第21話:披露宴のカルテット
光が「歌う」と決意したものの、現実は甘くない。YouTubeの再生数は落ち込み、目の手術費用には遠く及ばない。焦る光の前に、一条医師が凛とした姿で立ちはだかった。
「光さん、いつまでその程度の収益で満足してるの? あなたの目を取り戻すには、もっと爆発的な力が必要よ」
一条は、成瀬との結婚式の招待状を光の前に叩きつけた。
「私の披露宴には、政財界の重鎮から著名な文化人、お金持ちが山ほど集まるわ。そこで歌いなさい。披露宴のメインイベントとして、光り輝くあなたの声を聴かせて、その場でクラウドファンディングを呼びかけるの。……YouTubeでも生中継するわ。世界中に『歌手・光』を見せつけるのよ」
光が戸惑い、「そんな、お二人の大事な日に……」と口ごもると、一条は鋭い視線で彼女を射抜いた。
「勘違いしないで。私は協力はするけれど、奇跡をあげるわけじゃない。あなたは自分の才能で、自分の手で『光』を取り戻さなきゃいけないの。プロになりたいんでしょ? だったらこのチャンス、命懸けで掴みなさい!」
その叱咤激励に、光の瞳に火が灯った。「……はい。やらせてください!」
披露宴まであと数日。光が歌うことは決まったが、肝心の「曲」が決まっていなかった。
「光さん、既存の曲じゃダメよ。あなたの人生を、今のあなたの覚悟を乗せる歌が必要なの」
一条医師の言葉に、成瀬が静かに一冊のノートを差し出した。それは、未来男(俺)がかつて書き残していた、未完成の楽譜だった。
「……未来男が死ぬ間際まで書き殴っていたフレーズだ。サビの途中で途切れているが、ここにはあいつが光さんに伝えたかった『音』が詰まっている」
成瀬は、かつてないほど真剣な眼差しで、ペンを握り直した。
「閃いたのはあいつだが、これを戦略的に完成させるのは、残された私の義務だ」
不器用なバイオリンを弾く成瀬が、楽譜の空白を埋めていく。俺——ヒゲは、その楽譜をじっと見つめ、未来男としての記憶を呼び覚まし、正しい旋律の場所で「ニャア」と短く鳴いた。
「……ほう、そこはフラットか。……なるほど、未来男、お前ならそう書くか」
一条の厳しいピアノ指導と、成瀬の執念。そして、喋れなくなった俺が「魂の鳴き声」で導き、ついに世界に一つだけの新曲**『光の足跡』**が完成した。
それからの練習は、混沌を極めた。
伴奏は、幼少期から英才教育を受けた一条の完璧なピアノ。そして、成瀬が「昔取った杵柄だ」と豪語して持ち出してきた、聴くに堪えないほど下手クソなバイオリン。
さらに、コーラスには喋れなくなった俺と、足が治ったばかりのキラ。
「ニャ、ア……(おい成瀬、音がズレすぎだ)」
「フギャッ(耳が痛いよ!)」
俺とキラが抗議の声を上げると、一条は容赦なくタクトを振る。
「ヒゲ、キラ! 今の鳴き声は低いわ、もう一オクターブ上で歌って! 成瀬、そのバイオリンはもはや凶器よ、もっとマシに弾けないの!?」
そして、披露宴当日。
豪華なシャンデリアの下、着飾った名士たちが集まる会場は、異様な緊張感に包まれていた。YouTubeの同時接続数は、成瀬の作家としての告知と「喋る猫チャンネル」の異変に気づいた視聴者によって、数万を超えて伸び続けている。
ステージの真ん中に、光が立った。
隣には、ボロボロのバイオリンを構えて冷や汗をかく成瀬と、ピアノの前に座る気高き花嫁・一条。そしてその足元には、俺とキラ。
「……私の大切な人が、私に届けてくれた曲を歌います」
光が深く息を吸い込んだ。
一条の清廉なピアノの音が響き、成瀬の少々おぼつかないバイオリンがそれを追い、俺とキラが魂を込めて鳴いた。
――次の瞬間、光の声が会場の空気を一変させた。
それは絶望の淵から這い上がった者だけが持つ、圧倒的な透明感と強さを秘めた歌声だった。
第22話:予告
光の歌声は、会場のセレブたちを、そして画面越しの世界を熱狂させる。
クラウドファンディングの数字が、見たこともない速度で跳ね上がっていく。
「……これが、私たちの最後の戦略よ」
一条が微笑む中、ついに目標金額まであと一歩に迫る。
しかし、その時、生配信中の画面にある「人物」からの巨額の支援と、一つのコメントが届く。
次回、「響け、再生の歌」。




