第11話:沈黙の代償
「……ごめんなさい、お引き取りください!」
光は震える手でドアを閉め、鍵をかけた。外からはしばらく「いいじゃないですか、減るもんじゃなし!」というテレビマンの怒鳴り声が聞こえていたが、やがて足音は遠ざかっていった。
部屋に静寂が戻る。
光は壁を背にズルズルと座り込んだ。
「……怖いよ。ヒゲ、キラ、大丈夫……?」
視界はまた白く濁り、光は目を閉じ、膝に顔を埋めた。
ふと、スマホが震えた。怯えながら画面を「拡大鏡」機能で覗き込んだ光の指が止まる。
「……あ、マスターだ」
それは以前、光がまだ歌手を夢見てバイトをしながら歌わせてもらっていた、ライブ喫茶のオーナーからのメッセージだった。
『動画、見たよ。光ちゃん、あのおもちゃのキーボードでキラちゃんが叩いてる音……なんだか、昔君がよく店で口ずさんでいたメロディの断片みたいに聞こえた。あの子たちは君を守ろうとしてるんだな。……色々大変だろう。店は今閉めてるけど、あそこなら静かだ。いつでも鍵を貸すから、逃げておいで』
「マスター……」
光の瞳に、少しだけ温かさが戻る。
だが、その希望に水を差すように、俺――マダオの喉は完全に悲鳴を上げていた。
(……ゲホッ、……カッ……)
猫の喉で無理やり喋り続けた代償だ。さっき男を追い払うために出した渾身の威嚇で、声帯が焼き切れたように熱い。試しに鳴こうとしても、カスカスとした空気の音しか漏れなかった。
(……マ、マズい。このタイミングで声が出ねえとはな……)
今、俺が喋れなくなれば、世間は「やっぱりヤラセだったんだ」と手のひらを返すだろう。せっかく手に入りかけた収益化の権利も危うい。
その時、キラがおもちゃのキーボードの前に座った。
彼女はお転婆な性格らしく、俺を励ますように「ニャン!」と短く高い声で鳴くと、前脚で鍵盤をパチャパチャと叩き始めた。
ピコ、ピコピコ……と、不規則でチープな電子音。
それは音楽と呼ぶにはあまりに拙いものだったが、時折混ざる独特なリズムに、光がハッとして顔を上げた。
「そのリズム……。キラ、あんた、私が昔書いた曲を何で知ってるの?」
光にしか分からない、記憶の断片。キラは不自由な足を必死に動かし、ただ無心に音を刻んでいく。彼女は、俺たちが生き残るためには、ここで立ち止まってはいけないことを本能で察しているようだった。
光は、キラが奏でる音色に導かれるように、ゆっくりと立ち上がった。
「ヒゲ、声が出ないの……? 喋りすぎちゃったんだね。ごめんね、私のために……」
光は俺を抱きしめ、そしてスマホを手に取った。
「私、決めたよ。テレビには出ない。でも、ちゃんと伝える。……生放送(ライブ配信)で、今の私たちの全部を」
視界が白く濁る中、彼女が震える指でライブ配信のボタンに触れる。
声の出ない俺、前が見えない光、そしておもちゃを叩くキラ。
ボロアパートの片隅から、世界に向けた「反撃」が始まろうとしていた。
第12話:予告
ライブ配信開始。同接視聴数は一気に数万人へ。
「やっぱり喋らないじゃん」「詐欺だ」と荒れるコメント欄。
だが、キラの叩くピコピコ音に合わせて、声の出ないマダオが光の手のひらに肉球で「文字」を書き始める。
「ヒゲが……歌えって、そう言ってる……」
光の剥き出しの歌声が、ネットの荒波を静めていく。
そんな中、ついにライブ喫茶のマスターがアパートの前に現れる……。
次回、「沈黙のライブ配信」。




