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横川の鉄道文化むらで、鉄道好きの俺が少しだけ子どもみたいになったら、彼女が隣で笑いながら甘やかしてくれて、結局いちばん好きになったのは展示じゃなくてその時間だった

横川に着いてバスを降りたあと、澪は少しだけその場で深呼吸した。


「……生き返った」


その第一声に、思わず笑ってしまう。


「そんなにきつかった?」


「思ってたよりずっと」


澪はそう言って、まだ少しだけ力の抜けた顔でこちらを見る。


「でも、降りたらだいぶ平気」


「ならよかった」


「うん。心配かけた」


その言い方が少しだけしおらしくて、胸の奥がやわらかくなる。


「気にしなくていいよ」


「……ありがと」


澪は小さく笑ってから、周囲を見回した。

横川の空気は、軽井沢とはまた違っていた。山に囲まれている感じはあるのに、どこか駅の町みたいな雰囲気が残っている。

そして、ここまで来た目的のひとつがある。


「で、行くんでしょ?」


澪が少しだけいたずらっぽく言う。


「何に?」


「鉄道文化むら」


その名前を口にされた瞬間、自分でも少しわかるくらい顔が変わった気がした。

澪はそれを見逃さなかったらしい。


「やっぱり」


「何が」


「顔」


「そんなにわかりやすい?」


「うん。ちょっと楽しそうになった」


その言い方が可笑しくて、少しだけ照れくさくなる。


「……まあ、行きたいのは本当」


そう認めると、澪はうれしそうに笑った。


「知ってた」


鉄道文化むらへ向かって歩き出す。

道すがら、澪はさっきまでのバス酔いが嘘みたいに、少しずつ元気を取り戻していた。


「そんなに好きなんだ」


歩きながら、澪が聞く。


「鉄道?」


「うん」


少し考えてから、俺はうなずいた。


「好きだよ。子どものころから」


「へえ」


澪は興味深そうにこちらを見る。


「どういう感じで?」


「どういう感じって?」


「乗るのが好きとか、見るのが好きとか、詳しいとか」


その聞き方が、からかう感じじゃなくて、ちゃんと知りたいという響きだったのがうれしい。


「たぶん全部少しずつ」


そう答えると、澪は小さく笑う。


「欲張り」


「でも、めちゃくちゃマニアってほどじゃないよ」


「うん」


「ただ、古い車両とか、路線の歴史とか、そういうの見ると普通にわくわくする」


そこまで言ってから、少しだけ自分で照れる。

大人になってから、こういう話をまっすぐするのは少し気恥ずかしい。相手によっては、子どもっぽいと思われるかもしれない。

でも澪は、そんなふうには見なかった。


「いいね」


やわらかく、本当にそう思っている声で言う。


「好きなもの見てわくわくするの、すごくいいと思う」


その一言で、胸の奥の変な気恥ずかしさがすっと軽くなる。


「……そう言ってもらえると助かる」


「なんで?」


「ちょっと子どもっぽいかなって思ったから」


そう言うと、澪は少しだけ目を丸くした。


「全然」


きっぱりした返事だった。


「むしろ、そういう顔見られるのうれしい」


「そう?」


「うん。あなたが好きなものの前で楽しそうにしてるの、見たい」


その言葉が、思っていた以上にまっすぐ胸に入ってくる。


「……それ、かなりうれしい」


「よかった」


澪はそう言って、少しだけ肩を寄せてきた。


「今日はいっぱい見せてね」


その言い方が甘くて、展示を見る前から心臓に悪い。

鉄道文化むらに着く。

入口の雰囲気だけで、もう少し気分が上がる。屋外展示の車両が見えて、独特の空気がある。


「おお……」


思わず声が漏れた。

すると隣で、澪がくすっと笑う。


「今、ちょっと子どもみたいだった」


「うるさい」


「でも、かわいい」


その返しに、今度はこっちが言葉に詰まる。


「……朝からずっとそれやるの?」


「仕返し」


澪は少しだけ得意そうに笑った。


「あなたばっかり私に可愛いって言うから」


「それは本当だから」


「私も今、本当のこと言ったの」


そう言われると、もう何も返せない。

澪はそんな俺を見て、満足そうに目を細めた。

中へ入ると、展示車両が並んでいる。

古い機関車、電気機関車、客車。実物の存在感はやっぱり違う。


「すごい……」


今度は澪が小さく声を漏らした。


「思ってたより迫力あるね」


「あるだろ」


「うん。写真で見るのと全然違う」


その反応がうれしくて、つい説明したくなる。


「あれ、昔の碓氷峠で活躍してたやつで――」


言いかけて、少しだけ止まる。

説明しすぎたら引かれるかもしれない、というブレーキが一瞬かかった。

でも澪は、すぐに続きを待つようにこちらを見た。


「うん?」


「……いや、ちょっと長くなるかもって」


そう言うと、澪はやわらかく笑った。


「いいよ」


「ほんとに?」


「うん。聞きたい」


その一言で、遠慮が少しだけほどける。


「じゃあ、少しだけ」


そうして話し始めると、自分でもわかるくらい口調が軽くなる。

碓氷峠のこと。補助機関車のこと。勾配の厳しさ。横川という場所が持っていた意味。

澪は途中で飽きた顔ひとつせず、ちゃんと聞いてくれた。


「へえ」


「そんな仕組みだったんだ」


「知らなかった」


その反応がいちいちうれしい。

好きなものの話をして、相手がちゃんと聞いてくれる。それだけで、こんなに満たされるんだなと思う。

展示車両の近くで立ち止まるたび、澪は俺の顔を見ていた。

最初は気のせいかと思ったけれど、どうやら本当にそうらしい。


「……何?」


聞くと、澪は少しだけ笑う。


「楽しそうだなって」


「そんなに?」


「うん。説明してるとき、ちょっと目が違う」


その言い方が少し照れくさい。


「変?」


「全然」


澪は首を横に振る。


「むしろ好き」


その一言に、また心臓が跳ねる。


「好きって、何が」


「そういう顔」


澪は展示車両を見上げながら、でもちゃんと聞こえる声で続けた。


「自分の好きなものの前で、ちゃんと楽しそうにしてる顔」


その言葉が、妙にやさしく胸へ落ちる。


「……そんなこと言われたら、余計うれしくなる」


「うれしくなって」


澪は少しだけこちらへ寄ってきた。


「今日はそのために来たんだから」


その距離の近さと、言葉の甘さに、展示より先に意識を持っていかれそうになる。

屋外展示を見て回りながら、ときどき写真も撮る。


「そこ立って」


澪がスマホを構えて言う。


「俺?」


「うん。せっかくだし」


言われるまま車両の前に立つと、澪は少しだけ楽しそうにシャッターを切った。


「なんか、ちょっとうれしそう」


「そりゃまあ」


「いい顔してる」


そう言われると、また少し照れる。


「じゃあ次、一緒に撮ろう」


俺がそう言うと、澪は少しだけ目を丸くしたあと、すぐに笑った。


「うん」


並んで立つ。


澪が自然に近くへ寄ってきて、肩が触れる。写真を撮る一瞬だけなのに、その距離が妙に意識される。


「近い」


小さく言うと、澪は前を向いたまま答えた。


「写真だから」


「便利な言葉だな」


「今日はいっぱい使う」


その返しに、また笑ってしまう。

撮った写真を確認すると、澪は満足そうにうなずいた。


「いい感じ」


「ほんとだ」


「あなた、ちゃんと楽しそう」


「澪もな」


そう返すと、澪は少しだけ照れたように笑った。

資料館の中に入って、模型やパネル展示を見る。

ここでも、俺はつい足を止める回数が増える。


「これ、見て」


「この写真すごい」


「この区間、やっぱり大変だったんだよな」


そんなふうに言うたび、澪はちゃんと隣に来てくれる。

しかも、ただ付き合っている感じじゃない。


「ほんとだ」


「この時代の雰囲気いいね」


「あなた、こういうの好きそう」


そうやって、ちゃんと一緒に見てくれる。

そのことが、思っていた以上にうれしかった。


「……澪」


「うん?」


「ありがとう」


急に言うと、澪は少しだけきょとんとした。


「何が?」


「付き合ってくれてるの」


そう言うと、澪はやわらかく笑った。


「付き合ってるよ」


「いや、そういう意味じゃなくて」


「わかってる」


澪は少しだけいたずらっぽく目を細める。


「でも、それも合ってるでしょ」


その返しに、思わず笑ってしまう。


「たしかに」


「それに、付き合ってるだけじゃないよ」


澪は少しだけ声をやわらかくした。


「私も楽しいの」


その一言が、すごくうれしかった。


「あなたが好きなものを見てると、なんか私までうれしくなる」


「……それ、ずるいな」


「なんで?」


「うれしすぎるから」


そう返すと、澪は少しだけ照れたように笑った。

展示をひと通り見終えるころには、最初の鉄道好きとしてのわくわくとは少し違う気持ちが残っていた。

もちろん展示は楽しかった。来てよかったと思う。

でも、それ以上に強く残っているのは、隣で澪が笑っていたことだった。


俺が少し子どもみたいに楽しそうにすると、それを見てうれしそうにしてくれる。

説明すると、ちゃんと聞いてくれる。写真を撮るときは自然に近くへ来る。

歩くときも、気づけばいつも隣にいる。

その全部が、展示の記憶と同じくらい、いやたぶんそれ以上に大事だった。

外へ出ると、澪が小さく伸びをした。


「楽しかった」


「うん」


「思ってたよりずっと」


そう言ってから、少しだけこちらを見る。


「あなたが楽しそうだったのも、よかった」


その言葉に、胸の奥がまたあたたかくなる。


「澪が一緒だったからだよ」


そう返すと、澪は少しだけ目を丸くして、それからやわらかく笑った。


「……そういうこと、帰るまでにあと何回言うの?」


「思った回数だけ」


「じゃあ、今日も大変そう」


その返しが可愛くて、また笑ってしまう。


そして澪は、歩き出しながらそっと俺の袖をつまんだ。


「……ねえ、次はどこ行く?」

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