第12話:沈黙のライブ配信
ライブ配信開始から5分。同時視聴者数は3万人を突破していた。
画面を埋め尽くすのは、期待よりも「暴き」を求める冷ややかな言葉の数々だ。
『喋る猫、まだ?』
『詐欺師。病気アピールして投げ銭稼ぎかよ』
『猫に無駄なことさせるな、かわいそう』
光は、ぼやける画面に向かって懸命に微笑もうとしていたが、その唇は小刻みに震えていた。
「……皆さん、ありがとうございます。今日は、ヒゲの……声が出なくて。私のせいで、無理をさせちゃったから」
その言葉が、火に油を注ぐ。コメント欄には「言い訳乙」の文字が踊った。
(……チッ、予想通りのクソ野郎どもだ。だが、ここまでは計算の内だぜ)
俺は熱を持つ喉を必死に抑え、光の右手を自分の方へ引き寄せた。
視界が白く濁り、パニックになりかけている彼女の冷たい手のひらに、俺は肉球をぎゅっと押し当てる。
(落ち着け、光。俺がリズムを刻む。お前は歌うだけでいい)
俺は彼女の手のひらに、一定のテンポで「トン、トン、トン」と肉球を叩きつけた。
それと同時に、隣で待機していたキラが動いた。
「ピコ……ピコ……ピコピコ……」
おもちゃのキーボードから漏れる、拙い単音の羅列。
それは他人が聞けば、猫が適当に歩き回っている音にしか聞こえない。
だが、俺の刻む肉球のリズムと、キラの鳴らす不規則な音が重なった瞬間、光の表情が劇的に変わった。
「これ……『雨上がりの窓際』……? 私が二十歳の時に、誰にも聞かせずに捨てた曲……」
光の記憶の奥底に眠っていた旋律。俺(未来男)がかつて彼女の部屋で譜面を盗み見て、「悪くない」と鼻歌でなぞった曲だ。
光が、震える声で口ずさみ始める。
「♪ 窓を叩く……リズムが、止まったら……」
伴奏とは呼べないほどの、安っぽい電子音。
けれど、マダオが刻む正確な拍子と、キラが時折挟み込む「ニャン!」というコーラスのような鳴き声が、光の歌声をどこまでも透明に引き立てていく。
荒れていたコメント欄が、目に見えて速度を落とした。
『待て、この歌声……本物だろ』
『猫が……拍子をとってる? まさか』
『なんか、涙が出てきた……』
光はもう、スマホもコメントも見ていなかった。
見えない瞳を閉じ、手のひらに伝わるマダオの肉球の温もりと、キラが奏でる「私へのエール」だけを信じて、魂を削るように歌い続けた。
一曲が終わった時、画面の向こうには沈黙に近い静寂が広がっていた。
そして次の瞬間。
画面いっぱいに、感謝と驚愕のスーパーチャット(投げ銭)が虹のように溢れ出した。
その時。
アパートの廊下に、懐かしくも力強い足音が響いた。
「光ちゃん! 鍵、開いてるよ!」
ドアを勢いよく開けて入ってきたのは、ライブ喫茶のマスターだった。
彼は部屋の惨状と、泣き崩れる光、そして俺たちを見渡し、短く言った。
「……荷物をまとめろ。こんな場所にいちゃ、心まで死んじまう」
第13話:予告
ライブ配信がもたらした、一時の勝利。
「マスター……いいの? 本当に」
光たちはマスターのライブ喫茶の2階へ身を寄せる。
一息つく光だが、ネットの熱狂は収まるどころか、さらなる怪物を呼び寄せることに。
一方で、マダオの喉の痛みが引いた後、声はさらに変異を遂げていた。
「……ミャ……オ……カ、ネ……カ、セ……」
もはや猫の鳴き真似ではない、意志を持った「声」への進化。
次回、「隠れ家での再始動」。




