第31話 曖昧な記憶
七月某日。「残傷の古城」実装が目前に迫ったこの日、新たなギルドとして活動を始めた三人は、「レスティ湖」と呼ばれるフィールドに足を運んでいた。
「うーん。気持ちいいですね。夏はやっぱり海ですよね」
湖畔の見渡せる丘の上で、全身に冷たい風を浴びながらユーリが伸びをする。
LEOの感覚再現では冬はほのかに肌寒く、夏はじんわりと暑い程度の温度設定にしかしていないが、それでも湖の近くは心地が良い。
「ここ、湖だぞ」
とアオハルが言い、それから後方で地図を広げるクロノの方を見遣る。
「どうだ? わかったかー?」
「ああ。多分この湖の外縁沿い……だったと思う」
曖昧な返事をするクロノに、アオハルは不思議な心境で首を傾げた。
一体、こいつの情報はどこから来ているんだろうな――と。
ギルドを設立したあの日から、三人は何かと一緒にゲームをする日が増えた。
「残傷の古城」に備えるためだ。
活動としては主に、装備集め、スキル経験値の獲得、ユニークスキルの収集である。
それらの元になる情報は大抵クロノが集めているのだが、誰も知らないような情報を平気な顔をして集めてくるのに、時折こうして情報の精度が曖昧になるのがアオハルには不思議だった。
クロノは各地を駆け回って情報を集めているわけではなく、あくまで自分の中の記憶を頼りにして思い出しているだけだ。
一応、思い出した攻略情報は全てLEOのメモ機能にまとめているものの、やはり思い出し辛い記憶もある。
今クロノが四苦八苦しているのは「白麗の蔓」という武器の情報だった。
ギルドメンバー三人のうち、二人が「成長武器」を所持している状況を鑑みて、ユーリが「私も欲しいんですけど……できれば可愛い奴が……」とクロノに相談したことが発端である。
ユーリは情報さえ教えて貰えれば自分で取りに行くと主張したが、クロノとアオハルが「せっかくだから」と同行した形になる。
件の武器はレスティ湖周辺の洞窟の奥にあるというところまでクロノは思い出し、三人で訪れたところまではよかったのだが、肝心の洞窟の場所が正確に思い出せなかった。
「先行きは少し不安……か?」
うんうんと唸るクロノを見て、アオハルが苦笑しつつため息を吐く。もちろん本気で言っているわけではなく、ギルド結成時の些細な論争を踏まえて茶化したのである。
「ダメですよ、そんなこと言ったら。……でも、ギルドの名前どうしましょうね」
ユーリもアオハルの隣で頭を捻る。三人が設立したギルドには、まだ名前がない。
一応「名無しギルド」という仮名で登録はしているのだが、新コンテンツのアップデートまでに正式な名前を決定したいというのは三人の総意だった。
そこまでは自然と意見が一致するのに、何故かギルド名に関してだけはうまくいかない。
ギルドを作ることになったあの日、三人は流れでギルド名まで考えようとしたのだが、三人ともいい名前が思いつかなかったのだ。
あれこれと苦し紛れに案を出すものの、どれもあまりしっくりと来ない。時間ばかり浪費するはめになったので、結局「後回しにしよう」と保留した。
ユーリの欲する新武器の在処とは全く関係のない話ではあるが、名前が決まっていない故の居心地の悪さをユーリとアオハルだけでなくクロノまでもがずっと抱えているのだ。
――なかなか思い出せないのもそのせいだ。きっと……そのせいだ。
クロノは記憶を遡りながらそんな風に思う。ただの現実逃避だった。
「周辺を三人で探してみましょうか?」
しばらく待って、クロノがようやく湖畔の四分の一くらいにまで範囲を限定したところでユーリが提案する。
湖畔全域となると骨が折れるが、範囲が狭まればなんとかなるだろうという判断だ。
クロノとアオハルはこの提案を了承し、それぞれ分かれて目的の洞窟を探した。
湖畔沿いを右回りしながら、クロノはそれらしい洞窟がないかと目を凝らす。湖畔沿いの一部は砂地になっており、海水浴場のビーチに似た地形になっているが、少し進むと岩場が目立つようになる。
岩壁が反り返っているようなところもあり、湖畔の水の境あたりに洞窟はあったはずだ――とクロノは記憶を精一杯頼りにして進む。
不意に、声が聞こえた。
クロノは思わずしゃがみ込む。アオハルやユーリなら隠れる必要などないのだが、聞いたことのない声、しかも複数だったからだ。
この近くにNPCの村はない。相手は恐らくプレイヤー。
プレイヤー同士は基本的には中立的な関係だが、中には他のプレイヤーを襲ってアイテムを奪う「PK」を目的とした人もいるため、注意するに越したことはない。
湖畔近くの森の中から聞こえた声は、だんだんと近づいて来る。
クロノは姿勢を低くしたまま茂みに身を潜め、様子を探った。
「本当だろうな。レアアイテムの話」
「ええ、多分ね。情報屋から買った話だから」
男女二人、その後ろにぞろぞろと三人のプレイヤーが続く。
「聞いたことのない声」とクロノは判断したが、それは間違いだった。ただ、記憶の片隅に追いやっていただけだ。
「いい武器ったらリオウの奴にでかい顔されないで済むぜ」
「そうね。防具でもいいし、他の何かでも売れば金になるでしょ」
傲慢な態度と高飛車な声。先頭を歩く二人には確かに覚えがあった。
紅の探究者――リオウが代表を務めるギルドのメンバーで、過去に戻る前のクロノと何度も対立した二人。
アスランとエリファというプレイヤーがクロノの目の前を通り過ぎて行った。




