第15話:女医の決意、猫の潜入
一条医師の診察室は、成瀬の冷徹な雰囲気とは対照的に、清潔で柔らかな光に満ちていた。
「光さん、安心して。成瀬はああ見えて仕事の鬼だけど、私が関わる以上、あなたをただの『素材』にはさせないわ」
一条は光の手を優しく握り、成瀬を鋭く一瞥した。
「成瀬さん。あなたが費用を立て替えるにしても、治療の主導権は私にあるわ。光さんは私の患者よ。彼女が無理なくお弁当屋さんの仕事や配信に戻れるよう、全力を尽くす。あなたの『取材』で彼女を振り回すのは、私が許さない」
成瀬は肩をすくめ、薄く笑った。
「主治医が君で助かったよ、一条。……さて、光さん。契約通り、今日から私の別荘兼、仕事場へ移ってもらおう。設備は整っている」
(……気に入らねえな。光を守るためとはいえ、あいつの土俵に乗るのは癪だ)
俺――マダオは、光の肩に乗ったまま成瀬の別荘へと向かった。そこは静かな山間にあり、執筆に没頭するための巨大な書庫を備えた邸宅だった。
光が一条医師と今後の精密検査のスケジュールを話し合っている隙に、俺は行動を開始した。
(戦略家なら、まずは敵陣の把握からだ。成瀬、お前が何を隠しているか、猫の目で見せてもらうぜ)
足音を消し、高い書棚の上を伝って、成瀬の執筆室へ忍び込む。
デスクの上には、書きかけの原稿。そしてその横に、古びた茶封筒が置かれていた。
俺は肉球で器用に封筒をずらし、中身を覗き込んだ。
(……!? これは……)
そこにあったのは、俺が生前、最後に書いていた未完の小説のコピーだった。
しかも、その余白には成瀬の筆跡でびっしりとメモが書き込まれている。
『未来男、お前ならここからどう繋げた?』
『この閃きだけは、私には一生届かない』
成瀬は、俺が死んだ後も、俺の影を追い続けていたのだ。
あいつは、この猫(俺)の不思議な行動を通して、未完に終わった親友の遺稿を完成させようとしているのではないか。
その時、ガチャリとドアが開いた。
「……そこか、泥棒ヒゲ」
成瀬だった。彼は俺が封筒を覗いているのを見ても驚かず、冷めた瞳で俺を見下ろした。
「お前がその原稿に反応するなら、いよいよ確信に変わる。……お前の中にいるのは、あいつなんだろう? 未来男」
(……しまっ……!)
俺は思わず喉を鳴らした。
一方、リビングでは、キラがおもちゃのキーボードで、不穏な不協和音を叩き始めた。まるでお転婆な彼女が、俺の危機を察して成瀬を挑発しているかのように。
「……光さんは、まだ何も知らない。彼女に余計なショックを与えるつもりはないが……」
成瀬はデスクの椅子に深く腰掛け、ペンを弄んだ。
「私を納得させてみろ。お前が未来男なら、この原稿の『続き』をどう書く? それが証明できれば、光さんの目を治した後、彼女が人気YouTuberとして復帰するための『最高のシナリオ』を私が用意してやる。お弁当屋のパートを辞めても生活していけるだけの、な」
(……取引かよ、どこまでも作家らしい野郎だ。だが……光がYouTubeに戻れる舞台、か)
俺は成瀬を睨み返し、掠れた声で、けれどはっきりと返した。
「……ナ、ル、セ……。セ、ン、ラ、ク……ハ……、オ、レ、ガ……キ、メ、ル……」
成瀬の目が、初めて子供のように輝いた。
第16話:予告
一条医師は光たちの過去の動画を遡り、彼女が壮絶な誹謗中傷にさらされていた事実を知る。
「……こんなこと、許されないわ」
成瀬の指示で始まったライブ配信。再び悪意あるコメントが流れる中、一条医師が突如画面に乱入する!
「私は医師として断言します。彼女の症状は真実であり、中傷はやめなさい!」
専門家の怒りの一喝が、ネットの空気を一変させる。
一方で、マダオは成瀬との「共同執筆」という名の真剣勝負に挑む。
次回、「女医の鉄槌」。




