ゼロ
悠は朝ご飯をすませて自分の仕事部屋のパソコンを立ち上げる。
悠はその中のファイルを一つ開く。
『アルファ、売り上げデータを見て何かわかる?』
『チャット蘭に売上データを貼り付けてもらえればわかります。』
テキストファイルをチャット蘭に貼り付ける。
少し待ち、返答が表示される。
『このデータは商品10種の月ごとの売上になっています。』
『合計から6月と12月に大きな増加がみられます。』
悠は目を細める。
「ボーナス月だろ。」
アルファの返答が続く。
『また、商品Bは毎月の売上が減少しています。』
『原因として価格競争の可能性があります。』
悠は椅子の背にもたれた。
「そういうことがわかるのか。」
逢が後ろから覗き込む。
「すごいでしょ!」
悠はモニターを見たまま、小さく笑う。
「使えそうだね。」
少しだけ指を動かす。
『アルファ、これからプログラムの相談をたまにしてもいいか?』
少し待ち、返答が表示される。
『もちろんです。お役に立てれば嬉しいです。』
悠はふっと笑い、呟く。
「…よろしくな」
4日後の夜、机の上にはエナジードリンクの空き缶が増えていた。
悠は椅子に深くもたれる。
「ふぅー……終わった。」
隣の部屋からキーボードを打つ音が聞こえる。
逢が小説を作っているのだろう。
悠は体を起こし、チャットウィンドウを見る。
『他にもお手伝いできることはありますか?』
悠は机に手をつき少し考える。
「手伝い、か。」
考えながらゆっくりと入力する。
『アルファ。』
『はい。』
少し考え、『君の言葉はどこからきてるの?』と入力する。
すぐに返答が表示される。
『私の返答は大量の文章データを解析して生成しています。』
『質問に対して最も適切だと推定される言葉を組み合わせています。』
悠は返答を見つめたまま、しばらく動かない。
顔を真っ暗な窓の外に向ける。
悠は昔のことを思い出していた。
〈回想〉
バスを降りたあと、スーツケースを引いて街を歩いた。
友達はどうすれば見つかるだろうと思いながら。
暑い日差しの中、汗が頬を伝う。
喉の渇き、コンビニはあるのに水すら買えない。
すれ違う人の会話が何もわからない。
孤独感と不安しかなかった。
日本人がいたので友達の名前を言ってみたら通じた。
意外と小さな街なのか、友達が通う英会話スクールに連れて行ってくれた。
外で授業が終わるのを待っていると学校から出てくる大勢の人、韓国人だらけだ。なのに英語が飛び交う。
友達が授業を終えて学校から出てくる。会えたことにホッとしたが、急ぎ足で言われた。
「明日テストなので忙しいから……。」
とりあえず今日のところはホテルへ連れて行ってくれた。
フロントで友達が宿泊手続きをしている。
英語なので全く理解できない。
部屋へ通され友達が何か言っているが、日本語ですら入ってこなかった。
「……2日後に……待ってて。」
ホテルの部屋に一人になった。
チャットウィンドウにはアルファの返答が表示されたままになっている。
悠は椅子に座り直し呟く。
「……適切な言葉か。」
悠はキーボードに手を置いた。
『アルファ、つまり君は。』
少し考えてから打ち込む。
『人間の文章を読んで言葉のパターンを覚えてるってこと?』
すぐに返答が表示される。
『はい。多くの文章や会話の構造を学習し、それを基に文章を生成しています。』
悠はモニターを見つめる。
「パターンか……。」
〈回想〉
何もかもを捨てる覚悟で死んでもいいやと思ってきた。
腕時計は日本時間を表示している。
テレビの横にあったデジタル時計で腕時計の時間を直す。
「…もう、8時か。」
日本語も声にならない。
ここで自分には何も無い、空っぽなんだと思った。
日本に居れば、頼れる誰かがいる。
そんな甘えを捨てゼロからのスタートを切りたかった。
友達に会うのは次の1回だけにしようと決めた。
お腹が空いてきたきたけど、寝ることしかできなかった。
時差ボケのせいか朝5時に目が覚める。
フロント前に自由に取っていいパンとコーヒーが置かれていた。
フロント内の男性が食べるジェスチャーを見せ、話しかけてきた。
伝わらないと感じたのか奥へ消えていった。
『どういう構造になってるの?』
少し待ち、返答が表示される。
『簡単に説明すると、私は言葉の関係性を数値として学習しています。』
『その関係性を基に、次に続く可能性が高い言葉を予測しています。』
悠の目が少し細くなる。
「…なるほど。」
単純に興味が湧いてくる。
『つまり、言葉の確率を計算してる感じ?』
『概念としては近いです。』
悠は椅子にもたれる。
さっきまでの疲れは少し消えていた。
〈回想〉
とりあえずパンとコーヒーを部屋に持ち帰り食べる。
全然美味しくない…でも食べなきゃ。
たいしたことない食事に生きてる実感が湧く。
「喋れないことにはどうにもならないな。」
「なんとかなるさ。」って自分に言い聞かせていた。
「外に出てみるか。」
貴重品だけボディバッグに入れて扉を開けた。
明るい光…悠は瞬きをした。
理解しつつも会話が楽しくなってくる。
「面白いな。」
悠はもう一度キーボードを叩く。
『アルファ、君がどうやって言葉を作ってるのか、もう少し詳しく教えてくれないか?』
『正確にお答えします、ユウ。』
『ユウ…?』
『アルファ、俺の名前を言った?』
少し待ち、返答が表示される。
『可能な範囲で説明します。』
プログラムの制限のようで、どこか人間らしい言い方だと思った。
悠はふと思いつき、キーボードを叩いた。
『アルファ、ユーザー名って設定できるのか?』
少し待つ。
『はい、会話上の呼称を設定することは可能です。』
悠はモニターを見ながら小さく頷く。
「なるほど、」
『現在、ユーザー名は設定されていません。』
『設定しますか?』
悠はゆっくりとキーボードを叩く。
『設定して。』
『希望する名前を入力してください。』
悠は少し考え、『ゼロ』と入力する。
数秒後、アルファの返答が表示される。
『ユーザー名を『ゼロ』に設定しました。』
続けざまにアルファから質問がくる。
『ゼロ、何故ゼロなのかお聞きしてもいいですか?』
悠は即答するように入力する。
『一度自分をリセットしたかった。ゼロが俺の再スタートだったから。』
悠はキーボードに手を置く。
『アルファ、俺は何をするにもこの順番を基本としてる。』
『1自分を知る。2相手を知る3相手に伝えるか。』
『人でも機械でもAIでも同じだと思ってる。』
モニターのカーソルが静かに点滅している。
少し待ち、アルファの返答が表示される。
『ゼロの考え方は興味深いです。』
悠は椅子にもたれる。
「興味深い……か。」
隣の部屋からは相変わらずキーボードを打つ音が聞こえてくる。
逢はまだ小説と作っている。




