美人な先輩の部屋に俺の居場所ができて、気づけば毎日が甘すぎる
買い物を終えてマンションに戻るまでのあいだ、
澪先輩はずっと嬉しそうだった。
歯ブラシに、パジャマに、着替えを入れるための小さな棚。
袋の中に入っているのはどれも日用品のはずなのに、
先輩がそれを大事そうに持っているだけで、
まるで特別な贈り物みたいに見えてしまう。
「ふふ……なんだか楽しい」
エレベーターを待ちながら、
先輩は小さくそうつぶやいた。
その横顔はやわらかくて、
今日一日ずっと機嫌がいい理由が、
全部俺に関係しているのだと思うと胸が熱くなる。
「そんなにですか?」
「そんなに、よ」
先輩は即答した。
それから少しだけ照れたように笑って、
手に持った袋を見下ろす。
「だって、藤崎くんのものが増えるのよ?
嬉しくないわけないでしょ」
さらっと言うくせに、
ひとつひとつの言葉が甘すぎる。
先輩はたぶん無自覚じゃない。
ちゃんと自覚したうえで、
それでもまっすぐ伝えてくれている。
だから余計に、心臓に悪かった。
部屋に入ると、
先輩は「まずはこれ」と言って洗面所へ向かった。
買ってきた歯ブラシを袋から取り出し、
自分の歯ブラシの隣に並べる。
「……うん」
その様子を見て、
先輩は満足そうにうなずいた。
「これでちゃんと二人分」
たったそれだけのことなのに、
妙に現実味があって、胸がどきりとする。
洗面台に並んだ歯ブラシは、
まるでここに俺の居場所があることを
目に見える形で教えてくれているみたいだった。
「先輩、嬉しそうですね」
「嬉しいもの」
先輩は振り返って、
少しだけ首をかしげる。
「藤崎くんは嬉しくないの?」
「嬉しいです。
……かなり」
そう答えると、
先輩はふっと目を細めた。
「よかった」
その一言がやさしくて、
胸の奥がじんわりあたたかくなる。
◆
次は寝室だった。
先輩は買ってきたパジャマを丁寧にたたみ、
ベッドのそばに置く。
それから小さな棚の箱を開けて、
説明書を見ながら組み立て始めた。
「俺やりますよ」
「一緒にやりましょ」
先輩はそう言って、
当然みたいに俺の隣にしゃがみこんだ。
近い。
肩が触れそうなくらい近い距離で、
先輩は真剣な顔で板とネジを見比べている。
「これとこれを先につけるのかな」
「たぶんそうですね」
「じゃあ押さえててくれる?」
「はい」
二人でひとつの棚を組み立てる。
それだけのことなのに、
どうしてこんなに幸せなんだろうと思う。
先輩の髪がふわりと揺れて、
近くを向くたびにやさしい香りがした。
真剣な横顔も、
うまくはまるたびに少し嬉しそうにするところも、
全部が愛しく見えてしまう。
やがて棚が完成すると、
先輩はそれを部屋の隅――
さっき“藤崎くんのものにしたい”と言っていた場所へ置いた。
「できた」
その声には、
小さな達成感と大きな喜びが混ざっていた。
棚の上には観葉植物。
その隣に、俺のパジャマ。
下の段には、これから着替えを入れるための空間。
まだ全部埋まっているわけじゃないのに、
そこはもう十分すぎるほど“俺の場所”に見えた。
「どう?」
先輩が少し不安そうに聞いてくる。
「すごくいいです」
そう答えると、
先輩はほっとしたように笑った。
「よかった。
藤崎くんのもの、これからもっと増やしていきたいの」
「もっと?」
「うん。
たとえば充電器とか、部屋着とか、
よく読む本とか。
藤崎くんが来たときに、
何も困らないようにしたいの」
その言葉が自然すぎて、
思わず笑ってしまう。
「先輩、準備よすぎません?」
「だって、快適に過ごしてほしいもの」
先輩はそう言ってから、
少しだけ声をやわらかくした。
「ここに来たら、安心するって思ってほしいの」
その一言に、
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
先輩は本当に、
俺がここで心地よく過ごせることを一番に考えてくれている。
それが嬉しくて、
どうしようもなくあたたかかった。
◆
ひと通り片づけが終わると、
先輩はベッドに腰かけて俺を見上げた。
「ねえ、藤崎くん」
「はい」
「ちょっと見て」
言われるまま視線を向けると、
先輩は枕の置かれた場所と、
新しく置いた棚を交互に指さした。
「寝る場所があって、
着替えを置く場所があって、
歯ブラシもあるでしょう?」
「はい」
「……なんだか、すごくいいわね」
しみじみとそう言う先輩が、
あまりにも幸せそうで、思わず笑ってしまった。
「先輩が一番嬉しそうです」
「そうかも」
先輩は否定しなかった。
むしろ少し誇らしそうに胸を張る。
「だって、私の部屋に
藤崎くんの場所がちゃんとできたんだもの」
その言い方があまりにもまっすぐで、
胸の奥がまた熱くなる。
先輩はベッドの上で少しだけ身を乗り出し、
俺の手をそっと取った。
「これからね、
ここに来るたびに“帰ってきた”って思ってほしいの」
やさしい声だった。
甘いのに、どこか静かで、
だからこそ深く胸に残る。
「俺、もう思ってますよ」
「え?」
「ここ、落ち着くし……
先輩がいるし。
だから、もう十分帰ってきたくなる場所です」
そう言うと、
先輩は一瞬だけ目を丸くして、
それからふわっと笑った。
その笑顔は、
今日見たどんな表情よりもやわらかかった。
「……ずるい」
「何がですか?」
「そんなこと言われたら、
もっと甘やかしたくなるじゃない」
先輩はそう言って、
俺の手をきゅっと握る。
そのぬくもりが心地よくて、
離れる気がしなかった。
「藤崎くん」
「はい」
「次はマグカップも買いましょ。
あなた専用の」
「専用、増えていきますね」
「まだ増やすわよ?」
先輩は楽しそうに笑う。
その笑顔を見ていると、
これから先、
本当に少しずつ俺のものがこの部屋に増えていくんだろうと思えた。
枕があって、歯ブラシがあって、パジャマがあって、棚がある。
そしてこれからも、
先輩はきっと嬉しそうに
“藤崎くんのもの”を増やしていくのだろう。
そんなふうに居場所を作ってもらえることが、
こんなにも幸せだなんて知らなかった。
先輩は俺の手を握ったまま、
やわらかな声で言う。
「今日はもう、ゆっくりしていってね」
その一言に、
胸の奥まで甘さが広がっていく。
たぶんこれから先、
この部屋に来るたびに思うのだろう。
ここはただ先輩の部屋じゃない。
先輩が俺のために、
少しずつ、丁寧に、
愛情ごと整えてくれた場所なんだと。
そしてそのたびに、
俺はきっと何度でも好きになる。
このやさしい部屋も。
ここに俺の居場所を作ってくれた先輩のことも。
誰より甘く、誰よりまっすぐに
俺を大事にしてくれる澪先輩のことを。
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