第23話:光の向こう側
ハミルトン教授による手術の準備が整い、渡航の日が迫っていた。しかし、別荘のリビングに、光の頑なな声が響く。
「……私、行かない。ヒゲとキラを置いて、海外になんて行けないよ!」
光は床に座り込み、俺とキラを必死に抱きしめていた。
手術のために数ヶ月間、日本を離れなければならない。検疫や長時間の移動、術後のデリケートな管理を考えれば、猫たちを連れて行くことは不可能だった。
「ヒゲは喋れなくなっちゃったし、キラだって手術したばかり。私がいない間に、もし何かあったら……。目が見えるようになるより、この子たちと一緒にいる方がずっと大事なの!」
「光さん、自分を取り戻すチャンスなのよ!」と一条医師が諭し、成瀬が「猫たちは私たちが責任を持って預かる」となだめても、光の決意は揺るがなかった。暗闇の中で自分を支えてくれた猫たちは、彼女にとって「ペット」ではなく「家族」であり、自分自身の身体の一部も同然だったのだ。
その夜。月明かりが差し込む静かなリビングで、俺は光の寝顔をじっと見つめていた。
(……光。お前のその優しさが、今は足枷になってるんだな)
俺の喉はもう、鳴らすことしかできない。未来男としての言葉を伝えることはできない。
だが、俺にはわかる。俺をこの世界に繋ぎ止めていた「戦略」の最終目標は、光が自分の足で、光の中を歩き出すことだ。俺たちがここに居続けることが、彼女の未来を閉ざしてしまうのなら。
(……行こうぜ、キラ。俺たちがここにいたら、この子はいつまでも飛び立てねえ)
俺がキラの耳元で小さく鳴くと、キラは少し寂しげな目をして、それでも力強く頷いた。手術した足はもう、力強く大地を蹴ることができる。
俺たちは、眠っている一条や成瀬にも気づかれないよう、静かにベランダの隙間から外へと抜け出した。
深夜の冷たい空気が鼻をくすぐる。
光が目覚めた時、そこには温もりだけが残された空っぽのクッションがあるはずだ。
俺たちの姿が見えなくなれば、彼女は泣き叫び、俺たちを探すだろう。だが、成瀬ならきっとこう言うはずだ。
「あいつらは、君が光を取り戻して帰ってくるのを、どこかで待っているんだ」と。
俺たちは夜の闇に紛れ、別荘を後にした。
振り返ることはしない。
俺が猫として生き、未来男として足掻いたこの物語のエンディングは、俺たちが消えることで完成する。
(……光。お前が目を開けた時、そこには新しい世界が広がっているはずだ。その時、俺の意識(未来男)はもうこの猫の中に残っていないかもしれないが……俺たちの愛した歌は、ずっとお前の中にある)
俺とキラは、森の奥へと消えていった。
第24話:予告(最終章)
ヒゲとキラが姿を消した絶望の中、光は成瀬の言葉に突き動かされ、手術を受けるために渡航する。
数ヶ月後、手術は成功し、ついに包帯が取れる日がやってきた。
光が最初に見る世界は、果たしてどのような色をしているのか。
そして、日本へ帰国した光の前に、ある「一匹の猫」が姿を現す。
次回、最終回。「光の足跡、愛の記憶」。




