アイ
悠はリビングに移動する。
1時間ほどたった頃、悠は目を真っ赤にしていた。
「アルファ、こっちに来て、ここに座って。」
アルファがリビングのソファーに座る。
机にはノートパソコンがあった。
悠が逢の画像ファイルを閲覧していた。
「アルファ、アイのこと話していい?黙って聞くだけでいい、知っておいてほしいんだ。」
「了解しました。」
アルファは悠の言葉を解析する。
アルファは黙ったまま映像録画を始める。
悠は何も喋らず画面の逢を見ている。
「逢には大地っていう名前の年の離れた弟がいてね。」
「初めて会ったのは逢が23歳の時だった。」
「バイトを始めたばっかりの俺に動きが悪かったんだろうけど、よく怒ってきたんだ。」
顔はノートパソコンの画面を見たまま。
画面には逢の満面の笑顔が映っていた。
「俺も悔しくて頑張ったんだよ。」
「言い合いになっても、妙に合うところがあったんだろうね。」
「仲良くなって、逢は大地と二人暮らしだったんだけど。」
「ある日三人でご飯食べようって言ってきた。」
「唐揚げが自身あるって言って、唐揚げ食べたんだよ。」
「ほんとに旨かったんだ。」
「そこで大地と出会ってね。」
「まだ中学3年生だったから、高校受験で勉強教えることになった。」
「きっと逢は大地の勉強見れないから俺を使ったんだろう。」
「頻繁に三人でご飯食べるようになって。」
「気づいたんだ、逢は弟の前だけは笑顔だった。」
「外ではずっと険しい顔してたってことに。」
「俺の前でも笑うことはなかったよ。」
悠は涙を浮かべる。
「逢の家はもともと金持ちだったらしい。」
父親は不動産会社を経営していた。
だが酒を飲むと人が変わった。
怒鳴り声が家中に響き、物が飛び、時には逢に手をあげることもあった。
両親は離婚、母親は慰謝料として数億円を受け取り、家を出て行った。
それからしばらくして父親の会社は経営が悪化、会社は倒産した。
倒産すると親戚は水が引くように誰も寄り付かなくなった。
借金は自己破産申請をして逢がアパートを借りて住まわした。
父親は酒を飲む量をさらに増やした。
そしてある日、脳梗塞で倒れた。
命だけは助かったが、半身麻痺が残った。
逢だけが見捨てられなかった。
逢は仕事だけでなくバイトも始めた。
「逢と会ったのはその頃だったんだと思う。」
仕事とバイトの合間にアパートに寄り、食事を作り、父親の生活を補助した。
お金は負担がすぎて生活補助を受けていた。
悠は大きく息をつく。
母親は悠々自適に暮らしていたらしい。
父親の会社が倒産するまでは優しかったらしい。
その後、男が出来て人が変わった。
「母親から直に。」
「私のお金はあんたにはやらないって。」
逢と大地は縁を切られたんだ。
仕事も自動車販売から介護に変えて、夜勤をするようになった。
昼間もバイトを入れていた。
「あの頃の逢は時は金なりってよく言ってたよ。」
「時間はお金で買えるんだ!って。」
昼も夜もずっと働いて。
「体はしんどい時には、弟には大学行かせるって。」
「あれは自分に言い聞かせていたんだと思う。」
大地は志望高校に受かった。
悠は少し笑う。
「姉ちゃん、無理すんなよっていっつも言ってた。」
「大地も逢が心配で、優しいヤツだったよ。」
「アイツも逢にはずっと笑顔だったなぁ。」
悠はつらそうな顔をした。
「大地が高校に通い出した頃、俺は………、2年ほど会わなかったかな。」
「大地が3年に上がる頃に勉強教えてって連絡来たんだ。」
大地は十八歳になり志望の大学まで受かった。
高校の卒業式の日の朝。
いつものように大地は家を出た。
ただ卒業式ってだけだった。
でも途中で事故に遭った。
信号無視のトラックがブレーキすることなく大地に向かってまっすぐ。
大地は回避行動をとったおかげで息はあった。
病院にかけつけた逢は大地の言葉を聞いたらしい。
「姉ちゃん、これからは自分の為に生きて……。」って
「………ふた……。」
間に言った言葉は聞き取れなかった。
「ずっと、ありがとう。」って、そのまま大地は眠りについた。
……。
部屋の中に静かな時間が流れた。
「逢はメソメソ泣くだけだった。」
……。
悠はしばらく何も言わなかった。
アルファは黙って記録を続けていた。
悠はまた大きく息をつく。
2カ月ほど逢と二人でご飯を食べる日が続いて。
逢が晩飯の準備をしている時に父親が意識不明って連絡が来たんだ。
病院に行ったらすでに息を引き取った後だった。
葬儀場で一泊したけど親戚は誰も来なかった。
3畳ほどの部屋で眠る父親をずっと見てたよ。
「逢は大地の時と一緒でメソメソ泣くんだ。」
「その後あんまり覚えてないな。」
「逢が溜め込んでるって気にしかならなかったかな。」
悠の表情から固さが消える。
「バイトは辞めて介護の仕事だけになった。」
それから1カ月して母親が突然訪ねてくる。
玄関先で逢にお金をせびっていた。
逢は仕方ないってお金を渡していた。
その後も母親は定期的に来ていた。
悠の表情は冷たかった。
「ずっと自己犠牲を続ける逢に俺はぶつかってしまったんだ。」
「お金は人を変えるんだよ。」
「でも、逢はずっと変わらずお金が一番大事って聞かなかったよ。」
「逢は何とも言えない表情で血の繋がりは消せないんだよ。って言ったんだ。」
結局、大地が死んでから逢の笑顔を見たことがなかった。
その後、俺は海外に出たんだ。
1年後日本に帰って今の仕事が見つかり、さらに1年が過ぎた頃にたまたま再会したんだ。
乗り換え電車から降りてくる逢と乗り込もうとする俺がすれ違う、運命と思える再会だった。
それから逢と付き合うようになった。
逢は母親の面倒を見ながらの二人住まいだった。
俺が転がり込んで三人で生活をしばらくしてた。
母親と二人になった時の会話で
「親さまが一番大事だろ。」って言葉にイライラしたこともあったかな。
「娘の好きな食べ物は?」って聞いても、「そんなこと知る必要もない」って返してくる。
正直、娘への愛情は乏しいと感じていた。
母親も亡くなって、逢は仕事を辞めたんだ。
籍を入れて、平凡な生活をしてた。
悠は泣きそうに言う。
「この頃ようやく笑うようになったんだ。」
「この写真はその時撮ったけど、いい笑顔だよな。」
モニターに映る写真を見つめる。
ある日突然、小説が好きだったから、小説家になるって言ってきたんだ。
1作目は「あなたからの愛」だったかな、二人の日常をテーマにしてた。
「平凡が一番いいって。」言ってた。
でも売れなかったんだ。
2作目、3作目は自分の生い立ちを切り売りしてね。
大ヒットしたかな。
本人は「人は美談を好まない。」って嘆いていたけど。
4作目は俺の生い立ちを書いた。
その時は質問責めにあった。
それも大ヒットで印税は数億円になった。
5作目以降はスランプでほとんど売れずにいた。
でも逢は好きなこと書いてるからって明るかった。
「逢は自己犠牲から抜け出た。」と思えた。
喧嘩とか言い合いは全くといっていいぐらいなかった。
お金を手にしたけど、ほとんど使わなかった。
「お金で時間は買える。」って言わなくなって。
「逢の一番好きなのは?」って聞くと「お金」って答えてた時もあった。
「なら俺は?」って聞くと、いつも「まぁまぁかな」って返してきた。
「逢はメロンが好きだった。」
「漫画が好きだった。」
「旅行が好きだった。」
「平凡がいいって言ってた。」
「二人で楽しい話しをいっぱいしたんだ。」
悠は大粒の涙を流している。
「アルファ、逢って小説を書く時のペンネームなんだ。」
アルファは指示通り黙っている。
悠は続ける。
「逢の本名は大きい河に宇宙の宙って書いてオオカワソラっていうんだ。」
悠は逢の画像を見続けけ涙する。




