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西村秀智と『静原の呪い』69

『宗主様の高間原(たかまがはら)』に来て、毎日楽しく有意義に過ごしている。


 朝起きたらいつもの修行。息子と黒陽さんが付き合ってくれる。ひと通りルーティンをこなしたらたくさんのひとと手合わせ。誰も彼も手応えのあるひとばかり。まったく遠慮しなくていいのは久しぶりで、毎回全力を出し切った爽快感と満足感で満たされる。俺もうジジイだからみんなほどほどに手加減してくれてるらしく、気持ちよく持ち上げてくれてる。いいひとばかりだなあ。


「なんだよあのジジイ」「ホントにじーさんかよ」「おかしいだろう。なんであんなに強いんだ」「無駄がない…」「あれぞまさに究極……!」


「若手から話を聞いた」という俺と同年代のじーさん達が何故か増えた。ああだこうだと話をしているうちにじーさん達も一緒に手合わせするようになった。

「もう衰えたと諦めていたが、こんな訓練方法があったとは」「これならまだ動ける!」「やるぞ!」「若いモンにはまだ負けん!」


 朝食は同行したみんなが一緒。ワイワイとにぎやかに食卓を囲む。それぞれにその日の予定を報告しあう。取り組む予定のテーマや「こんなことしたい」なども。


 食後はそれぞれに行動。主座様はヒロくんを護衛兼助手として連れ、宗主様をはじめとした上層部とお話し合い。ウチの連中が『褒賞』として田舎と町中に拠点をもらうことを小耳に挟んだこちらの上層部が「自分達も欲しい」と言い出した。それであちこちと話し合いがもたれている。元々『元いた世界(あちら)』と『宗主様の高間原(こちら)』で交換留学生のようなことを計画していて、その話し合いのために主座様は来られたのだけれど、さらに一歩踏み込む形になり、なんだかんだとお忙しいらしい。


 そのお忙しい合間を縫って色々な術を教え合い練習したり、術式研究したり、俺達と一緒に身体を動かしたりと、主座様も楽しそうにしておられる。時折年齢相当の笑顔が出ておられる。ここでは『主座様』でなく『ただの青年』として扱われてるからな。

 ここの人間は術者も物理戦闘者も主座様レベルがゴロゴロしている。そんな連中は戦闘訓練や術式研究のときに立場とかなんとかはまったく忖度(そんたく)しない。なーんも考えず、ただ実力をぶつけ合う。それが俺は爽快なんだけど、主座様も同じらしい。青年らしい笑顔が増えておられる。いいことだ。


 息子は俺達と一緒に術式研究したりいろんなものの開発に携わることもあれば別口に連れて行かれることも。

 姫様方もそれぞれに引っ張って行かれたり一緒に研究したりと忙しくも楽しく過ごしている。


「ここにいるついでに」と、ウチの連中への『褒賞』も作ってくれている。お守りとか霊玉とか。なんか聞いてた量より多いのは気の所為(せい)か?

「『白楽の高間原(ここ)』だと霊力量多いから簡単に作れていいわね!」「ついでだから色々作っときましょうよ!」「そうね!『備えあれば憂いなし』って言うもんね!」「お金がいるときに安倍家に売りつけましょう!」

 それはいいの?? まあ主座様が黙っておられるからいいんだろう。俺は余計なこと言わない。


 それより作り方教えて! 俺もできるかな? おお! できたできた! やっぱ『世界』の霊力量の問題かあ。てことは『元の世界(むこう)』で作るならこうで、ああなって……。


 話し合いながら製作しながら議論する。新たな発見があったり逆に疑問が生まれたり。


『リディのお守り』があるから「これ以上のお守りは過剰になる」という話だったけれど、色々検討した結果「これくらいなら」とお守りを作ってくれた。『呪詛返し』『霊的守護』『物理守護』『防御反転』の四重付与。リディのが『加護』に特化しているのに対し、こちらは実際の攻撃に対する守りに特化している。「これなら『リディさんのお守り』を阻害することはない」と。


 今回作った理論やらなんやらが発表されたら世界中のパワーバランスが崩壊するのは明らか。そうなったら理論提案した俺とマコがあちこちから報復として狙われる。霊的にも物理的にも。その対策として、攻撃を受けたと認識したら自動展開するお守りを作ってくれた。


『お守り』というよりは迎撃装置。なので『加護』の意味のある『リディのお守り』と「ぶつかることも阻害することもない」と。なるほど。


『お守り』は竹ちゃんが作るものが「一番強い」と誰もが太鼓判を押す。けれど竹ちゃんは根っからの善人なので、悪意に反応するとか対抗するとかいうものは不得意。そういう(トラップ)めいたものは菊様や梅ちゃんの得意分野。で、今回もふたりがノリノリで作ってくれた。


 結婚指輪に重ね付けできる指輪に術式が付与してあり、悪意や攻撃が向けられたと判定したらそれを増幅反転する。俺とマコの分だけでなく、ウチの連中全員分作ってくれた。サイズは「装着者の霊力で勝手にちょうどいいサイズになる」と。


 その話の流れで色々な話で盛り上がる。『呪い』については俺の祖父と母が死に物狂いで研究していた。そのことを話したり『記憶』で『視た』あれこれを明かしたり。盛り上がりすぎて「危機感を感じた」という緋炎さんに強制終了させられた。おかしいな? どれだけの『呪い』が作れるか試作しようとしただけなのにな?



 なっちゃんは岩の塊を持ってきていた。「これで刀作れないかと思って」

 どこで見つけたのかは知らないが、実家が刀鍛冶の佑輝くんが「刀の原料の玉鋼(たまはがね)に似てる」と言い、俺達に『記憶』を渡した晃くんが「ヒデさんならわかるかも」と言ったとかで、『宗主様の高間原(こっち)』に来てすぐ俺のところに持ってきた。


宗主様の高間原(こっち)』の研究者と一緒に分析。ナゾの塊の分析のためにこっちに既存の分析装置に『元の世界(むこう)』の機能も加えた新しい装置を開発。「触ったらなんとなくわかる」という黒陽さんの意見も参考にした。


 その勢いで色んな計測器を製作。人間にも動物にも無機物にも使える、霊力量と属性バランスが測れる計測器(スカウター)ができた。ひなちゃんが見せてくれた漫画みたいに片目に装着できるレベルにまで小型化したいと試行錯誤。表示は。操作性は。安全性は。あれこれと意見を交わし楽しい時間となった。


 肝心のナゾの塊は玉鋼(たまはがね)に酷似していた。むしろ元の高間原(たかまがはら)の『降魔の剣』の原料に限りなく近い。そう言ったら『宗主様の高間原(こっち)』の刀鍛冶達が前のめりになった。『記憶』で『視た』『降魔の剣』の作り方を伝える。作る過程で必要な『清めの火』は晃くんがいるからクリア。『祈り』はなっちゃんが込める。高火力も高霊力も技術者も揃っている。


 その日のうちに製作チームが組まれ、なっちゃんと晃くんはそちらにかかりきりになった。俺は親父が退魔師で物心つく前から刀剣に親しんでいたこと、定兼の付喪神救済関係に巻き込まれていたこと、マットの子供達が刀剣モチーフの創作物にハマっていて刀剣巡りに付き合わされていたことなどから刀剣に関する知識は元々あった。なので刀身本体だけでなく鞘や(こしらえ)にも口出し。結果、約一年半かけて大小二振りの素敵な刀ができた。


 喜んだなっちゃんが完成披露として二刀で舞を舞った。なっちゃんが「すごい舞を舞う」と聞いてはいたが、こんなにすごいとは思わなかった。こんなの奉納したらそりゃ神様もお喜びになられるわ。手放さないわ。『(いと)()』認定するわ。宗主様も他の皆様も非常に喜んでおられた。そのまま竹ちゃん黒陽さん緋炎さん晃くんと立て続けに舞い、『宗主様の高間原(こっち)』の神職達も舞い、「これ神様仏様に奉納しなくていいのか?」と心配になるような素晴らしい(うたげ)となった。



   ◇ ◇ ◇



宗主様の高間原(こっち)』に到着するなり議論が盛り上がり、問題提起からああだこうだと理論や解決策やらをぶちまけていた俺とマコ。誰かの「なんでそんなこと思いつくんだ」のつぶやきに、上層部には俺達が『姫様と守り役様が五千年追ってきた悪しきモノが持っていた膨大な「記憶」を「視た」』と明かした。その『記憶』があるから色々知ってるし思いつくと。


 で、あれやこれやと質問責めにされ答えていたが、ふと気がついた。そもそも俺が『視た』『記憶』をそのまんま他のヤツに『視』せればいいんじゃないかと。


 いい考えだと思ったのに、晃くんからも『赤のお師匠様』からも却下された。「知識の下地もない、『半身』もいない者には無理」と。

 じゃあ必要そうな『記憶』だけを渡したらいいんじゃないかと思ったら「範囲が広すぎてどこからどこまでを渡せばいいのかおれではわからない」と晃くんが降参を宣言。

 それなら俺が頭の中でイメージした情報だけを渡すのはどうかと提案し、志願者にやってみた。が、譲渡途中で強制終了となった。「これ以上は志願者の精神が保たない」「脳味噌焼き切れちゃうよ」と。


 どうも『記憶』を受け取りながら無意識に理解しようとしたらしい。それで『記憶』に『呑まれた』と。

「そんな大したことないと思うんだが?」

「ヒデさんは思考があっちこっち飛んでるんだよ」「しかもどれもが小難しい思考ばっかり」「二次関数とかナントカ理論とか言われてもわかんないよ」「それを無理に飲み込もうとして、逆に『呑まれ』ちゃうんだ」


 すっかり親しくなりタメ口になった晃くんの説明に首をひねっていたが、『赤のお師匠様』の鶴の一声で「『記憶譲渡』は禁止」と決められてしまった。解せぬ。


『記憶』系特殊能力持ちならば晃くんのように『記憶』を『視る』ことも保管することもできる。が、残念ながら今この『宗主様の高間原(たかまがはら)』で『記憶』系特殊能力持ちはこちらの『赤のお師匠様』のみ。


 そもそも特殊能力持ちはそんなに存在するもんじゃない。俺も昔はそう思っていた。今の俺の周りにはゴロゴロいるけどな。

 その『赤のお師匠様』はもうご高齢なので、体力的精神的に俺の『記憶』を保管するのは「無理だしやる意味がない」とご本人。それもそうだと誰もが納得。


「それなら」と俺とマコの頭の中にある『記憶』と知識を「放出(アウトプット)しろ」「書き出せ」と命じられる。面倒。

「それなら各専門分野からひとりふたりずつ俺達につけてよ」「口頭で言うから。そっちで書き取ってまとめてよ」そう提案すれば翌日から十人がついた。ああだこうだと好き勝手話していたら次の日には人数が倍に増えていた。なんでだろうな??


 質問に答えたり、雑談したり、頼まれて講義をしたり、試作したり。楽しい毎日を過ごした。



   ◇ ◇ ◇



 俺達の言動をメモするのに常時二十人くらいがついている。「ウザくないのか?」息子に聞かれたが俺もマコも全然気にならない。「アメリカの研究室と変わらない」と言えば何故か納得された。なんでだろうな?


 ふと思いついたことを好き勝手話しメモをとり理論構築をする。方程式を作り組織図を作り好き勝手書き散らかしていけば周りのヤツらがああだこうだと追記したり逆に問題提起したりしてくる。そしてまた議論。ときには試作。ある日は農機具を作り、ある日は繊維機械を作る。またある日は結界に関する理論を組み立て、ある日は医療機器を作る。あっちにこっちにテーマが移り、なんだかんだと色々積み上がっていく。トリアンムで試行錯誤していた日々のような楽しさに「このまんまここで骨を埋めてもいいんじゃないか」と浮かんだりした。


 その二十人くらいとは別に、佑輝くんと蘭ちゃんが俺達についてくれている。「オレは特にやることないから」と言いながら、『宗主様の高間原(こっち)』のヤツらとの緩衝材になったり小間使いのような手伝いをしてくれたり、ときには実験体になってくれたりと活躍してくれた。煮詰まったり身体が凝ったりしたときには運動にも付き合ってくれた。ふたりとも俺が本気を出しても全然敵わない。嬉々として相手をしてくれる。楽しくてついのめり込んでは側についてるヤツらから「いい加減戻ってきて!」と()められる。必死で向かっている間は頭カラッポになるからか戻ったときには頭スッキリしていいアイデアが出たりする。本人達は「暇人二人組」と自称していたが、なかなかどうして。いい働きをしてくれていた。なによりふたりの素直さと明るさが良い雰囲気を作っていた。「ありがとね」折に触れ褒め、頭を撫でる。デカいふたりだけどどういうわけか子犬のようで、つい頭を撫でてしまう。本人達がそれを喜ぶもんだからつい撫でる。マコも同じようにふたりを撫でていた。ウチの息子はこんなことさせてくれなかった。きみらかわいいな。


 ちなみにウチのかわいいお嫁ちゃんを撫でたら息子が怒り狂う。マコが撫でるのはまだ許せるが俺はダメだと。気持ちはわかるので自制。

 その息子を撫でたら「やめろ」と本気で嫌がられた。面白いからしつこく撫でようとしたらいつの間にか組み手になった。それはそれで楽しかった。からかいがいのある息子を持って楽しいよ。



   ◇ ◇ ◇



 この『宗主様の高間原(たかまがはら)』の『(かなめ)』は宗主様ご自身。けど宗主様もご高齢。いつどうなるかわからない。ということで色々策を練ったりアイテムを作ったりしてきたという。


 そこに例の『悪しきモノ』が滅びたときのエネルギーを大量に得ることができた。その膨大なエネルギーをもとにして、宗主様の代わりの『新しい(かなめ)』を作ろうとしているのが現在の状況。


 宗主様の館の中庭に巨大な柱を建てようと計画し、設計図を書いていた。それに俺とマコ、四人の姫様とそれぞれの守り役様が参加。ああだこうだと口を出し議論し検討を重ねた。


 トリアンムでも陣の再現に携わったマコがノリノリで色んな陣やらなんやらを披露。『異界』維持のための陣と『(かなめ)』の再構成の中心として色々取り組んだ。


 最終的に宗主様の館の中庭に巨大な柱を一本、館の四方に三メートルほどの柱を一本ずつ、そしてこの『異界』の境界に杭をぐるりと十二本打つことになった。

 四方の柱には四人の姫様がそれぞれに霊力を込める。それぞれを象徴するような色と文様を刻む。北は黒い柱に竹の文様。東は青い柱に梅文様。南は赤い柱に蘭の文様。西は白い柱に菊文様。

 最初はそれぞれの姫様の彫像にしようという案もあった。が、竹ちゃんがひどく嫌がったので断念。女神像、よかったのになあ。ラフ画を息子が竹ちゃんにナイショでもらっていた。


 中心の一本、四方の四本、十二本の杭、それぞれに刻む陣をマコが中心となって開発。ミニチュアを作り実験。柱の素材を変え、刻む方法を変え、様々に検討した。四方の四本を繋ぐ陣、十二本の杭を繋ぐ陣、それらと中心の柱を繋ぐ陣も同様。そうしてなんだかんだと苦労し、陣と『(かなめ)』は無事起動。しばらく見守ったが問題なく運用していた。俺達が来て一年経っていた。


 なっちゃんの刀作りが終わっていなかったこと、もうしばらく様子を見ようとなったことでさらに半年滞在。その半年で今度は『宗主様の高間原(こっち)』と『元いた世界(あっち)』を繋ぐ(ゲート)を作った。トリアンムにいたときの転移陣のようなもの。設置された霊玉に少し霊力を込めたら移動できる。「これで行き来が楽になる」とどちらのヤツも喜んだ。今は北山の安倍家の離れそばに設定しているが、ゆくゆくは『宗主様の高間原(たかまがはら)』の人間専用の家を用意する予定で、そこに設定変更することになる。

 そのへんは主座様が中心になって「色々整える」らしい。大変ですね。がんばって。簡単に行き来できるようになったら俺も使わせてもらいます。


 一番の問題だった『(かなめ)』を宗主様から中心の巨大柱『要柱(かなめばしら)』に移行したことで、ひとまず俺達の任務は完了。『(かなめ)』でなくなったことで宗主様はこの『世界』から出ることができるようになった。で、「『あちら』に行く」と張り切っておられる。側役達は「お歳もお歳だし、無理してほしくない」と心配しているが、ご本人が「行く!」と決めてしまっておられる。白露さんとデートがしたいと。珍しいもの見て美味しいもの食べたいと。やりたいことがたくさんできたからか『(かなめ)』から開放されたからか、なんだか若返ったようにお見受けする。いいことだ。主座様もヒロくんも「是非お越しください」と歓迎しておられるし、白露さんも喜んでいる。



   ◇ ◇ ◇



 なんだかんだと一年半滞在し、ようやく『元の世界』に戻った。

 帰還前はお別れパーティを開いてくれた。ヒロくんと梅ちゃんが色んな料理を広めていたからか美味いものがたくさん並んだ。たらふく食ってたらふく話をして、大満足で別れた。再会を約束して手を振った。


 転移した場所はあの広いリビング。「おかえりなさい」と迎えてくれたひなちゃんと保護者の四人は記憶にあるそのまま。なんと俺達が消えて「三分くらいです」とのこと。すげえな蒼真くん。


 そのまま一階に連れて行かれる。一年半前に出て行ったときと変わらない様子に頭がおかしくなりそう。「おー」「おかえりー」と呑気な連中。出された茶菓子でまったりしていた。


「これから主座様のご挨拶があります」ひなちゃんの言葉に慌てて撤収。どうにか体裁が整ったところで晃くんが主座様のところへ。

 すぐに足音が近づいてくる。襖の外で足音が止まった。


 襖が開き、入ってきたのは保護者の四人。先程までののんきな様子から一転、キリリと引き締まった雰囲気で隅に着座した。いつの間に着替えたのか、四人とも公式の場に相応しい黒スーツ姿。

「主座様のお出ましです」

 晴臣くんが宣言し、四人とひなちゃんが平伏する。うながされるようにこちらも全員で頭を下げた。


 再び開いた襖から入ってきたのは霊玉守護者(たまもり)の五人。五人も揃いの黒スーツ。堂々と入室し、佑輝くんと晃くんが向かって左に、なっちゃんとトモが向かって右に、分かれて片膝をついた。

 ヒロくんは襖の傍らで片膝をつく。そこからゆったりとひとりの青年が進み出てこられた。


 白い狩衣。白銀の長髪。顔の上半分を覆う狐の面。正樹の騒動のときのお姿をとられた主座様は、スッスと進み正面中央にお立ちになられた。襖を締めたヒロくんがその斜め後ろに控える。


 主座様は見事な所作で胡座(あぐら)に座された。霊玉守護者(たまもり)の五人もそれに合わせ正座になる。


安倍晴明(あべのせいめい)だ」

 お名乗りにザッと低頭。


「このたびの働き、感謝する」

 いつもと違い威厳のあるお声。公式の場だとヒシヒシと圧がかかる。それを表すように霊玉守護者(たまもり)の五人もピリリとしている。


 きみらそんな態度もできたんだな。そう面白く思いながらも口を開いた。

「恐悦至極に存じます」

「こちらこそ、西村家及び我らに多大なご厚情を賜り、有難く存じます」


 ウチの全員で更に頭を下げる。「ウム」ちいさな許容に少しだけ頭を戻す。


「このたびのおまえ達の働きには、姫様方も守り役様方も非常に感謝しておられる」

「姫様方がおまえ達に直接感謝を伝えたいとお望みだ」

「これより皆様をお招きする」

「伏してお迎えするように」


 お言葉にもう一度頭を下げる。と、空気が揺らいだ。なにが、とこっそり視線を向けると、部屋の広さが変わっていた。


 ギッチギチに座っている部屋の正面。すぐそこにあった神棚がずいぶん奥に移動していた。部屋の奥行きが広くなっている。神棚の直前ギリギリに座っていたはずの霊玉守護者(たまもり)五人が、広くなった奥行きのほうに身体の向きを変えていた。

 主座様も百八十度向きを変え、広くなった奥に向け深々と一礼された。

「安倍晴明が申し上げたてまつります。姫様方。守り役様方。どうぞお出ましくださいませ」


 次の瞬間。


 ドッ!

 空室だったはずの続きの間から言いしれない『圧』が噴き出した!!

 反射的に顔を上げ―――息を、飲んだ。


 中央に四人の姫様。額に見事な天冠。繊細なビラ飾りのついたそれはそれぞれの意匠が用いられている。白い着物の襟と袖口には美しい(かさね)。その上に金糸銀糸で細かな刺繍がほどこしてある薄い千早。美しい地紋が織られた袴。薄くやわらかな領巾(ひれ)。同じような型にそれぞれの配色と文様を取り入れている。


『宗主様の高間原(ところ)』で四人の姫様達は現世の姿に略礼装だという着物に袴姿だった。天冠も千早も領巾(ひれ)もつけていた。一年半共に過ごして見慣れた姿となった。が、『宗主様の高間原(むこう)』とは明らかに違う。


 服装のひとつひとつの格が違う。生地の地紋はより複雑になり、刺繍は量が増えより細やかになっている。袖丈も振袖の長さも袴の丈も長くなっている。千早と領巾(ひれ)は地紋や刺繍があってもより薄く感じる。千早の下、裾の長い袴の上に裳裾(もすそ)が長く広がる。透明感のある白い()にもそれぞれに刺繍してあるのがかろうじて見えた。 手に耳に髪にアクセサリーが光る。なるほど話に聞いた一級正装かと理解した。


 それを(まと)う姫様の外見は『宗主様の高間原(むこう)』にいたときと違うもの。


 向かって一番左に立つのは梅ちゃん。『ちゃん』なんて呼んじゃマズいかも。そのくらい高貴さで光っている。

 吊り目気味の二重の目の中には金色の混じった深い青色の瞳。黒に近い青い髪をポニーテールにしているので両耳のイヤリングが目立つ。髪の結び目は髪飾りが光る。雪の中凛と咲く紅梅を思わせる、グラデーションのかかった赤い袴。淡い薄紅梅色の千早と領巾(ひれ)には龍と梅が刺繍されている。胸元に紅い勾玉がひとつ。勝ち気そうな表情にはそれでも気品が感じられる。生まれながらの王族とはこういうものかと。


 その梅ちゃんの隣に立つのは蘭ちゃん。茶に近い赤毛の短髪。赤い瞳。ぱっと見男と見紛う凛々しい顔立ちに、イヤリングが華やかさを添える。他の三人よりも短い袖口からのぞく手首から甲と中指にかけて防具にも見える装飾品。濃紫の袴は蘭の地紋。薄紫の千早の袖には金糸の鳳凰が舞う。腰には帯代わりにも見える剣帯。見事な装飾の(ほどこ)されたそこに緋色の鞘の長刀を提げていた。


 その隣に菊様。氷のような白銀の髪。真っ直ぐ細く、腰よりも長いその髪は銀糸のよう。黄金色の瞳。少し垂れ気味の大きな二重の目。まっ白い肌。ほっそりとした身体。薄めの唇もほどよい高さの鼻もすべてが形良く、収まるべき位置に収まり、人間離れした美しさを作り出していた。

 大菊を思わせる黄色の袴。薄黄色の千早と領巾(ひれ)には菊の柄。誰に説明されずとも高貴な御方だと佇まいだけで理解できる。


 そして、竹ちゃん。

 初めての顔合わせで見せてもらった、黒髪黒目の姿。真っ直ぐな長い黒髪。ぬけるように白い肌。ふっくらした頬にぽってりとした唇。若竹色の袴にも淡い若竹色の千早と領巾(ひれ)にも竹柄が施されている。


 それぞれの姫様の後ろにはそれぞれの守り役様。全員人間形態で鎧をまとっていた。


 梅ちゃんの後ろの蒼真くんは金の混じったくせのある蒼い髪を短く整え、キッとこちらに蒼い眼を向けている。蒼い鎧はあの龍の鱗を連想させた。その背にはマント。内側は濃紺、外側は白のマント両面に施された金糸が星空を作る。幼さの抜けきれていない顔立ちが少年独特の凛々しさをかもしだしていた。


 蘭ちゃんの後ろの緋炎さんは逆に大人の魅力であふれていた。赤い鎧に腰から短い()をまとっている。それでもわかる豊満な胸にくびれた腰。腰まで伸びた豊かな髪は炎のように真っ赤で、ぷるんとした唇も真っ赤。紅玉(ルビー)のような赤い瞳。妖艶という言葉がぴったりの美女。


 菊様の後の白露さんは白銀の鎧に片肩だけのマントをまとったスラリとした美女。くせのある白銀の髪をうまく活かし結い上げている。その髪を留める銀の髪飾りも見事の一言。やわらかい金の瞳は垂れ目気味。落ち着いた大人の女性の余裕を感じる佇まいだった。


 竹ちゃんの後ろの黒陽さんは黒髪黒目の背の高い壮年の男。艷やかな黒い鎧の上に陣羽織のような衣。キリリとした吊り目。額に日輪の描かれた額当てをつけていた。


 俺とマコは『宗主様の高間原(ところ)』で一年半共に過ごしたこと、リディと伊佐治という似たような存在と親しくしていたことから、最初の衝撃が過ぎたあとは『わー。綺麗だなー』『これが一級正装かー』『お外モードすげー』と感心して見ていたが、ウチの連中の反応はそれぞれ違った。


 俺達と同じくリディと伊佐治に慣れた暁月達四人はハッとしたあと平伏。異世界で聖女してたユイも、かつて『(ヌシ)』してたらしい碓水もまだ平気そう。呉羽はビビりながらも平静を装い平伏していた。


 十五年前に採用した連中は、最初の圧にビビったらしく変化が半分解けていた。蛇達は蛇目になり、所々鱗が出ていた。狼達は半獣人形態になり、鳥達はくちばしと羽根が出た。そんな中途半端な姿で呆然として固まっていたが、すぐにガタガタ震え出し、互いに身を寄せ合うようにひとかたまりになった。そうして土下座。ガタガタと震えが止まらない。


(おもて)を上げよ」

 黒陽さんの声に全員が顔を上げ姿勢を正す。ビビって泣きそうなウチの若い連中ひとりひとりに黒陽さんは目を合わせ、ちいさくうなずく。『大丈夫だ』『安心しろ』そう伝わってくるやさしくも頼もしい表情に、若い連中は次第に落ち着きを取り戻した。


「―――皆には先日名乗ったが、改めて」

「異世界 高間原(たかまがはら)の北、紫黒(しこく)の『黒の一族』がひとり、黒陽だ」

「こちらは共に『落ちて』きた姫様とそれぞれの守り役」

「我らは五千年前からとある『悪しきモノ』を滅することを己の責務と定め、動いてきた」

「先日ついにその悲願が果たせた」

「我らが悲願を果たせたのは、ここにいる皆のおかげだ」

「感謝する」


 他の姫様達の手前か、偉そうな口調で黒陽さんが並べていく。


「恐悦至極にございます」代表して俺が手を付き口を開く。

「このたびはご尊顔を拝する光栄を賜わり、誠にありがとう存じます」

「皆様方が大願を成就されましたこと、お慶び申し上げます」

「微力ながら皆様方のお力になれたことは我らの誉れにございます」

「過分な褒賞を賜わりましたこと、重ねて御礼申し上げます」

「ありがとうございました」


 深々と頭を下げればマコをはじめとしたウチの連中全員が同じように頭を下げた。

 息を合わせ頭を上げる。キラキラした集団は嬉しそうに微笑んでおられた。

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