第63話 経験値と思い
クロノはアスランのことを、ある意味では尊敬していた。
過去に戻ってくる前、クロノが紅の探究者に所属していた頃のギルドメンバー。
当時から胡散臭いと思っていて、今になって彼が「PKを仕掛けるタイプ」のプレイヤーだと知った。
難癖をつけて襲う口実を見繕うその姿勢には正直嫌悪感がある。
しかし、尊敬しているのはもっと別のところだった。
LEOのサービス開始から、ラスボスの討伐まで。つまり、十年間このゲームをプレイし続けたプレイヤーは、実はそれほど多くない。
LEOは常に大量のプレイヤーで溢れる人気タイトルではあるが、それは新規プレイヤーや途中参加のプレイヤーが多いからである。
サービス開始からこのゲームをずっとプレイし続ける者は、全体の三割程度しかいない。
同じゲームを十年間ずっとプレイし続けるというのは、それほどに難しいことである。
そんな稀有なプレイヤーが、今この場には二人いた。
一人は言わずと知れたクロノであり、何なら彼は過去に戻ってきてまでこのゲームの攻略を夢見ている。
そしてもう一人が、アスランだった。
クロノの知る限り、紅の探究者のメンバーで一度もLEOから距離を置かずにプレイし続けたのは三人だけ、自分とギルドマスターのリオウ、そしてアスランだ。
他のメンバーは何らかの理由で辞めていったり、あるいは一時的にゲームが出来なくなって休止したりしている。
十年間同じゲームをやり続けることはそう簡単なことではない。それを身をもって知っているクロノは、こんな状況であってもアスランに対して心のどこかで同士のような思いを抱いていた。
もしもお前と十年後にやり合うことになっていたら、きっと俺は手も足も出せずに負けていたんだろうな。
クロノは心の中で呟く。タイムスリップを匂わせる発言だ。間違っても口に出すことはない。
しかし、込めた思いは紛れもない本心である。
PVPに特化したプレイヤーというのはPVEを主とするプレイヤーとはまるっきり別の存在である。
取得していくスキルの傾向も違えば、熟練度をあげる武器も違う。それぞれの道で「強い」とされる方向性が違うからだ。
どれだけPVEをやり込んだプレイヤーでも、PVPでは瞬殺される。それはある意味、LEOでの常識のような話だった。
もしも十年後のアスランと戦うことがあるとすれば、クロノは瞬く間もなく倒されてしまうだろう。
そう、十年後だったのなら。
「なんだこれは……」
クロノの短剣、「ガルーダの魔剣」から放たれた炎はアスランの周囲を大蛇のように取り囲んだ。
丁度、エリファに使ったのと同じような技の使い方であり、炎は相手の動きを制限するだけでなく、視界を遮る役割も担っている。
「剣を素早く振りぬいてみな。範囲を広げるために薄く伸ばした炎だ。簡単に振り切れるぞ」
クロノが淡々と助言する。
その言葉が、アスランを逆なでした。
「余裕のつもりか? 下らねぇことするんじゃねぇ」
アスランは剣を振り、炎を払うと、その足でクロノに向かっていく。
余裕……はあった。だが、クロノはアスランを見下して助言したわけではない。
PVPの経験が少ないクロノは、十年後のアスランにはまるで歯が立たない。しかし、今のアスランであれば話は違う。
経験が少ないと言っても、そこには十年分の蓄積がある。その蓄積は、LEOというゲームのPVPにおいては今のアスランよりも上である。
クロノは後ろめたく思ったのだ。
自分は未来の経験を利用しているに過ぎない。本来は勝てるはずのない相手でも、未来の知識のおかげで勝ててしまう。アスランがどう動こうが、未来で得た知識で「初見殺し」が出来てしまう。
それはもはやチートのようなもので、PVPというお互いの技量を測る場において、あまりにもフェア精神に欠けている。
負けるつもりは全くない。この村を失うことと天秤にかけられるような思いでもないが、確かにそう言う思いがあった。
そして同時に、悲しくもあった。
今のアスランは、「人を害する」ことにしか目を向けていない。
十年後の彼はどうだったのだろうか。
少なくとも、同じゲームを同じ時間プレイしてきたクロノとっては、十年後のアスランはもっと違ったのではないかと思えてならなかった。
PVPを好む点は同じ。ただ、「誰かを害したい」というか加害欲だけでなく、純粋にPVPを楽しむ心もあったはずだ。……そう思いたかった。
同じゲームを十年間プレイし続ける熱量には、きっとそれだけの魅力があったのだと信じたかった。
だから、気づけば必要のない助言をしていたのだ。
LEOのプレイスタイルは多彩。無数の分かれ道がある。
相手のスタイルをいち早く読み解いて、それに合わせて展開を変える。それこそがこのゲームの醍醐味なのだ、と伝えたかった。
「武器もできればしっかりしたものを使った方がいい。お前のその使い捨てのスタイル、序盤じゃ通用するかもしれないが、後半になるにつれて辛くなるぞ」
「うるせぇ! 上から目線をやめろってんだよ!」
アスランは懸命に剣を振る。クロノはそれを寸前で見切る。アスランの動きはまだ完全にこのゲームに慣れていない、単調な攻撃だ。クロノにとっては避けるのに造作もなかった。
そして、剣を避ける度に、クロノは長剣の刃の側面を短剣で狙い、的確にダメージを与えていった。
量産型の剣は、酷く脆い。レア武器と打ち合えば、簡単に消耗して折れてしまう。
アスランは何度もインベントリから剣を出し、取り換えて戦ったが、やがて保有していた長剣の残数が無くなってしまった。




