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上野駅で待ち合わせした澪との軽井沢旅行、グランクラスだと伝えたら顔を真っ赤にされたうえに最後は「貸し切りました」で完全に固まりました

旅行当日の朝は、 目が覚めた瞬間から胸が落ち着かなかった。

今日は澪と軽井沢へ行く日だ。 一泊二日。 しかも待ち合わせは上野駅の新幹線ホーム。

そこからあさまに乗って、 二人で出かける。


準備はもう済んでいる。 澪の部屋で一緒に荷造りしたバッグを持って、 俺は少し早めに家を出た。

上野駅に着くころには、 胸の奥の高鳴りはますます強くなっていた。

新幹線の乗り換え改札を目指し、 人混みをすり抜けるように歩いていく。


その時、 すれ違った派手な服装の女性の横顔が、 一瞬だけ視界の端に引っかかった。

(……あれ? 今、 リナがいなかったか……?)心臓が嫌な音を立てて跳ねる。

思わず足を止め、 雑踏の中を振り返った。


金髪を揺らして歩く後ろ姿を探すが、 似たような服を着た見知らぬ誰かが人波に消えていくだけだった。(……気の所為、 か。 あいつがこんな朝早くに上野駅にいるわけないよな)

小さく頭を振って、 胸の奥に残るわずかなざわつきを振り払う。


改札を抜けて新幹線ホームへ向かう。

朝のホームには独特の空気があって、 旅の始まりらしい高揚感が漂っている。


澪はもう来ていた。

少し離れた場所で、 小さめのバッグを持って立っている。

きれいめの私服姿は大学で見るときより少しやわらかくて、 でもやっぱり目を引いた。


俺に気づいた澪は、 すぐに表情をやわらかくする。


「おはよう」


「おはよう、 澪」


名前で呼ぶと、 澪は少しだけ照れたように笑った。

でも今日はそれ以上に、 どこかそわそわしているように見える。


「ちゃんと来た」


「来るに決まってるだろ」


「うん。 でも、 会えたらやっぱりうれしい」


その言い方が朝から甘くて、 胸の奥がじんわり熱くなる。


「俺も」


そう返すと、 澪は満足そうにうなずいた。

ホームで並んで立ちながら、 澪は何度か線路の向こうを見ていた。

まだ新幹線は来ていない。 その待ち時間さえ、 今日は妙に特別に感じる。


「ねえ」


澪がふいに俺を見る。


「どの席なの?」


その質問を待っていた。

俺はできるだけ平然とした顔で答える。


「グランクラスです」


一瞬、 澪の動きが止まった。


「……え?」


「グランクラス」


言い直すと、 澪は目を丸くしたまま固まる。

数秒遅れて、 ようやく意味が追いついたみたいだった。


「えぇぇぇ?」


思わず声が少し大きくなって、 澪は慌てて口元を押さえる。

その頬がみるみる赤くなっていくのがわかった。


「ちょ、 ちょっと待って」


「待つけど」


「グランクラスって、 あのグランクラス?」


「たぶん澪が思ってるそのグランクラス」


そう言うと、 澪は完全に動揺した顔で俺を見る。


「なんでそんなさらっと言うの……」


「言うタイミングなかったし」


「あるでしょう普通」


澪はそう言いながらも、 耳まで赤くなっていた。


「そんなの聞いたら、 もっとちゃんとした服で来たのに」


「今の澪で十分かわいい」


反射みたいにそう言うと、 澪はさらに顔を赤くした。


「朝からずるい……」


その反応が可愛くて、 思わず笑ってしまう。

そのとき、 遠くから新幹線の入線音が聞こえてきた。


「あ、 来た」


澪が少しだけ緊張したように言う。

ホームに滑り込んでくる車体を見ながら、 俺たちは自然と並んで立った。


旅行が本当に始まる。 そう思うだけで、 胸の奥がまた高鳴る。

停車した車両の前で、 俺たちは顔を見合わせた。


「……ほんとに乗るのね」


「ここまで来て乗らない選択肢ある?」


「ないけど」


澪は少しだけ笑って、 それから小さく息を吸う。


「なんか、 急に実感してきた」


「俺も」


そう言って、 俺たちは一緒に車内へ乗り込んだ。

中に入った瞬間、 澪はまた少し目を丸くした。


「……すごい」


声をひそめてそうつぶやく。

座席の雰囲気も、 空気も、 普通車とはまるで違う。


「こっち」


俺が案内すると、 澪はおとなしくついてくる。

その様子が少しだけ緊張していて、 でもうれしそうでもあって、 見ているだけで胸があたたかくなった。

席に着くと、 澪はそっと座面に触れてから腰を下ろした。


「なんか、 落ち着かない」


「そのうち慣れるよ」


「慣れるかな……」


澪はそう言いながらも、 きょろきょろと周囲を見ている。

その反応が新鮮で、 こっちまで楽しくなる。


「でも、 すごく特別な感じする」


「旅行だしな」


「うん。 それに、 あなたがこういうの用意してくれたっていうのが……」


そこまで言って、 澪は少しだけ視線を落とした。


「うれしい」


その一言がやわらかくて、 胸の奥にじんと広がる。

発車まで少し時間がある。

澪はようやく少し落ち着いてきたのか、 座席に深くもたれながら小さく笑った。


「なんか、 軽食楽しみ」


その言葉に、 俺は一瞬だけ間を置いた。


「澪」


「うん?」


「これ、 あさまだから軽食ないんだよ」


数秒、 澪はきょとんとした顔をした。

それから意味を理解した瞬間、 表情がわかりやすく崩れる。


「……ガーン」


本当にそんな顔をするんだなと思うくらい、 見事にしょんぼりしていた。


「楽しみにしてたのに……」


「そんなに?」


「だって、 グランクラスって聞いたら、 そういうのあると思うじゃない」


澪は少しだけ唇を尖らせる。

その反応が可愛すぎて、 つい笑いそうになるのをこらえた。


「まあ、 その代わり」


そう言って、 俺は足元に置いていた包みを持ち上げる。


「漆塗りの超高級弁当、 買っておきました」


「……え?」


澪がまた固まる。


包みを見て、 俺を見て、 もう一度包みを見る。

そのあと、 頬がじわじわ赤くなっていく。


「ちょっと待って」


「待つけど」


「なんでそんなことするの……」


「澪が楽しみにしてるかなと思って」


そう答えると、 澪は完全に言葉を失ったみたいだった。


「……もう、 ずるい」


小さくそうつぶやいて、 視線をそらす。

でも口元は少しだけゆるんでいる。


「うれしい?」


聞くと、 澪は少しだけむっとした顔をしてから、 観念したみたいにうなずいた。


「……すごくうれしい」


その返事が聞けただけで、 用意した甲斐があったと思えた。

新幹線が動き出してしばらくすると、 俺たちは弁当を開けた。

蓋を開けた瞬間、 澪が小さく息をのむ。


「すごい……」


漆塗りの箱の中に、 丁寧に詰められた料理が並んでいる。

見た目からして特別感があって、 旅の始まりにはちょうどよかった。


「これ、 ほんとに高そう」


「まあ、 それなりに」


「そんな平然と言わないで」


澪はそう言いながらも、 箸を持つ手はどこかうれしそうだった。

ひと口食べると、 澪の表情がぱっと明るくなる。


「……おいしい」


「よかった」


「すごくおいしい」


澪は本当に幸せそうにそう言って、 またひと口食べる。

その様子を見ているだけで、 こっちまで満たされる気がした。

しばらく二人で静かに食べ進めていたけれど、 ふいに澪が顔を上げた。


「そういえば」


「うん?」


「なんで私たち以外いないの?」


その問いに、 俺はできるだけ自然な顔で答える。


「貸し切りました」


「……え?」


澪の箸が止まる。


「貸し切りました」


もう一度言うと、 澪は完全に固まった。


「……え?」


今度の声はさっきより小さい。

でも驚きは何倍にもなっているのがわかった。


俺を見て、 周囲を見て、 また俺を見る。

その頬がまたじわじわ赤くなっていく。


「……え?」


澪はまだ、 それしか言えないみたいだった。

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