第16話:女医の鉄槌
成瀬の別荘の一室。光は成瀬の指示通り、YouTuberとしての現状を報告するためのライブ配信を開始していた。
画面の向こう側では、相変わらず冷酷な言葉が弾幕のように流れていく。
『また新しい支援者? 今度は作家かよ、設定盛りすぎ』
『目が見えないふりして同情買うの、もう飽きたわ』
『猫に喋らせるトリック、早くバラせよ詐欺師』
光はスマホを顔に近づけ、ぼやける画面を懸命に見つめながら、震える声で話していた。
「……皆さん、誤解なんです。私はただ……。ヒゲとキラが助けてくれたことを、伝えたかっただけで……」
(……クソ野郎どもめ。光の心がまた壊れかけてるじゃねえか)
俺――マダオは、光の膝の上で低く唸った。成瀬は部屋の隅で腕を組み、冷徹な観察者の目でその光景を眺めている。あいつの「戦略」は、あえて悪意を晒し、光を極限まで追い詰めることにあるようだった。
その時だった。
ドカドカと激しい足音が響き、配信画面の外から一人の女性がカメラの前に割り込んだ。一条医師だ。彼女の手には、先ほどまで見ていたのであろうタブレットが握られていた。そこには、光への凄惨な誹謗中傷のログが映し出されている。
「ちょっと、そのカメラ貸しなさい!」
一条は光からスマホをひったくるように受け取ると、レンズを真っ直ぐに見据えた。その瞳には、医者としてのプライドと、人間としての激しい怒りが燃えていた。
「いい加減にしなさい。私は、現在この患者……光さんの主治医を務めている眼科医の一条です」
彼女は白衣のポケットから医師免許証と診察記録のファイルを出し、カメラに突きつけた。
「今ここで、無責任な言葉を投げかけているあんたたち。専門医として断言します。光さんの視神経の損傷は紛れもない事実であり、早急な手術が必要な段階です。彼女が抱えている恐怖と苦痛は、あんたたちが匿名性の陰に隠れて娯楽として消費していいものじゃない!」
あまりの剣幕に、コメント欄がピタリと止まる。
「猫が喋る? 奇跡が起きている? 科学で説明できないことはこの世界にいくらでもあるわ。でもね、その『奇跡』を盾に、一人の女性の尊厳を泥靴で踏みにじる行為を、私は医師として、そして彼女の味方として絶対に許さない! 命懸けで生きようとしている人に向かって、よくもそんな言葉が吐けるわね。……今すぐ中傷をやめなさい。これ以上続けるなら、私は法的手段を含め、あんたたちを地獄の果てまで追い詰めてやるから!」
一条の怒声が、静かな別荘に、そしてネットの海に響き渡った。
隣に座っていた光は、一条の白衣の裾をぎゅっと握りしめ、溢れ出した涙を拭うことも忘れて立ち尽くしていた。
(……やるじゃねえか、女医さん。最高だぜ)
俺は彼女の勇気に報いるように、配信に乗るほどはっきりと、魂を込めて鳴いた。
「……ア、リ、ガ、ト……。……イ、チ、ジョ、ウ……」
画面越しの数万人が息を呑む。
医師による「真実」の証明と、猫が発した「感謝」の言葉。二つの重みが重なり、物語の潮目が、ネットの悪意を飲み込んで大きく反転し始めた。
第17話:予告
一条医師の一喝により、ネットの空気は「光を救え」という支援の輪へ一変する。
だが、その熱狂は光の過去に潜む「本物の闇」を呼び戻してしまう。
「久しぶりだな、光。弁当屋で満足してるのかと思ったよ……」
現れたのは、光の目を悪化させるきっかけを作った、彼女の過去を縛る男。
マダオは光を守るため、成瀬にある「禁断の戦略」を提案する。
「成瀬……俺の正体を、あいつを潰すための『武器』に使え」
次回、「過去からの刺客」。




