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【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』72

 正樹の病室を出る前に俺達のスケジュールと警備体制についてもザッと話し合いをし、今後の方針を決めた。


 暁月は聞いた話をすぐに久十郎に報告。『生活向上委員会』をはじめとするあちこちに注意喚起に走ることになった。あれやこれやと忙しくなり、俺達に構うヒマがなくなった。


 俺とマコの護衛が「足りない」となり、急遽麻比古とユイに協力を依頼。ふたりだけでなく『生活向上委員会』に参加している同族を何人も連れて来てくれた。日本滞在中はこれでどうにかなりそう。日本を出ればオカシイのは絡んでこないだろうから「今の人数で足りるだろう」と碓水が判断。「念には念を入れて警戒するように」と俺達全員喝を入れられた。


 ひなちゃんの注意喚起どおり、俺のところにもマコのところにもオカシイのが突撃してきた。ほとんどは俺達のところに到達する前に守衛や警備員が取り押さえた。刃物を持ってたのはそのまま警察へ。

『姫様』達が作ってくれた反撃特化の指輪も何度も反応していた。反撃された術者がどうなったかは知らね。自業自得だ。


『宗主様の高間原(ところ)』の流れで話し合うことがまだあり、毎晩黒陽さんに強制連行される。『宗主様の高間原(むこう)』に行ったメンバーに加え主座様の保護者達とひなちゃんも加わり、ときには『宗主様の高間原(むこう)』のひとも加わり、相変わらず楽しく過ごさせてもらった。


 なっちゃんが『降魔の剣』を作った話をしたらみんなが見たがった。特に定兼。それならと息子と黒陽さんに蘭ちゃんも愛刀を披露。大興奮の定兼が刀達と対話を始めてしまい、その晩はなかなか戻ってこなかった。


 朝は息子と黒陽さんと一緒に修行。霊力を抑える訓練を重点的につけてもらった。黒陽さんや竹ちゃんレベルにまではいかないが、一般人レベルにまで抑えられるようになった。あとはこの訓練を毎日継続。大変だが自衛のためにもがんばらないと。


 この霊力を抑える訓練は暁月経由で『生活向上委員会』にも伝えられた。これで余計なトラブルが出なければいいんだけどな。

 義弟(おとうと)にも伝えられ、『西村の子供達』や寺のヤツらなど関係者全員に訓練が課された。特に歳頃になった椿と藤子、沙樹の子供達は「自分の身の安全がかかってる」と説明され、必死で取り組んでいる。これ霊力操作のいい修行になるから、結果的に霊力量増えるんだよな。そのへんもちゃんと説明してるかな? まあ俺関係ないからいいか。


 日中は予定されていたスケジュールをこなし、夜はホテルから強制連行で安倍家の離れへ。毎日毎日忙しくしていたら、あっという間にアメリカに戻る日が来た。

 京都出発の前日は西村家で送別会をしてくれた。夜は安倍家の離れで。どちらにも顔を出した息子とお嫁ちゃんにマコはべったり。見送りにも来てくれたふたり(正確には黒陽さんも含めた三人)にもマコは号泣で別れを惜しんだ。



   ◇ ◇ ◇



 帰国してからも大忙し。マコと一緒に研究所に戻った挨拶に行ったときに所長と副所長に話をする。

 今回の帰国が亡くなった両親の弔いなことは出発前から周知していた。「弔いのセレモニーに出たことをきっかけに残りの寿命について考えるようになった」「両親死んだの九十歳」「俺今七十」「あと二十年じゃあ、これまで考えてた理論を検証しきれない」

「遺品整理してたら昔書いたメモとか出てきたんだ」「で、息子達とそんな話になって」

「可能であれば、この研究所を越えて、世界中の研究者と共同研究したい」


「息子に婚約者ができたんだ」「かわいいお嫁ちゃん」「ふたりに子供が生まれたら、俺とマコの孫ってことになる」「孫なんて考えたこともなかった」「孫が暮らす世界の環境が問題だらけなんてマズいと思って、マコと息子達と色々考えたんだ」「けど俺もう高齢になったから今考えている理論を自分ひとりでは実現しきれない」「誰か代わりに実現して欲しいんだ」


 そう前置きして提案書を渡す。息子がシステム組んでくれたハードディスクもパソコンにつないで披露。

「こんなすごい理論、なんで今まで黙ってた!」叱られたけど「俺の専門分野じゃねえもん」正直に答えたら何故かふたりともがっくりと脱力した。

「そうだな…おまえはそういうヤツだ…」なんかよくわからないが、とにかく俺のことを理解してくれているらしい。


「これは世界を変えるぞ」所長も副所長も断言した。まあそうだろうな。

「間違いなく莫大な利益が手に入る」「だが共同研究にしたら独占できない」「それはいいのか?」


「構わないよ」「目先の金よりも、息子夫婦といつか生まれてくる孫が安心して暮らせるほうが大切だ」


「あのヒデがそんなことを口にするなんて…」なんか失礼な発言が聞こえたが無視。


「とにかく量が多いから」「人海戦術で孫が生まれるまでにはどうにかしたい」

「孫、いつ生まれるんだよ」

「早くても五年後」「お嫁ちゃん、まだ十五歳だから」「息子も十六だし」

 息子夫婦の年齢を明かしたら「阿呆か!」と叱られた。なんでだろうな?


「とにかく十年以内には少なくとも形は作りたい」

「俺、十年したら引退するから」

「マコも」

 そう告げたらまた驚かれ叱られた。


「今回帰国して両親の法要を済ませて遺品整理してってしてて、色々考えさせられた」

「俺、死んだら実家の寺に骨入れてもらいたいんだ」

「あんまりジジイになったら飛行機移動も大変だろ?」

「だから八十歳になったら引退して、実家の近くで余生を送りたい」


 正樹の件で『死』について考えさせられた。俺も『西村の子』として墓に入りたい。両親と同じ墓でもいいし別の墓でもいいけど、青眼寺(ウチ)で眠りたい。


 所長も副所長も俺と同年代。そういうことを考えることもあったんだろう。それまでは散々に叱って文句言ってきたくせに、この台詞にはふたりともが口を閉じた。


 その後もなんだかんだと話し合い、どうにか説得できた。政治的なこととか利益的なことは全部所長と副所長に丸投げ。ひなちゃんが提案してくれた法人のこととか将来的な夢とかも全部提案書に書いてあるから「目を通しといて」と投げた。

「必要があれば俺説明するから」申し出たら「当たり前だろう!」と叱られた。なんでだろうな?


 そのままマットのところへ。所長達にしたのと同じ話をした。「十年したらマコを連れて京都に帰る」と宣言したらギャンギャン説教された。が、当のマコが「ヒデさんのそばにいたい」と固い意志を示したためマットが折れた。


「ヒデが死んだら復帰するんだよ?」

「失礼なヤツだな」「少なくともおまえよりは長生きするぞ俺は」

「ならこのままアメリカにいなよ」「ボクを看取ってよ」

「ヤだよ」「おまえにはシャーリーも子供達も孫達もいるだろうが」「そっちに頼め」


 話の流れで息子にお嫁ちゃんができたこと、孫が生まれる可能性を明かせばマットはものすごく喜んでくれた。「結婚式にはボクも出るよ!」と張り切るマットに、マコが竹ちゃんの写真を見せて自慢していた。マコが天涯孤独なのを知っているマットは「娘ができました!」と喜ぶマコに目を細めていた。



   ◇ ◇ ◇



 話し合いに継ぐ話し合い。研究所の幹部に始まり、あちこちの大学、研究所、果ては政府関係者まで。呼ばれては所長達にしたのと同じ話をする。もう人生の先が見えるようになったこと。これまで色々考えていたけれど、ひとりではとても検証しきれないこと。考えていたことを公開して、世界中の研究者と共同研究――正直に言えば丸投げしたいこと。


 一番は「環境問題をどうにかしたい」と訴えた。「息子夫婦と、いつか生まれてくる孫のために」

 何故かこの台詞が一番効果がある。なんでだろうな?


 最終的に俺の提案は受け入れられた。息子がシステムを組んだデータは世界中に公開された。最初は協力関係を結んだところだけ。

 例えばタイヤひとつ取っても、国が変わり環境が変われば必須条件が変わる。例えば水を生成するだけでも、国が変わり環境が変われば使えない場所もある。だからこそ世界中の研究者の協力を求めた。地球上のどこでもきれいな水が飲めて美味いメシが食えて安心して眠れるように。


 俺自身が昔から研究していた『みえる』についても論文を出す。これも長期的な検証が必要。けど俺もう『記憶』を『視て』答えを知ってしまったからトライアンドエラーするパワーがなくなっちまったんだよな。ということで部下に丸投げ。基礎論文は作ったから。あと頼むな!


 実際俺もマコも自分ひとりの研究に身を投じる身分じゃなくなっちまった。あのとき好き勝手に書きなぐったものを息子とひなちゃんがまとめた、通称『西村ノート』を読んだヤツらが寄って(たか)って色々聞いてくる。それに答えていたら「なんでわかるんだ」とか「どうやって思いつくんだ」とか言われた。正直に「漫画やアニメにあった」「息子や息子の友達が『これできるか』って聞いてきて」とバラした。何故か日本のサブカルチャーが世界中にさらに広まった。らしい。なんでだろうな?


 ともかくあれやこれやと質問され答えているうちに「こいつまだ明かしていない知識持ってるぞ」とバレた。


「俺もうジジイだよ?」「これ以上論文書かせんなよ」

「理論だけで実験も検証もしてないんだよ?」「『机上の空論』てやつだぞ?」

「知りたいことあったら口頭で言うから」「テキトーに書き取ってよ」


 そうして『宗主様の高間原(ところ)』の再現のように、色んな分野の研究者に取り囲まれて勤務するようになった。研究者達も上層部も二十四時間俺に貼り付けていたいらしいが、さすがに勤務時間だけにしてもらっている。だってマコとイチャイチャしたいし。イチャイチャするのに他人がいたら邪魔だし。そう告げたら「おまえはそういうヤツだよ」と呆れながら吐き捨てられた。なんでだろうな?


 一番最初に作りたかった、格段に効率を良くした蓄電池と送電線はすぐに完成。かなり小型化したものが世界中に普及できた。

 有機物発電もほぼ同時に完成。こっちはイチから設備投資しないといけなかったから普及までにちょっと時間かかったが、予想したよりは早く世界中に広まった。特に人里離れた僻地で喜ばれた。送電線いらないから初期費用が格段に安くあがるので、比較的導入しやすかったと。


 世界中に広まったあとも各企業や研究所が競うように研究を重ねている。俺が考えてもいなかった新製品がどんどん出てくる。いいぞいいぞ。どんどんやってくれ。


 ガソリンを使わない車もすぐにできた。完全普及するまでには数年から十数年かかるだろう。その間にもどんどん改良されるはず。いつかは反重力装置も搭載できたらいいな。がんばってくれ!


 埋め立てゴミの再利用も実用化した。ゴミを採掘する会社、元素分解して再構成して素材に戻す会社などができた。海洋プラスチックと海洋ゴミを回収する会社、放射性廃棄物を有用化する会社もできた。

 ここまでに持っていくのにも色々あったらしい。そのへんは所長をはじめとしたエラいひと達がうまいことやってくれた。


 あっという間に化石燃料に頼らなくてもいい世の中になった。まだ完全ではないが許容範囲だろう。石炭と同じで完全に無くすことはできないと思っている。


 石油産出国からは文句が出るかと覚悟していたが、これまたエラいひと達がうまいことやってくれて大きな問題にはならなかった。

 石油産出国は広い土地持ちが多い。砂漠など水不足な場所も。なので、世界に先駆けて養殖事業の試験場を作り、水分子から水を生成する実験装置の設置検証をした。他の研究も優先的に情報開示。それらが全部成功したことで、かつての石油産出国は変わらず世界のリーダーとして君臨できている。輸出品が石油から食料に代わっただけ。


 そうは言っても不満を持つ人間というのはどこにでもいるもので。

 俺達は当然として、このプロジェクトの上層部はもれなくあちこちから生命を狙われた。警告のつもりなのか報復のつもりなのか、狙いはわからない。俺とマコを狙ったが最後、反撃特化の指輪の餌食になって自滅してるから。

 指輪のおかげで口うるさいヤツが物理的に減ったこともプロジェクト成功の一因だろう。南無南無。


 俺達は毎日あちこちから進捗を聞き、知識を披露し、新しい論文を楽しみ、忙しいながらも楽しい日々を送っていった。



   ◇ ◇ ◇



 息子とはこれまでも定期連絡として週に一度テレビ電話で顔を合わせていた。あの竹ちゃん達のドタバタで一時止まっていたが、俺達がアメリカに戻ってから再開された。


 その定期連絡に、竹ちゃんが加わるようになった。毎回マコが大喜び。俺とマコ、息子と竹ちゃんの四人のはずが、ほとんどマコひとりが喋っている。マコが楽しいなら俺に言うことはない。毎回楽しい時間を過ごさせてもらっている。


 息子達が暮らしているのはあの安倍家の離れ。なので時には晴臣くんや主座様、姫様達や守り役様達が加わることも。互いに報告連絡相談するときもあれば単なる世間話で終わるときもある。晃くんひなちゃんも、『宗主様の高間原(ところ)』のヤツも、たまに話をする。日本とアメリカで離れていても距離を感じることなく接していた。




 距離を感じなくなった場所はもうひとつ。


 実は、リディと伊佐治とほぼ毎晩話をしている。


 マコはこれまでも『リディのお守り』に毎日話しかけていた。京都にいたときもアメリカに戻ってもその習慣は変わらず、その日もいつものように『リディのお守り』に触れ話しかけていた。そしたら突然マコが騒ぎだした。なにが起きたのかとマコに触れたら、慌てふためくリディの声が聞こえた。


 どうやら前回の『干渉』で、『リディのお守り』にふたつの『世界』を繋ぐ機能が付いたらしい。なんだそりゃ。

 色々試したり検討したりした結果、マコとリディが同時に『リディのお守り』に霊力を込めることでふたりが会話できるようになると判明。で、俺と伊佐治は通話中の妻に触れることで参加できる。


 推論を立て、何度もチャレンジし、ちょうどいい時間を見つけた。そうしてほぼ毎晩話をしている。

 話せる時間は二十分程度。これも霊力量が関係していると思われる。それでも会話ができるのは嬉しい。お互い都合のつかないときもあるけれど、程良い関係を結べている。


 年に一度は実際に対面できる。あのときに使った陣をそのまま使い、同じように対面。この対面のことは「ナイショにしといてね」とレイに言われている。なんか色々あるらしい。こちらは三十分程度だが、毎回お互い元気に会えたことに感謝し、また会おうねと笑顔で別れている。



   ◇ ◇ ◇



 思えば不思議な(えにし)

 本来ならば重なることも干渉することもなかった『異なる世界』の人間が、こんなふうに親しく接しているなんて。

 互いに『家族』と認識しているなんて。


 たとえ違う『世界』の人間でも。たとえ違う人種でも。

 そんなのは関係ない。


 大事なのはそいつの人間性。

『世界』を越えても人種が違っても根本は変わらない。

 尊敬に値するか。好ましいか。一緒にいて心地よいか。


 これからも俺達は『家族』として生きる。

 たとえ遠く離れていても。

 ココロはいつもそばにいるから。



   ◇ ◇ ◇



 正樹のその後を少し。


 意識不明で入院していた正樹は、およそ三か月で覚醒した。「まさか年内に覚醒するなんて」さすがの梅ちゃん達も驚きだったらしい。竹ちゃん作の腕輪念珠が呉羽の『願い』に反応して仕事してくれたんじゃないかとひなちゃんが分析していた。


 その後のリハビリも順調に進み、なんとギリギリ年内に退院。「寝たきり状態からたったひと月で日常生活できるまでに持っていくって」これまた梅ちゃん達が驚いていた。


 正樹に施した情報操作と記憶操作は問題なく働き、あの十五年は「精神系妖魔による幻術だった」と納得した。一番は自分の身体に刻まれた傷跡で納得したらしい。義弟夫婦と呉羽が蒼真くん達に改めて感謝していた。


 退院した正樹は義弟夫婦の家に戻り、寺の勤めをするようになった。規則正しい生活とほどよい修行、ストレスのない環境がどんどん正樹を回復させていった。そのうえ由樹がこれでもかと正樹に飯を食わせた。その甲斐があり、あの法事の翌年の親父の三回忌で顔を合わせた正樹は別人になっていた。


 白髪の多かった髪は艷やかな黒髪に。落ち窪んでクマが濃かった目は穏やかな光をたたえぱっちりと。こけていた頬もふっくらと血色良くなっていた。うっかり「おまえ誰だよ」と口から出そうになり、あわてて手で押さえた。


 孫達にはあの報復のあと復活した直樹が説明。「あの内藤正樹という男は同姓同名の他人」「俺が心配してる『正樹』は十五年間入院中」

「なにおまえら勘違いしてんだよ」「情報収集力鍛えろよ」と笑い飛ばされ「勘違いさせる父さんが悪いんじゃないか!」と一悶着あったらしい。


 そんな話をした数日後に『内藤正樹』の死体が出て、マスコミがあれやこれやと騒ぎ立てた。

 もちろんマスコミが手に入れられる情報は安倍家の皆様によって細工加工されたもの。菊様が大活躍だったと聞いた。なにしたのかはこわくて聞けない。

 ともかく『内藤正樹』という人物は『西村家(ウチ)と無関係』と多方面から証明され、孫達は納得。自分達の未熟さに悔しがっていたが、同時に「アレと血が繋がっていない!」と喜んだそうな。


 そこに正樹が退院。意識不明の間はずっと直樹が霊力補充し点滴で栄養補給。覚醒してからは呉羽がせっせと飯を食わせリハビリで身体を動かした。「あの十五年は幻術だった」「『名』を穢す行為はなかった」と納得し安心した。ストレスの原因だった女共もいない。甘やかしてくれる呉羽がべったりくっついて守ってくれている。そんな環境で身体もココロも満たされ、四か月前とはまったく別人になった正樹と対面した孫達。「え。全然別人じゃん!」「生きてるし!」とまた納得。さらには穏やかに接してくれる正樹にどいつもこいつもすぐに気に入り懐いた。


「おじさん!」「おじさん!」と懐かれ、正樹もまんざらでもない様子。「正樹は昔から面倒見がいいんだよ」何故か呉羽が自慢げにしていた。


 その正樹を騙した例の女はすぐに警察に逮捕され、塀の中。裁判のたびにニュースになるが、正樹はそれを目にしてもなにも気付かない。正樹の記憶にある十五年を過ごしたのは『斉藤』だから。映像で女やその両親の顔を見ても気付かない。晃くんが記憶操作したときに「顔がぼんやりするようにしてきました」と言っていた。他人(ひと)の顔を忘れるのは日常生活でよくあることなので「違和感なく馴染むと思います」と。実際正樹はニュースを見ても「非道いひとがいるもんだねえ」と被害者をあわれんでいただけだったらしい。すげえな晃くん。


 小娘は死体遺棄に協力した件で逮捕されるかと思いきや、ギリギリ十四歳だったために児童養護施設送りになった。保護者がいない状態になったため本人のためにもその措置が取られた。が、椿をイジメた件で晴臣くんが追い込み。容赦無い。さすがは『安倍の黒狐』。最終的に自宅を売り払いその一部を賠償金とした。


 イジメをしてきた妄想の激しい嘘つきということは広く知られている上に、母親が人殺しというオプションまでついた。まあマトモな人生は送れまい。

 その母親であるあの女も余罪がたんまりあったとかですぐには塀の中から出られない。出たとしてもやらかしたあれこれはぜーんぶマスコミが広めているので、こちらもマトモな人生なんて絶望的。あの世の母もきっと満足していることだろう。南無南無。


 正樹という心配事がなくなった義弟夫婦や直樹やミホ達も笑顔が増えた。霊力操作の訓練を重ねたこともあり霊力量が増え、なんか若々しくなっている。これ大丈夫か? なんかアヤシイ噂になったりしてないか?

「義兄さんには言われたくないよ」って、なんでだよ。


 まあなんにしてもあっちもこっちも平和に暮らしている。いいことだ。



   ◇ ◇ ◇



 結局俺は八十歳になっても引退できなかった。

「まだ元気じゃないか!」「年齢詐称してるだろ!」散々に言われ、仕方なくもう五年延長することを了承。それでも少しずつ京都で過ごす時間を増やしていき、計画どおり八十五歳でアメリカをあとにした。当然マコもウチの連中も全員引き揚げ。


 京都に拠点を移してからはオンラインでやり取りしていたが、研究所が京都支部を立ち上げやがった。そこに通ったりそこのヤツがウチに来たりと、それまでと変わらず研究に携わることになった。相談に乗ったりアドバイスしたり。アメリカにいたときと同じような日々を過ごした。


 どこに拠点を置くかは色々と意見が出たが、最終的に両親の隠居屋敷の近くに新しい隠居屋敷を建てた。寺にもほど近く、すぐ裏が山なので『ヒトならざるモノ』も出入りしやすい。縮地で駆けたら安倍家の離れにも息子夫婦の家にもすぐ行ける。


 息子夫婦は竹ちゃんが戸籍年齢二十歳になった翌月に改めて結婚式を行い、それを機に新居に引っ越した。安倍家の離れにほど近い場所で、他の姫様や主座様直属もその周囲に続々と新居を建てた。今ではちょっとした集落になっている。


 そんな集落から霊玉守護者(たまもり)やその子供達が遊びに来る。麻比古や久十郎達のところをはじめとした『生活向上委員会』のメンバーやその子供達もなんだかんだと顔を出す。そして近所からは西村家(ゆかり)の子供達も。


「ヒデじい」と呼ばれ懐かれ話をせがまれる。特級退魔師だったときの話。アメリカで研究者してたときの話。異世界にいたときの話。


「あれ作ったのヒデじいってホント?」「このまえ学校でこんなこと習ったけど、あれヒデじいのこと?」そんなことをちょくちょく聞かれる。ありがたいことに俺とマコの名は世界中に広まった。感謝や尊敬を向けてくれるひとが多いらしく、トリアンム行きのエネルギーは毎回充分な量があるらしい。


「俺だけが作ったんじゃないよ」「たくさんのひとが知恵を出し合って、いっぱい考えて工夫したからできたんだよ」

 そう答えれば子供達は首を傾げる。


「きみ達もしっかり勉強しな」「知らないことを知ることは楽しいぞ」そう告げ頭を撫でてやれば楽しそうに微笑む子供達。俺もじいちゃんにこんなふうに言われて頭撫でてもらったなあと懐かしくなった。


 修行にも付き合わされる。まだ霊玉守護者(たまもり)達が中学生だった頃に親父がこんなふうにしていたなあと思い出し、懐かしく思うと同時に『時代は繰り返す』なんて言葉が浮かんだ。



   ◇ ◇ ◇



 あっという間に月日は経ち、姫様達の『呪い』が解けたあの夏から二十年が過ぎた。

 戸籍年齢九十歳になってもまだまだ元気な俺。実年齢は一体何歳になったんだろうか。まあ親父も母さんも実年齢は百十歳超えてたらしいから俺ももーちょいイケるだろう。


 マコももう少しで戸籍年齢六十代になる。実年齢は六十過ぎなはず。出逢ったときほど年齢差が気になることは少なくなった。アラ還になっても変わらずマコは魅力的。変わらず俺を愛してくれている。俺の妻、最高。


 あれから世の中は随分と変わった。エネルギーはほぼ自給自足になったし温暖化も過去のものとなりつつある。京都の霊力量は二十年前よりも格段に増えたし、高霊力保持者も増えた。


 それでも俺は変わらず過ごしている。

 愛するマコと並び、ウチの連中に囲まれ、研究に没頭している。


『みえる』ということに関しては納得のいく理論ができた。一般に公表はできないが論文だけは書いた。いつか安倍家なり『宗主様の高間原(ところ)』なりが役立ててくれるだろう。


『宗主様の高間原(ところ)』とも『ヒトならざるモノ』と呼ばれる連中とも変わらず付き合っている。時々呼び出されたり連れて行かれたりしては問題解決に協力している。


 伊佐治とリディとも変わらずやり取りをしている。そっちからも相談を受けることもあり、結果俺の研究の日々は続いている。


 俺の護衛をしてくれていた連中は、俺が隠居屋敷に引っ込んだのをきっかけに解任した。

「もう護衛いらねえだろ」「自分の人生生きろよ」そう送り出した。


 碓水と娘達は黒蛇の村へ。あっという間に子供を作っていた。元気だな。

 マナトとリスケとタキはそれぞれの村に戻り、あっという間に嫁さんをゲット。すぐに子供もできた。しあわせそうでなによりだよ。


 新八郎と朱音は変わらず俺達と同居して家事全般を担ってくれている。「俺達がいなかったらおまえ干からびるだろ」悪態をつきながらも面倒見てくれる新八郎。いいヤツだな。

 そんな新八郎と朱音に会いに久十郎達がしょっちゅう顔を出す。呉羽も新八郎の飯目当てで頻繁に来る。おかげで俺も賑やかに暮らせている。


 定兼は変わらず俺の刀でいてくれている。ずっとそばで細々(こまごま)としたことをしてくれている。たまに怪異の噂を聞きつけては駆けつけ、俺達を巻き込むのも変わらず。まあ楽しいからいいけど。


 暁月もまだ一緒。「ヒデとマコが死ぬまでは一緒にいさせてよ」と言ってくれている。


 その暁月が選んだのが、なんとオボロ。初めて出逢ったときに暁月に一目惚れしたオボロは「暁月さんに相応しい男になる!」と三十五年努力し続けてきた。その努力とひたむきさを暁月はずっとそばで見せられ、まあ早い話がほだされた。

「ヒデとマコが死ぬまでは誰とも(つがい)にならない」という暁月に「それでも構いません!」とプロポーズし、暁月が負けた。

 というわけでオボロも変わらず俺達と暮らしている。力のある男手がひとりいるのは助かるので俺に文句はない。こいつにならまあ暁月を託してもいいだろうと最近は思えるようになってきた。



 ずっと子供ができなくて近年はふさぎこんでいた竹ちゃんが、昨年娘を産んだ。マコと息子と黒陽さんが妊娠期から過剰なほどに心配し世話を焼いている。


「孫が生まれるまでに」と環境問題解決に取り組み始めたのが二十年前。その孫が昨年生まれた。現在はどうにか胸を張って「環境整えたよ!」と言える世の中になった。間に合ってよかった。いやもしかしたら世の中が整うのを待ってくれてたんじゃないか? 俺の言葉を真実にするために期限を延ばしてくれてたんじゃないか? 俺は勝手にそう思っている。


 二年前、妊娠がわかってすぐに報告に来たふたりにそう話せばマコは「きっとそうだよ!」と笑い、竹ちゃんは泣いた。


「間違いなく()い子だ」

「じいちゃんが不甲斐ないばかりに、待たせて悪かったね」

「これからも色々研究していくから」

「安心して出ておいで」

 竹ちゃんのおなかに話しかければ、竹ちゃんは泣きながら笑い、息子は真面目な顔つきで頭を下げてきた。


 その孫のアンちゃんは出てきたときからトモに瓜二つ。つまり俺にも瓜二つ。「またコピーが出てきた!」「おまえの血、どんだけ強いんだ!」あちこちから散々にからかわれ笑われた。


 このアンちゃん、うまれる前からの高霊力保持者なこともあり黒陽さんが付きっきりで世話をし指導をしている。おかげで弱冠一歳ながら一人前の『能力者』よりもすでにレベルが高い。


 それだけでもすごいが、知能指数もかなり高い。トモも頭のいい赤ん坊だったがそれを凌駕していて、天才の片鱗を見せつける場面が多々ある。うっかり者のお嫁ちゃんと守り役様は気付いていない。いやあのふたり常識がオカシイんだった。だからすごいことを『すごい』と知らないだけかも。

 妊娠発覚から色々勉強した息子はちゃんと気付いて、すぐに俺達に相談してきた。あちこちの知り合いに教えを請い『アンちゃん特製育成プログラム』を組み俺とマコと息子とで教育している。


 一歳だというのにこの知能。この能力。将来性しかない。

 これなら俺が持ってる知識も技術もなにもかも渡せるかも。じいちゃんと母さんが切磋琢磨して作り上げた術式も、伊佐治から教わったあれこれも、晃くんに『視せられた』『記憶』についても伝えられるかも。期待に胸がふくらむ。俺のじいちゃんもガキの俺に対してこんな気持ちだったのかもなあと思い至りくすぐったくなった。


「あんま期待押し付けんな」「アンに無理させるな」息子はそう顔をしかめる。が、当のアンちゃんが俺になついて色々質問してくるんだから仕方ないだろう。娘が自分よりも俺になついているのを見せつけられるたびに息子はギリギリと嫉妬を向けてくる。

「感情制御はどうした」「まだまだだなあ開祖様?」からかえばまた腹を立てる息子。からかいがいのある息子に孫とふたりで笑った。



   ◇ ◇ ◇



 鳴滝は今日も平和。マコと並んで縁側に座りのんびりしていたら蓮と凛の子供達が顔を出した。

「相変わらず仲良しだね」呆れたように言うから「いいだろう」と自慢してやった。


「ボク達は『運命の(つがい)』で『半身』だからね」


 しあわせいっぱいの笑顔で得意気にするマコに、子供達は「なにそれ」と疑問を浮かべている。

「ん? 話したことなかったか?」

 そして説明。生まれ変わるたびに何度も巡り合い結ばれてきたことで特別な結び付きを持ったふたりのことをそう呼ぶこと。俺達だけでなくトモ達も、俺の両親もそうだったこと。

「『静原の呪い』なんて言われてる」


「『しずはら』って、母さんの実家の『静原』?」


「そうそう」と答えて、気がついた。

 こいつらの母親の凛は俺の親父の実弟の曾孫(ひまご)。ということは俺とも一応血縁関係と言える。口頭で説明したがこんがらがった顔をしたので家系図を書いて説明。


「え!? じゃあ俺達、ヒデじいと血が繋がってるの!?」

「そうだな」「蓮と俺は血が繋がっていないが、凛とおまえ達とは繋がってるな」


 これに子供達は喜んだ。なんでだろうな? まあ喜んでくれるならうれしいが。


 聞けばずっと蓮に言い聞かせられていたと。「『西村』の本流はヒデじい」「洋一じいちゃんがお寺を継ぐために養子に入ったから、ボクらはヒデじいとは血が繋がっていない」「ヒデじいのお父さんお母さんに任されたこの家とお寺を守るのがボクの使命」「できるならばおまえ達の誰かがその使命を継いでくれるとうれしい」


 俺の『名』はあちこちで知られていて、最近は教科書にも載っている。こいつらがまだ幼い頃、そんな俺の身内だと自慢し得意になり偉そうにしていた。そんなガキ共に、蓮がガツンとやった。延々と「『名』を穢すな」「おごるな」云々を教育され、その後も何度も何度も言い聞かせられていると。『西村』の後継者として蓮は正しく育ったな。


 蓮の長年の教育を無駄にしてはいかんと、調子に乗りそうな子供達に俺からも滾々(こんこん)と『お話』をしておく。

「おまえ達は『西村』と青眼寺を背負ってるんだ」「俺が言えた義理じゃないが」「『西村』と寺を頼むぞ」

 それぞれの頭を撫でてやれば「はい!」とどこか誇らしげな返事が返ってきた。


「ただ、おまえ達は『静原』の血も入ってるから、気をつけるに越したことはないな」


 そうして説明。静原の血脈にまれに現れる『呪い』。理由もなく、突然に、ただ一人にとらわれ人が変わったようになる。その唯一だけを求め、尽くす。それが『静原の呪い』。


 静原の後継者だった俺の親父も、西村の後継者だった俺も『呪い』を受けたひとり。まあ俺の場合は後継者放棄して何十年も経ったあとだったが。そして子供達憧れのトモも『静原の呪い』に『とらわれた』。


 コイバナに興味津々のお年頃である子供達はテンション高く食いついた。

「てことは、俺達にもそうなる相手がいるってこと!?」

「あくまで可能性だ」「『呪われない』ヤツのほうが多い」「あいつもこいつも違うだろう」説明すればわかりやすく肩を落とした。


「だが理論上では『呪われる可能性』は否定できない」

 パッと表情を明るくする子供達に「オイ。感情」と指摘。あわてて表情を作る子供達に苦笑が浮かぶ。


「だからな?」


「いつか『唯一』に出逢ったとき、あんまり情けないと好きになってもらえない」

 ハッとする子供達。

「もし『唯一』が困っていたり苦しんでいたとき、弱っちかったり未熟だったりしたら助けられない」

『そうだ!』とわかりやすく表情に出す子供達。まだまだだなあ。洋一が甘いのか? いや、正樹が甘やかしてんな絶対。あとで言っておこう。


「親父は『北の黒鬼』と呼ばれるくらい強かったから母さんを救えた」

「トモは必死に修行を重ねて竹ちゃんを救った」

「ヒデさんもボクを救ってくれたんだよ」マコが横から口を出す。


「だからおまえ達も必死で修行を重ねろ」

「勉強もして、体術も霊力も能力も術も磨け」

「その努力がいつかおまえ達の『唯一』を救う」

「かもしれない」


 ちゃんと推測で結んだが、子供達は都合のいいことしか聞けないお年頃なので聞いちゃあいない。トモと竹ちゃんの恋物語は『西村』では有名で『自分達にもそんなことが起こり得るかも!』と完全にテンション上がってしまった。これあとで蓮に叱られるかな。まあ真面目に修行に取り組むだろうからいいか。


「気をつけろよ。『静原の呪い』は、根深いぞ」


 ニヤリと口角を上げる俺に、愛する唯一は楽しそうに笑った。

これにて秀智メインのおはなしは一旦終わりです

長い間お付き合いありがとうございました!

明日からはひな視点、その後閑話を挟み新たな番外編をはじめる予定です

よろしければ引き続きお付き合いくださいませ

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