軽井沢に着いた瞬間「降りるの嫌だな」と笑った澪を連れて旧軽井沢を歩いていたら、見覚えのある金髪を見つけてすぐ人の多い店へ逃げ込みました
新幹線が軽井沢駅へ近づくころには、 車内の空気も少しずつ旅の終点らしい落ち着きに変わっていた。
窓の外を流れる景色を見ながら、 澪は名残惜しそうに背もたれへ体を預ける。
「……快適だったね」
「そうだな」
「なんか、 このままずっと乗っていたいかも」
そう言って、 澪は少しだけ笑った。
「降りるの嫌だな」
その言い方が可愛くて、 思わず頬がゆるむ。
「まだ旅行は終わりじゃないだろ」
「わかってる。 でも、 この時間もすごく好きだったの」
澪はそう言って、 少しだけ俺のほうを見る。
「二人でご飯食べて、 アイス食べて、 のんびりして。 すごく幸せだった」
その言葉がうれしくて、 胸の奥がじんわり熱くなる。
「俺も」
そう返すと、 澪は満足そうに目を細めた。
やがて新幹線がゆっくりとホームへ滑り込む。
扉が開いて、 俺たちは荷物を持って立ち上がった。
「行こっか」
「うん」
澪はまだ少しだけ名残惜しそうだったけれど、 それでもちゃんと笑っていた。
軽井沢駅に降り立つと、 空気が東京より少しだけやわらかく感じた。
澪は小さく息を吸って、 周囲を見回す。
「ほんとに来たんだね」
「来たな」
「なんか、 まだちょっと夢みたい」
そう言って笑う澪の横顔は、 旅の始まりらしい期待で明るかった。
駅から移動して、 俺たちは旧軽井沢銀座通りへ向かった。
通りに入ると、 観光地らしいにぎわいが一気に広がる。
土産物屋やカフェや食べ歩きの店が並んでいて、 歩いているだけでも楽しい。
「すごい、 見たいお店いっぱいある」
澪はきょろきょろと周囲を見ながら、 少しだけ俺の袖に触れた。
「はぐれないようにね」
「それ、 澪のほうだろ」
「今日はあなたのほうが危なそう」
「なんで」
「私が楽しくなってるから」
そう言って笑う澪が可愛くて、 こっちまで楽しくなる。
最初に買ったのは、 軽井沢らしい焼きたてのパンだった。
澪はひと口食べると、 すぐに目を細める。
「おいしい」
「よかった」
「外が少し香ばしくて、 中がやわらかい」
そう言いながら、 澪は少しだけ俺のほうへ差し出してくる。
「ひと口食べる?」
「いいの?」
「うん」
そのまま食べると、 澪はうれしそうに笑った。
「どう?」
「おいしい」
「でしょ?」
そのやり取りだけでも十分甘いのに、 次に買ったソフトクリームでは、 澪のほうからさらに距離が近くなった。
「溶ける前に食べないと」
そう言いながら、 澪はスプーンですくって俺の口元へ運んでくる。
「はい」
「……ここで?」
「さっき新幹線でもやったでしょう」
少しだけいたずらっぽい顔だった。
観念して食べると、 澪は満足そうに笑う。
「おいしい?」
「おいしい」
「よかった」
その笑顔がやわらかくて、 旅先の空気も相まって、 胸の奥があたたかく満たされていく。
けれど、 その空気が変わったのはほんの一瞬だった。
通りを歩きながら次に何を食べようか話していたとき、 ふと視界の端に見覚えのある金髪が入った。
最初は気のせいかと思った。 観光地だし、 金髪の女性なんて珍しくもない。
でも、 その横顔を見た瞬間、 胸の奥がひやりと冷えた。
「……え」
思わず足が止まる。
少し離れた場所にいたその人物も、 こちらに気づいたみたいだった。
星野リナ。元カノだった。
「どうしたの?」
隣で澪が不思議そうに俺を見る。
その声で我に返る。
今ここで立ち止まっている場合じゃない。
「澪、 こっち」
できるだけ落ち着いた声でそう言って、 俺は澪の手首をそっと取った。
「え?」
「いいから、 人の多いところ行こう」
澪は戸惑った顔をしたけれど、 俺の様子がいつもと違うとわかったのか、 すぐにうなずいた。
近くにあった人通りの多い店へ入る。
観光客も多くて、 店員の姿も見える。
ひとまずここならすぐに何かあっても助けを求められる。
店の奥のほうまで入ってから、 ようやく澪が小さな声で聞いてきた。
「……何があったの?」
俺は一度だけ入口のほうを確認してから、 澪を見る。
「たぶん、 リナがいた」
「……え?」
今度は澪が固まる番だった。
「星野リナ?」
「うん」
そう答えると、 澪の表情が一気に強張る。
「でも、 諦めたんじゃ……」
「俺もそう思ってた」
実際、 もう関わってこないと思っていた。
だからこそ、 ここで見かけたことに背筋が冷えた。
澪は不安そうに俺の袖をつかむ。
「気のせいじゃない?」
「たぶん違う」
そう言いながら、 俺はスマホを取り出した。
「少しここで待ってて。 店員さんにも事情を話して、 必要なら連絡する」
「……うん」
澪は小さくうなずいたけれど、 その顔にははっきり不安が浮かんでいた。
そんな表情をさせたくなくて、 俺はできるだけ落ち着いた声で言う。
「大丈夫。 澪を一人にしないから」
その言葉に、 澪は少しだけ目を見開いて、 それから静かにうなずいた。
店員に事情を簡単に伝えると、 落ち着いて対応してくれた。
人の多い場所にいたのは正解だったと思う。
俺はそのまま必要な連絡を入れながら、 もう一度さっきのことを頭の中で整理する。
軽井沢で、 旧軽井沢銀座通りで、 偶然あんなふうに会うなんてあるのか。
いや、 偶然じゃないのかもしれない。
そこまで考えた瞬間、 ひとつの記憶が急につながった。
上野駅。新幹線ホームへ向かう途中、 人混みの中で一瞬だけ見かけた金髪のギャル。
あのときはただの通行人だと思っていた。 でも今思えば、 あの髪色も、 雰囲気も、 見覚えがあった気がする。
「……そういうことか」
思わず小さくつぶやく。
澪が不安そうに俺を見る。
「なにかわかったの?」
俺はゆっくり息を吐いてから答えた。
「そういえば、 上野で見た金髪のギャル……」
そこで言葉を切る。 嫌な確信が、 胸の奥で形になっていく。
「あれ、 リナだったのか」
その言葉に、 澪は息をのんだ。
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