第5話 ガルーダの魔剣
短剣が入っていた。入り口から差し込む光にかざしてみると、それが濃い赤色をしているのがわかる。
箱から取り出してみると目の前にポップアップウィンドウが表示される。武器の所有権を獲得した旨がメッセージに表示される。
「ガルーダの魔剣……」
クロノは入手した武器の名前を読み上げる。武器に固有名詞らしき名前が入っている時、LEOでは二つの理由が考えられる。
一つは魔物の素材から作られた武器である場合。そういった武器には大抵魔物の名前が含まれている。
魔物の素材から作られた武器は、同種の魔物と戦う時に追加でダメージを当てられるため、一部で需要がある。
もう一つは、固有名詞がそのまま武器作成者の名前になっている場合だ。鍛冶職人のNPCが作った場合はもちろん、プレイヤーが自作した武器にもプレイヤー名が冠される。
ガルーダという名前の魔物にクロノは心当たりがなかった。この剣は恐らく後者のパターンだろう。
表示された剣の名前の下に、詳細が記載されている。
それによると、確かにこの剣は魔物を倒すことで強さが変わる「成長武器」に間違いない。
クロノは思わず小さく拳を突き上げる。一か月後にこの剣を手に入れるはずだったプレイヤーには多少申し訳ない気持ちになるが、これで一先ず目標は達成できたわけだ。
――俺の知識は、この世界で通用する。
十年後の未来では散々な目に合った。しかし、そこで蓄えた知識は過去のゲーム内なら無敵の武器になる。
それを証明するかのように簡単に手に入った「ガルーダの魔剣」を胸に抱き、クロノは喜んだのであった。
そして、失念していた。一体どうやってこの井戸の中から出ればいいのか――と。
♢
「絶対に松明とロープを買おう。絶対にだ」
数十分後、なんとか井戸から抜け出したクロノは固く心に誓う。
どうやって井戸を抜け出したのかといえば、それは力技でしかない。
井戸の内部の壁を蹴り、反対側の壁をまた蹴る。それを繰り返して高さを稼ぎ、何とか入り口に手をかけてはいだしたのだ。
ゲーム内の身体能力を持ってしても簡単なことではない。おかげで随分と時間を浪費してしまった。
「でも、まぁ、一先ずは大成功か」
その場に座り込み休息をとる。ゲームなので肉体的な疲労は感じないが、精神的に一息入れたい気分だったのだ。
少し休んでからまた立ち上がる。今こうしている間にも他のプレイヤーたちはレベル上げをしているわけだから、あまりだらだらとはしていられない。
武器的には他のどのプレイヤーよりも先に進んでいるのだろうが、レベルでは抜かされてしまっているだろう。
クロノは、次はそのレベルの差を覆すつもりだった。
レベル制MMORPGには大抵「狩場」と呼ばれる場所がある。それはフィールドのどこかにある「魔物を倒した時の経験値効率」がいい場所のことで、つまり「レベル上げ」に適した場所のことである。
LEOにもそういう場所があった。レベルごとに区分けされ、「このレベル帯ならこの場所が良い」と攻略サイトにも記載されるくらい有名なものだ。
本来なら「俺こんなこと知っているんだぜ」とどや顔で触れ回っても鼻で笑われるような情報なのだが、サービス開始から一時間も経っていない今のLEOならば破格の新情報である。
「序盤のレベル上げはここ一択!」といくつものサイトで書かれている狩場に向かったクロノは自分の考えが正しかったのだと確信する。
普段なら、始めたてのプレイヤーやサブキャラを育てるプレイヤーでごった返しているその場所に、今はクロノの他にプレイヤーは一人もいない。
こんなに閑散とした狩場を見るのは初めてのことだった。
この場所の名前は「ルルシラ平原」。始まりの町リルエルから、次の町カルシルを目指す道中にある小さな平原である。
ここには「ラッピー」と呼ばれる二足歩行のウサギのような魔物が生息していて、そいつを倒すのがクロノの目的だった。
ルルシラ平原は町と町の間にあるが街道からそれた目立たない場所にある。そこに生息するラッピーもメインクエスト序盤では絡むことのない魔物なので始めたてのプレイヤーが見落としがちな場所である。
最初にここを訪れたプレイヤーは言ったらしい。「もっと早くここを知りたかった」と。
ラッピーは弱く、初期装備の剣でも一太刀で倒せてしまうような魔物だ。その上警戒心がやたらと低く、プレイヤーを見ても逃げない。向こうから攻撃を仕掛けてくるわけでもない。
「お前、どうやって野生で生きて来たんだよ」と突っ込みをいれたくなるような魔物だった。
しかし、最も有益な特徴がある。それは、序盤で遭遇する他の魔物と獲得経験値量が同じという特徴だ。
リルエルからカルシルの町を目指す時、プレイヤーは何種類かの魔物と遭遇する。あのムービーを飛ばしたプレイヤーたちは恐らくその魔物たちと戦っているのだろう。
その魔物たちは決して強くはないが、序盤ではダメージも受けるし、何度か攻撃をしないと倒せない。
それに対し、ラッピーは攻撃を仕掛けても来ず、一撃で倒せる。
その両者の獲得経験値量が同じなら、どちらの方が効率がいいのかは言うまでもない。
クロノは口元に邪悪な笑みを浮かべ、手にしたばかりの短剣を手に、ウサギ狩りを開始する。
一心不乱に赤い短剣を振る彼の姿を、もしも誰かが目撃していたのなら、その誰かは恐らくトラウマを抱えたことだろう。




