬉しい。
ふわふわした気分で、私は馬車に揺られ帰路についた。
* * * * * * *
「はあ?この前襲撃したばっかだろ?俺、まだ魔力回復してねーんだけど?」
「知るか、命令だ」
「しかも、なんだよ…これ…」
「そいつを奇襲で嗾ける。
上層部の誰か一人か、あるいは聖女に何らかの危害を加えさえすればいい。
ずっと失敗報告が続いていて、いい加減国王もご立腹だ。
このままでは、こちらに怒りの矛先が向きかねない。
それだけは勘弁して欲しいからな」
「国王ねぇ〜…俺あったことねぇわ」
「はっ、下賤な卑しい奴隷風情に、あの方が会うはずがなかろう。
思い上がるな」
「今までの成果は、ほとんど俺のお陰だろ?」
「例えそうでも、結果が出ていなければ認められん。
グダグダ言ってないで、さっさとやれ、トウジ!」
「はいはい。了解」
掌の上の黒い魔石をじっと見つめる。
そして目の前には、檻に入れられた鋭い牙と巨大な角を持ったトナカイの魔獣。
それに向かって魔石を投げつける。魔石は消え入るように吸い込まれて行った。
魔獣は怒り狂い、獣の咆哮を上げながら檻の中で荒れ狂う。
「姫さん…、逃げろよ…」
その呟きが、サトミに届くことを祈り、
トウジは腕を伸ばし魔力を放った。
* * * * * * *
「このトマト強いなぁ。すっかり根付いて元気になってる」
「それ、追放村から貰った改良トマトかい?」
「うん、そう。サイラスさん、ありがとう。手伝ってもらって」
「俺は土魔法持ってるからな。こういう作業は相性がいいし慣れてるんだ」
「うん、ふふっ、凄く助かる」
私の希望で、騎士塔の裏にちょっとした畑を作り、野菜を育てている。
土魔法を持っていれば、土質改良できるし、野菜の成長を施すことができて
結構便利なのである。
そして、サイラスさんは、平民出身で元木こりだっただけあって、
こういう畑仕事にも慣れているから、私も凄く勉強になるのだ。
手の土をパンパンと払って立ち上がる。
「あ、そろそろ食堂に行って夕食作りしなきゃ…」
「働き者だな、サトミちゃんは聖女だってのに」
「働かざる者食うべからずです!」
「はははっ、面白いこと言うな」
「あ、道具まだ片付けてなかった」
「俺がするからいいよ、早く食堂行っ……」
サトミがしゃがんで、スコップを拾い上げている後ろの何もない空間から
突如として黒い煙と共に、巨大な魔獣が現れた。
サトミも瘴気を探知して、振り返ろうとするが間に合わない。
魔獣は真っ直ぐサトミを標的として襲いかかった。
「サトミちゃん、伏せろ!」
そう叫ぶと、丸腰のままサイラスは走り出した。
突然現れた。
何もない空間から。
瘴気の気配。
何、これ。なんで魔獣が。
一体何が起こって…
魔力発動が、間 に 合 わ な い
スローモーションのような魔獣の動き。
私に向かって鋭い牙を剥き出し口を開ける。
そして、大きな影が覆い被さってきた。
ドッ! ザッシュッ‼︎ ………ドサリ…
私は、大きな体のサイラスさんに向かい合わせで抱きこまれていた。
サイラスさんは片膝を立てて、私はしゃがんだままの体勢。
そして、顔を上げて、サイラスさんの姿に違和感を覚える。
遅れて左側で重い物が落ちた音がした。
そちらへ目を動かしてそれを見るが、一瞬何だか認識できなかった。
嘘…
サイラスさんの右腕が、上腕の中央から切断されて、
地面にゴロリと落ちていた。




