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第10話 不帰の森

スキルとは、レベルするごとに手に入る「スキルポイント」を利用して入手するプレイヤーの「能力拡張機能」である。


「それ一つで世界が変わる」というほど大げさなものではないが、伸ばしていくスキルの方向性によってプレイスタイルは変化する。


「なるほど。だから『感覚強化』が必要だったんですね」


迫りくる魔物を倒を次々と倒すクロノの背中を目で追いながら、ユーリは納得したように言った。


不帰の森――ユーリはその仰々しい名前に「ふさわしい場所だ」と思った。

一歩踏みこめば光の通らないう鬱蒼と茂った森は、入った者を二度と逃すまいとしているかのように入り組んでいる。


自分は前を進むクロノについていくだけだが、もしも一人で入って行くとなったらゾッとする。怖いのは雰囲気だけではない。ここに出現する魔物は――霊体なのだ。


白く、半透明なレースのような物体が真横を通る。


「ひっ……」


短く悲鳴を上げると、それに気付いたクロノが振り返り、躊躇なく剣を振った。


「大丈夫?」


そう問いかけられ、ユーリは自分が情けなく悲鳴を上げてしまったことに気付く。


――大丈夫。これはゲーム……ゲームだから。


心の中で自分にそう言い聞かせ、気を取り直す。


「最初の内は慣れないかもしれないけど、少しすれば慣れてくるから」


続くクロノの言葉にユーリは曖昧に返事をした。それが「感覚強化」に関する話題なのはわかっている。


「ポイントが余っているなら取得した方がいい」


クロノはそう言っていたが、生憎ユーリのポイントは余っていなかった。なので、パーティーの経験値共有でレベルが一つ上がった後に「感覚強化」を取得した。


それまでユーリには、クロノが突然剣を振り回すのをただの奇行としか思えなかった。しかし、スキルを取得して初めて真実を知る。


クロノはずっと半透明の霊体と戦っていたのだ。透明な霊体を見えやすくするスキル、それが「感覚強化」だったのだ。


でも……見えない方がよかった――ユーリはそんな風に思ってしまう。


見えてしまうと、余計に怖い。周囲の雰囲気のせいもあるが、霊体を見る度にユーリの身体は一瞬硬直してしまう。


クロノはそれには気付く様子はなく、また、彼自身は幽霊を何とも思っていない様子で、赤い短剣を振り回している。


右へ、左へ。魔物の攻撃を躱して即座に切り込むその動きは、霊体の怖さなど一瞬忘れて見入ってしまうほど洗練されている。


「もしかして、何か格闘技とかやっているんですか?」


戦闘がひと段落した時には、クロノの言う通りユーリは霊体に慣れ始めていた。

だから思わずそんなことを訪ねてしまったのだ。


ユーリは質問してすぐに、しまった――と口を閉じる。

オンラインゲームの中で現実リアルに関する質問は禁忌だ。失礼なことを聞いてしまったに違いない。


そう思ったのだが、クロノは気にしなかったようだ。


「格闘技? いや、何もやっていないよ」


そうさらりと返答する。それがあまりにも自然だったので、ユーリは少しホッとした。ホッとした途端、好奇心が顔を出す。


「それじゃあ運動部とか? ていうか、学生さんですか?」


子供の頃から、ユーリは「知りたい」と思ったことを放っては置けないタイプだった。配信活動を始めたのも、好奇心の延長だった。


その好奇心の申し子が、クロノの返答を「許可」だと勝手に解釈して、矢継ぎ早に質問を重ねる。

その勢いにクロノは思わず笑ってしまい、それから二つ目の質問も否定した。


「運動部でもない。運動は嫌いじゃないけど、そんなに得意ってわけでもない。ちなみに今は大学生だよ」


大学生――そう答えた時だけクロノの声が少しくぐもった。嘘を言ったわけではないが、自分で嘘っぽく感じてしまったのだ。

一か月前までは三十過ぎの社会人だったのだから仕方がない。


ユーリの質問をクロノは「失礼」だとは思わなかった。ネットの世界に現実について聞かない文化があることは知っていたが、クロノ自身はそれを特別重要視はしていない。


住んでいる場所を聞かれたのならさすがに答えるはずもないが、年齢やスポーツ経験がバレる程度は構わない。コミュニケーションの一環だと思える。


しかし、何故急にそんなことを?――とは思った。その疑問はユーリの次の質問で簡単に判明する。


「じゃあ、どうして……そんなに強いんですか?」


――ああ、なるほど。


クロノはユーリがVRMMOをプレイするゲーマーにありがちな勘違いをしていることに気が付いた。


適性レベル40代、現在のLEOの最前線に出現する魔物を軽々と屠る姿を見て、彼女はクロノを「強い」と思った。それがレベルに頼った強さではなく、技術に基づく「ゲームの上手さ」だということはユーリにもわかった。


格闘技経験者や運動神経の高い人がVRゲームで活躍するという話は聞いたことがある。

現実の世界さながらに身体を動かすVRゲームでは、現実の経験が反映されやすいというのも理解できる。


しかし、クロノはそのどちらにも該当しないと言った。


「現実の能力がこの世界でも影響を与えるなんて、そんなの……つまらないだろ」


「じゃ、じゃあ、この世界の強さって何なんですか?」


ユーリは純粋な気持ちで問いかける。


クロノは優しく、そしてどこか寂し気に笑い、こう言った。


「知識だよ」


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