第24話:光の足跡、愛の記憶
ヒゲとキラが姿を消してから、数日が過ぎた。
別荘中を泣きながら探し回った光は、玄関の土間に座り込み、力なく項垂れていた。そんな彼女の前に、成瀬が静かに、だが揺るぎない足取りで歩み寄った。
「光さん。……あいつらは、君が手術を終えて帰ってきたら、必ず戻ってくる」
成瀬は光の目線に合わせて膝をつき、言い放った。
「あいつらは、君が自分の力で歩き出すのを見届けるためにここまで戦ってきたんだ。もし君が今、猫たちを探すために手術を拒んで立ち止まるなら、あいつらは自分の存在が君の邪魔になったと悔やみ、永遠に姿を現さないだろう。……君が行かなければ、二匹とは二度と会えない。だが、君が光を取り戻してここへ帰ってくるなら、その場所があいつらの帰る場所になるんだ」
その言葉は、光の絶望を「希望という名の戦略」へと変えた。光は震える手で涙を拭い、顔を上げた。
「……信じる。ヒゲが帰ってくる場所を、私が作るよ」
彼女は、ハミルトン教授の待つ海外へと旅立った。
それから三ヶ月後。
手術と過酷なリハビリを乗り越えた光は、日本へ帰国した。別荘のリビングで保護用のサングラスを外した彼女の瞳には、かつてよりずっと鮮やかで、優しい世界が広がっていた。
「……見える。成瀬さん、一条さん……私、見えるよ……!」
光は、彩りを取り戻した世界に震えながら、庭へと駆け出した。
「ヒゲ! キラ! 帰ってきたよ!」
すると、生い茂る草むらが揺れ、足の手術を乗り越えて力強く走るキラと、その少し後ろから、穏やかな知性を瞳に宿したヒゲが姿を現した。
光は二匹を抱きしめ、声を上げて泣いた。
「……おかえり。もう、どこにも行かないでね」
――それから、一年が経った。
光は、地元のお弁当屋の社員として働いていた。
かつてのように歌手を夢見て焦ることも、暗闇に怯えることもない。毎日、心を込めてお弁当を作り、お客さんの「ありがとう」という言葉に微笑み返す。そんな慎ましくも確かな日々。
そして夜。
仕事から帰った光は、リビングでカメラを回す。
「皆さん、こんばんは。今日のヒゲとキラは……あ、キラ、そこは危ないよ」
YouTubeの配信は、今も続いている。
ヒゲはもう喋らないし、かつてのような爆発的な再生数もない。けれど、そこには穏やかに歌い、猫たちと戯れる光の、本当の幸せそうな姿があった。
成瀬と一条医師が、時折そのお弁当屋に立ち寄る。
「光さん、今日の日替わり弁当、一つ」
「はい、成瀬さん! 一条さんも、お仕事お疲れ様です。もう二人とも成瀬さんでしたね。」
成瀬は、お弁当を受け取りながら、足元に寄り添うヒゲの瞳を見る。
「……いい『戦略』だったな、未来男」
ヒゲは小さく喉を鳴らした。
言葉は必要ない。光の瞳に映る美しい世界を、これからも隣で見守り続ける。それが、未来男が猫になってまで掴みたかった、たった一つの「閃き」だった。
光の歌声が、静かな部屋に流れる。
二匹と一人の、穏やかで輝かしい日常は、これからもずっと続いていく。
(完)




