騎士塔へ帰還
グレンさんが、私の勝手な行動に大変ご立腹で、
監視ばりに張り付かれ、ずっと馬に相乗りさせられていた。
私は大人しくしていたが、次にあの赤毛の男に対峙した時の
単独戦をどうすればいいのかで頭が一杯だった。
「あ、知ってる景色が見えてきたっ」
「後2時間位で、騎士塔に到着だ」
「やっと、帰ってこれたんだ~」
「半年の遠征は長かったな。それと、サトミと俺にとっては訃報なのだが、
浄化遠征の成果と今回の襲撃の報告で、帰還した一週間後に登城する。
ステラ師団長とセオドア文官も同行するけど」
「うん、二人から聞いてる。その後は…表彰式?」
「ああ、登城後にまた一週間休暇の後に、公式な表彰式と王家主催の祝賀会。
特別休暇はその後」
「………はあ~…また疲れる事しなきゃなんだ…」
「まあ、そう言うな。すぐ終わらせて失礼すればいい。
全て終われば、特別休暇が待ってるよ」
そして、半年ぶりに北の辺境の騎士塔に帰還した。
「おかえり‼︎ 半年間の遠征、お疲れ様!
団長、副団長、サトミちゃん、久しぶりだなぁっ!」
「ただいま!サイラスさん、変わりなかった?」
「ああ、平和そのものだった。たまに出現する魔獣が雑魚しか出ないから、
街の警備ばっか。酔っ払い同士の軽い揉め事やら、窃盗やらの処理だけ。
腕が鈍りそうだぜ。浄化遠征どうだった?半年も大変だったろ?」
「ううん。楽しかったよ。色んな人と村が見れて、勉強になった」
「あの、サトミさーん、落ち着いてからで、いいんだけどさ、
食堂の料理担当の奴らに、喝入れてくんない?最近、味が落ちててさぁ…
下ごしらえ多分サボってるぜ、アイツら」
「あらあら…」
相変わらず慣れてくると、手抜きし始めてるらしい。
まあ、それは慣れてきたって事で悪い事じゃないし、いいんだけど…
手を抜く部分を多分間違えてるな、うん。後で、抜き打ち監査だわ。
こうして、半年間に渡る土地浄化の旅は、終わりを告げた。
* * * * * * *
「…それでアレンが介入してきた後に、相手が逃亡っと…」
「はい」
「結果的には無事でしたが…詳細を聞くと、結構危なかったですね」
敵襲の報告書を上げるため、敵と対峙した時の詳細を話せば話すほど、
グレンさん、セオドア様、ステラ様の顔が険しくなってきて、
冷や汗が背中を伝う。
特にグレンさん。
笑ってるけど、あれは超怒ってる顔だ。
早くこの場から立ち去りたい。
また、トリプル説教喰らわされたんじゃ堪ったものじゃない。
「あの〜…こんなもので、いいでしょうか?私そろそろ眠くて…」
「ええ、後はステラ師団長と私で報告書をまとめます。
国王陛下へ提出前に、グレン団長とサトミ様にも、
最終確認のほどお願いします」
「分かった。じゃあ、行こうかサトミ。では、我々はお先に失礼する」
「へっ?」
なんで、グレンさんも一緒に退室するの?
グイグイ腕を引かれ、廊下に出ると無言でいきなりヒョイっと
向かい合わせのままの縦抱きにされ、慌てて彼の肩にしがみつく。
後ろ向きにどんどん廊下が移動する風景に心がざわつき、
浮いてる足をジタバタするが、ガッシリ捕まえられ身動きが取れない。
チラリと彼を見ると、ニッコリ笑う。
あーーーーー…既視感。
パタンッ
…カチリ
鍵、閉められた。
しかもここ、グレンさんの私室だ。
「サトミ…」
「は、はいっ」
「今後は一対一で参戦しない事。いい?」
「そんなの…時と場合によるしっ…」
「まだ、そんな事いうのか?」
ドンッ!
「…っ‼︎ 」
いきなり縦抱きのまま壁に押し付けられて、目の前にグレンさんの顔。
怒りと悲しみが混じった、アイスシルバーの瞳…
これ、壁ドンってやつじゃ…
いや、そんなふざけた事考えてる場合じゃない。
本当に心配されてるのは分かっている。
守ろうとしてるのに、その対象がチョコマカ勝手に危険な中で動き回るのは、
彼も頭が痛いだろう…
でも、私だって…
「わ、私だって皆んなを守りたいっ‼︎ グレンさんを守りたいもの!
だから、そんなの了承できないっ‼︎」
「本当に君は強情だな…
いいか?サトミが対峙したのは、隣国の戦闘員でしかも魔力保持者だ。
今回は無事だったけど、次は命を落とすかもしれないんだぞ?」
「そんなのっ、分かってる!
でも、皆んなが…グレンさんがっ命がけで、戦ってるのに…
死ぬかもしれない時にっ…私だけ安全な場所にいるの?
黙って見てろって言うの?やだっ‼︎ そんなのっ!出来るはずないっ‼︎ 」
「サトミ…」
「私だけ生き残れって言うの?ねえ、一人で、この世界でっ、一人ぼっちでっ!
グレンさんが、死んだらっ、私も、私も死んでやるんだからぁっ‼︎
バカッ、バカ……グレンさんのバカァッ‼︎」
ボロボロと美しい黒い瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちている。
泣かせてしまった罪悪感から震える指で、彼女の涙を拭うように頬を伝わせる。
「サトミは、酔っていて覚えていないかもしれないけど…
約束した事があるんだ」
「…約束?」
「俺は死なない。生きて君の元に必ず帰るって」
「…本当、に?」
「うん、だから、君も約束してくれ。俺は君を失いたくないんだ」
「それは…私だって…」
「うん、分かってる…」
「前も言ったが…戦場では、いくら魔力があっても物理的な力の差がある。
女は男に力負けする。それは、ちゃんと自覚してる?」
「うん…」
「不測な事態以外、基本後方。
自主的に率先して最前線に単独で参戦しないこと。分かった?」
「うん、ごめん、なさい…」
「君が優しくて真っ直ぐで、正義感が強い人だって分かってる。
それは君の長所だ。
でも反面、そういう人間は他人の為に自分の命を疎かにする。
それが…俺は…怖いんだ…」
「…グレン、さん…」
「勇敢な人間が短命なのは、そのせいだ。騎士団の先代の団長もそうだった。
だから…サトミの戦い方をさっきの報告で聞いて不安になった…」
そうだ、彼女は一方的で支配的な命令など、合点がいかなければ納得しない。
分かっていたのに、不安なあまりらしくない強引な言い方をしてしまった。
サラリとサトミの長い黒髪に触れて頬を撫でると、
彼女は気持ちよさそうに、目を細めて顔を寄せる。
そして、申し訳なさそうに涙で濡れた黒い瞳がこちらを見返している。
この美しい瞳から、光が無くなるなんて…考えただけで恐ろしい。
「いいかい?命の危険を感じたら、すぐ引くんだ。
それは負けでも恥でもはない。
引き際を見誤るな。生き抜く為には必要な本能だ。
生き残ってさえすれば、いつかリベンジできる。約束できる?」
「うん…わかった…約束する」
コツンと額を合わせて、彼は微笑んだ。
お互いを思いあっての言い争いは、不毛じゃない。
私は、彼の愛情深さが心から嬉しかったし、もっと好きになった。
そして悪戯っぽく微笑んで、感動も吹き飛ぶ信じられないことを口走った。
「じゃあ、仲直りに一緒に風呂入ろうか?」
「……は?」
「この間、入っただろ?」
「いやいや、何言ってるの?入った事ないし。
どさくさに紛れて言いくるめようったって、そうはいかないんだからっ!
それに、お風呂は体の汚れを洗う場所だから、人と一緒なんて絶対嫌!」
「君、遠征先の砂漠村の歓迎会で、果実水と果実酒間違えて飲んで、
ベロベロになって俺が抱えて連れ帰ったら、風呂入りたいって聞かなくてさ、
危ないからダメだって言ったら、じゃあ一緒に入ってって…」
「はあっ⁉︎ え…まさか、本当に入ったの?」
「うん。だって、君が言ったんだし…」
「そっ…なんで、酔ってる人の意見をまともに聞いてっ…
いや、どうして、すぐ教えてくれなかっ…てゆうか、なんで今言うのぉっ!」
「ふふふっ、顔真っ赤。可愛い」
「酔って意識不明の時にっ‼︎ 卑怯者っ!あっ、じゃ、じゃあ、私の裸見たの?」
「俺は、ちゃんと確認したからね?本当にいいのかって。
タオル巻いてなるべく見ないようにしてたよ。流石に良心が咎めたし。
だから、初めてじゃないし、さ、行こうか」
「ちょっと!私、今シラフだし!覚えてないし!
やだやだやだぁっ‼︎ 」
「あーほらほら、暴れない暴れない」
ジタバタするも、ガッチリ抱き上げられ、
そのまま、満面の笑みのグレンさんに風呂に連行されかけたが、
入る前に無事解放された。どうやら彼なりのお仕置きで、揶揄われたようだ。
私の慌てぶりが相当ツボに入ったようで、結構な時間ずっと笑われた。
それに私が半ギレし、小さな喧嘩が勃発。
結果的には、私たちは仲直りして一緒に眠った。
* * * * * * *
「サトミを狙ったのか…」
「はい、恐らく。騎士団員達の状況説明を聞いた所、
一番の手練れがサトミ様の馬車付近にいますし、
他の騎士は、近寄れないよう円形の陣営を組まれています。
現にグレン団長とレイ副団長、ステラ師団長は先に囲われて、
近寄る事さえできなかったでしょう?」
報告書の最終確認中にセオドア文官から、不吉な言葉を聞く。
レイが探知して、アレンを向かわせなかったら、彼女はどうなっていたか…
考えただけで手足が冷える。改めて彼女に危機感を持って貰わねば。
「昨日、なぜ言わなかったんです?セオドア殿」
「詳細を知るまでは、余計な憶測は混乱させるだけですし、
サトミ様は、気づいていなそうだったので。
自分が標的など、知らない方がいいでしょう?
ただでさえ彼女はまだ、この世界に来て間もないのですから」
「まあ、狙われるでしょうねぇ。あれだけの魔力を持っていれば…
特に隣国は忌々しい存在な訳ですし。
あの光の柱も、周辺国には多分バレてますし…
いくら箝口令が出ていても、人の口に戸は立てられません」
「ステラ師団長殿も、時々口が軽いですから気をつけてくださいよ?
そういえば、サトミ様は?今日は見てませんが…」
「まだ、寝ていますね」
「もしかして…体調が良くないのですか?遠征の疲れが?」
「いや…昨日少し色々あって、寝不足なだけだ」
「念のため医師を呼びますか?」
「セオドア文官、察し悪いなぁ~…」
「は?」
「二人は婚約者同士で一緒に寝てる。…とくれば?」
「……………ああ、なるほど。グレン団長も程々になさってください。
サトミ様は、普通の女性より体が細いのですから、体力馬鹿の騎士の
相手は大変でしょう」
「何か誤解があるみたいですが、違います。セオドア文官殿」
「まあまあ、そんな照れなくてもいいじゃないですか。
婚約者なんですから~」
「本当に違います、ステラ師団長」
「まあ、わかりますけどねぇ。あの方、上品な色気あるし。
私もサトミさんの夫に立候補したいんですがね…あ~羨ましい」
「ああ、それから子供はまだダメですよ!妊娠は気をつけてください」
「…おかしいな、俺の声聞えてないんですか?」
「サトミさんって女性として、理想的なんですよ」
「人のモノは良く見えるんです。ステラ師団長」
「へえ、セオドア殿は、サトミさんが好みではないんですか?
あんな素晴らしい女性は、この国のどこにもいませんよ」
「そんな事はっ……んんっ!では、報告書はこんな感じでいいですか?」
「…………………」




