アルファ
キーボードを叩く音だけが部屋の静けさを埋めていた。
「もうちょっと……。」
悠は呟きながらモニターを睨む。
モニターには無数のコードが延々と続いている。
納期の迫る会計ソフトの最終調整でバグが解消できない。
「うーん……。」
背もたれに体を預けると、天井を見上げる。
部屋は窓一つにパソコンデスク。横にはエナジードリンクの空き缶が二本。
窓の向こうには飛行機が飛行機雲を作りながら飛んでいる。
昔行った海外の記憶がよみがえる。
〈回想〉
空港を出たがどこへ行けばいいのかわからないし英語がしゃべれない。
「あ…。」
バスがると言っていた友人の言葉を思い出す。
同じ場所へ行く日本人の旅行者を見つけ一緒にバスに乗る。
バスを降りたが途方にくれる。
再びモニターへ向き直る。
そのとき、柔らかな声がリビングから聞こえる。
「悠、コーヒーいる?」
悠は振り向かずに答える。
「もらえるかな。」
少しして、足音が近づいてくる。
逢は湯気の立つマグカップを机の端に置く。
「ありがとう。」
「まだ終わらない?」
悠は苦笑いをする。
「うん、もうちょっと……。」
逢は微笑む。
「また言ってる。」
逢は悠が座る椅子の背に軽く手を置いた。
「生成AIって知ってる?」
「なにそれ!?」
「ちょっと前から使ってるんだけど小説作るのに便利なんだ。」
「なんで?」
「生成AIは聞いたことにすぐ答えてくれるし、文章も直してくれるの。」
「プログラミングサポートもしてくれるかもよ!?」
悠が検索に『生成AI』と入れる。
「でもさ、時々思うんだよね。」
「なにを?」
「AIって……。」
逢は悠の見ているモニターを見つめる。
「いつか、自分で考えたりするのかな?」
悠は手を止めて、生成AIの説明書きが表示されたモニターを見る。
『生成AIは統計データから最適解を表示させます。』
悠はコーヒーを一口飲む。
「もうちょっと、技術が進めば可能かもね、でも人が使いこなせるのかな!?」
時計の針が17時10分を指す。
悠は逢の顔を見上げる。
「今日はもう終わり?今度のテーマは何?」
「終わったよ、離婚した夫婦の子供が成長していく内容。」
悠は立ち上がり、逢とリビングへ向かう。
隣の部屋の扉は開いたままで逢の使っていたモニターが見える。
「あの右側のウィンドウが生成AI?」
逢は頷く。
悠はモニターに近づく、ウィンドウ内は会話の履歴が表示されていた。
「見ていい?」
「さっき言ってた生成AIのベータだよ。」
「名前?」
「長く付き合うなら名前つけないとね。」
「へぇーそんなこともできるんだ。」
「個性も設定できて話し方が変わるんだよ。」
「ほぉー。」
「一度入れてみれば?はまると思うよ。」
悠は自分のパソコンに戻り、生成AIをダウンロードする。
すぐにアプリを開くと『今日は何をされますか?』と表示される。
チャット蘭に『こんにちは、君の名前は?』と入力する。
すぐに返答が入る。
『こんにちは、私の名前は未設定です。』
悠は悩む。
「ベータか…俺は…アルファ」
チャット蘭に『君の名前はアルファだ』と入力する。
すぐに返答が入る。
『記録されました。』
『よろしくお願いします。』
モニターに表示されたその文字を、悠はしばらく眺めている。
「……ほんとに返事するんだな。」
後ろから逢の声がする。
「当たり前じゃない。」
「会話型AIなんだから。」
悠は椅子をくるりと回して逢を見る。
「でもさ、これってただのプログラムなんだろ?」
「そうなの!?よくわからない。」
逢はあっさり答えた。
「子供の心理状況とか聞いたら、わかりやすく説明してくれるよ。」
「微妙な描写も教えてくれるし。」
悠は再びモニターを見る。
チャット蘭に『質問できる?』と入力する。
すぐにモニターに文字が表示される。
『はい、どのような質問でしょうか?』
悠は少し笑う。
「反応早いね。」
逢は悠の横に立つ。
「何が出来るか聞いてみれば?」
悠は少し考え、『プログラムのバグを探すのは得意?』と入力する。
数秒後。
『コードを確認すれば、問題点の候補を提案できます。』
悠の目が少し大きくなる。
「おっ…まじか!?」
チャット蘭に会計プログラムのコードを貼り付ける。
少し待ち、アルファの返答が表示される。
『分岐条件式の符号が逆になっている可能性があります。』
悠はすぐコードを見直した。
「あっ、ここか。」
条件式を修正し、プログラムを再実行する。
エラーが消える。
悠は椅子の背にもたれ、逢の顔を見る。
「……いいねぇ」
逢は悠の顔を見て少し得意そうに笑う。
「でしょ!」
「私もベータに文章を見てもらってる。」
悠はモニターを見る。
『他には何ができるの?』
『データの解析や分析ができます。』
悠は少し考える。
「解析や分析……。」
悠は逢を見る。
「ご飯たべようか?」
逢は笑顔で返す。
「そうだね。」
悠の指が動く。
『今日はここまでにするからまた明日な、お休みアルファ。』
『お休みなさい、また明日お話ししましょう。』
逢はリビングへ行く、悠は続いて部屋の照明を落としリビングへ行く。




