第58話 開戦間近の舌戦
守り石の本尊は、一見するとただの大きな岩のように見えた。
しかしクロノは一目見てそれが防衛対象のモニュメントだと確信する。
タイムスリップ前に幾度も経験した防衛クエストで見た他のモニュメントとどことなく雰囲気が似ていたからだ。
それがLEOの感覚システムによるものなのか、それともゲーマーとしての勘が働いたのかはわからなかったが、ある程度の確信は持てた。
――そういえば、この村で防衛クエストをしたことはなかったな。
守り石本尊を前にして、クロノはふとそんなことを思った。
以前もこの村に訪れたことはある。その時もサイドクエストをこなして、ようやく村への立ち入りを許されたのだが、今回出会った村人たちのほとんどは初対面だった。
村への立ち入りの時に村おばあと話したような気もするが、テムリやリリン、タマラには全く見覚えがない。
施設利用のために何度も村に足を運んでいたのですれ違ってはいるはずなのだが、それを全く覚えていない。
到着してからもくもくと準備を始めた他の三人。端で装備管理をしているアオハルとユーリをクロノは何とはなしに見つめた。
――二人のおかげなんだろうな。純粋にゲームを楽しめているのは。
ふとそんな風に思う。
タイムスリップ前のクロノは絶えずLEOをプレイしていたが、そのスタイルは今とはまるで違うものだった。
日々攻略情報を追い、昼夜問わず攻略に明け暮れていた。今にして思えば、何かにとり憑かれていたかのように心血を注いでいた。
何をするにも効率を求め、それ以外のことには目も向けない。
テムリたちに見覚えがないのはそのせいだろうと、クロノは自分の中で納得した。
「おい、ぼーっとしてんなよ。大丈夫か?」
ジッと立ち止まったままのクロノを見てアオハルが声をかける。
「あ、ああ。悪い。手伝うよ」
クロノはハッとして応え、作業に戻る。まさか自分が感傷に浸るなんて思ってもいなかったのだ。
アオハルもユーリも、とても純粋にこのゲームを楽しんでいる。二人と一緒に遊ぶようになってから、クロノも忘れていた「初心」のようなものを思い出しかけていた。
♢
「来たよ」
見張りについていたイリスが呟く。
準備を終え、待ち構えていたクロノたちはイリスが見張る方向に視線を向けた。
「正面からか。随分自身がありそうだな」
視線の先に並んだ五人のプレイヤーを見て、アオハルが言う。
現れたアスランたちは、身を隠して奇襲を狙うわけではなく、他の搦め手を使うのでもなく、正面から堂々と姿を現した。
中央にアスラン。その隣にエリファ。二人の左右に取り巻きのプレイヤーが並ぶ。
向こうも待ち構えるこちらに気付いたらしく、本尊のある小高い丘の上を挟んでの睨み合いになった。
エリファが意味深な視線をユーリに向ける。にやにやと舐め切った表情は明らかな長髪だった。
「クロノさん、あの人ともう一度戦わせてください。今度はしっかりやりますから」
先の一件で自分の不甲斐なさを痛感したユーリは、今度こそ失敗しないと意気込んで言った。
「ユーリ、肩に力が入りすぎだ。落ち着いて深呼吸。いつも通りに戦えれば、ユーリはきっと負けないから」
クロノはそう言ってユーリの方を叩いた。
「じゃあ俺たちはあっちの三人だな。戦闘を無視して逃げた落とし前をつけさせてやる」
アオハルは取り巻きの三人を指して言った。イリスと共に迎え撃つつもりである。
「じゃあ、俺はアイツと一騎打ちだ」
「負けんなよ」
「ああ」
クロノがアスランを見定め、アオハルが激を飛ばす。二人はその場で拳を打ち合わせた。
戦闘はいつ始まってもおかしくない。そんな中、一番最初に動いたのはアスランだった。
攻撃を仕掛けるわけではなく、意外にも対話を望む行動だった。
「おい、ルートキーパー! お前、うちのギルドを断られたらしいじゃねぇか。どうだ、手に入れたレアアイテムと今身に着けている装備を全部提供するのなら、俺がギルマスに口利きしてやるぜ」
クロノの頭の中に疑問符が浮かぶ。
最初は煽られているのかと思った。しかし、アスランの様子は本気で言っているようにしか見えない。
アスランのギルド――つまり「紅の探究者」だ。そこに入りたがっている? 俺が?
一体どんな勘違いをしたらそんな話になるんだよ。
内心で短く舌打ちをする。冗談だとしても聞きたくない話だった。
「そうなのか?」
「初耳です」
アオハルとユーリも首を傾げている。
「そんなわけないだろ」
呆れ気味にクロノが返す。
クロノとしてはこの話を続けたくもないが、アスランは妙に自信ありげな顔で返事を待っている。
何も答えずに戦闘を始めるのはなんだか申し訳なくなり、クロノはため息を吐きながら返事をした。
「悪い。俺たちもうギルド組んでるんだ」
この返答にアスランは驚く。彼の中ではいつの間にか「ギルドを断られたのかもしれない」から「そうに違いない」というところまで勘違いが飛躍していた。
ギルド加入をちらつかせればクロノたちが簡単に折れると思っていたばかりに拍子抜けして目が点になる。
「お、お前らだけのギルドか?」
「そうだ」
「そんな少人数のギルドに至ってしょうがねぇだろう? うちならすぐに規模も大きくなるし、攻略も楽になるぞ」
「正直、そっちのギルドに入るくらいなら俺はソロに戻る。それに、俺たちのギルドはそっちよりも何倍も居心地がいい」
「……なんて名前のギルドだ」
問答の末、アスランが苦虫を噛みつぶしたような顔で尋ねる。
クロノの返答が詰まる。アオハルとユーリの方を振り返り、首を傾げる。
「そういや、ギルドの名前まだ決めてなかったな」




