雨夜にギャルに捨てられた陰キャ、高嶺の花に拾われ帰されない件
如月先輩に手を引かれ、校舎裏の屋根付き通路を抜けたころには、雨は完全に土砂降りになっていた。
さっきまで中庭で濡れながら座り込んでいた俺は、もう体の芯まで冷えていた。
けれど、先輩の手は驚くほど温かかった。
「藤崎くん、歩ける?」
「……はい」
声が震えていたのは、寒さのせいだけじゃない。
二年間付き合った彼女に、あんな雑に捨てられた直後だ。
心がまだ現実を受け止めきれていない。
先輩は俺の顔をちらりと見て、眉を寄せた。
「無理してる顔ね。……でも、無理してでも来てもらうわ」
「どこに行くんですか」
「安心できる場所。あなたが、ひとりで泣かなくていい場所」
その言葉が胸に刺さった。
リナに言われた「陰キャ脱出がんばー」という軽い言葉とは、あまりにも違いすぎた。
校門を出ると、先輩は迷いなく歩き出した。
俺はその後ろをついていく。
雨は容赦なく降り続け、アスファルトに跳ね返る音が耳を打つ。
「……先輩の家、近いんですか?」
「近いわ。歩いて五分」
「え、家に行くんですか?」
「他にどこがあるの?」
先輩は振り返らずに言った。
その声は冷たいのに、どこか優しさが滲んでいた。
「藤崎くん、あなた今ひとりにしたら……壊れちゃいそうだもの」
その一言で、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
誰にも言われたことのない言葉だった。
五分ほど歩くと、先輩の家が見えてきた。
白い外壁に黒い門。
明らかに“いい家”だ。
「入って」
先輩は傘を閉じ、俺を玄関へ促した。
靴を脱ぐと、床暖房の温かさが足裏に伝わる。
「タオル持ってくるわ。そこに座ってて」
リビングのソファに座ると、急に現実感が戻ってきた。
他人の家、それも如月先輩の家にいるなんて、普通じゃない。
でも、今の俺は“普通”じゃなかった。
先輩がタオルを持って戻ってきた。
「はい、これ。髪、拭いて」
「ありがとうございます……」
タオルを受け取ると、先輩は俺の隣に座った。
距離が近い。
リナと付き合っていたときでも、こんな距離感はなかった。
「……ねえ、藤崎くん」
「はい」
「泣きたいなら、泣いていいのよ」
その言葉を聞いた瞬間、堪えていたものが一気に溢れた。
涙が止まらなかった。
声を出さないように必死で抑えたけれど、肩が震えるのは止められなかった。
先輩は何も言わず、そっと俺の頭を自分の肩に寄せた。
「……よく頑張ったわね」
その一言で、また涙が溢れた。
「二年間も付き合って、あんな別れ方……辛かったでしょう」
「……はい」
「“陰キャ脱出がんばー”なんて言われたんでしょ?」
俺は驚いて顔を上げた。
「なんで……知ってるんですか」
「聞こえてたのよ。あの子、声大きいもの」
先輩は少しだけ苦笑した。
「あなたは悪くないわ。あの子が幼稚だっただけ」
その言葉は、リナに言われたどんな言葉よりも優しかった。
「……俺、そんなにダメなんですかね」
「ダメじゃない」
先輩は即答した。
「むしろ、あなたみたいな人の方が……大事にしたくなるわ」
その言葉に、胸が熱くなった。
「藤崎くん。あなたは優しい。真面目。人を大切にできる。
でも、それを“つまらない”って言う子もいるのよ」
「リナ、そう言ってました……」
「ええ。でもね」
先輩は俺の頬に触れた。
その手は温かかった。
「私は、そういうところが好きよ」
心臓が跳ねた。
如月先輩が、俺を“好き”と言った。
もちろん恋愛の意味じゃないかもしれない。
でも、今の俺には十分すぎる言葉だった。
「……先輩、なんで俺にこんな優しいんですか」
「理由なんていらないわ」
先輩は俺の手を握った。
「あなたが泣いてたから。
それだけで、助けたいと思ったの」
その言葉は、雨の音よりも強く胸に響いた。
「藤崎くん。今日は帰さないわ」
「え……?」
「あなた、家に帰ったら絶対に一人で泣くでしょう。
それに、風邪もひく。
だから今日は、私のそばにいなさい」
その言い方は、命令のようで、でも優しかった。
「……迷惑じゃないですか」
「迷惑なら、こんなこと言わないわ」
先輩は俺の手をぎゅっと握った。
「私はね、藤崎くん。
あなたが思ってるより、ずっとあなたのこと見てたのよ」
「え……?」
「廊下でリナに振り回されてるときも、
あなたが一人で帰ってるときも、
全部じゃないけど……気づいたら目で追ってた」
心臓が跳ねた。
「だから、今日あなたが泣いてるのを見て……放っておけなかったの」
先輩は俺の肩にそっと頭を預けた。
「ねえ、藤崎くん。
今日は……私のそばにいて」
その声は、雨の夜に溶けるように優しかった。
俺はゆっくりと頷いた。
「……はい」
先輩は微笑んだ。
その笑顔は、リナのどんな笑顔よりも綺麗だった。
「よかった。じゃあ、まずはお風呂に入りなさい。
そのあと、温かいもの作ってあげる」
「え、料理できるんですか?」
「失礼ね。これでも家事は得意なのよ」
先輩は立ち上がり、キッチンへ向かった。
その背中を見ながら、俺は思った。
――俺は今、救われている。
リナに捨てられた痛みはまだ消えない。
でも、如月先輩の言葉と温もりが、少しずつ心を満たしていく。
そして俺はまだ知らない。
この夜を境に、如月先輩との距離が“普通じゃない速度”で縮まっていくことを。
そして、リナが後日“とんでもない理由”で俺に連絡してくることも。
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