第24話 新たな客
「うーん……いや、待てよ。でも……」
カウンターの上に商品リストと三つの「ユニークスキルの開封書」を並べ、両方を見比べながらアオハルが唸り声を上げる。
少し離れたところで店内を物色していたクロノは、商品棚越しにアオハルを伺い小さくため息を吐いた。
「少しもったいない気もするけどな。『硬骨』はまた月闇の塔で狙ってもいいし」
不用意にそう発言した数分前の自分をクロノは心の中で戒める。その発言のせいでアオハルに迷いが生じてしまったからだ。
「三つの開封書と欲しかった『硬骨』の開封書を交換するのか」あるいは「三つの開封書は手元に残し、『硬骨』は自然ドロップするのを待つか」アオハルはこの二点で悩んでいる。
三つの開封書を手放したとしても、月闇の塔でまた入手できる可能性はある。だからクロノにとっては「どっちでも同じだろう」と言いたくなるような悩みではあるのだが……。
こういう二択は、当事者にならなければ理解できない決断の重みがあることをクロノは良く知っていた。
後になって冷静になってみると大したことではないはずなのに、いざ二択を目の前にすると「どちらの方が効率的か」とか「こっちにしたい気持ちはあるけど後で後悔しそう」みたいな内なる自分の葛藤が始まってしまい、中々決断できないのだ。
こういう時、他人が口添えしてもあまりいい結果にはならないことの方が多い。それを知っていたクロノはアオハルが決断するのを静かに待つことにした。
クロノはちらりと店主のレンジーの顔色を伺った。NPCである老婆はまさか「早く決めろよ」なんて思ってはいないだろうが、カウンターの向こう側で直立する彼女の表情はどこか呆れているようにも見える。
こういう時間も案外ゲームの醍醐味かもな。俺は未来の情報があるせいで、どっちがいいかなんて悩むこともあまりなくなったし――商品棚に置いてある既製品の回復ポーションの瓶をクロノが手に取った時だった。
カランコロン。
小気味の良い鈴の音が鳴り、同時に木製の扉が開く音がする。店の入り口から新たな客が入って来たのだ。
「あれ、クロノさん。月闇の塔に行っていたんですか?」
レンジーの漁り屋の情報をクロノはまだ世に広めていない。自力で見つけたプレイヤーもいるかもしれないが、知っているプレイヤーの数はまだまだ少ないはずだ。
そんな中でクロノの名前を知っているプレイヤーは限られる。
扉を開けて入って来たのは、クロノが「動画投稿」のために正式な契約を結んだ女性プレイヤー、ユーリだった。
「あれ、テストがあるからしばらくログインできないって言ってなかった?」
回復ポーションを棚に戻し、クロノがユーリに尋ねる。
現実では女子高校生だというユーリは、確かに「すいません。しばらくテストでログインできません」とクロノにメッセージを飛ばしていた。
「あー、ちょっと息抜きです。イキヌキ……ダイジナノデ」
バツが悪そうにカタコトでごまかすユーリにクロノは苦笑する。
クロノは別に「勉強の方が大事だろ!」と怒るタイプではないし、そもそも他人の選択に文句をつけるつもりもない。
テストは大丈夫なのだろうか、と心配することはあってもそれを理由に咎めることはしなかった。
「おい……おい、ちょっと来い!」
不意に服の袖を引っ張られ、クロノの身体が商品棚の後ろに隠れる。
無理矢理しゃがみ込まされると、耳元で出来るだけ声を潜めたアオハルの声が聞こえる。
「お前……あれユーリじゃねぇかよ」
「アオハル、どっちにするか決まったのか?」
ついさっきまでカウンターの前で唸っていたような奴が、今はやたら取り乱した様子で目の前にいる。ようやく腹が決まったのだろうとクロノは思ったが、アオハルはクロノのその問いには答えずに――というよりもまるで聞こえていない様子で、顔をさらにクロノに近づけた。
「どういう関係だ……」
近づいた顔の圧がすごい。「返答によってはわかっているだろうな」とアオハルの目が訴えかけていた。
そこでクロノはようやく、「そういえばこいつユーリのファンだったな」と思い出す。ついでに、自分がそれを隠していたことも。
「どういうって……ただの友達だよ。友達。フレンド」
「フレンドってことはあれか? お前が最近一緒にゲームするようになったっていう女子高生か。なんでそれがユーリだって黙っていたんだよ」
こうなるからだよ……――とは言えなかった。
アオハルは「硬骨」のことなんてすっかり忘れてしまったように目を血走らせている。
「あの、大丈夫ですか?」
商品棚を覗きこむようにしてユーリが顔を出す。その瞬間、クロノの目の前にいたはずのアオハルが、身を翻してユーリの前に躍り出た。
「自分、アオハルって言います。ユーリさんの動画、いつも拝見させていただいております!」
「えー! 本当ですか? 嬉しいです。クロノさんのお友達なんですね。よかったら私ともフレンド登録してください」
ユーリは持ち前のコミュニケーション能力を活かし、そう持ち掛ける。
アオハルに断る理由などあるはずもなく、クロノが止めようとする間もなく二人はフレンド登録を済ませてしまった。
アオハル……その身のこなしがあったなら、ナイト・レイド・トレインとの戦いももっと楽に終わらせられたんじゃないか――クロノは声にならない思いを、胸の内で呟いた。




