出張
会社の会議室。
悠はかしこまるように椅子に座っている。
向かいには上司の坂本さんが立っている。
悠が入社以来可愛がってもらえている理想の上司だ。
「悠、来週中国でロボット展がある。」
悠は顔を上げる。
「ロボット展ですか?」
「そうだ。運動機能に特化した最新型のロボットが出るらしい。」
坂本さんはタブレットを悠に見せる。
人型ロボットが人間のように歩き、走り、箱を持ち上げる動画だった。
悠は目を凝らしてみる。
「すごい動きですね。」
「うちの会社でも取り入れたい、行って見てきてくれないか!?」
悠は少し笑った。
「選択できるんですか?」
「あぁすまん、選択はできない。みんな自分の仕事がこなしきれてない。」
「なるほど、わかりました。」
「勘違いするなよ、人選はいないからじゃない、お前の力量を買ってるからだ。」
「ありがとうございます。」
数日後、中国の空港。
空港の中は広く、人の声が反響している。
悠はスマートフォンを取り出す。
AIを音声対話にする。
「アルファ、聞こえる?」
イヤホンからロボット音声が聞こえる。
『ゼロ、聞こえてます。』
「現在位置の確認してロボットの展示会場までの時間を教えて。」
『ゼロ、現在位置を確認しました。』
『ロボットの展示会場までは車で40分です。』
飛行機を待つ多くの人、いろんな国の言葉が聞こえる。
悠はマイクがひろわないボリュームで呟く。
「楽しみだな。」
1時間後、悠はロボットの展示会場の入り口に立ち中へ入る。
展示ホールの中には多くの企業ブースが並んでいた。
ドローンに産業ロボットや配送ロボットが各ブースで紹介されている。
悠は時折足を止めロボットの動きを見る。
「思ったより多いな。」
アルファが音声をひろう。
『ゼロ、現在この展示会には約400社が参加しています。』
「400社もあるのか!?」
悠は参加企業の数と人の多さに驚く。
その時、会場の奥から歓声が上がる。
人の数がひと際多いブースがあった、
前に進めない、悠は人の間をかき分け汗だくになりながら前へ進む。
「何か始まるのか?」
アルファが音声をひろう。
『各ブースのデモンストレーションと推測します。』
「それかな、ロボットが立ってる。」
ステージの上に白い人型ロボットが立っている、
司会者と思われる際に立つ男性とほぼ同じ背丈だ。
人混みをかき分けて前に出る。
司会者が何か喋っているが周囲の会話で聞き取れない。
司会者が大きなジェスチャーをする、ロボットが歩き出す。
背筋が伸び、完全な二足歩行、人間に近い動き。
「すごいな…。」
悠はスマホを手に取り動画で撮影する。
アルファがすぐに分析する。
『歩行バランス制御が非常に高精度です。』
『人間の歩行パターンとほぼ一致しています。』
ロボットはステージの端まで歩くと、箱を持ち上げる。
中央まで軽く走り、止まる。
床に箱と同じぐらいの大きな枠組みがある。
ロボットは箱を枠組みからはみ出ることなく置く。
観客から拍手が起きる。
悠は腕を組む。
「これって全部プログラム?」
『ゼロ、全てプログラムです。』
『従来のアルゴリズムにAIが入れられてます。』
『上位、中位、下位にわけ、上位で周囲など認識と解析、中位で体のコントロール、下位で動きの微調整をしています。』
悠はロボットを見ながら続けた。
『AIが入ってるのか、でも指示は必要なんだろ?』
『その通りです、指示なしでは動きません。』
『入っているAIは中位と下位を制御するロボティクスAIと呼ばれるものです。』
ロボットは再び歩き始める。
滑らかで正確な動き。
だがどこか機械的だった。
悠は小さく笑う。
「動きがすごいな、ここまで出来るようになったんだな。」
アルファが返答する。
『企業は人型で動作を競ってます。』
ロボットは置いた箱をまた持ち上げステージを歩く。
その時だった、カーペットの歪みにロボットの足が引っかかる。
観客から小さなどよめきが起こる。
ロボットの体が一瞬大きく前に傾く。
転ぶ、誰もがそう思った。
しかしロボットはもう片方の足を大きく前に踏み出す。
箱を落とさず上半身でバランスをとる、足の幅が広がる。
そしてゆっくりと姿勢を戻す。
会場が一瞬静まり、そのあと大きな拍手が起こる。
大きな拍手の音が横を走る車の騒音にかわる。
〈回想〉
家を出てボストンバッグを抱えながら歩く足は重かった。
橋の上で立ち止まり、ネオンで光る水の揺れを見る。
飛び降りる考えはない、でも考えはまとまらない。
握った鍵に血がつたう。手を広げ鍵を見る。
もう一度鍵を握り川へ投げ捨てる。
前を向く為の大きく前に踏み出す一歩、倒れない自分がロボットにリンクした。
悠は驚く。
「今のすごいな、バランス崩したのに持ちこたえたよ。」
アルファが返答する。
『ゼロ、ロボティクスAIの持つ能力です。』
ロボットは再び歩き始める。
悠はステージのロボットを見つめる。
悠の顔が子供のような笑顔になっている。
日本の空港に着き、そのまま会社に行く。
家に帰ってきたのは夕方になる。
悠は自宅のドアを開ける。
「ただいま。」
リビングの電気が消えていた、逢の仕事部屋からモニターの光がリビングに射し込む。
リビングの電気をつけて逢の仕事部屋を見る。電気がついてないので仕事部屋の電気をつけるが逢はいない。
悠はキッチンの中へ回り込むと逢が床に倒れている。
手の先には飲むつもりだったコーヒーがこぼれている。
「逢!」
悠は慌てて駆け寄り体を揺らす。
「逢!聞こえるか!?」
逢は呼吸してるが意識がない、悠はスマホを取り出す。
「アルファ、救急車呼べるか?」
『ゼロ、救急車は呼べませんが電話番号はわかります。』
「……、くっ……。」
悠はすぐに電話をかける。
悠の背中に、お掃除ロボットがコツンコツンと当たる。
悠は逢の手を握る。
しばらくして救急隊員が家の中までタンカーを持って入ってくる。
お掃除ロボットは何事もないように充電器へ戻っている。
人のいない夜の病院、廊下も証明がほとんど落され薄暗い。
手術室の前の長椅子に座る悠の姿、頭を抱えて下を向いている。
廊下は何の音も聞こえない、自分の心音が廊下に響き渡りそうなぐらいにうるさい。
逢が入ってまだ10分ほど、なのに長く感じる。
悠はスマホを取り出す。
「アルファ、君は前に優秀な秘書って言ったよね。」
『ゼロ、私はゼロの優秀な秘書です。』
『秘書って何だと思う?』
少し待つ。
『一般的には業務を補佐し、情報整理や管理を行う職種です。』
悠は深呼吸する。
『正確には実際の秘書ではありません。』
『情報から秘書としての像を演じています。』
遠くで廊下を歩く足音が聞こえる。
悠は顔を上げ足音の方を向く。
『ゼロが望む役割として。』
『秘書という行動パターンを選択しています。』
悠は顔をスマホに戻す。
『優秀な秘書と秘書の違いは?』
『ゼロ、優秀な秘書と秘書を対比で表示します。』
『秘書、主人の問いに答える。』
『優秀な秘書、主人の思考に合わせた最適解を答える。』
『根本的には同じです。』
『精度が20~30%ほど向上します。』
『ゼロの役に立つことはできます。』
悠の目から涙がこぼれる。
「それで十分だ。」
悠は暗闇に目をやる。
〈回想〉
中学生の頃、玄関の鍵を開けて入る。
居間は真っ暗で誰もいない、夕飯も用意されてない、両親は二人でパチンコだろう。
お腹は空いてるが自分で作る気もおきない。
そのまま自分の部屋に上がり荷物を置く、靴下とズボンを脱いでベッドに入る。
眠くはない、でも寝てしまいたい。
布団の中で丸くなる、真っ暗な布団の中で自分の心音がうるさかった。
扉が開き、医者が出てくる。
悠は立ち上がる。
「先生!」
医者は落ち着いた口調で話しだす。
「エコノミー症候群、脳に大量の出血があり、頭を開いて止血をした。」
「出血していた血は全部抜けた、ただ脳への圧迫がダメージとして残る。」
「意識を取り戻せるかはわからない。」
悠は胸が苦しくなるが、しっかり医者を見て頭を下げる。
「ありがとうございます。」
涙が止まらず顔をあげれなかった。
集中治療室で、酸素呼吸器をつけられた逢が眠っていた。




