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第15話 ルートキーパー

 同日。一限の必修科目が終わり、その他「どうせ朝から大学に行くんなら簡単そうな講義を履修しておくか」と選択した授業を終えて帰宅した黒野は、手洗いとうがいを手早く済ませると、冷蔵庫を無造作に開けて買っておいた菓子パンを口に詰めながらゲーミングチェアに座った。


「さてと、約束の時間は……」


 時計を確認するとだいたい二十分前。少し早いが、先に待っていても構わないだろう。

 VRハード機を頭につける。口に詰まったパンを何とか飲み込んでから、黒野はゲームを起動した。


 ♢


 見慣れた景色。前回ログアウトした時と同じ光景が目の前に広がっている。


 真っ黒な石造りの塔が天高く聳え立っており、その頂上は雲を尽きぬけていて見ることができない。


 月闇の塔である。平日の夕方という時間帯のせいか、それともまだこの新コンテンツに足を運ぶプレイヤーが少ないのか、塔に向かうプレイヤーの人数はまばらだった。


 いつものクロノなら、周りのプレイヤーなど気にすることもなく一人でさっさと塔の中に入る。ユーリと一緒に入る時は事前に町で集合するし、他のプレイヤーを気にしていても時間の無駄だからだ。


 しかし今日は違う。約束を取り付けたプレイヤーを探すためにクロノは塔の入り口で立ち止まり、周囲を見渡した。


「おい、見ろよ。『ルートキーパー』だ」


 どこからかそんな声が聞こえる。塔の周辺で準備をしている誰かだとは思うが、クロノにはどのプレイヤーが言ったのかわからなかった。


「ルートキーパー」とは、クロノのことを指すあだ名のようなものである。ゲーム用語で戦利品を指す「ルート」、それを保持するという意味の「キープ」を組み合わせた造語である。


 常に最前線に立ち、情報を駆使して有益なアイテムを根こそぎ自分のものにするクロノのことを疎んでつけられた蔑称のようなものだったが、その呼び名はあっという間に広まってしまった。


 そう呼ばれて気分が良いはずがない。実際、今もクロノは周囲のプレイヤーの視線を感じている。しかし、あの時に比べれば――謂れのない罪で誹謗中傷に晒された十年後のことを思えば、大したことではないと思えた。


「よ、人気者。すぐにわかったぜ」


 不意に肩を叩かれて振り返ると、そこに見慣れないプレイヤーがいた。

 金髪碧眼の王道ファンタジー感の強いキャラメイク、身に着けている武器や装備からそこそこLEOを熱心に遊んでいるのがわかるプレイヤーだ。


 頭上に表示された名前は「アオハル」。恐らく本名をもじったのであろうふざけた名前にクロノはすぐに相手への見当をつけた。


「これが人気があるように見えるのなら眼下に行け」


 LEOは仮想世界に飛び込むMMORPGだ。現実の視力はこの世界には影響しない。

 クロノの皮肉を春斗――アオハルは笑って受け流した。


「結構早かったな。実は乗り気だったか?」


「家に着いたのが微妙な時間だったんだよ。十分、二十分待つなら、こっちの方が都合がいい」


 クロノは話していて妙な違和感を覚える。普段は大学でするような中身の乏しい会話をゲーム内でしているせいだろう。


 二人がゲーム内でこうして会うのは初めてのことだった。クロノにとっては十年分の未来も含めて、である。


 大学では散々ゲームの話をし、何度も攻略情報を共有し合った仲だというのに、不思議と「一緒に遊ぼう」となったことは一度もない。


 初めて出会ったときに現実世界でアカウントのフレンド登録だけはしたが、お互いにどこか一歩引いていたのかもしれない。


 だから、講義室で春斗から「手伝ってくれ」と頼まれた時、黒野は内心で驚いていた。


「未来が変わっている」。本来は一緒に遊ぶことがなかったはずの友人が自分をゲームに誘ってきた。


 その原因は恐らく、自分の行動にある――とクロノは予想していた。自分が未来の知識を利用してゲームを攻略したことで、本来出会うはずではないユーリと出会い、リオウに会うのも大分早まった。


 そして今度は春斗。


 これは些細な変化だと思っていいのか、それともこの先の未来に大きな影響を与えしまうのか。


 あまり深刻に考えているわけではなかったが、クロノは自分の選択が及ぼす影響を知っておきたかった。

 だからこそ、ソロ攻略の時間を犠牲にしてまでアオハルに付き合うことにしたのである。


「それで? 挑むのは地下二階層でいいんだよな?」


「ああ、ユーリちゃんの動画に載っていた情報が本当に正しいのか確かめたいんだ。もし本当なら、俺はこのゲームに『神ゲー』の称号を授けるぜ」


「神ゲー」の称号か……。クロノは苦笑する。ユーリの動画の情報が正しいのは保証されている。何しろその情報を提供したのは、未来の知識を持っているクロノなのだから。


 アオハルが一体何を思って月闇の塔の地下二階を目指しているのかはわからないが、彼の発言の通りならアオハルはこのゲームを「神ゲー」と認定したも同然だ。


 しかし、そんなゲームでも未来で彼は何も言わずに途中退場してしまった。その理由が何なのか結局知る機会は訪れなかった。


 ただ、フレンドリストから消えた友人の名前を見た時の、あの何とも言えない寂しさだけがこみ上げて来た。


 もしかすると、一度も遊ばなかったことを心のどこかで後悔していたのかもしれないな。


 そんな風に思いながら、クロノはアオハルと共に月闇の塔の入り口に足を踏み入れた。

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