第50話 奇襲と奮起
「ユーリさん、大丈夫?」
トッケタの村の西側。周辺を密集した森に囲まれ、地形的にも隆起の激しいこの区画をクロノは「一番攻め込みづらい場所」と断定した。
それにより、トッケタ族の非戦闘員――女性や子供、村おばあを含む老人たちの避難所として活用され、それを一人で守りに付いたのがユーリである。
戦場から一番遠いはずの場所、開戦の狼煙がこちら側からは上がらなかったこともあり、避難所の雰囲気は比較的穏やかだ。
非難してきた村人たちは皆冷静で、子供たちにもパニックはない。そんな中、唯一のプレイヤーであるユーリだけが緊張し、意識的に深呼吸をしなければ自分の足で自分の身体を支えていることも難しかった。
そんな彼女の様子を見て心配そうに顔を覗きこんだのは、彼女の傍らに座るリリンである。
ユーリは半ば無理矢理に笑顔を作って少女に向ける。
「ごめんね。私色々と初めてで……でも、任せて」
絞り出した声は自分でも「嘘っぽい」とわかるほどに細く、儚い。自信は全くなかった。
レスティ湖近くの洞窟でのアスランたちとの会敵。緊張はそこからずっと続いている。
現実世界ではまだ高校生のユーリにとって、お遊び感覚で人に害意を向けられるなんて経験は初めてに近い。当然その対処法を心得てはいないし、受け流せるほどの人生経験もまだ詰めていない。
それでも……やらなくちゃ――自分にしか聞こえないくらいの小さな声でユーリは呟いた。
「自分にも成長武器が欲しい」と言い出したのはユーリ自身だ。クロノとアオハルはその我が儘に答えて「白麗の蔓」を探しに来てくれただけ。
もしも一人で来ていたら、パラサイトマッシュルームまでたどり着くこともできずに目当ての武器はアスランたちのモノになっていただろう。
インベントリを開き、そこに連なるレアアイテムの名前を目でなぞる。クロノから「ユーリの武器になる素材なんだから、ユーリが持ってなくちゃ」と言われて預かった「白麗の真手」である。
「これだけは何があっても守り切らなくちゃ……」
クロノとアオハルが自分のために頑張ってくれた証だ。失うわけにはいかない。
「大丈夫! 二人とも俺が守ってやるから、安心していいぞ」
リリンの横に座っていたテムリが自信満々に胸を叩いて言う。「俺も戦いに参加したい!」という無謀な要求は村おばあとクロノに却下されたばかりだというのに、そんなことはもう忘れている様子だ。
その可愛らしいたいどのユーリは思わず笑ってしまい、そのおかげで緊張もわずかに緩み始めた。
「ありがとう。でも、私もがんばるよ」
そう宣言した声は先ほどよりもいくらかマシになったように思う。心に余裕ができたからか、ユーリの意識は戦いよりも目の前のNPCたちに向けられた。
「本当によくできている」
率直な感想を述べるとするならば、それしか出てこない。
表情や仕草、会話の受け答え。どれをとっても自然で、違和感がない。
AIによる自動受け答えシステムが採用されているというのは知識として知ってはいるが、実際にこうして目の前で見るとプレイヤーとの違いが全くわからないほどだ。
実はLEOのNPCは全員生きていている人間だ、と言われても信じられるだろうなとユーリは思った。
「この子たちも、守ってあげなきゃ」
敢えて口には出さなかった。しかし、確かにそう決意を固める。
村の東側でトッケタ族の戦士たちの雄たけびが聞こえた。出撃する時に掛け声のようなもので、それはつまり戦いが始まったことを意味している。
ユーリは自分の足に今一度しっかりと力を込めて立ち、もう一度深く深呼吸をした。
今度は緊張を和らげるためではない。自分を奮い立たせるための深呼吸だ。
その時、ふと顔を上げた拍子にユーリの目に飛び込んだのは火花だった。
「なんで……」
咄嗟のことにそう呟くのが精一杯で、次の瞬間には激しい爆音と衝撃、吹き飛んだ防護柵の破片に襲われる。
悲鳴が上がった。ユーリのものではない。リリンか、避難した他の女性の誰かか。
その悲鳴を合図にするかのように破壊された防護柵の隙間から盗賊NPCたちが流れ込んでくる。
数は多い。ひょっとすると事前にクロノに聞いていた「侵攻する側が使えるNPCの人数」の上限いっぱいなのではないかとユーリは思った。
盗賊たちは武器を抜き、既に臨戦態勢に入っている。
防護柵を破壊したのは爆弾の類……侵攻側に用意されたアイテムの一つである。
立ち昇った白い煙の中から、悠々と近づいて来る黒い影。
線が細く、歩き方から女性の影だとユーリにはすぐにわかった。そして、敵側に女性が一人しかいないことも把握している。
「あらお嬢ちゃん。また会ったわね」
ついさっきまで聞いていた声。その時には、自分がまったく動けなかったことをユーリは覚えている。
その事実が対峙した女性プレイヤー、エリファの余裕の根源だということもわかる。
しかし、今度はくじけはしない。
レアアイテムも村の人間も守る。そう決めたばかりだ。
レイピアを抜き、構える。エリファを睨みつけ、視線を盗賊たちに向けて一周させる。
狼煙を上げずにどうやって西側に攻め込んできたのか、ユーリにはわからない。
しかし、彼女たちが何を目的にして攻めて来たのかはわかる。
だからユーリは、目の前にいるエリファを制止するでも、自分に強い言葉をかけて奮起するでもなく、村人たちに向けてこう叫んだ。
「逃げて!」
と。




