第52話 馴染み深い救世主
ユーリは敗北を覚悟した。
敗因はわかり切っている。経験の少なさだ。
盗賊に斬りつけられたダメージは大したことはなかった。ボスの強力な攻撃に比べれば微々たるものだ。
しかし臆してしまった。人にしか見えないNPCに攻撃をされて、本能的に恐怖を感じてしまった。
その恐怖心のせいで動きが鈍ってしまったのだ。
もしもここにいたのがクロノか、ゲーム自体に慣れているアオハルだったなら、テムリが割って入る隙もないうちに体勢を立て直して、盗賊たちに反撃していたはずだ。
後悔してももう遅い。盗賊たちが振り上げられた剣はまっすぐにテムリに向けられてしまっている。
今さ動き出したところでもう間に合いそうにない。
ユーリはその全てを理解して後悔したわけではない。何が悪かったのか、どうすれば良かったのかを学ぶのは経験を糧にした後の話である。
それでも自分が悪いのだということはわかった。そして、奮起した心はくじけてしまい、全てを諦めてしまいそうになる。
目を閉じた。剣を持つだけで精一杯の勇気ある少年が盗賊に攻撃されるところなど、見たくなかった。
そして、すぐに来るであろう自分への攻撃に備えた。
「よく戦ってくれた……ユーリがいなかったら俺は大マヌケになるところだったよ」
耳に届いたのはテムリの悲鳴でも、盗賊たちの嘲笑でもなかった。
聞き覚えのある優しい声。いつだって助けてくれる、信頼できる声だ。
「クロノ……さん」
目を開けて、ユーリは声の正体を確かめる。テムリに向けられた盗賊たちの長剣を、寸前で受け止めているクロノがいる。
たった一本の短剣でどうやったらそんな芸当が出来るのか、ユーリにはわからない。だが、そんなことは気にならないくらいに心が奮えた。
「テムリ、下がってろ。こいつら相手なら、俺は絶対に負けないから」
「う、うん」
クロノに言われてテムリは一歩後ろに下がる。放心したのか、その手に持った長剣が地面に落ちてカランと音を立てた。
「どきなお前立ち、そいつは私が相手する」
遠巻きに眺めていただけのエリファが金切り声を上げる。盗賊たちは剣を引き、言われた通りに距離を空ける。
鉄扇型の武器を構えるエリファには先ほどまでの余裕はもうないようにユーリには見えた。
「考えたな……ていうか、良く気づいたなって感じだよ。まったく……まだ知っているプレイヤーはいないと思ったのに」
間に合ったことに安堵したからか、クロノの口がつい緩む。
幸いユーリにもエリファにもその言葉の意味は伝わらず、特に気に留めていない。
クロノの誤算は、侵攻クエストにおける攻め方の定石を「自分だけしか知らないだろう」と思っていたことだった。
もちろんその定石とは過去に戻ってくる前のLEOでの話であり、何度も特殊クエストが発生したことで確立していったものだ。
サービス開始から半年も経たない今のLEOで、しかも恐らく初めての特殊クエストでその方法を使ってくるプレイヤーがいると思いもしないのは仕方のないことだ。
自分が嵌められているかもしれないと思い至ったのはアオハルたちが東の門前で戦闘を開始する本の数分前だった。
もともとアスランが一番守りの堅い東の門で狼煙を上げたことに違和感はあった。
時間も迫っていたためにそのまま作戦を開始したが、違和感は拭いきれず、念のためにとユーリの守る西の避難所に移動しようとしていたのだ。
丁度その時西側で爆発音が響き渡り、クロノは違和感を無視できなくなった。
「クロノさん……狼煙が上がっていないのに攻め込まれてしまって……避難していた村の人たちがクロノさんのいた方に……」
ユーリが何とか状況を説明しようとしどろもどろになりながら言葉を紡ぎ出す。
クロノは身振りで彼女に落ち着くように伝え、安心させるために優しく笑った。
「大丈夫、途中でリリンに会って大体のことは聞いた。それに、アオハルに伝令も出したから村の人たちも大丈夫なはずだ」
違和感に気付いてからのクロノの行動は迅速だった。
トッケタ族の戦士に伝令を頼み、アオハルとイリスに新たな指示を。
西の避難所が襲われたことと自分の記憶の中の定石を重ね合わせ、アスランたちの狙いを先読みして手を打った。
唯一心配だったのは襲われた西の避難所と、それを守るユーリのことだった。
「本当に助かった。ユーリがいなかったら防衛クエストは早々に失敗していたかもしれない」
クロノは再度礼を伝え、それからエリファに向き直る。
攻撃の隙を伺っていたエリファだが、クロノがそうはさせなかった。
盗賊たちを押し返した短剣をエリファに向け、刀身に炎を纏わせて待機していたのだ。
その姿が「近づくな」と威嚇しているようで、エリファは不用意に攻め込めなかったのだ。
「あんた有名なプレイヤーらしいじゃないか。でも対人戦は大したことがなさそうだってアスランが言っていたよ」
エリファが煽る。少しでも集中力を乱して、楽に勝ちたいという算段だ。
クロノはあくまで冷静に、そして決して負けることはないと勝ちを確信しながら、エリファの言葉を鼻で笑った。
「たしかにPVPは苦手だよ。でも、俺が何年この世界にいると思ってるんだ。昨日今日始めたばかりのお前たちに負けるような経験値じゃねぇんだよ」
凄むクロノの右手でガルーダの魔剣がきらりと光った。




