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いまさら泣きついても遅いよ?――元カノを切り捨てる、高嶺の先輩の冷たい微笑み

朝、マンションの窓から街を見下ろすと、いつもと同じ景色が広がっていた。

駅前のショッピングモール。角にある大きなドラッグストア。 通り沿いのファミレス。

そのほとんどに、さりげなく「藤崎グループ」のロゴが入っている。


俺の家が支配している街。

この地域の経済のほとんどを握っている巨大企業――藤崎ホールディングス。

その社長の一人息子が、俺だ。


でも、大学ではそれを隠している。

目立ちたくないし、金目当てで寄ってくる人間を見るのが嫌だから。


スマホの画面には、昨日の通知がまだ残っていた。

リナからの未読メッセージ。

神谷からの、短い罵倒混じりのメッセージ。

そして、如月先輩からの「明日も一緒に行きましょう」という一文。


俺はリナのメッセージを開かないまま、スマホを伏せた。


「……行くか」


鏡の前に立つ。昨日、如月先輩にプロデュースされた外見は、まだ形を保っていた。

整えられた髪。シンプルで上質なシャツとジャケット。

「藤崎グループの御曹司」と言われても違和感のない姿。


でも、胸の奥にはまだ、リナに「陰キャ脱出がんばー」と笑われたときの痛みが残っていた。


大学に向かう道すがら、街の看板が目に入るたびに、妙な違和感を覚える。

この街は、俺の家の会社の影響下にある。

それなのに、俺自身はずっと「影の存在」でいようとしてきた。


そんな俺を、如月先輩だけが真正面から見てくれた。

大学の正門をくぐった瞬間、昨日とはまるで違う空気が流れているのがわかった。


視線が集まる。

昨日は「見た目が変わった藤崎」に向けられていた視線が、

今日は「藤崎グループの御曹司」に向けられている。


「ねえねえ、あれ藤崎だよね?」


「らしいよ、マジで御曹司なんだって」


「如月先輩と並んで歩いてるの、絵面強すぎない?」


ざわめきが波のように広がる。

俺は俯きそうになったが、隣を歩く如月先輩――

大学中が憧れる完璧美人が、そっと俺の腕を取った。


「胸を張って。あなたは隠れる必要なんてないわ」


その声は静かで、でも強かった。

俺は深く息を吸い、顔を上げた。

如月先輩は、俺の横顔をちらりと見て、少しだけ微笑んだ。


「藤崎くん。

 あなたは隠れている側じゃなくて、見られる側なのよ」


その言葉は、御曹司としての立場だけじゃなく、

人としての価値を指しているように聞こえた。

その瞬間――


「……恒太」


背後から、聞き慣れた声がした。

振り返ると、そこにはリナが立っていた。


いつもは完璧に決めているメイクが崩れ、

アイラインは涙でにじみ、金髪も寝癖のように乱れている。


昨日まで「陽キャの象徴」みたいだった彼女が、

今はただの、迷子みたいな顔をしていた。


「ちょっと……話せない?」


声は震えていた。

強がりも、軽口も、全部どこかに消えている。

如月先輩が一歩前に出た。


「藤崎くんは忙しいわ。話なら私が聞く」


「あなたじゃない! 恒太と話したいの!」


リナは必死だった。

その必死さが、逆に痛々しかった。


「恒太……昨日のこと、謝りたくて……」


俺は何も言えずに黙っていた。

代わりに、如月先輩が静かに口を開いた。


「謝る?」


その声は冷たく、でも感情を抑えた鋭さがあった。


「あなた、藤崎くんを陰キャ脱出がんばーなんて言って捨てたんでしょう?」


リナの肩がびくりと震えた。


「……それは……」


「そして今、彼が変わったら戻りたい?藤崎グループの御曹司だって知って、戻りたい?そんな都合のいい話、あると思う?」


周囲の空気が一瞬で冷えた。

リナは唇を噛み、かすれた声で言った。


「違うの……違うのよ……!恒太があんなに変わるなんて思わなかった……昨日の姿見て……気づいたの…… 私、恒太のこと……」


「惜しかった?」


如月先輩の言葉に、リナは顔を歪めた。


「……そうよ。あんたに取られたくなかった……!」


その瞬間、如月先輩の瞳が鋭く光った。


「取られた?違うわ。あなたが捨てたのよ」


その一言は、リナの心の中心を突いたようだった。

リナは膝を震わせながら、俺を見上げた。


「恒太……お願い……話だけでも……あんたのこと、ちゃんと見たいの……前みたいに、笑って話したいの……」


俺は深く息を吸った。


リナと付き合っていた頃の記憶が、頭の中に浮かぶ。

コンビニ前でくだらない話をして笑った夜。

ゲームセンターで、取れもしないぬいぐるみに必死になっていた姿。

「陰キャ脱出がんばー」と笑いながらも、俺の隣にいてくれた時間。


でも同時に、あの言葉も蘇る。


『恒太ってさ、優しいけどなんかムカつくんだよね、そのくせ陰キャとか』


そして昨日、完全に切り捨てられた。


「……リナ」


俺はゆっくりと口を開いた。


「俺はもう、戻らない」


リナの目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。


「なんで……なんでよ……!あんた、そんなに変わって……そんなにカッコよくなって……御曹司で……

そんなのズルいじゃん……!」


「ズルい?」


如月先輩が静かに言った。


「あなたが見ようとしなかっただけよ。藤崎くんは、最初から素敵だった。御曹司だからじゃない。人として、ね」


リナは言葉を失った。

そのとき――


「おい、何泣いてんだよ」


低い声が割り込んだ。

神谷だった。

昨日と同じくイケメンで、背が高くて、スポーツマン。

でもその目は、どこか濁っていた。


「リナ、行くぞ。こんなやつに構ってんじゃねぇよ」


「やめてよ! 今は恒太と話して――」


「うるせぇって言ってんだろ!」


神谷はリナの腕を乱暴に掴んだ。


その瞬間――

如月先輩が神谷の手首を掴んだ。


「離しなさい」


「は? なんだよお前」


「藤崎くんの前で、女性に乱暴するなんて……あなた、恥ずかしくないの?」


「はぁ? 俺はリナの彼氏だぞ?」


「彼氏なら、泣かせていいの?」


神谷は言葉に詰まった。

如月先輩は一歩前に出て、はっきりと言った。


「藤崎くんは、この地域最大の企業グループの御曹司よ。あなたが軽く見ていた陰キャは、あなたが一生届かない場所に立っているの」


周囲がざわめいた。


「え……藤崎って、あの藤崎グループの……?」


「マジかよ……」


神谷の顔が青ざめた。


「な、なんでそんなやつが……」


「あなたが見下していた相手が、実はこの街の土台を支えている家の人間だった。それでも、あなたは彼を陰キャと笑った」


如月先輩の声は静かだったが、その一言一言が、神谷のプライドを削っていく。


「……っ……!」


神谷はリナの腕を離し、後ずさった。


「リナ……もう勝手にしろよ……」


そう言い残し、逃げるように去っていった。


リナはその場に崩れ落ちた。


「恒太…ごめん…ごめんね…私、バカだった…あんたの価値、わかってなかった…御曹司とか関係なくて…あんたが、優しいの、知ってたのに…」


俺はゆっくりと首を振った。


「……リナ。俺はもう、先輩と一緒にいる」


如月先輩は俺の手を握り、優しく微笑んだ。


「藤崎くん。行きましょう」


俺たちはリナを残し、キャンパスを歩き出した。

背後で、リナの泣き声が響いていた。

それは、昨日までの彼女の笑い声とはまるで違う音だった。


あれだけしつこく縋り付いていた星野だったが、如月先輩にゴミのように見下され、最後は「私が悪かった、本当にごめん!」と、子供みたいにびえーんと激しく泣きじゃくって引き下がった。


俺も先輩も、彼女が完全に心を折られて諦めたのだと、その涙を信じて疑わなかった。

だが、神谷からのいじめで地獄のような日々を送るなか、彼女の壊れた精神は、「泣いて謝ったフリ」の裏側で、俺という唯一の救いへの歪んだ執着を、誰にも見せないよう静かに育て直していたのだ――。

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