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「ここ、藤崎くんの場所ね」から始まる、先輩との甘すぎる日常

澪先輩の言葉が、

いつまでも胸の奥に残っていた。


先輩のぬくもりがすぐ隣にあって、

絡めた指はまだ離れない。

肩が触れ合って、

息がかかりそうなくらい近い距離なのに、

不思議と嫌な緊張はなかった。

ただ、甘くて、落ち着かなくて、

でも離れたくないと思ってしまう。


「藤崎くん」


「はい」


「さっきから、顔赤い」


先輩は楽しそうにそう言って、

俺の手をきゅっと握った。

その声にはからかうような響きが少しだけ混じっているのに、

目はやさしくて、

結局また胸が熱くなる。


「先輩のせいです」


「私のせい?」


「そうです。

こんなに近くにいたら、落ち着くわけないじゃないですか」


そう言うと、

先輩は少しだけ目を丸くして、

それからふわっと笑った。


「でも、離れてほしくはないんでしょう?」


図星だった。

言い返せなくて黙ると、

先輩はますます嬉しそうに笑う。


「やっぱり」


「……ずるいです」


「ずるくてもいいの。

今日はいっぱい甘やかすって決めてるから」


その言い方があまりにも自然で、

まるで“甘やかす”ことが先輩にとって当たり前みたいで、

胸の奥がくすぐったくなる。



先輩は俺の手を引いたまま、

ソファの背にもたれるように少し体勢を変えた。

そのせいで、

俺との距離がさらに近くなる。


「ほら、こっち」


「え?」


「もっと楽な姿勢でいて。

緊張してるの、見ててわかるもの」


そう言って、

先輩は俺の肩を軽く引き寄せた。

気づけば、

俺は先輩のすぐ隣どころか、

ほとんど寄り添うみたいな形になっていた。


「先輩、これ近すぎません?」


「そう?」


「そうです」


「私はちょうどいいわよ」


先輩は平然としている。

でも耳が少し赤いのを見つけて、

余裕があるわけじゃないんだとわかった。

それが少し嬉しい。


「先輩も照れてるじゃないですか」


「……照れてるわよ」


意外なくらい素直に認めて、

先輩は少しだけ視線をそらした。


「でも、照れててもこうしたいの」


その一言が、

やさしくて、甘くて、

どうしようもなく胸に響く。


「藤崎くんが隣にいると、

触れていたくなるの」


そんなことを言われたら、

もう何も言えなくなる。

先輩は本当に、

まっすぐすぎるくらいまっすぐに気持ちをくれる。



しばらくして、

先輩はふと思いついたように立ち上がった。


「ちょっと待ってて」


そう言って寝室へ向かい、

すぐに戻ってくる。

その手には、さっき買ったばかりのパジャマがあった。


「はい、これ」


「え?」


「せっかくだし、着てみて」


「今ですか?」


「今」


先輩はにこっと笑う。

その笑顔が妙に楽しそうで、

断れる空気ではなかった。


「サイズ合うか見たいし。

それに、ちゃんと似合うか気になるもの」


「似合うかまで確認するんですか」


「するわよ。

私が選んだんだから」


そう言われて、

俺は苦笑しながらパジャマを受け取った。


「じゃあ、着替えてきます」


「うん。

楽しみに待ってる」


その言い方がまた甘くて、

着替えるだけなのに妙に緊張してしまう。



着替えてリビングに戻ると、

先輩はソファから立ち上がって、

俺の姿を見た瞬間に目を細めた。


「……うん。すごくいい」


その声が本気で嬉しそうで、

思わず照れてしまう。


「そんなにですか」


「そんなに」


先輩は俺の前まで来ると、

袖口や肩のあたりをそっと整えた。

指先が布越しに触れるたび、

胸の鼓動が落ち着かない。


「サイズもちょうどいいし、

色も似合ってる」


「先輩が選んだんですもんね」


「そう。

だから似合ってくれて嬉しい」


先輩はそう言って、

少しだけ見上げるように俺を見た。

その距離が近くて、

また息が詰まりそうになる。


「……なんか、ほんとにここで過ごす人みたい」


「もう過ごしてるじゃないですか」


「そうなんだけど」


先輩は小さく笑って、

パジャマの胸元を軽くつまんだ。


「こうして見ると、

もっと実感するの。

藤崎くんのものがここにあって、

藤崎くんがここにいるんだって」


その言葉に、

胸の奥がじんわり熱くなる。



「ねえ、藤崎くん」


「はい」


「ちょっとだけ、こっち来て」


先輩はそう言って、

ベッドの端に腰かけた。

言われるまま近づくと、

先輩は俺の手を取って、

自分の隣に座らせる。


寝室の空気は、

リビングよりも少し静かだった。

枕が二つ並んだベッドがすぐそこにあって、

そのうちのひとつが“俺の場所”なのだと思うと、

また胸が熱くなる。


「こうして並ぶと、いいわね」


先輩はベッドの上の枕を見ながら、

満足そうに言った。


「ちゃんと二人分ある」


「先輩、それ好きですね」


「好きよ」


先輩は即答した。

それから少しだけ肩を寄せてくる。


「二人分って、なんだか幸せだもの」


その言葉に、

俺も自然と笑ってしまう。


「先輩、今日ずっと幸せそうです」


「だって幸せなんだもの」


先輩はそう言って、

俺の肩にもたれた。

さっきよりもずっと自然で、

まるでそれが当たり前みたいな仕草だった。


「藤崎くん」


「はい」


「頭、撫でてもいい?」


「え?」


あまりにも不意打ちで、

間の抜けた声が出る。

先輩は少しだけ恥ずかしそうに笑った。


「なんとなく。

今日はいっぱい頑張ってくれたし、

甘やかしたいなって」


そんな理由で頭を撫でられるのかと思うと、

照れくさくてたまらない。

でも、嫌なわけがなかった。


「……どうぞ」


そう答えると、

先輩は本当に嬉しそうに目を細めた。

そしてそっと、

俺の髪に手を乗せる。


やさしい。

驚くほどやさしい手つきだった。

子ども扱いするみたいな雑さはまったくなくて、

大事なものに触れるみたいに、

ゆっくりと撫でてくれる。


「先輩……」


「うん?」


「これ、だめになります」


「だめになっていいの」


先輩はくすっと笑って、

もう一度髪を撫でた。


「ここでは、いっぱい甘やかされて」


その声があまりにも甘くて、

胸の奥がじわじわ溶けていくみたいだった。



しばらく撫でられているうちに、

本当に力が抜けていくのがわかった。

先輩の隣は落ち着く。

先輩の手はあたたかい。

先輩の声はやさしい。

その全部が心地よくて、

気づけば俺は少しだけ先輩にもたれるようになっていた。


「……ふふ」


先輩が小さく笑う。


「寄りかかってくれた」


「先輩が甘やかすからです」


「うれしい」


先輩はそう言って、

今度は俺の肩をそっと抱くように腕を回した。

包み込まれるみたいなそのぬくもりに、

胸がいっぱいになる。


「藤崎くん、えらい」


「何がですか」


「ちゃんと甘えられてる」


その言い方がやさしすぎて、

思わず笑ってしまう。


「そんなことで褒めるんですか」


「褒めるわよ。

もっとしてほしいもの」


先輩は俺の肩に頬を寄せながら、

静かに続けた。


「遠慮しないで、

ここでは私に甘えて。

そのために場所を作ったんだから」


その言葉は、

今日のどの言葉よりもあたたかかった。


ただ泊まるためじゃない。

ただ物を置くためじゃない。

先輩は本当に、

俺が安心して甘えられる場所を作ろうとしてくれている。


「……先輩」


「なに?」


「好きです。

こういうの」


言い方が少し曖昧になってしまったけれど、

先輩はちゃんと意味をわかってくれたみたいだった。


「うん。

私も好き」


そう言って笑う先輩の声は、

どこまでもやわらかい。


窓の外はもうすっかり夕暮れで、

部屋の中には静かなぬくもりが満ちていた。

枕があって、棚があって、歯ブラシがあって、パジャマがある。

そして今は、

先輩の腕の中みたいなこの距離まである。


少しずつ増えていく“俺の場所”は、

物だけじゃなくて、

こういう甘い時間そのものまで含んで

形になっていくのかもしれない。


そう思ったら、

胸の奥がどうしようもなくあたたかくなった。


先輩は最後にもう一度、

俺の髪をそっと撫でて微笑む。


「次はもっと甘やかす準備、しておくね」


その約束が嬉しくて、

俺は小さく笑いながらうなずいた。


この部屋に来るたび、

きっと俺はまた先輩に甘やかされて、

そのたびにもっと好きになっていく。


そんな未来が、

もう楽しみで仕方なかった。

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