第10話:100万再生の朝
「……ねえ、ヒゲ。これ、夢じゃないよね?」
翌朝、光は何度も目をこすりながらスマホを顔に近づけていた。
視界の霧は相変わらず晴れたり曇ったりを繰り返しているが、画面の中で爆発的に増え続ける「赤い数字」だけは、嫌でも目に飛び込んできた。
動画タイトル:【奇跡?名前を呼んでくれた泥棒ヒゲの猫】
再生数は、投稿からわずか12時間で100万を突破していた。
「広告審査……通ってる。メールも来てるよ。収益化、おめでとうございますって……」
光の指が震える。さらに画面の下には、動画を見た人たちからの「スーパーサンクス(投げ銭)」が、数百円から数千円、中には一万円を超えるものまで、滝のように流れ込んでいた。
「これ……全部足したら、収益はまだ“見込み額”
振込は来月で
途中でBANの可能性もあるけど、今月の家賃どころか、半年分くらいあるよ。キラ、あんたの足の検査も、ちゃんと受けさせてあげられる……っ」
光はキラを抱きしめ、声を殺して泣いた。キラは「ナァ」と優しく鳴き、光の頬を舐める。
(……フッ。当然の結果だ。驚愕は悪意を上書きする。これで当面の『兵糧』は確保できたな)
俺は泥棒ヒゲを揺らし、窓の外を眺めた。
だが、俺にはわかっていた。金が動く場所には、必ず「別の生き物」が寄ってくる。
その日の昼過ぎ。ボロアパートの階段を、騒がしい足音が上がってきた。
ドアを叩く、無遠慮な音。
「はい……どなたですか?」
光が恐る恐るドアを開けると、そこには派手なスーツを着た男と、カメラを抱えた数人のスタッフが立っていた。
「突然すみません! ネットで話題の『喋る猫』の飼い主さんですよね? 民放バラエティの『アニマル・ワールド』の者です! ぜひ番組で、あの『名前を呼ぶシーン』を生放送でやらせていただきたくて!」
男は光の返事も待たずに、土足に近い勢いで玄関に足を踏み入れてきた。
「ギャラは弾みますよ! 10万、いや、20万出しましょう! 今すぐ準備できますか?」
光は、突然の強い光と大声に怯え、視界の霧がさらに濃くなったのか、おぼつかない手つきで壁を掴んだ。
(……チッ。ハイエナどもが、早えな)
俺は光の前に立ち、テレビマンの男を鋭く睨みつけた。
光は混乱している。彼女にとってこの動画は、俺たちとの「最後の思い出」であり「奇跡」であって、見世物小屋の芸じゃない。
「あの……すみません。今日は、体調が……」
「体調? そんなの関係ないですよ! 今が旬なんですから! さあ、猫ちゃん、こっち向いて! ほら、『オハヨウ』って言ってみて!」
男が強引に俺の首根っこを掴もうと手を伸ばした、その時。
キラが、ピアノの鍵盤を「ジャーン!」と力いっぱい叩きつけた。
不協和音が鳴り響き、男が驚いて手を止める。
俺はその隙に、男の靴に向かって思い切り牙を剥いた。
(……ふざけんな。俺の女と相棒に、勝手に触るんじゃねえよ)
第11話:予告
押し寄せるメディアの波。
「光、外に出ちゃダメだ。こいつらはお前を『コンテンツ』としか見てねえ」
引きこもらざるを得なくなった光と猫達
そんな中、マダオの喉に異変。
「……喋りすぎて、声が出ねえ!?」
絶体絶命の沈黙。次なる戦略は「ライブ配信」での真剣勝負!




