第20話:再起のプロット
キラの足の手術は無事に成功したが、現実という壁は容赦なく光の前に立ちはだかっていた。
30万円の手術費用を支払ったことで、光がコツコツ貯めていた貯金は底をつきかけている。彼女自身の目の手術を受けるには、まだ数百万円もの大金が必要だった。
「……稼がなきゃ。もっと、YouTubeを頑張らないと」
光は焦っていた。しかし、ライブ配信を再開しても、コメント欄は荒れていた。
横に座る俺——ヒゲが言葉を失い、ただの猫に戻ってしまったからだ。
『喋らないならただの猫じゃん。期待外れ』
『ヤラセがバレて黙り込んだのか?』
『もうこのチャンネル、見る価値ないね』
再生数は激減し、収益化の維持さえ危うい状況だった。好奇心だけで集まっていた視聴者たちは、無慈悲に去っていく。
配信を終え、暗い部屋でうなだれる光。
成瀬は静かに彼女の傍らに寄り添い、一通の封筒を差し出した。
「光さん。……これは未来男が、いつか作家として成功した時に君に渡そうと、ずっと隠し持っていた手紙だ」
光の指先が、封筒の感触をなぞる。
「これの中身を……動画で公開すれば、爆発的な反響を呼ぶだろう。再生数も稼げるし、君の手術代も一気に集まるかもしれない。……これをどう使うかは、君の判断に任せるよ」
成瀬の言葉に、光は首を横に振った。
「……いいえ、成瀬さん。これは、私と彼だけのものです。……お金のために、彼の想いを世界に売りたくはありません」
彼女は手紙を大切に胸に抱きしめた。
そして、暗闇の中で瞳を輝かせ、真っ直ぐに俺——ヒゲの方を向いた。
「ヒゲ。……あなたが喋れなくなったのは、きっと私に『自分の声で伝えなさい』って言ってるからだよね?」
俺は、ただ静かに「ニャア」と答えた。
(……そうだ、光。お前はもう、俺の言葉を借りなくても、自分の足で歩けるはずだ)
「私、もう一度……歌を歌います。猫が喋るから見てもらうんじゃなくて、私の歌を聴いてもらえるように、もう一度頑張りたい」
かつて歌手を夢見ながら、絶望の中で捨ててしまった自分の声。
それを、光はもう一度拾い上げた。
成瀬が横で眼鏡を拭き直し、不敵な笑みを浮かべる。
「戦略としては非効率だが、プロットとしては最高だ。……一条、佐伯。機材の準備をしてくれ。これから、このチャンネルの『本当の物語』を始めるぞ」
一条医師は、上から目線で成瀬の背中を叩いた。
「言われなくても分かってるわよ。光さんの歌声が、世界で一番価値のあるものだって、証明してあげればいいんでしょ?」
俺は光の足元に寄り添った。
喋る猫という「奇跡」は終わった。だが、光自身の「輝き」を取り戻すための、本当の反撃がここから始まる。
第21話:予告
光の歌声が、再びマイクを通して世界へ放たれる。
最初は嘲笑していたネットの住人たちが、その魂を揺さぶる歌声に静まり返っていく。
「……この声、どこかで聴いたことがある」
光の歌声が呼ぶ、思わぬ奇跡。
一方、ヒゲは成瀬の書斎で、未来男が書き残していた「未完成の楽譜」を発見する。
次回、「光の歌」。




