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第37話 スタンピード

 ユーリが核の破壊をする前に宝箱を空けようとした時、クロノが止めたのには理由がある。


 LEOプレイヤーにとってはもはや常識の様になりつつある理由だ。


 しかしそれはあくまで十年後のLEOでの話。現時点では、タイムスリップしたクロノ以外でこれを認知している人が少なくても仕方がない。


 フィールド上にボスが存在し、それを倒すことでアイテムが得られる場合、LEOではアイテムの取得方法が大雑把に分けて二つある。


 ボスモンスターを倒すことで直接入手する「ボスドロップ形式」か、ボスのいるエリアに宝箱が共に置かれていて、ボスがそれを守っている「宝箱形式」である。


 クロノがアオハルと共に挑んだ月闇の塔地下五階層のボス、ナイトレイドトレインは前者だった。


 そして、今回戦ったパラサイトマッシュルームが後者である。クロノの知る「常識」とは後者に関することだった。


「やっちまえ、お前ら!」


 走りながらアスランが叫び、エリファや他の取り巻きたちがそれに呼応する。

 武器を抜き、一目散に向かってくるその様は「襲われたので仕方なく返り討ちにした」という風には全く見えない。


 アオハルは舌打ち交じりに両手剣を構え、その後ろでユーリも及び腰ながらレイピアを握りしめた。


 クロノだけが、彼らとの戦闘を拒否するかのように背中を向けている。


「クロノ! 来るぞ」


「クロノさん!」


 アオハルとユーリが叫ぶ。二人とも迫ってくるアスランたちから目を離しはしないものの、クロノの動向にも注目した。


 この状況で逃げるような性格じゃないのはすでに知っている。クロノなら「何か考えがあるのかもしれない」と直感したのだ。


 実際、クロノには逃げようなんて気は微塵もなかった。ただ、まともに戦うつもりもあまりない。


 以前、ユーリと狩場でレベル上げをした時に少し語ったようにクロノの強さは「モンスターのシステム的な挙動を知り尽くしたことによる予測」によって成り立っているからだ。


 当然ながら、その予測はシステムでは動かないプレイヤーには働かない。


 装備の差やゲーマーとしての経験値を踏まえればそれなりにいい戦いにはなるのだろうが、クロノは万が一にも負けるわけにはいかなかった。


「せっかくボスを倒すところまで来たんだ。手柄だけ横取りされたくないだろ」


 そう言って、両手を伸ばす。クロノの指先が、古びた宝箱の蓋に触れた。


 その瞬間――一番大きく動いたのはアスランでも、エリファでも、アオハルでもユーリでもなく、クロノでもなく、パラサイトマッシュルームだった。


 激しい方向。燃え盛る身体を揺すり、火の粉を飛ばしながら化け茸が激高する。

 その雄たけびは、死の間際の断末魔のようでもあった。


「余裕かよ。この状況でボスにトドメをさすなんてな」


 アスランが鼻で笑う。彼の位置からはアオハルとユーリに阻まれて背中を向けたクロノが何をしたのかまでは見えていない。


 パラサイトマッシュルームの叫び声を聞いて、クロノがボスにトドメを刺したのだと勘違いしたのだ。


 本当はただ宝箱を開けただけだなんてわかるはずもない。


「あんたたち、これからもLEOをプレイするなら覚えておいた方がいいぜ。ボスと宝箱が一緒に配置されている『宝箱形式』だと、ボスを倒す前に宝箱を開けた場合専用のギミックが存在するってな」


 クロノはこの先の展開を覚えていない。正確に言えば、知らない。


 以前ここを訪れた時には「白麗の蔓」は既に回収された後で宝箱は無く、このギミックを作動させる必要はなかったからだ。


 しかし、記憶の片隅に残っていた断片的な記憶から予測することはできる。


「何を分けわかんねぇこと言ってやがる。お前らはもうここで終わりだ――」


 言葉の途中で、アスランの声が途切れる。滲んでいた笑みは段々と消えていき、信じられないという表情でクロノを見つめる。


 足音が、怒涛の足音が自分たちに迫っていることに気付いたのだ。


「やりやがった……やりやがったなてめぇ!」


 アスランが叫ぶのと、深層の入り口から無数の虫型モンスターがなだれ込んでくるのはほとんど同時だった。


 アスランたちはその場で足を止め、アオハルたちも彼らの後方の虫の大群に意識を向ける。


 先に最深部にたどり着いたのはクロノたち。その後で乱入してきたのがアスランたちだ。


 位置関係でいえば当然アスランたちの方が入り口に近く、そうなるとモンスターたちの目に最初に映るのも彼らの姿だった。


「ちょっとアスラン! まずいよ」


 悲鳴にも似た声でエリファが言い、アスランは力強い舌打ちと共に身体の向きを変える。

 他の取り巻きたちもそれに習い、武器を構えたままモンスターの群れに立ち向かっていった。


 この数に周囲を取り囲まれたらさすがにどんな凄腕プレイヤーでも成す術がない。

 そうなる前に、一点突破で切り抜けようとしたのだ。


「なるほど、あの断末魔はパラサイトマッシュルームが操っている虫たちをおびき寄せる時の声だったのか」


 アオハルが感心したように言い、ユーリは苦手な虫の大群に声も出せなくなっている。


「二人も覚えておくといいぞ。こういう部屋だとボスを倒す前に宝箱を開けるのは悪手になることが多いから」


 今回はたまたまモンスターの大群による集団行動だったが、他のパターンも多い。


 ボス部屋の入り口が完全に封鎖されてしまったり、宝箱を開けたプレイヤーに「呪い」というデバフがかかったり。


 そして大抵、それらはその後の戦況を苦しくする影響ばかりを与えてくる。


 クロノは考えていた通りに状況を変えられたことで、少し得意気になってそう忠告した。

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