目が覚めたら、昨夜「好き」が増えすぎた彼女がすぐ隣で眠っていて、朝から心臓がもたない
意識が浮かび上がってくる。
最初に感じたのは、やわらかい布団の重みと、旅館特有の静かな空気だった。
次にわかったのは、ここが自分の部屋じゃないということ。
見慣れない天井。落ち着いた色合いの壁。障子越しに差し込む、朝のやわらかい光。
そこでようやく、昨夜のことがゆっくりつながっていく。
軽井沢。旅館。温泉。部屋に運ばれてきた夕食。澪との長い会話。
「今日の最後に好きって言ってほしい」と言われたこと。
ベッドに入って、おやすみを言ったこと。
そこまで思い出したところで、夢の余韻まで一緒によみがえった。
眠っているあいだ、今日一日のことを何度も振り返っていた気がする。
上野で澪を見つけた瞬間から、新幹線の中、旧軽井沢、旅館に着いてからのことまで、ひとつひとつが妙にはっきりしていた。
そのせいか、目が覚めた今もまだ、胸の奥にやわらかい熱が残っている。
そして、その熱の理由はすぐにわかった。
すぐ隣に、澪がいた。
一瞬、呼吸が止まりそうになる。
昨夜、同じ部屋で眠ったのだから、隣にいるのは当たり前だ。
頭ではそうわかっている。
でも、朝の光の中で見る澪は、昨夜とはまた違って見えた。
眠っている顔は静かで、昨日の夜みたいに照れてもいないし、笑ってもいない。
ただ、安心しきったみたいに穏やかだった。
その表情が、思っていた以上に無防備で、思っていた以上に近い。
夢の中で散々「可愛い」と思い返していたくせに、起きて最初にまた同じことを思うなんて、さすがにどうかしている。
でも仕方なかった。
可愛いものは可愛い。
しかも、朝の澪は少しだけ髪が乱れていて、それがまた妙にやわらかい雰囲気をつくっている。
昨夜のきちんとした感じとは違う、寝起き前の無防備さみたいなものがあって、余計に心臓に悪い。
……朝からこれはずるいだろ。
心の中でそうつぶやきながら、俺はそっと息をついた。
起こさないように、できるだけ静かに。
部屋の中はまだ完全には動き出していない。
外から聞こえる音も少なくて、遠くで鳥の声がした気がするくらいだ。
旅館の朝はもっと賑やかなものかと思っていたけれど、この時間はまだ、夜の静けさが少し残っている。
その静けさの中で、澪の寝息だけがかすかに聞こえる。
昨夜、眠る前に指先が少しだけ触れていたことを思い出す。
あれは夢の続きみたいだった。
でも今こうして隣にいる澪を見ると、ちゃんと現実だったのだとわかる。
俺は少しだけ体を起こしかけて、でもやめた。
今動いたら、この静かな朝の空気が壊れてしまいそうだった。
それに、もう少しだけ見ていたかった。
澪の寝顔なんて、そう何度も見られるものじゃない。
いや、付き合っているのだから、これから先そういう機会はあるのかもしれない。
でも、今日の朝は今日だけだ。
昨日の長い一日の続きにある、最初の朝。
その特別さを、たぶん俺はちゃんとわかっていた。
澪は少しだけ身じろぎした。
その動きに、思わずこちらの肩までこわばる。
けれど、澪はまだ起きない。
布団を少しだけ引き寄せて、また静かになる。
その仕草すら可愛いと思ってしまって、自分でもどうかしていると思う。
昨日の夜、「前よりもっと好きかもしれない」と言われた。
そのときもかなり効いたけれど、今こうして朝の澪を見ていると、たぶん俺のほうも同じくらい、いやそれ以上に好きが増えている気がした。
こんなの、朝から自覚することじゃないだろ。
でも、自覚してしまうものは仕方ない。
夢の中で思い返した本音が、朝になってもそのまま残っている。
上野で見つけたときも可愛かった。
新幹線でも可愛かった。
旧軽井沢でも、温泉のあとも、夕食のときも、夜の会話のときも、ずっと可愛かった。
そして今、寝起き前の無防備な顔まで可愛い。
もうだめだろ、と思う。
好きが増えるって、こういうことなのかもしれない。
障子の向こうの光が、少しだけ強くなった気がした。朝がちゃんと進んでいる。
そろそろ起きてもおかしくない時間だ。
朝食の時間もあるだろうし、いつまでもこうしているわけにはいかない。
でも、起こすのは少し惜しい。
昨日、澪は本当に疲れていた。
楽しいこともたくさんあったけれど、それ以上に気を張る時間もあった。
だから、こうして安心した顔で眠れているなら、もう少しだけそのままでもいい気がした。
そう思っていると、澪のまつげがわずかに揺れた。
今度こそ、起きるかもしれない。
俺は反射的に視線を少しだけそらして、でも結局また戻してしまう。
澪の目が、ゆっくりと開いた。
まだ完全には覚めていない、朝特有のぼんやりした目だった。
数秒、澪は何も言わずに天井のほうを見ていた。
それから、少しずつ意識が追いついてきたみたいに、視線がこちらへ向く。
目が合う。
その瞬間、昨夜とは違う意味で心臓が跳ねた。
澪は一瞬だけきょとんとして、それから状況を思い出したらしい。
ほんの少しだけ頬がやわらかくなる。
「……あ」
起きたばかりの、少しかすれた声。
それだけで妙に胸にくる。
「おはよう」
できるだけ自然に、でもやさしく聞こえるように言う。
澪はまだ少し眠たそうな顔のまま、小さく瞬きをした。
「……おはよう」
その返事も、いつもよりずっとやわらかい。
朝の澪の声って、こんな感じなんだなと思う。
昨夜の甘い会話の余韻がまだ残っているせいか、たったそれだけのやり取りでも、胸の奥がじんわりあたたかくなる。
澪は少しだけ布団を引き上げて、でも視線はこっちから外さなかった。
「起きてたの?」
「さっき起きた」
「そっか……」
澪はそう言って、少しだけ恥ずかしそうに目を細める。
たぶん、寝起きの顔を見られていたことに気づいたのだろう。
でも今は、それを指摘するほど意地悪な気分にはなれなかった。
むしろ、この朝のやわらかさを壊したくない。
だから俺は、昨夜よりもずっと静かな声で、本当に聞きたかったことをそのまま口にした。
「よく眠れた?」
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