「貸し切りました」に真っ赤になった澪と、硬すぎる新幹線アイスを二人で食べさせ合ってたら旅行の始まりから甘すぎました
「……え?」
澪はまだ、 信じられないものを見るみたいな顔で俺を見ていた。
「貸し切りましたって、 今なんて?」
「だから、 貸し切りました」
できるだけ平然と答えると、 澪は数秒黙り込んだあと、 ようやく大きく息を吸った。
「えぇぇぇ?」
さっきホームでグランクラスだと伝えたときより、 さらに大きな驚き方だった。
慌てて声を抑えようとしているのに、 動揺が全然隠せていない。
「ちょっと待って、 どういうこと?」
「そのままの意味だけど」
「そのままの意味が一番わからないの」
澪はそう言って、 箸を持ったまま俺を見つめる。
頬は赤いし、 耳までほんのり色づいているし、 完全に混乱していた。
「なんでそんなことするの……」
「澪と二人で、 気兼ねなく過ごしたかったから」
そう答えると、 澪はぴたりと止まった。
「……それ、 ずるい」
小さくそうつぶやいて、 視線を落とす。
でもその口元は、 困っているのに少しだけうれしそうだった。
「嫌だった?」
聞くと、 澪はすぐに首を横に振る。
「嫌じゃない。 嫌じゃないけど……」
そこで言葉を切って、 また俺を見る。
「うれしすぎて、 心臓に悪い」
その返事が可愛くて、 思わず笑ってしまう。
「それならよかった」
「よくないわよ。 全然よくない」
澪はそう言いながらも、 頬を赤くしたまま弁当に視線を戻した。
「もう、 ほんとに……」
小さくつぶやいて、 ひと口食べる。
それから少しだけ間を置いて、 またひと口。
「……おいしい」
「話変わるの早いな」
「だって、 おいしいんだもの」
澪は少しだけむっとした顔をしたあと、 でもすぐに笑った。
「それに、 こういうときにおいしいもの食べると、 ちょっと落ち着く」
「まだ落ち着いてなかったのか」
「当たり前でしょう」
澪はそう言って、 また箸を進める。
その様子が少しずついつもの調子に戻っていくのがわかって、 俺もほっとした。
弁当は本当においしかった。
澪は最初こそ動揺していたけれど、 食べ進めるうちにだんだん表情がやわらかくなっていった。 ひと口食べるたびに、 小さく目を細めるのが可愛い。
「これ、 すごく好き」
「どれ?」
「この煮物。 味がやさしい」
「澪っぽい感想だな」
「なにそれ」
少しだけ笑いながら、 澪はまた箸を動かす。
「でもほんとにおいしい。 なんか、 旅行って感じする」
「まだ始まったばかりだけどな」
「だからいいの」
澪はそう言って、 満足そうに弁当の蓋を閉じた。
「……ご飯美味しかったー」
その言い方があまりにも素直で、 思わず頬がゆるむ。
「よかった」
「うん。 すごくよかった」
澪はそう言って、 少しだけ背もたれに体を預けた。
さっきまでの驚きと照れが、 おいしいご飯で少しだけやわらいだみたいだった。
そのとき、 ちょうど通路のほうから声が聞こえてきた。
車内販売だった。
澪がそちらを見て、 少しだけ目を輝かせる。
「車内販売だ」
「何か買う?」
「んー……」
少し考えてから、 澪は俺を見る。
「アイス、 食べたいかも」
その言い方がなんだか可愛くて、 俺はすぐにうなずいた。
「じゃあ、 二つ」
販売員に頼んで、 バニラアイスを二つ受け取る。
見慣れたカップなのに、 こういう場面だと妙に特別に見えた。
「新幹線のアイスって、 なんか憧れる」
澪はうれしそうにそう言って、 さっそくスプーンを差し込もうとする。
でも、 次の瞬間。
「……かたい」
澪が真顔でつぶやいた。
「だろうな」
「全然入らない」
本当にびくともしないらしい。
澪は少しだけ力を入れてみるけれど、 スプーンは表面をかすめるだけだった。
「これ、 食べ物?」
「食べ物だよ」
「うそ。 石みたい」
その言い方がおかしくて、 思わず笑ってしまう。
俺も自分のアイスにスプーンを入れてみる。
たしかに硬い。 想像以上に硬い。
「これはすぐには無理だな」
「楽しみにしてたのに……」
澪は少しだけしょんぼりした顔をする。
その表情が可愛くて、 また胸がくすぐったくなった。
「少し温めるか」
そう言って、 俺はアイスのカップを両手で包んだ。
澪も真似して、 自分のアイスを手で包み込む。
「こう?」
「たぶん」
「なんか、 すごい地道」
「でもこれしかない」
二人でアイスを手のひらで温める。
その光景がなんだか妙におかしくて、 澪は少しだけ笑った。
「貸し切りのグランクラスでやることが、 アイスを手で温めることなんだ」
「ギャップすごいな」
「すごい」
澪はくすっと笑って、 またカップを包み直す。
「でも、 こういうの好きかも」
「好き?」
「うん。 ちょっと間抜けで、 でも楽しい感じ」
その言葉に、 俺も自然と笑ってしまう。
「たしかに」
しばらく温めてから、 もう一度スプーンを入れてみる。
「お、 少し入る」
「ほんと?」
澪も試してみるけれど、 まだ少し硬いらしい。
「……だめ」
「澪のほう貸して」
そう言って受け取ると、 俺はさらに手で包んで温めた。
その様子を、 澪はじっと見ている。
「なんか、 大事にされてる感じする」
「アイスが?」
「違うわよ。 私が」
その言い方がやわらかくて、 胸の奥がじんとする。
「大事にしてるよ」
そう返すと、 澪は少しだけ目を丸くして、 それから照れたように笑った。
「……うん」
ようやく少し柔らかくなってきたところで、 俺はスプーンですくってみせた。
「ほら、 いける」
「ほんとだ」
澪はうれしそうに身を乗り出す。
その反応が可愛くて、 つい意地悪したくなった。
「食べる?」
「食べる」
「じゃあ、 はい」
そう言って、 スプーンを澪の口元へ運ぶ。
一瞬、 澪がぴたりと止まった。
「……え」
「食べたいんだろ?」
「それは、 そうだけど」
頬がまたじわじわ赤くなっていく。
「……ここで?」
「貸し切りだけど」
その一言で、 澪は完全に言い返せなくなったみたいだった。
「……もう」
小さくつぶやいてから、 おそるおそる口を開く。
そのまま、 俺はアイスを食べさせた。
「……おいしい」
澪は少し照れた顔のまま、 でもちゃんと笑った。
「よかった」
「なんか、 普通に食べるより恥ずかしい」
「でもおいしい?」
「……おいしい」
その答えが可愛くて、 胸の奥があたたかくなる。
すると今度は、 澪が自分のアイスをすくった。
「じゃあ、 次は私」
「え?」
「はい」
さっきの仕返しみたいに、 澪がスプーンを俺の口元へ差し出してくる。
「澪」
「食べないの?」
少しだけいたずらっぽい顔だった。
でも耳は赤い。 たぶん澪だってかなり照れている。
「……食べる」
観念して口を開くと、 澪はそっとアイスを運んでくれた。
冷たい甘さが口の中に広がる。
でもそれ以上に、 澪に食べさせてもらったことのほうが強く残る。
「どう?」
「おいしい」
「でしょ?」
澪は少しだけ得意そうに笑った。
そこからは、 なぜか自然な流れみたいに、 二人で交互に食べさせ合うことになった。
「はい」
「……ん」
「おいしい?」
「おいしい」
そんなやり取りを繰り返すたびに、 澪の頬は少しずつ赤くなっていく。でも嫌そうではなくて、 むしろどこかうれしそうだった。
「これ、 甘すぎる」
澪が小さくつぶやく。
「アイスが?」
「違う」
そう言って、 澪は少しだけ視線をそらした。
「旅行の始まりから、 こんなの反則」
その言葉がうれしくて、 思わず笑ってしまう。
「まだ始まったばかりだぞ」
「知ってる」
澪はそう言って、 またスプーンを差し出してくる。
「だから、 もっと覚悟しないといけないのかも」
「何の?」
「あなたに甘やかされる覚悟」
その言い方があまりにも澪らしくて、 胸の奥がじんわり熱くなった。
新幹線は静かに走り続けている。
貸し切りの車内で、 高級弁当を食べて、 硬すぎるアイスを手で温めて、 最後には食べさせ合っている。
そんな旅行の始まりが、 どうしようもなく幸せだった。
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