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軽井沢で通報したあと、気づけば夕方まで事情確認で潰れてしまって、それでも最後に入った旅館の部屋が豪華すぎて澪が全部忘れるくらい驚きました

店員に通報してもらったあと、 俺たちは店の奥の席でしばらく待つことになった。

澪は向かいに座っていたけれど、 さっきまでの食べ歩きのときみたいな明るい表情は消えていて、 両手でカップを包むみたいにしてじっとしていた。


「大丈夫?」


できるだけやわらかい声で聞くと、 澪は少しだけ顔を上げる。


「……うん」


そう答えたものの、 その声はあまり元気がなかった。

無理もないと思う。

せっかくの旅行で、 しかも楽しい時間の途中だったのに、 急にこんな空気になってしまったのだから。


「ごめん」


思わずそう言うと、 澪はすぐに首を横に振った。


「あなたが謝ることじゃない」


「でも、 巻き込んだのは事実だから」


そう言うと、 澪は少しだけ眉を寄せた。


「それでも、 あなたのせいじゃないわ」


その言い方はやさしかったけれど、 やっぱり少し疲れているように見えた。


「今は、 ちゃんと落ち着いて動こう」


澪はそう言って、 小さく息を吐いた。


「……あなたが一緒でよかった」


その一言が胸にしみる。

こんな状況でも、 そう言ってくれることがうれしくて、 同時にもっとしっかりしなきゃと思った。

その後、 俺たちは案内されて必要な対応をすることになった。


詳しいことをひとつずつ確認されて、 どこで見かけたのか、 いつから違和感があったのか、 上野で見た人物のことも含めて、 思い出せる範囲で順番に話していく。

最初はすぐ終わるかと思っていた。

でも実際には確認することが多くて、 気づけば時間はどんどん過ぎていった。


途中で何度か待つ時間もあって、 そのたびに澪は静かに椅子へ座り直していた。

俺も疲れていたけれど、 澪のほうが精神的にはきついはずだった。


「少し休める?」


待ち時間にそう聞くと、 澪は小さく笑おうとした。


「休んでるつもりなんだけど、 なんか変に力入っちゃって」


「だよな」


「うん」


澪はそう言って、 少しだけ肩の力を抜く。


「旅行初日がこうなるなんて思わなかった」


その言葉に、 胸の奥が少し痛くなる。


「……ごめん」


また謝ってしまうと、 澪は今度こそ少しだけ困った顔をした。


「だから、 謝らないで」


「でも」


「それより、 隣にいて」


その一言で、 もう何も言えなくなる。


「いるよ」


そう答えると、 澪はほんの少しだけ安心したように目を細めた。


事情確認は思っていた以上に長引いた。

時計を見るたびに時間が進んでいて、 気づけば昼を過ぎ、 午後になり、 外の光まで少しずつ傾いていく。

途中で簡単に水分を取ったり、 少しだけ座って待ったりしながら、 俺たちはなんとかその時間をやり過ごした。


澪は大きく取り乱したりはしなかったけれど、 そのぶんずっと気を張っているのがわかった。

何か聞かれるたびに丁寧に答えて、 終われば小さく息をつく。 その繰り返しだった。

俺はできるだけ澪の近くにいて、 必要なときは先に答えたり、 澪が言葉を探しているときは急かさないようにした。


それくらいしかできなかったけれど、 少しでも負担を減らしたかった。

そして、 ようやくひと通りの確認が終わったころには、 時計の針はもう十七時を指していた。


「……終わった」


思わずそうこぼすと、 隣で澪も小さく息を吐いた。


「長かった……」


その声には、 はっきり疲れがにじんでいた。


「疲れたな」


「うん、 すごく疲れた」


澪はそう言って、 少しだけ俺のほうへ体を寄せる。


「頭がぼんやりする」


「今日はもう無理しないで、 旅館行って休もう」


そう言うと、 澪は静かにうなずいた。


「……そうしたい」


外へ出ると、 夕方の空気は思っていたよりひんやりしていた。

昼間のにぎわいとは違って、 街の色も少し落ち着いて見える。


俺たちは並んで歩きながら、 しばらく何も話さなかった。

無言が気まずいわけじゃなくて、 ただ本当に疲れていたのだと思う。

しばらくしてから、 澪がぽつりとつぶやく。


「ほんとに、 いろいろあったね」


「初日から濃すぎるな」


「濃すぎる」


澪は少しだけ笑った。

その笑顔はまだ弱かったけれど、 さっきまでよりはやわらかい。


「でも、 旅館に着いたら少し元気出るかも」


「有名なところなんだろ?」


「うん。 前に少し調べたとき、 すごく素敵だった」


そう言う澪の声に、 ほんの少しだけ期待が戻ってきているのがわかった。


それだけで、 俺も少し救われる気がした。


旅館に着くと、 外観からして空気が違った。

落ち着いた佇まいで、 派手すぎないのに品がある。

入口に立った瞬間、 今日一日のざわついた気持ちが少しだけ遠のくような感覚があった。


「……すごい」


澪が小さくつぶやく。


「まだ中入ってないのに?」


「だってもう雰囲気がすごいもの」


その言い方に、 少しだけいつもの澪らしさが戻っていて、 思わず安心する。

中へ入ると、 さらにその印象は強くなった。

静かで、 きれいで、 空気まで整っているみたいだった。

スタッフの対応も丁寧で、 俺たちはそのままチェックインを済ませる。


「本日はごゆっくりお過ごしください」


そう案内されて、 部屋へ向かう廊下を歩く。


澪は周囲を見ながら、 何度も小さく目を丸くしていた。


「なんか、 急に現実感なくなってきた」


「わかる」


「さっきまでずっと緊張してたのに、 今は別の意味でどきどきする」


その言葉に、 俺も少しだけ笑った。

部屋の扉が開いて、 中へ入った瞬間。

澪は本当に足を止めた。


「……え」


その声には、 さっきまでの疲れを一瞬忘れたみたいな驚きがあった。

広くて、 落ち着いていて、 目に入るもの全部が上質だった。

窓の外の景色まできれいで、 部屋全体が特別な空間みたいに感じられる。


「すご……」


澪はぽかんとしたまま、 ゆっくり中へ入っていく。


「なにこれ、 すごい」


さっきより少し大きな声でそう言って、 部屋の中を見回す。


「ほんとにすごい」


その反応があまりにも素直で、 思わず頬がゆるむ。


「気に入った?」


聞くと、 澪はすぐに振り返った。


「気に入ったとかそういうレベルじゃない」


頬に少し赤みが戻っていて、 目もちゃんと輝いていた。


「すごい……」


もう一度そうつぶやく澪を見て、 今日ここまで来てよかったと心から思った。

大変な一日だった。 予定通りには全然進まなかった。

それでも、 この瞬間だけはちゃんと旅の続きを取り戻せた気がした。


澪はまだ部屋を見回しながら、 信じられないものを見るみたいに小さく笑う。


「……ほんとに、 すごい」

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