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西村秀智と『静原の呪い』70

 公式の場にふさわしい整えられたやりとりを交わし、どうにか一区切りついた。やれやれ。


 俺とマコだけだったら『宗主様の高間原(ところ)』に行く前のようにラフな格好で大雑把に済ませたんだろうが、ウチの連中全員いるからとわざわざ一級正装で対応してくれたんだろう。律儀だよなあ。ありがたい。


「それでは高間原(たかまがはら)の皆様よりの『褒賞』を一部お渡し致します」


 晴臣くんが司会進行役らしい。

 その晴臣くんが説明するのに合わせてひなちゃんと他の保護者達が動く。多い場合は霊玉守護者(たまもり)達も。姫様守り役様のみんなと主座様はそれを見守る。まあね。エラいひとは軽々しく動いちゃダメだよね。普段の竹ちゃん黒陽さんがおかしいんだよ。


 ユイには褒賞とは別に『竹ちゃんのお守り』が渡された。絶対あとで竹ちゃん自ら『加護』をつけるぞ。それは俺だけでなく全員に予想できたらしい。頭を下げるユイにあわれみにも似た眼差しが注がれていた。


『宗主様の高間原(ところ)』でモリモリと作っていた他のアイテムを順に渡していく。俺達ももらった反撃特化した指輪は全員に。他はそれぞれ希望者に。「また別日でいい」と言っていたのに結局現金や酒も用意してくれていた。キチンと熨斗つけて。


 二箇所の拠点については「これから選定と交渉をする」と目録をくれた。契約書も。「ここまでしてくださるとは」感激か畏怖か恐縮か、久十郎達が震えていた。


 ひと通り『褒賞』の受け渡しが済んだ。

「最後に」晴臣くんが声をあげ、俺達トリアンムから帰還した六人を立たせた。


「皆様にはこれより異世界トリアンムへと渡っていただきます」

「「「!!!」」」


「『干渉』する時間は一時間」「秀智さん真さんのお働きにより時間が増えました」

「とはいえ限りのあることです」「お手紙を書かれるならば今お願いします」


『手紙』の言葉(ワード)に呉羽が反応した。「俺も書いてもいいですか!? 碓水も!」

 チラリと菊様に目を遣る晴臣くん。許可が出たことを受けて了承した。


「よければこちらをどうぞ」渡されたレターセットに呉羽と碓水だけでなく久十郎達も筆を走らせた。マコまで。「顔合わせたら胸がいっぱいになって言いたいこと言えなくなるかもしれないから」そう言われたらそうなりそうな気がしてくるじゃないか。俺もレターセットをもらって手紙を書いた。


 そういや母さんと親父から『いつか伊佐治に会えたら渡してほしい』と手紙預かってたな。思い出せてよかった。忘れてたら死んだあとめちゃくちゃに叱られるところだった。


 どうにか全員が手紙を書き終えた。何故か姫様守り役様達に霊玉守護者(たまもり)達まで書いた。「感謝を伝えたい」「よろしく伝えて」口々に言われ、手紙を預かった。


「それでは、よろしいでしょうか」

 晴臣くんにうながされ俺達トリアンム組は立ち上がり、それ以外は部屋の端で座す。姫様守り役様達もバラバラと動いた。


 白露さんが布を取り出しバサリと広げる。床に広げられたそれは『宗主様の高間原(ところ)』でマコも加わり手掛けたもの。俺達がトリアンムに『跳ばされ』最初に出現した教会の、ステンドグラスに描かれていた文様(もの)。特別な絵の具で描き、姫様守り役様達が事前にしっかりと霊力を込めている。もちろん転移対象者である俺とマコと息子も霊力を込めた。

 そこにさらに霊玉を配置していく。この霊玉も『宗主様の高間原(ところ)』で姫様守り役様のみんながもりもり作ったもの。これでもかと霊力を込め、ああだこうだと検討した術式を込めた特別な霊玉。それを幾つも配置していく。


 こう並べると確かに『異世界(トリアンム)への干渉』って、めちゃめちゃトンデモナイご褒美だよな。特級レベルの術者が何人も何か月もかけて準備しないと叶わないんだから。


 準備のできた布の外側を白露さんがこれまた特別な紐で囲う。輪になったところで竹ちゃんが水球を作り出し、コロリと押し出した。

 陣の中心に落ちた水は紐で作った輪の中に広がる。一瞬パアッと陣が、配置された霊玉が光り、水を吸い込んだ。

 少し待っても変化なし。陣の準備ができた。


 白露さんに目でうながされた息子がその中心に立つ。俺達は口頭でうながされ陣の上に立ち、息子を囲むように円陣を組む。


「全員陣の上にいるわね」白露さんの声にに足元を再度確認。問題なく全員陣の上にいることを目視。「はい」と返答した。


「では、はじめましょう」


 白露さんにうながされた姫様と守り役様達が俺達の周囲を囲む。姫様四人は布の四つ角に、守り役様四人はその間に立った。


 白露さんに視線を向けられた竹ちゃんがひとつうなずく。どこから取り出したのか横笛を構え、吹き出した。

 見事な演奏に思わず聴き惚れる。『宗主様の高間原(ところ)』で竹ちゃんが舞うのを見たが、笛もプロ級とか。ホント万能だなウチのお嫁ちゃん。逆にこんなすごい()、『ウチのお嫁ちゃん』にしていいのか? 軽々しく接しても大丈夫なのか?? なんか(うやま)って(あが)め奉らないといけないんじゃないのか?? けど本人と守り役様が「普通にしてくれ」って懇願してくるしなあ。


 どうしたもんかと考えている間にも竹ちゃんの演奏は続く。笛の音と一緒に竹ちゃんの霊力も広がっていく。

 菊様がどこからか神楽鈴を取り出された。ふとその胸元に鏡を下げておられるのに気がついた。さっきまではなかったよなと思いながら神事を見守る。

 シャン。シャン。竹ちゃんの笛に合わせ菊様の鈴が鳴る。何度も、何度も。


 シャン。

 一音に合わせ、笛の演奏も終わった。

「―――尊き方々に申し上げ奉ります」「我が名は白菊(しらぎく)高間原(たかまがはら)の西、白蓮(はくれん)が女王」


 名乗りに続き祝詞(のりと)が続く。他の姫様と守り役様を紹介し、俺達の功績を並べ、その『褒賞』として『界渡り』したいこと、対価として霊力と『祈り』を捧げることを奏上。しばらくの()のあと、菊様が深々と一礼された。それに合わせ他の面々も頭を下げる。わけがわからないが釣られて俺達もどこに向けてかはわからないまま頭を下げた。


 一呼吸のあと、再び竹ちゃんが笛を吹く。今度は菊様の鈴に加え守り役様達と梅ちゃん蘭ちゃんの(うたい)も重なる。うたいだと思ったが、もしかしたら祝詞(のりと)かも。それを口に乗せながら布に向け霊力を注いでいく。菊様の霊力は鈴の音に乗せ綺羅星のように散り広がり、竹ちゃんの霊力は笛の音に乗り広がっていく。


 今気がついたが、俺達の周囲に結界が展開してある。姫様と守り役様の霊力を逃さないためだろう。結界の内側にどんどんと高霊力が注がれている。圧にならないのはそれらがすべて足元の布に――正確には布に描かれた陣と霊玉に注がれているからだろう。


 白露さんが腰に下げていた袋からなにかを取り出し、ぶわりとまいた。二度、三度とまくそれは桜の花びらだった。落ちることなくひらひらと舞うのは充満している高霊力のせいか、はたまた白露さんが『風』の術で操作しているからか。


 不思議なことに桜の花びらはどんどんと増えていった。そういや『宗主様の高間原(むこう)』で菊様が対象を鏡に映して増やす練習してたな。もっと効率よくできないか相談されてマコと一緒に検討したが、このためか。


 緋炎さんが優雅に腕を動かした。舞のようなその動きに合わせ火の粉が舞う。霊力の火だからだろう、舞う花びらを燃やすことはなく、共に周囲を舞っていた。


 竹ちゃんの笛、菊様の鈴、竹ちゃん以外の七人の祝詞(のりと)が響く。桜の花びらと火の粉が舞う。高霊力に満ちた空間に身動きひとつ取ることができない。立っているだけでやっと。『リディのお守り』が反応している。高霊力から守ってくれているのか、それとも。


 ―――ふ。


 一瞬の浮遊感。ハッとする間もなく音が消えた。

 なにが、と周囲に目を向け―――息を、飲んだ。


 目の前に、男女がひざまずいていた。


 額から二本のツノ。口には下から二本の牙。

 男は筋骨隆々とした体躯に赤い髪。女はほっそりとした身体つきにまっすぐな黒髪。


 懐かしい。変わってない。

 いや、十五年分年齢(とし)をとった。十五年前(あのころ)よりも風格のある姿。落ち着きも出ている。


 十五年の時間を重ねたとわかる女が、十五年前(あのとき)と同じようにポカンとこちらを見上げている。


「―――リディ―――?」

「―――マコ―――?」

 おそるおそるというマコの声に、女も呆然としながら名を呼んだ。そして。


「リディぃぃぃい!!!」

 ぶわりと涙をあふれさせ、マコがリディに飛びついた。ひざまずいたままのリディがそんなマコを抱きとめる。しっかりと背に腕を回し、抱きしめた。


「リディ! リディ! リディぃぃい!!」

「―――マコ? ホントに?」「ホントにマコなの?」

「マコだよ! リディ! 会いたかった!」

「―――マコ―――!」


 抱き合い、わんわんと泣き出したふたり。そんな二人を隣にひざまずいたままやさしい眼差しで見守る男。


「―――伊佐治―――」

 変わりない。変わってない。そう考えて、そういえば伊佐治(こいつ)はアメリカで俺の年齢に合わせて姿を変えていたんだったと、だから五十代相当の人間形態の姿と重ねて『変わりない』と判断してるんだと自己分析する。

 別れた十五年前も貫録のある将軍にふさわしい堂々とした姿だったが、なんか一段と格が上がっている気がする。服もなんか立派だし。

 俺達は軽い外出着程度なんだが。『トモ達が来る』とだけ思ってたから。それがまさかの転移で強制連行されて、そのまま約二か月『記憶』『視』せられて、『宗主様の高間原(ところ)』に一年半。なんだかあの夜が遠く感じるのは気の所為(せい)じゃない。そこにこんな突然の再会ぶつけられて、なんだか感覚も感情もおかしい。


 呆然と立ちすくみ、ただ伊佐治を見つめる俺に、リディとマコを見守っていた伊佐治が気付いた。

 ニッと笑うその表情(かお)は記憶のままで。

「おう。ひさしぶり」

 立ち上がり、なんてことないように言う声も記憶のまま。

 そのまま変わらずでっかい手で俺の頭をわしわしと撫でる。


 ―――ああ。


 喉の奥が熱くなる。勝手に視界がにじむ。撫でられるままにうつむいた。


「元気だったか?」

「―――ああ」

「歳取ったな」

「―――いくつだと、思ってんだよ」

何歳(いくつ)になったんだ?」

「―――戸籍上は、七十」

「なんだそりゃ」

「トモのせいだよ」「こいつがあっちこっち強制連行しやがったんだ」


 ずび、と鼻を鳴らしたのは見逃してくれた。どうにか顔を上げ文句を言えば、懐かしい青がまっすぐに俺を見つめていた。変わらない、青い瞳。


「―――会いたかったぜ」

 たくましい大きな身体に包まれる。ガキの頃のように。

「元気そうで、よかった」

 ポンポンと背を叩かれる。ガキの頃のように。


 そんなことすんなよ。我慢してんだから。

 俺だってずっと会いたかったんだ。ずっとさびしかったんだ。ずっとこうして欲しかったんだ。


 嗚咽が漏れそうになるのをどうにか歯を食いしばってこらえ、伊佐治の肩に顔を埋めた。腕をまわして服の背を握った。ぶ厚い胸板のせいでしがみついてるみたいじゃないか。頭撫でんな。泣いちまうだろうが。


「みんなも、元気そうだな」「変わりないか?」

「変わりはあるよ」「何年経ったと思ってんだよ」

 泣き笑いのような定兼の軽口が聞こえる。ああ。あいつらにも伊佐治をゆずってやらなくちゃ。ようやくそう思い至り、どうにか伊佐治から離れた。


 黙って離れた俺の顔を見てちょっと笑った伊佐治は、いつものようにわしわしと頭を撫でてくれた。ガキ扱いかよ。くそう。


「ヒデさん」

 離れた伊佐治の代わりのようにリディが来てくれた。ハグを交わし再会を喜び合う。

「元気だった?」

「はい」「ヒデさんもお変わりなく」

「変わりはあったよ」「もうすっかりジジイだよ」

「歳を重ねても素敵ですよ」「ねえマコ」


 クスクスと笑い、軽やかに会話を交わすリディのおかげで、どうにか体裁を整えられた。その間に伊佐治はひとりひとりとハグを交わしていた。麻比古の顔がべしょべしょになってんだが。久十郎も目が真っ赤になっている。


「―――トモ、か?」

 全員とハグを交わし、そこに立っている見知らぬ男に伊佐治は呆然とした。

 呼ばれたトモはキチンと姿勢を正し、深々と一礼した。


「はい。(とも)です」

「戸籍年齢は十六、実年齢は二十五、六になりました」


 ややこしい名乗りにも伊佐治は微笑み「そうか」とうなずいた。すぐにリディも伊佐治の横に立ちトモと向かい合う。トモも背が伸びたが伊佐治はそれよりも高い。当然のようにでっかい手をトモの頭に乗せ、わしわしと撫でた。さすがのトモもおとなしく撫でられるがままになっている。


「背ぇ高くなったなあ」「ますますヒデにそっくりになったじゃないか」

「ホント。あんなにちいさかったのに」「でもレイもおおきくなったもの」「トモくんだっておおきくなるわよねえ」


 リディの言葉にようやく『そういえば』と気が付いた。伊佐治に逢えた感動でいっぱいになっていたが、そういえばレイはどこだ?


 と、トモの後ろに男が立っているのに気が付いた。俺達の足元にはステンドグラスが映しているらしい極彩色の陣。それを挟むように伊佐治とリディのいた位置の対角線上に立っている。

 紫の瞳。くせのある黒い髪。彫りの深い顔立ちは伊佐治にそっくり。けれど伊佐治よりは細身で、どこか品のある佇まい。大法王が着ていたような白い衣装をまとい、ニコニコとこちらを見ている。今のトモより少し若い、少年と青年の間のような外見。


 ―――まさか。


「―――レイ?」

 マコの呼びかけに男はニパーッと笑った。


「うん! レイだよ!」「ひさしぶり! マコ!」

 十五年前と変わらない笑顔に、ああレイだと腑に落ちた。

 マコも同じだったらしい。腕を広げたレイに向け突撃した。


「レイ! レイ!」「ひさしぶり!」「会いたかった!」

「ボクも!」「会いたかったよマコ!」

「おおきくなったねえ!」「元気だった?」

「元気だよ!」「マコも元気そう!」


 抱き合いキャッキャとじゃれるふたりに、伊佐治もリディもうれしそうにしていた。ウチの連中も。


「私もハグしていい?」

「―――もちろんです」

 リディのおねだりにトモが両腕を広げる。そっとハグしあったが、リディはぎゅうっとトモを抱き締めた。


「―――よかった―――」

 その一言で、リディはトモの危機を察していたとわかった。遠い異世界から助けてくれていたことも。

 トモにもそれはわかったらしい。リディが自分の肩に顔を押し当て泣いているのをただ受け入れていた。


「ありがとうございます」

「皆様のおかげで、こうして生きています」

「感謝してもしきれません」


 身体を離したリディは微笑み、トモの頭に手を伸ばした。なにをされるかわかったらしいトモが頭を下げる。

「―――あなたは私の息子ですもの」「息子の無事を祈るのは当然だわ」

 よしよしとトモの頭を撫でるリディ。


「レイだってボクの息子だよ!」マコが対抗するようにレイを抱き頭を撫でる。「わあぁい!」喜ぶレイは幼い頃のまんま。幼すぎないか? 十五、六ならこんなもんか??


「ママ」「代わって」レイの言葉にマコはレイを、リディはトモを離した。

 向かい合ったトモにレイはにっこりと微笑みかけた。


「ひさしぶり」「覚えてる?」

「………つい最近思い出した」


 俺達からトリアンムの話を聞いたトモはその日に主座様達に報告をし、『記憶再生』の特殊能力持ちである晃くんに頼んだ。

「トリアンムで過ごした頃の記憶を思い出させて欲しい」


「三年前の『(まが)』のときも今回も、相当に助けてもらってたらしいのに『覚えてない』ってのは無礼が過ぎると思う」と。


 で、色々思い出した息子。だからだろう。伊佐治とリディには礼儀正しい態度で接していたが、レイにはくだけた態度になっている。


「レイ」「ありがとう」

「おかげで生きてる」「俺の唯一も」


 そう言って差し出したトモの手を、レイは両手でしっかりと握った。

「よかった」「ホントよかった」

「ありがとう」「みんなのおかげだ」


 ついにはトモをハグするレイ。「よかった」「よかった」と繰り返す。その様子からホントにヤバかったんだと、レイ達が相当がんばってくれたんだと察せられた。


「―――聞いたよ。レイ達ががんばってくれたおかげでトモが生き延びられたって」「遅くなったけど、ありがとう」「リディも、伊佐治も」

 今更かもしれないが感謝は伝えなければ。マコも「ありがとう」と一緒に頭を下げた。


 そのまま色々と話をした。両親が死んだことを伝え、預かっていた手紙を伊佐治に渡した。「なんでおまえのまであんだよ」と笑われた。「ありがとよ」「あとでゆっくり読ませてもらうな」と頭を撫でられた。

「俺達からも」伊佐治が箱をいくつも渡してきた。「おまえの無限収納なら入るだろ」と。

「なんだよこれ」

「手紙とか菓子とか」

『菓子』のワードに思いついた。無限収納に入れたままだった酒や食い物を出していく。俺だけでなくマコ以外の全員が提供した。「伊佐治達が食ってもいいし、他の連中に分けてもいいよ」と言えば三人とも喜んだ。

 トモは例の『竹ちゃんの水』を大量に出していた。「こっちはレイに」「こっちは他の神様に」「こっちは伊佐治さん達が普段使いに使って」伊佐治とリディには意味がわからなかったらしいが、レイにはその価値がわかったらしい。大袈裟なほどに喜んでいた。


 麻比古と久十郎が結婚し子供がいることを明かせば、伊佐治とリディも子供が産まれたことを教えてくれた。女男女の三人。レイがものすごく喜んで加護を与えまくり『(いと)()』認定していることも。

 トモが『奥様』と出逢い結ばれたことを伝えたら三人ともものすごく喜んでくれた。得意になったトモが次から次へと写真を披露。「かわいい」「しあわせそう」と褒められデレデレと喜んでいた。

 俺達がいなくなったあとのトリアンムのこと。伊佐治がいなくなったあとの俺達の周囲のこと。そんな話をしているうちにあっという間に時間になった。


「またいつか必ず逢いましょう」リディが目に涙を浮かべる。

「遠く離れていても私達は家族です」「いつでも皆様の『しあわせ』を祈っております」


「リディもみんなも元気でね」マコは明るい笑顔で言う。

「離れていても家族だ」「ココロはいつもそばにいる」「お互いにがんばろうね」

「ええ」「がんばりましょう」


 ニコニコと微笑み合うふたりに俺達もうなずきあった。全員が交代でハグしあい、別れを惜しんだ。互いの無事と健康と幸福を祈り合い、レイに急かされるままに陣の上に立つ。

「逢えてうれしかった」「また逢おうね」「元気でね」互いに言葉を交わしていたそのとき、パアッと強い光が視界を覆った。



   ◇ ◇ ◇



 ―――シャン。シャン。


 鈴の音が耳に届く。反射的に閉じた瞼をゆっくりと開けば、陣の中央に立つ息子の姿が目に入った。

 ひらひらと花びらが舞っている。火の粉も微風に乗っている。ゆっくりと視界を巡らせれば、仏教絵画もかくやの姫様達と守り役様達。周囲をぼんやりと眺めていたら、ふと菊様と目が合った。ニヤリと、まるで魔王のような笑みを浮かべられた菊様。シャシャシャシャシャシャ、と鈴を細かく鳴らされた。

 それを合図に竹ちゃんの笛のメロディが変わった。合わせる祝詞も『お願い』から『御礼』に替わった。ああ。トリアンムに行って戻ってきたのか。そう、実感した。


 ひとしきりの演奏と祝詞が終わり、俺達を囲む皆様が深く一礼された。それに合わせて俺達も拝礼。


 シン。音が消えた。


「―――皆様、おつかれさまでございました」

 静寂を破ったのは晴臣くんだった。緊張が解けたらしいウチの若い連中が一様に肩を落としている。


「無事にお会いできましたか?」

「はい」

 晴臣くんの問いかけに答えている間に元の位置に戻りつつある姫様守り役様達に身体を向けた。俺がなにをしようとしているのかわかったらしいウチの連中も同じく。


 元の位置に立った姫様守り役様達に向け、キチンと座り手をついた。


「ありがとうございました」

「「「ありがとうございました」」」


 全員で平伏。少しでもこの感謝が伝わるだろうか。伝わればいい。『ありがとう』しか言葉がない。


 頭を上げれば、菊様と目が合った。ニヤリと口角を上げた年若い女王。

「アンタ達の働きに感謝する」「今後も期待してるわよ」

「はっ」

 再度手をつき平伏。


「これにて姫様守り役様方の謁見を終了する」「皆、伏してお見送りするように」


 主座様のお言葉に全員で平伏。しばらくすればふわりと空気が変わった。顔を上げれば姫様守り役様達は姿を消し、部屋のサイズも元に戻っていた。


「皆様、おつかれさまでした」晴臣くんがテキパキと話を進め、あれよあれよと主座様と霊玉守護者(たまもり)達は部屋を出た。残った保護者達とひなちゃんとで今後の話を少しした。


 保護者の四人もひなちゃんも退室し、襖がパタリと閉じられた。瞬間、ドッと疲れがのしかかった。「はあぁぁあ……」ため息を吐き出したのは俺だけじゃなかった。全員がぐったりと姿勢を崩していた。うなだれているヤツ。どうにか倒れないよう両手で身体を支えるヤツ。互いにもたれかかり支え合っているヤツらも。

「疲れたな」「だね」俺とマコも互いにもたれねぎらいあった。


 完全に気を抜いていたそのとき。

「失礼します」の声にビッと姿勢を正した。

 一呼吸置いて開いた襖。キチンと一礼して入室してきたのはひなちゃんと晃くん、息子と黒陽さんだった。四人ともさっきまでのパリッとした姿から一転、楽そうなシャツにズボン姿に変わっていた。


「改めまして、皆様」「おつかれさまでした」ひなちゃんの挨拶に全員で頭を下げる。

「本日お渡ししたものと今後お渡しするものの目録です」

「他にもなにかありましたらトモさんにご連絡ください」

 テキパキと書類を渡し、必要事項を伝えてくるひなちゃん。「はあ」以外なにも言えない。もう俺疲れたよ。ジジイなんだから手加減して。


 そう考えたのを見透かされたらしい。苦笑を浮かべたひなちゃんが「すみません」と口にした。


「では本日は以上となります」「長時間にわたりお付き合いくださりありがとうございました」

 挨拶と共に一礼してくれるからこちらも返礼。すぐに息子が立ち上がる。


「じゃあ、帰るか」

 なんのことかと思うより早く「ホラ、立って立って」と急かされる。


「じゃあ、また」手を振るひなちゃん晃くんに首を傾げながら手を振り返せば、一瞬でふたりの姿が消えた。

 あっと思ったときには周囲が変わっていた。ここどこだ?!


「はいおつかれ」

 飄々としている息子は「じゃあ、ちょっと待ってて」と再び姿を消した。

 意味がわからず、とりあえず目についたソファに沈んだ。ぐったりと天井を眺め、ようやく京都市内のホテルの部屋に戻ったんだと理解した。あれだ。黒陽さんの無詠唱無媒体の転移だ。


 俺とマコにとっては約二年ぶり――『記憶』を『視た』のも含めたら数億年ぶり――になるから、突然連れて来られても「どこだよ」となったが、話し合いのときしか時間停止をかけられていなかった他の連中にはすぐにホテルだとわかったらしい。それぞれにぐったりとしていた。


「…………今何時だ………」

 俺のつぶやきに新八郎が時計を確認。告げられた時間はトモとの待ち合わせ時間から三十分も経っていない。全員でただ震えた。


 と、突然ヒラリと紙が届いた。俺達が使う連絡用の札だと理解し手に取る。誰だよと思いながら霊力を込めれば、今別れたばかりの息子だった。

『今から行く』問いかけでも確認でもないその伝言に「ん?」と顔を見合わせた。

 次の瞬間。


「おつかれー」「お邪魔します」

 突然に姿を現したのは息子と竹ちゃんと黒陽さんの三人。こちらが大騒ぎするのを首を傾げて見ている。


「先触れ出したろ」

「あんなものは『先触れ』と言わない!!!」

 怒鳴るもまったく気にしない息子。このやろう。


 なにをしに来たのかと思えば、ユイのお守りに加護を付けにきたと。あの神々しい衣装から一転、ごく普通の娘さんらしい洋服を着た竹ちゃんがユイにうながしお守りを出させ、改めて手渡し。加護をかけられユイが固まるのを俺達全員同情とあわれみに満ちた目で見守った。


「今日はホントおつかれさん」「よかったらこれ食って」パパッとローテーブルの上に息子が置いていくのは数本のペットボトルと弁当箱。

「ナツが『竹さんの水』で作った冷茶漬けセット」

「これが出汁」「これがごはん」「これがトッピング」「こーやって食って」


 ひと通り説明した息子は次に呉羽に声をかけた。

「呉羽さんの希望したお守りはいつ渡しに行くの?」


『宗主様の高間原(ところ)』で姫様守り役様達が寄って(たか)って『褒賞』を作っていた。その中に当然呉羽の希望した『お守り』もあった。


 呉羽の希望は『善良が過ぎるほど善人な人間』で『利用され喰い物にされてきた身内』のための『お守り』。『悪人避け』とか『災難避け』とか『運気上昇』とかいったものを希望した。呉羽の保有ポイントのほとんど全部を消費することになっても「つけられる限りの『護り』をつけてほしい」と。


 その依頼に対し、善良なお嫁ちゃんが詳しい説明を求めた。非常識で万能なお姫様でもしっかりしたイメージが持てないと『お守り』も効力が弱くなると。


 で、ひなちゃんと晴臣くんがザッと説明。ひとを『信じる』ことを第一義としている男だったこと。そこを真正の嘘つきにつけ入られ、金を貢がされ奴隷のように働かされていたこと。本人も『嘘だろう』とわかっていたが、嘘つきに「信じて」と言われたら突っぱねられなくて抜け出せなかったこと。十五年前に討伐に出て精神系妖魔の術に呑まれ意識不明になり、以来ずっと入院して生命をつないでいること。


「なんてひどい!」お人好しのお姫様ははりきって『お守り』を作ってくれた。梅ちゃんと蒼真くんが「首から下げるタイプは邪魔だし危険」とアドバイスしてくれたことから、正樹への『お守り』は手首につける腕輪念珠になった。「これなら邪魔にならない」と梅ちゃん蒼真くんからもお墨付きをもらった。


 その『お守り』を、ユイのように竹ちゃん本人から渡したいと。《そうすれば『加護』がつくだろ》息子が口の動きだけで伝えてくる。

《とにかく生真面目なんだよこのひと》《『自分が作った限りは責任持って手渡したい』って》《そのことで『加護』がつくことは、まったく気付いてない》

 なんでだよ!

《このひとうっかり者でぼんやりなんだよ》《自己評価最低だし》《あと常識がおかしい》《だから色々見落としてるし気付いてない》


 頭を抱えそうになるのをどうにかこらえていたら、ふと気になることがあった。

 ちょいちょいと息子を呼び、コソコソと確認。


「おまえ、その『入院してる男』が誰か、知ってんのか?」

「『西村の子供』だって聞いた」「ちいさい時から呉羽さんが面倒見てたって」

「………『西村の子供』………」

「? 違うのか?」

「……………いや、違わない」


 ついでだからともうひとつ。

「法事で騒ぎ起こした小娘がいたろ」「あいつらに関してなんか聞いてるか?」

 話を振ると息子は眉をしかめ「蓮くんから聞いたよ」と答えた。

「直樹さんの双子の兄貴とその娘だって?」「事情があって『西村』からは除籍して他人扱いになってるけど、直樹さんがものすごく気にしてるって」

「………蓮、知ってたのか………」「てことは、椿も知ってるのか?」

「知ってた」

「沙樹の子供達は?」

「知ってたよ」「あそこは蓮くんと仲いいから」


「『あんなのが従姉妹(いとこ)なんて嫌すぎる』ってみんな言ってた」

「………なるほど」


 つまり蓮達ひ孫世代は正樹を知っていると。それ『殺された正樹』と『入院中の正樹』をどう説明するんだ?『御魂分け』の説明しないと納得しないんじゃないか??


 まあ俺関係ねぇやと頭を切り替える。デキる義弟(おとうと)がどうにかするだろ。


 とにかく、入院してる呉羽の身内に竹ちゃん自ら「『お守り』を渡したい」と。呉羽は恐縮していたが「ご厚意を無下にするのか」「せっかくの申し出を」と碓水に指摘され黙った。

 さらに「目覚めるのも早くなるんじゃないか」と言われ、飲み込んだ。


『夜のルーティン』に行く呉羽に息子達もついていくことになった。

「じゃあまたな」「おやすみなさい」気軽に挨拶をし、非常識な息子達は出て行った。

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