第17話:過去からの刺客
成瀬の別荘の玄関先で、見知らぬ中年男が下卑た笑いを浮かべていた。
「光、聞こえてるんだろ! 親をこんなところに立たせっぱなしにするなんて。……ああ、そうか。母親が死んでから、よっぽど甘やかされたんだな」
「……帰って。お母さんの話はしないで……!」
奥の部屋で、光は一条医師に抱きしめられながら震えていた。その手は、恐怖で小刻みに震えている。
その時、成瀬が静かに一歩前へ出た。
「……光さんの父親ですか。あいにくですが、私は今、猛烈に機嫌が悪い。私の大切な『執筆時間』を邪魔されるのが、この世で一番嫌いなんだ」
「あ? 偉そうな作家先生か。金があるなら、親の俺に少しは分けてくれたって……」
「金、ですか。なるほど。あなたのその卑屈な目、そして娘さんの怯え方……」
成瀬は冷徹な目で、男を値踏みするように見た。
「察するに、あなたはこれまでもそうやって、亡くなった奥さんや娘さんに寄生して生きてきたわけだ。……今この会話はすべて録音している。これ以上騒ぐなら、不法侵入と恐喝未遂で今すぐ警察を呼ぶが、どうする?」
成瀬の瞳に宿る本物の「殺気」。男は「ケッ、覚えてろよ!」と捨て台詞を残し、逃げるように去っていった。
静寂が戻った玄関。成瀬が眼鏡を拭き直した瞬間、一条医師が悠然と姿を現した。
「よくやったわ、成瀬。……それでこそ私の男よ」
一条は成瀬の肩を叩き、不敵な笑みを浮かべた。
「婚約者の前で無様な姿を見せなくて済んだわね。もしあそこで日和っていたら、結婚の話は白紙にするところだったわ」
成瀬は苦笑し、「君の方がよっぽど怖かったよ」と肩をすくめた。
一条はすぐさまスマホを取り出し、ある人物に電話をかけた。
「……あ、私。今すぐ成瀬の別荘に来て。……ええ、学生時代の腐れ縁を頼ってるの。あなたの腕が必要な子が二人いるのよ」
数時間後、バイクのエンジン音と共に現れたのは、ラフな格好をした男、獣医の佐伯だった。
佐伯はさっそく、光に寄り添うキラを診察し始めた。
「……なるほど。この子の足、生まれつき関節が変形して固まってるな。だが、変形した骨を削って接合し直す手術をすれば、普通に走り回れるようになる。費用は30万ってところか。一条、お前の患者(光)が貯めてた金、これに使うんだろ?」
光が顔を上げ、小さく頷いた。
「はい……。ヒゲとキラが頑張って、YouTubeで稼いでくれたお金です。キラの足を、お願いします」
佐伯はニカッと笑った。
「任せとけ。一条の友人に不可能はねえよ。……で、こっちの『泥棒ヒゲ』の旦那が、噂の喋る猫か」
佐伯の視線が、俺――ヒゲへと向けられた。
「一条、こいつの喉の構造、面白いぞ。人間と猫の中間みたいな鳴らし方をしてる」
(……また厄介な専門家が増えやがった。だが、30万でキラが走れるようになるなら安いもんだ)
俺は佐伯をじっと見据えた。
「……サ、エ、キ……。キ、ラ……タ、ス、ケ、ロ……」
俺の声を聞き、佐伯は目を丸くして笑った。
「ははっ! 気に入った。任せろ、ヒゲ。お前もキラも、最高のコンディションに仕上げてやるよ」
一条の医学、成瀬の筆、そして佐伯の獣医学。光と猫たちを守るための最強の布陣が、ここに揃った。
第18話:予告
佐伯によるキラの手術準備が始まり、光に少しずつ笑顔が戻る。
しかし、追い詰められた父親は、ネットの暴露系配信者に接触。「人気作家と女医が娘を監禁し、金を巻き上げている」という嘘の動画を拡散させる。
「……物語を歪めるのは、作家の特権だと思っていたが。素人の悪意も侮れないな」
成瀬は静かに怒りを燃やし、ヒゲにある「逆転のプロット」を提案する。
一方、一条医師は光の通帳の記録から、父親がかつて手術費用を盗んだ決定的な証拠を見つけ出し……。
次回、「反撃の序曲」




