第62話 最終戦
トッケタ族の村で発生した特殊クエスト、侵攻と防衛の二種類には明確な勝利条件がある。
今回の場合、侵攻側の条件はモニュメントの破壊、つまり守り石を破壊することで、防衛側の条件はそれを守り抜くことだ。
防衛側が相手チームを全滅させるか、あるいは相手のリーダーを倒し、残りのメンバーに降伏させることで勝利が確定する。
アスランは目当てのレア装備を先に取られたことをきっかけに、逆恨みから目的を「嫌がらせ」に単純化させて村を襲う。
対するクロノは、近々実装されるギルド専用コンテンツに向けて、果てはラスボス攻略のために必要な施設を守るために防衛に奮闘している。
両者の剣が双方の目的とする守り石の前で、激しく打ち合わされた。
「数人規模の弱小ギルドが、うちに勝てると思ってんのかよ」
短剣と長剣のつばぜり合いの最中、顔を近づけたアスランが吠える。どちらかと言えばここまで劣勢で立ち回り、クロノの強さにも気づいてはいるが、それでも彼は「弱小」という言葉を使った。
VRMMOにおける対人戦闘、こと一対一の戦いにおいては相手の「通常」を壊した方に分がある。
それがアスランの持論だった。
対面したらまず煽る。それが「マナー違反」と蔑まれても関係ない。勝てればそれでいい。
相手が煽りに反応して怒りを表せば、その分正常な判断は失われ、動きも精彩を欠く。
その隙をつけば、どんな強者にも勝てるはずだった。
「ビビッて声も出ねぇか? 名前もないようなギルドは腰が引けてんなぁ」
クロノの返答を待つよりも先にさらに煽る。
クロノは、両手で短剣を強く握りしめたまま、クスッと笑った。
「ああ、ごめん。いいギルド名を考えていたんだ。この戦いが終わる頃に、きちっとお前に名乗れるように」
「ふ……ざけんな!」
アスランが長剣を力任せに振り払う。クロノはそれに合わせて後ろに飛びのき、二人の間に距離が生まれた。
クロノは言われた分を言い返しただけだが、アスランには思いのほか効いていた。ゲームをプレイしていて、ここまでうまくいかないことは初めてだ。
そのイライラが積み重なっているせいで、相手の煽りに対する耐性が低くなっている。
落ち着け、こいつのペースに乗せられるんじゃねぇ――感情を乱せば弱くなる、というのは自分の持論だ。アスランは湧き上がる怒りを理性で押しとどめ、頭だけは冴えるように努めた。
手に持った長剣をクロノに向けて投げつける。
まっすぐに飛んでいった長剣は、クロノの短剣に簡単に弾き落とされる。
「チッ……」
アスランの短い舌打ちが、二人の間に響く。
最初は、クロノの強さを「PVEにおいてのみ発揮されるもの」だとアスランは思った。
MMORPGには対人戦を好まず、モンスターやボスの攻略にだけ熱中するプレイヤーは大勢いるし、実際に他のゲームではそう言ったプレイヤーと数多く戦ってきた。
そういうやつらはプレイヤースキルには秀でているものの、PVPに対する理解が浅く、割と簡単に倒せる印象を持っていた。
しかし、クロノはどうも他のプレイヤーとは違う。
対人戦を好んではいないようだが、全く知らないわけでもなさそうだ、とアスランは思った。
長剣を投げつけてワザと隙を作ったのに、クロノはそこに迂闊に飛び込むようなことはしない。
モンスターとの戦闘に慣れたプレイヤーは、敵が武器を失ったとわかれば必ずその隙をついて来る。
まさか相手がインベントリの中に複数の武器を所持していて、すかさず反撃に転じられるように網を張っているとは思いもしない。
トッケタ族の村で最初に戦った時に、アスランは一度この手法を見せているが、その時もクロノは飛び込んでは来なかった。
「下手な小細工はやめろ。お前と俺じゃ経験値が違う。そんな見え透いた手に、今更引っかかるわけないだろ」
クロノはアスランが再び長剣を装備するのを待ちながら、呆れたように言った。
「経験値?」
その言葉にアスランが反応する。
「てめぇより俺の方が経験が少ないっていうのか? 舐めんなよ、ガキが。俺はな、今までどのゲームでも対人戦主体でやって来たんだ。LEOでもそうだ。サービス開始から今日まで、既に何人もぶっ倒してきた。システムが造った偽物と戦っているだけのお前らに『経験値』がどうだとか言われたくねぇ!」
アスランはゲーマーだ。現実では格闘技を嗜み、そこそこ楽しんではいるものの、ゲーム世界の楽しさには遠く及ばないと思っている。
今までプレイしてきたVRMMOは数知れず、そのほとんどのゲームで「対人戦」をメインに戦ってきた。
そこには彼なりの誇りがあり、クロノの発言はそのプライドを傷つけた。
高まっていたイライラは、極限に近くなっている。激高。「感情を乱すと弱い」なんて持論も忘れてしまい、アスランは長剣を振り上げて走り出す。
眼前に捉えたクロノにアスランが剣を振り下ろすよりも先に、クロノが短剣を振りぬいた。
「お前が相当対人戦をしてきたのはわかるよ。……でも、このゲームの対人戦闘に限ってだけは、まだ俺の方が長い」
炎が、アスランの眼前に広がった。




