第6話 白百合の少女
白川由利は憂鬱な気分で階段を下りた。
高校から帰宅する最中、車通りの多い交差点で、やたらと待ち時間の長い信号を避けて横断歩道を渡ったところだ。
憂鬱の原因はわかっている。一限目担当の教師が急に小テストをやると言い出したこと。購買の隣にある自販機で、お気に入りの飲み物が売り切れだったこと。
それから――LEOの投稿動画の視聴率が芳しくないこと──これが一番の理由だった。
発売からおよそ一か月が経った話題沸騰中のVRMMORPG:LastEdenOnline、通称LEOは発売前から由利が目をつけていたゲームタイトルだ。
話題性は抜群。実際の面白さと評判も上々。それまで配信していたゲームタイトルから心機一転乗り換えて、より多くの再生数を求めてプレイし始めたというのに。
――なのにどうして。
初回にあげた動画は中々よかった。それまでの他のゲーム動画の再生数を上回ったし、登録者も増えた。
しかし、二本目の動画は伸び悩んだ。再生数は一向に増えず、コメントはゼロ。
祈るような気持ちで投稿した三本目、四本目の動画もも似たような結果に終わった。
由利の投稿する動画は、エンタメ要素七割、攻略情報三割で構成されている。
純粋な攻略情報の動画だけではあまり目立たなかったため、アバターのルックスを利用したネットアイドル的な方向性に変えたのだ。
それなのに、今動画が伸び悩んでいるのはその純粋な攻略情報の動画のせいだった。
「いったい何者なの? このクロノって人」
スマホに映し出された動画には、クロノという名前のプレイヤーが映し出されている。
動画のタイトルは「序盤で差のつく狩場紹介動画」。面白味も、大した捻りもないタイトルだ。
そしてタイトルだけでなく、動画の内容にも工夫は一切ない。
VRゲームのハード機に備わった昨日で録画しただけの動画。
編集した形跡はほとんどなく、字幕テロップすらない。
そもそも、動画内で件のクロノなる人物が喋るシーンがない。
ただ、フィールドのとある地点に動画内のクロノが向かい、ウサギ型の魔物を延々と倒し続けるだけ。
それなのに、この動画は由利のものよりも遥かに伸びている。
この動画だけではない。その次の攻略動画も、その次も。クロノの動画はどれも軒並み再生数が多い。
「いったいどうやってこんなに早く調べているのよ」
再生数が多い理由は由利にもよくわかっていた。それが自分の動画とは差別化された内容で、そのせいで自分の動画は埋もれてしまっているのだということも。
クロノはとにかく、攻略情報を見つけるのが上手い。それが由利が抱いた感想だった。
「序盤で差のつく狩場紹介動画」はLEOのサービス開始日の夜に投稿され、その後も毎日一本のペースで動画が上がる。
驚くべきはその内容の正確さ。クロノの動画は間違っていたことがなく、「信頼性が高い」と多くの指示を得ているのだ。
――私の動画とは大違い。
由利の動画にもいくつかのコメントが付くことがある。その内容は主に「可愛い」とか「割とポンなのが面白い」とかである。
三割程度とはいえ、自分で調べて「これは新発見だ!」と思う内容を載せているのに、「参考になりました」なんてコメントが来たことは一度もない。
「いったいどんな人なんだろう」
歩きながら、由利は呟いた。
VRゲーム機の標準録画機能は、プレイヤーを三人称視点で追いかけるが核になっているため、顔までは映らない。
黒髪に黒い服、扱う武器が赤い短剣と言うことはわかるが、見た目に関してそれ以上の情報がない。
ネットリテラシーが叫ばれる現代で個人情報を流出させるような真似はしないだろうし、人となりについては想像するしかない。
「学生かな。それとも社会人? きっとゲームがすごく上手い人だよね」
そうでもないとこんなに早く攻略情報を公開できないだろう。
ゲームをする時間が十分にあるとしたら、やはり学生の可能性が高いような気がした。
由利の興味は既に動画の内容からクロノというプレイヤーに移っていた。
――どんな人なのか知りたい。ゲームの中でいいから、会ってみたい。
そして、どのようにゲームを遊んでいて、どうやって情報を集めているのか。可能ならばそれを参考にさせてもらいたい。そう思っていた。
「最近の動画傾向から滞在している町はわかりそうなんだよなぁ。よし、帰ったら本格的に探してみよう」
目標を決めると気分が変わる気がする。憂鬱だったことなどすっかり忘れて、由利は足早に家を目指した。
♢
同日、ゲーム内。
いつものようにゲームを起動したクロノは、そのまま狩場に向かうつもりだった。
現在のレベルは42。サービス開始から最初の大型アップデートまでに設定されたLEOのレベル上限が50なのを考えると、かなり順調な進行速度だろう。
いや、もしかしたら早すぎたのかもしれない。
他のプレイヤーはせいぜいまだレベル30付近をうろうろしている。
レベルに大きな差をつけたクロノは実質、現在のLEO内でトップのプレイヤーと言えるだろう。
それが良くなかった。選択を間違えた――そう気づいたのは、狩場に向かう前の町中で不意に声をかけられた後だった。
「君、もしかしてクロノくんじゃない?」
呼び止められて振り返る。瞬間、目を見開いて身体が硬直する。LEO内で最も会いたくないプレイヤーが目の前に立っていたからだ。
赤い髪色の男アバター。女性受けを意識したのか、やたらとさわやかな印象を与えるキャラクター像だ。鎧も赤く、当人が「赤」という色を重要視しているのが一目でわかる。
張り付いたような笑み。今ならそれが作り笑いだとわかる。
紅の探究者代表――リオウが目の前に立っていた。




