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朝、彼女に「起きる前にもうひとつだけ言って」とお願いされたので覚悟したら、甘すぎるまま朝食バイキングへ向かうことになった

「……ねえ、 起きる前にもうひとつだけ、 言ってほしいことあるんだけど」


澪はそう言って、 つないだ手を見つめたまま少しだけ視線を揺らした。

朝の光が障子越しにやわらかく差し込んでいて、 その中で見る澪の横顔は、 昨夜よりもずっと無防備で、 でも昨夜の続きみたいな甘さをちゃんと残していた。


「言ってほしいこと?」


聞き返すと、 澪は小さくうなずく。


「うん」


「なに?」


そう促すと、 澪は少しだけ唇を結んでから、 ほんのり頬を赤くしたままこちらを見た。


「……今日も可愛いって、 ちゃんと言って」


そのお願いは、 思っていた以上にまっすぐで、 思っていた以上に甘かった。

一瞬、 言葉が止まる。

昨夜から何度も可愛いとは言ってきた。 今朝だって、 寝起きの顔を見て自然に口にしていた。

でも、 こうして改めて ちゃんと言ってとお願いされると、 ただの軽口じゃなくなる。 澪がそれを欲しがってくれているのがわかるから、 余計に胸の奥が熱くなる。


「……それ、 お願いするの恥ずかしくない?」


そう聞くと、 澪は少しだけむっとした顔をした。


「恥ずかしいよ」


「じゃあなんで」


「だって、 言ってほしかったから」


その返しがあまりにも素直で、 朝から本気で心臓に悪い。


「昨日いっぱい言ってたのに?」


「昨日いっぱい言われたから、 今日も聞きたくなったの」


澪はそう言って、 少しだけ視線をそらした。


「……だめ?」


その聞き方が反則みたいに可愛くて、 もう断れるわけがない。


「だめじゃない」


そう答えると、 澪はほっとしたように目を細めた。


「じゃあ、 ちゃんと」


「うん」


俺は少しだけ息をついて、 朝のやわらかい光の中で、 ちゃんと澪を見る。

寝起きで少しだけ髪が乱れていて、 まだ眠気の名残がある顔で、 でもこっちの言葉を待っている目だけはまっすぐだった。


「今日も可愛いよ」


そう言うと、 澪のまつげがわずかに揺れた。


「朝起きたときからずっと思ってた」


続けてそう言うと、 澪は一瞬だけ息を止めたみたいだった。

それから、 頬を赤くしたまま、 でもすごくうれしそうに笑う。


「……うん」


返ってきたのはそれだけだったけれど、 十分だった。


「満足?」


そう聞くと、 澪は少しだけ考えるふりをしてから、 小さくうなずく。


「かなり」


「かなりなんだ」


「すごく」


その言い方が可愛くて、 思わず笑ってしまう。

澪も少しだけ笑って、 つないだ手をほんの少しだけ握り返した。


「じゃあ、 今度は私も言う」


澪がそう言って、 少しだけ体を起こした。


「なにを?」


「言ってもらったから、 お返し」


その言い方に、 少しだけ胸がざわつく。

澪はまだ少し眠たそうな顔のまま、 でもちゃんとこっちを見ていた。


「今日のあなたも、 かっこいい」


その一言に、 今度はこっちが言葉を失う番だった。


「……朝からそれ言う?」


「言う」


「ずるいな」


「さっきの仕返し」


澪は少しだけ得意そうに笑う。


「起きたときから思ってたの」


「ほんとに?」


「ほんとに」


そう言ってから、 少しだけ照れたように視線を落とす。


「寝起きなのに、 なんか落ち着いてて、 やさしそうな顔してたから」


その言い方がやわらかくて、 胸の奥がじんわり熱くなる。


「……それは、 澪を見てたからかも」


思わずそう返すと、 澪はぴたりと止まった。


数秒遅れて、 耳まで赤くなる。


「……ほんとに、 朝からだめ」


「何が?」


「甘すぎる」


でもその声は、 ちゃんとうれしそうだった。

結局、 俺たちはすぐには起き上がれなかった。

ベッドの中で、 つないだ手を離すのが少し惜しくて、 他愛ないことをまた少し話した。

朝食のバイキングは何があるんだろうとか、 和食と洋食どっちから食べるかとか、 昨日の夜に食べた料理が豪華すぎて、 逆に普通の朝ごはんが恋しいとか。


「でも、 旅館の朝食って絶対おいしいよね」


澪が少しだけ目を輝かせて言う。


「たぶんな」


「焼き魚とかあるかな」


「ありそう」


「でもパンも食べたい」


「欲張りだな」


「旅行の朝だからいいの」


その言い方が可笑しくて、 また笑ってしまう。

昨夜の甘い空気はそのまま残っているのに、 朝になるとそこに少しだけ軽さが混じる。 その感じが心地よかった。

やがて、 本当にそろそろ起きないとまずい時間になってきた。


「……そろそろ起きる?」


俺がそう聞くと、 澪は少しだけ名残惜しそうにしながらも、 小さくうなずいた。


「起きる」


「えらい」


「子ども扱いしないで」


「してない」


「ちょっとしてる」


そう言いながらも、 澪は笑っていた。


布団をめくって起き上がると、 朝の空気が少しひんやりしていて気持ちいい。 澪はベッドの端に座って、 まだ少し眠そうに目をこすった。

その仕草がまた可愛くて、 危うく口に出しそうになる。

でも今言ったら、 たぶんまた澪が真っ赤になる。 朝食前からそれを繰り返していたら、 いつまで経っても部屋を出られない。

そう思ってこらえていると、 澪がこちらを見た。


「今、 また可愛いって思ったでしょう」


「なんでわかるんだよ」


「顔」


「そんなに出てた?」


「ちょっと」


澪は少しだけ得意そうに笑う。


「でも、 思ったならあとでまた言って」


「予約制なんだ」


「そう」


その会話があまりにも自然で、 胸の奥がまたやわらかくなる。

洗面台で顔を洗って、 髪を整えて、 服を着替える。

朝の支度は、 昨夜の身支度よりずっと軽やかだった。

鏡越しに目が合うたび、 どちらかが少しだけ笑う。 それだけで、 昨日の夜から続いている空気がちゃんと残っているのがわかった。

澪は髪を整えながら、 少しだけ首をかしげる。


「これ、 変じゃない?」


「大丈夫」


「ほんとに?」


「うん。 むしろ似合ってる」


そう言うと、 澪は少しだけ照れたように笑った。


「……朝から褒めすぎ」


「予約されてたから」


その返しに、 澪は吹き出すみたいに笑う。


「ちゃんと覚えてる」


「大事なことだから」


「じゃあ、 あとでまた予約する」


「何回でもどうぞ」


そんなやり取りをしながら、 支度はゆっくり進んでいく。


急ぐ必要はない。 でも、 この時間が終わってしまうのも少し惜しい。

準備を終えて、 部屋を出る前。

澪は扉の前で一度立ち止まった。


「……なんか、 部屋出るのちょっとさみしいね」


「わかる」


「朝のこの時間、 好きだった」


その言葉に、 俺も静かにうなずく。


「俺も」


「でも、 朝食も楽しみ」


「切り替え早いな」


「だってお腹すいたし」


澪はそう言って、 少しだけ笑った。

その笑顔が、 もうすっかり朝の澪になっている。 昨夜の甘さを残しながら、 でもちゃんと今日を楽しもうとしている顔だった。


「じゃあ行くか」


「うん」


扉を開けると、 廊下には旅館の朝らしい静けさが広がっていた。

窓の外にはやわらかい光。 空気は澄んでいて、 夜とは違う軽さがある。

澪は一歩外に出て、 小さく息をついた。


「朝の旅館っていいね」


「たしかに」


「なんか、 全部きれい」


そう言いながら、 澪は少しだけこちらへ寄ってくる。


肩が軽く触れるくらいの距離。


「……ねえ」


「うん?」


「朝食行く前に、 もうひとつだけ確認」


「何を?」


澪は少しだけいたずらっぽく笑った。


「今の私、 ちゃんと可愛い?」


その聞き方があまりにも澪らしくて、 思わず笑ってしまう。


「ちゃんと可愛い」


「よし」


満足そうにうなずいて、 澪は前を向く。

その横顔が、 朝の光の中でやけにきれいに見えて、 また胸の奥があたたかくなる。

二人で並んで廊下を歩き出す。

朝食会場へ向かう道は短いはずなのに、 今はその途中の時間さえ、 少しだけ特別に思えた。

そして澪は、 歩きながらふとこちらを見上げて、 朝の静けさを壊さないくらいの小さな声で言った。


「……朝ごはんのあと、 また二人でゆっくりしたいな」

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