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第13話 十年来の旧友

 その日、黒野は珍しく早起きをして人の多い電車に揺られていた。


 早起き――といっても普段の自堕落な生活の中では、人の多い――といっても満員で身動きがとれないほどではない、という注釈がつく。


 もしもこれが早朝の通勤ラッシュに巻き込まれた満員電車だったなら、黒野は電車に乗るのを諦めて家でLEOの世界に飛び込んでいただろう。


 ついこの前までの社会人だった彼は、早朝の満員電車に臆せずに挑んでいたというのに、タイムスリップした今は耐えられる自身がなかった。


「……とはいえ、一限に必修科目を入れるのはやめてほしいよな」


 ぽつりと愚痴をこぼす。大学の最寄り駅で降車し、改札を抜けた後のことだ。

 ほっと一息ついて立ち止まった彼の脇を、足早にサラリーマンたちがすり抜けていく。


 懐かしさなど微塵も感じることはないが、黒野はその背中に敬意を表し、心の中で敬礼した。


 それからサラリーマンたちとは反対の方向に歩き始め、通っている大学を目指す。


 LEOのサービス開始から二か月が過ぎた。つまり、黒野が過去に戻り十年後の知識を持ったまま攻略を始めてから二か月、である。


 その間にクロノ以外の攻略プレイヤーもLEOの開拓を順調に進め、攻略情報サイトも賑わい始めている。

 黒野がゲーム初日に入手した「ガルーダの短剣」のような成長武器の存在も他のプレイヤーによって明かされ、その噂が広まり始めている頃だ。


 そしてなにより、先日実装された大型アップデート「月闇の塔」の話題でLEOは大いに盛り上がっている――にも関わらず、彼が平日の朝に大学を目指しているのは、彼が呟いた通り大学の単位のためだった。


 タイムスリップを経験しても人生がすべて有利に傾くとは限らない。むしろ、不利になる側面も十分ある。


 この二か月で黒野がだした結論は概ねそんなところだ。


 LEOの攻略においては、未来の知識が大いに役立っている。クロノは以前攻略の最前線をひた走るトッププレイヤーだし、密かに名前も売れ出した。


 そのおかげで動画投稿による収益も安定化し、バイトをする必要もなくなった。


 しかし、大学生活においては良いことばかりではない。

 過去に戻ったからと言ってLEOの攻略ばかりを優先して、大学生活をおざなりにするわけにはいかない。


 未来の知識で「比較的単位を取りやすい科目」を優先して履修することには成功したが、必修科目にはどうしても越えなければならない大きな壁があった。


 ――まさか、社会人になってから学生の勉強を経験するのがこんなに大変だとはな。


 憂鬱な気持ちを抱えたまま、大学の門を抜け講義室を目指す。


 一度習ったはずの講義出し、勉強なんて仕事に比べたら楽勝だろう――そんな気持ちを黒野はどこか抱えていたと思う。


 しかし、いざ講義を受けてみると自分の考えが甘かったことを痛感する。

 講義時間集中を維持することだけでも大変なのに、大学二年生の講義内容は専門性に振りすぎている。


 一年時にやった基礎を前提に進むので、その内容を覚えていなければ話にならないのだ。


 LEOのサービスが開始されたのは黒野が大学二年生の時で、タイムスリップで到達した過去もその頃になる。


 一年時の基礎的な内容など、今更覚えているはずもなかった。


 講義室の適当な席に腰を下ろした黒野は、ノートを開いて準備する。


 ――今日こそは一言一句漏らさずに書き留めてやる。


 せめて今の自分にできることを、と意気込むのだが講義が始まるとやはり翻弄されるのみだった。


「随分お疲れだな」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえて来たのは、一限の必修科目が終わったあとだった。


 講義室の机にどっぷりと身体を預け、疲れ切った耳と目、脳を休ませていると声をかけられたのだ。


 ゆっくりと身体を起こし、声のした方に視線を送る。


「ああ、春斗か。おはよう」


 そこに立っていたのは、大学で仲良くなった青木春斗あおきはるとだった。お互いゲーム好きという接点から仲良くなった友人で、大学時代の黒野が一番仲良くしていた人物だ。


 例の成長武器の情報をタイムスリップする前の黒野に教えてくれたのもこの春斗だった。


「なぁ、クロノ。見たか? ユーリの最新の投稿動画」


 春斗は黒野のことを「クロノ」と呼ぶ。音の違いは全くないが、雰囲気でプレイヤー名を呼ばれているのだというのは黒野にもなんとなくわかる。


 周りからすればただ苗字を呼んでいるようにしか聞こえないのでクロノはあまり気にしていない。


 春斗は黒野の前の席に腰をかけ、身体ごと後ろに向けて話しかける。

 大学で二人が話すない内容と言えば、そのほとんどがゲームに関することだった。


 それは黒野がタイムスリップをする後も前も変わらず、LEOのサービス開始後はもっぱらLEOの話題に集約されている。


 春斗のLEO熱は黒野の記憶の通りに中々高く、最近では「突如現れた銀髪の美少女プレイヤー」にご執心のようだった。


「本当にすげぇよな。攻略情報の公開が早すぎるんだよ。『月闇の塔』の新情報なんて、アップデートの次の日には上がってたんだぜ? おまけに配信も面白いし、何より可愛いしよ」


 未来で過ごした時間も含めれば、一方的にだが旧友と呼べるくらいの付き合いがある春斗はユーリの動画がいかに素晴らしいかを熱弁する。


 その実情を知るクロノは内心で密かに微笑んだ。

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