夜明け前
あの人だ…
黒い服とフード付きローブを纏い、まるで死神のようだった。
向こうも何か探しているのか、戦わずに周りを見渡している。
そして、真っ青な瞳が、ゆっくりこちらを見た。
私を認識してその瞳を細める。
瞬きもしないうちに、物凄い跳躍力でローブを翻らせて、
私の目の前に降り立った。
長剣を構えて視線を合わせると、口の端を上げて微笑んで男は言った。
「やあ、お姫様」
この声…聞いたことがある。
目を瞬かせていると、男は続ける。
「マッシュルームオニオンチーズサンドだっけ?
すげー美味かったよ。ご馳走さん」
ああ、あの時の─────。
食堂の裏口で話しかけてきた。やはり諜報員だったんだ。
これは、盗賊を装った襲撃だ。
ビリビリする魔力の波動。
あの時は、全然魔力を感じなかったのに…あえて消していたんだ。
この人…強い…
魔力も…剣術も…
どうする?
この人を生かしておいたら、こちら側の誰かが死ぬ。
騎士団の誰かが…
この人は敵だ。
躊躇してたら命取りになる
殺さないと…駄目だ。
迷うな
この世界は、平和な日本じゃない。
大きく息を吐いて、ゆっくり瞬きして目を開け標的を見る。
「ほお、その目。この俺を殺す気だな。怖じ気づかないとは良い度胸だ」
「あの魔石、あなた達の仕業?」
「否定はしない。もう証拠も掴んでるんだろ?それより姫君は聖女だろ?
弓だけじゃなくて、剣術もやんの?面白しれぇな。
聖女は基本、防御系しか出来ないはずだけど…
どうやら、あんたは違うみたいだな?」
「騎士団と同じ訓練を受けている。共に戦う仲間だもの」
「へえ、殺すのは惜しいが…いいだろう。掛かってきな!」
この娘の真っ直ぐな、覚悟を決めた瞳に背筋が寒くなる。
これは、戦場で何度も見た目だ。
信念の為なら、死んでも構わない──。
俺は、この目がこの世で一番恐ろしくて、そして大嫌いだった。
微かな恐怖と苛立ち、そして、まるで恋に落ちたような高揚感。
地上を蹴って間合いをつめる。
彼女の黒い瞳は揺るがない。
大剣を振り下ろすと、彼女は長剣で受け止めて刃を滑らせ受け流す。
この細腕のどこにこんな力があるのか…いや、腕力じゃない…
俺の大剣に力で押し返してきていない。
この娘、体の柔軟性を生かして、相手の力を利用している。
キリキリと金属音が響いて、力が分散され押し戻される。
そして、両手で長剣を握り捻って、大剣を弾き飛ばし後方に下がった。
腕が捻り上がりビリビリとした痛みが走る。
「イッテェ!…ははははっ、マジかよ、カウンターしてきやがった。
やるなぁ、戦う聖女か…あんた名前は?」
返事もせずに、彼女は姿勢を低くしてこちらにまっすぐ向かってくる。
あっという間に、間合いを詰め下から刃を突き上げてきた。
慌てて俺は体をのけぞらせて、バク転して回避する。
なんだこれ…一瞬やられたかと思った。
「ハハッ!何だっ今の動き‼︎ 面白れぇ!」
「うるさい!」
「俺は、稀人の血筋だ。あんたもだろ?なあ!」
この男、動きが早い…それにこの身体能力…
魔力を込めながら剣を振るっているんだ。
戦い慣れしている。私とは、実戦の経験差があり過ぎる。
それに、戦闘中だと言うのに随分余裕がある。
敵対してる奴と仲良くするつもりは無いし、
意識をそらす為の誘導尋問などに、耳を貸すつもりはない。
土魔法を放って足元に穴を出現させる。
流石に予想外だったようで彼は驚愕した顔で、その穴に綺麗に落ちていった。
「はっ‼︎ 嘘だろ?…姫さん、あんた攻撃魔法使えんの?
聖女なのに反則じゃん。なあ、属性幾つ持ってる?」
「うるさいと言っている!」
生き埋めにしようと、土魔法を再び発動させようとすると、
風魔法で弾き飛ばされ、男は穴から抜け出ていた。
大剣を肩に担ぎ、こちらをじっと見て口の端を上げる。
「賢いな…あんた。だけど、まだ躊躇いがある。
人を殺したこと、ないだろ?」
人 を 殺 す ────────── ?
ド ク ン
心臓が大きく鼓動する。手が小刻みにカタカタ震えている。
何?しっかりして!ばか!何動揺してるの?
次の瞬間、
切り裂くような風が、私と男の間に凄い速さで吹き込んできた。
そちらに目を向けるとアレンくんだった。
「サトミさん‼︎」
「アレン、くんっ」
「うっわ!やべー風使いの騎士の援軍かよっ!
そうか、あんたサトミってのか」
「サトミさん離れて!」
続いて、竜巻のような風が男を包み込んだ。
そして、私の前に庇うようにアレンくんが降り立つ。
アレンくん可愛い顔して凄い…
男のフードがバサリと脱げて顔が晒される。
目が覚めるような、真っ赤な髪を後ろで短く縛っている。
アレンくんみたいな茶色系の赤毛とは違う、血のように赤い髪。
ニヤリと笑って、すぐにフードを深く被りなおす。
「やれやれ、こっち側が押され気味で分が悪いな。
就寝中を狙ったってのに、さっすが北の精鋭部隊。
じゃ、俺一旦退散するわ。また近いうちに会いに行くよ、サトミ姫」
「…っ‼︎ 」
「待てっ‼︎」
アレンくんの放った風魔法を避けるように、
彼はまた凄い跳躍力で、あっという間に何処かへ消えてしまった。
…ああ…殺す…つもりだったのに…
私は、どこかで躊躇してしまったんだ。
悔しいけど見透かされていた。
何の恨みもない人間を躊躇もなく殺せるほど、
私はまだ覚悟が足りていないのだ。
こんなんじゃ…こんな覚悟じゃ…戦えない。
「サトミさん、大丈夫?」
「うん…ありがとう。ごめん、逃げられた…」
「な、何言ってんの?ほとんど、逃げられてるし…
いいんだよ。とりあえず目的わかんない奴らは、
蹴散らして撤退させるのが一番効率的だし、それが基本なんだから」
「うん…みんなは?」
「みんな無事だよ。大丈夫。制圧済み。
相手方は何人か捕らえたけど自害した…盗賊じゃないね」
「うん…そっか…」
「グレン団長とレイ副団長とステラ師団長が、強いの知ってたみたいでさ、
凄い人数で囲まれて、身動き取れなかったんだ。
俺はノーマークだったから、レイ副団長がサトミさんの魔力探知して、
こっちに援軍に行けって言われて来たんだけど…
あれ相当こっちの内部情報知ってると思う。
十中八九狙って襲撃してきてるよ」
「あの男もさっき言ってた。わざわざ寝込み襲ってきたのにって…」
「うん。…てゆーかサトミさん、なんで参戦してんの?
レイ副団長に言われて来たものの、まさか対人戦してるなんて予想外すぎて、
俺メチャクチャびっくりしたんだけど」
「…え、と…一人だけ、魔力が凄い波動の人がいて…」
「…うん、さっきの赤毛だよね。それで?」
「私以外は、対応出来ないと思って……
だから、皆んなに危害を加える前に殺そうと…したんだけど」
「うん、事情はわかったし、俺たちを守ろうとした気持ちは嬉しいけど、
基本サトミさんは単独戦闘は禁止って…言われてたよね?」
「時と場合によりでしょ?」
「まあ、無事でよかったけど。
男と1対1はヤバイって…どんだけ度胸あんの」
「うん…ごめん。グレンさんに報告する?」
「しますよー。後で、説教されるから覚悟してねー」
「あ、…やっぱり?」
ニコニコ顔で詰めてくるアレンくん、貴族っぽくて怖い。
少しでも私が危ない事するとこれだ。
過保護すぎでしょ…いや、心配してくれるのは、ありがたいけど。
そして私は、改めて実感した。
対人戦での圧倒的な経験不足を。
この後、馬車に閉じ込めたエリカさんが心配しすぎて大号泣しながら抱きつかれ、
グレンさんとレイさんとセオドア様とステラ様4人に囲まれ、
なんで馬車から出たんだとコンコンと説教を喰らった。
私は、日本人らしく嵐が過ぎるのを待ち、表向きだけは塩らしくした。
そして、ふと思い出す。
“稀人の血筋”
あの男は、確かにそう言った。
私を動揺させる為に、嘘を言ったのか、
それとも、真実だったのか…
何にしても、あの男は私の前に再び姿を現すだろう。
* * * * * * *
「まーた失敗したなぁ。大将さんよ!」
「うるさいぞ、早く撤退しろ」
「もう、追ってこねぇよ。向こうさんも暇じゃねぇし」
「随分ご機嫌じゃないか、どうしたトウジ?」
「ああ、アキラ。聖女様とちょっとね。
ははっ、剣術も嗜むとか面白い女だったよ」
「おい、無駄話してないで答えろ。殺したんだろうな?」
「いいや?お前らがモタモタしてるから邪魔が入った」
「何やってる!今回は、それが優先任務だったはずだ!」
「うっせぇな、作戦が悪いんじゃねぇの?
情報不足のせいで、他に魔力持ちの騎士がいておかげで手間取ったんだが?」
「なんだと?この奴隷風情が‼︎ 」
「ああ、そうだな。異世界から召喚した女をお前ら貴族が玩具にして、
産ませたのが俺ら奴隷風情だっけ?」
「黙れ!あの女は多数の犠牲を払って、召喚したにもかかわらず、
大した魔力を持っていなかった。だから別の役割を与えただけだ!」
「うるせぇよ、やってることは変わらねぇだろ。色欲がっ」
「ふん、何とでもいえ。
その首の印があるかぎり、我々に反旗を翻えす事もできん腰抜けが。
お前らの命は、我々が握っているのを忘れるな。
せいぜい足掻け、卑しい血の下賎ども‼︎ 」
「ああっ?」
「もうやめろ、トウジ。事を荒立てるな」
「分かってるって、アキラ。
…チッ…これさえ、なければ…」
最初から、殺すつもりはなかった。
黒髪黒目の可愛い顔立ち、華奢で細い体。
あの擁護欲を掻き立てる、深層の令嬢のような外見とは裏腹に、
剣術も心得て、自ら前線に赴き戦う、気が強くて実直な娘。
異世界人の稀人。
俺の母は稀人だった。
赤ん坊の時に死んだから顔も知らない。
だから、あの娘へ無意識に母の面影を重ねてしまったのかもしれない。
彼女と、もう一度話がしたい。
彼女の事や彼女の世界のことを知りたい。
こちらに敵意がなければ、
きっと、あの娘は向き合ってくれるはずだ。




