眠ったはずなのに、夢の中でも彼女が可愛すぎて、今日一日の「言えなかった本音」まで全部思い出してしまった
眠りに落ちたはずなのに、意識はすぐには深いところまで沈まなかった。
やわらかい布団の感触と、指先に残っている澪のぬくもりが、現実と夢の境目を曖昧にしていた。
暗いはずの視界に、少しずつ光が差してくる。
気づけば俺は、今日の朝に立っていた。
上野駅。
人の流れの中で、澪を見つけた瞬間のことが、夢の中なのに妙にはっきりしている。
あのとき俺は、いつも通りの顔をしていたつもりだった。少なくとも、澪にはそう見えていたと思う。
でも本当は違った。
見つけた瞬間、最初に思ったのは「いた」じゃなくて、「可愛い」だった。
朝の光の中で、少しだけきょろきょろしながら俺を探していた澪が、思っていたよりずっと可愛くて、一瞬だけ本気で言葉が止まりそうになった。
でも、待ち合わせでいきなりそんな顔をするのはだめだと思って、平気なふりをした。
夢の中の俺は、そのときの自分を少し離れたところから見ている。
ああ、このときもうだいぶだめだったんだな、と思う。
澪がこっちに気づいて、少しだけうれしそうに笑ったときもそうだ。
あの笑顔を見た瞬間、今日一日たぶん楽しい、と確信した。
それくらい単純に、それくらい簡単に、俺の気分は澪に左右されていた。
場面が変わる。
新幹線の中だ。
窓の外の景色が流れていく。澪が隣に座っていて、少しだけはしゃいだ声で話している。
あの時間も、本当はかなり危なかった。
グランクラスに乗ったとき、澪は驚いた顔を隠せていなかった。落ち着こうとしているのに、目だけがきらきらしていて、それが可愛すぎた。
アイスを食べたときもそうだ。
ひと口食べて、「おいしい」って素直に言う声。少し冷たさに驚いたみたいな顔。窓の外を見ながら、でもちゃんと楽しそうにしている横顔。
あのとき俺は、平然と相槌を打っていたけれど、内心ではずっと思っていた。
隣にいるのが澪でよかった。この時間、ずっと終わらなければいいのに。
そんなことを考えていたなんて、もちろん言わなかった。
言ったらたぶん、澪は照れて、俺も照れて、変に空気が甘くなりすぎると思ったから。
でも夢の中では、そのときの本音が隠せない。
むしろ、ひとつひとつの場面に、そのとき飲み込んだ気持ちが全部ついてくる。
旧軽井沢の景色が広がる。
澪が歩いている。店先を見て、気になるものに目を止めて、楽しそうにこっちを振り返る。
あのときも、何回も思っていた。
可愛い。
本当にそればっかりだった。
食べ歩きしているときの、ちょっと無防備な顔。おいしいものを食べたときの、わかりやすい反応。「これ気になる」と言って袖を引く仕草。
そのたびに、いちいち胸の奥が揺れていた。
でも、そんなことを全部口にしたら、たぶん澪は途中で歩けなくなるくらい照れる。
だから言わなかった。
言わなかったけど、本当は何回も言いたかった。
今日の澪、ずっと可愛い。いや、今日に限らずいつも可愛いけど、今日はなんか特にだめだ。
そんなことを、夢の中の俺は今さら何度も思い返している。
そこから先は、少しだけ空気が変わる。
昼間の出来事。店員に通報してもらって、長い事情確認があって、気づけば夕方になっていた時間。
夢の中でも、その場面だけは少し色が薄い。
でも、その中でひとつだけはっきりしているものがある。
澪の横顔だ。
不安そうなのに、ちゃんと落ち着こうとしていた顔。疲れているはずなのに、俺に「謝らないで」と言ってくれた声。待ち時間に、「隣にいて」と小さく言ったときの表情。
あのとき俺は、平気な顔をしていたつもりだった。
でも本当は、かなりぎりぎりだった。
澪を不安にさせたくなくて、自分のほうがしっかりしなきゃと思っていたけれど、同時に、そんな状況でも俺を頼ってくれることがうれしくて、胸の奥が苦しくなるくらいだった。
あの「隣にいて」は、たぶん今日いちばん効いた言葉のひとつだ。
夢の中で思い返しても、まだ少し胸が熱くなる。
また場面が変わる。
旅館の入口。
夕方の少し冷えた空気の中で、澪が「すごい」とつぶやいたところから、夢はまたやわらかい色に戻る。
部屋に入った瞬間の澪の顔。
あれは反則だった。
本当に疲れていたはずなのに、豪華な部屋を見た瞬間だけ、全部忘れたみたいに目を丸くしていた。
「すご……」
その声が、子どもみたいに素直で、でも澪らしい上品さも残っていて、見ているこっちが笑ってしまうくらい可愛かった。
あのとき俺は、気に入った?なんて余裕のある聞き方をしたけれど、本音は違う。
そんな顔されたら、連れてきた側としてはうれしすぎる。
いや、うれしいどころじゃない。正直、かなりにやけそうだった。
でもそれを出したら負けな気がして、なんとか平静を装っていた。
夢の中の俺は、そのときの自分に向かって思う。
いや、全然隠せてなかっただろ。
温泉の場面。
壁一枚向こうから、澪の「いる?」が聞こえたとき。
あれもだいぶ危なかった。
姿は見えない。でもすぐ隣にいる。その距離感が妙に意識されて、声だけでこんなにどきどきするのかと思った。
しかも澪は、壁越しなのにやさしい声で、「今日、疲れたね」と言った。
あのとき俺は普通に返したけれど、本当はその声だけでかなり救われていた。
疲れた、でも一緒でよかった。
そう言われた瞬間、今日のしんどさが少し報われた気がした。
夕食の場面も、夢の中ではやけにはっきりしている。
シェフが料理を運んできて、澪が本気で「どうやって食べるの?」って困っていた顔。
あれはもう、可愛いを通り越して愛しかった。
高級すぎる料理を前にして、緊張して、でもちゃんと食べようとして、俺に「教えて」と素直に頼ってくる。
その全部が、たまらなくうれしかった。
頼られるのがうれしいなんて、少し単純かもしれない。でもあのときは本当にそうだった。
しかも、教えた通りにできるたび、澪が少しずつ安心していくのがわかって、そのたびに胸の奥があたたかくなった。
そして最後に、夜の部屋。
膝枕。髪を乾かしてくれたこと。「前よりもっと好きかもしれない」と言われたこと。手をつないだこと。寝る前に、今日の最後に好きって言ってほしいとお願いされたこと。
夢の中でそこまでたどり着くと、もう場面はほとんど現実と変わらない。
ただひとつ違うのは、そのとき言葉にしなかった本音が、今は全部見えてしまうことだった。
膝枕されたとき、本当は安心しすぎて、このまま寝たら絶対だめになると思っていた。
髪を乾かしてもらったときは、やさしすぎて、こんなの好きが増えるに決まってるだろと思っていた。
「前よりもっと好きかもしれない」と言われたときは、うれしすぎて、たぶん一瞬ちゃんと呼吸できていなかった。
手をつないだときは、離したくないと思った。
ベッドに入って、澪が「おやすみ」と言ったときは、今日が終わるのが惜しくて仕方なかった。
全部、言わなかった。
言えなかったというより、言葉にしたら壊れそうなくらい、大事だったのかもしれない。
夢の最後。
暗い部屋の中で、眠る直前の澪がいる。
目を閉じる前の、少しだけやわらかい表情。指先だけ、そっとこちらに触れていたぬくもり。
そのとき、夢の中の俺ははっきり思う。
今日一日、何回も可愛いと思った。何回も好きだと思った。何回も照れた。何回も、澪が隣でよかったと思った。
そしてたぶん、明日もまた同じことを思う。
そう確信したところで、夢の景色がゆっくりほどけていく。
最後に残ったのは、眠る直前に感じた、澪の指先のぬくもりだけだった。
そのぬくもりが、現実のものなのか、夢の続きなのか、もうわからないまま――俺の意識は、もう一度静かな朝へ沈んでいった。
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