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西村秀智と『静原の呪い』68

「申し訳ありません………。おふたりの仕事を増やしてしまいました………」


 心底申し訳ないとわかる表情と態度でひなちゃん晃くんが頭を下げる。


「……なに? なにが増えたの?」

 ビビりながら問いかければ、ひなちゃんは歯切れ悪く説明した。


「………実は………」

「おふたりが新術式を開発したり『宗主様の高間原(たかまがはら)』の道具の改良案を作ったりしたことをご説明申し上げましたら………」

「………『とある御方』が………」


 ……………『とある御方』……………。

「環境問題どうにかしろ」と無茶振りしてこられた『御方』か………。

 察してうなずく俺にうなずきを返すひなちゃん。『その方です』と言っているのが伝わってきた。


「その『とある御方』が……」

「『宗主様のところに連れて行って働かせろ』、と………」


 うなだれるふたり。思わずマコと顔を見合わせた。


「……………ええと……………?」


『宗主様』。この間の婚約パーティで聞いた。息子達が修行をつけてもらった『異界』の『(ヌシ)』。そこに『連れて行け』?『働かせろ』?


 つまり??


 俺達が口を開くより早くひなちゃんはガバリと顔を上げ、まくし立てた。


「もちろんこれは『こちらが依頼するお仕事』です!」

「『褒賞』とか『トリアンムの件』とか関係ありません!」

「働きに応じた『対価』が支払われます!」

「具体的には金銭及び『褒賞ポイント』が支払われる予定です!」


「ですが、今回だけでもおふたりは二か月は時間を使われました」

「『宗主様の高間原(ところ)』も『異界』ですので、『宗主様の高間原(あちら)』で何年経っても出立した次の瞬間に戻って来れますが、おふたりの時間を奪ってしまうことに変わりはありません」

「秀智さんは七十代ですから、一日一日の重みが若い頃と違います」

「そんな方のお時間を奪い働かせるのはどうかと進言したのですが……」


「………止められませんでした」


「すみません」


 しょげ返り頭を下げるひなちゃんと晃くん。逆にこっちが申し訳なくなってくる。「そんな」「顔上げて」マコがあわてて手を振ったが、ふたりは一層深く頭を下げてしまった。


「それでなくても『とある御方』のワガママでこれから環境問題解決について動いていただかないといけないのに」

「そのうえ『宗主様の高間原(ところ)』の問題も押しつける形になってしまいます」


「申し訳ありません」

 再度深々と頭を下げるふたり。ホント良い子達だなあ。

 俺達を心配してくれるふたりには好感しかない。だから敢えて軽い調子で声をかけた。


「つまり?」「噂の『宗主様の高間原(たかまがはら)』に行けるってこと?」

「はい」

「今から?」

「可能であれば」


 申し訳なさそうにしながらも顔を上げ、ひなちゃんが説明を続ける。


「『宗主様の高間原(ところ)』は『異界』です」

「特別な方法を用いることで、あちらにどれだけいても――それこそ数年滞在しても、出立直後の時間に戻ってくることができます」

「ですので、おふたりのスケジュールに影響はないと考えます」

「ただし、当然ですが『宗主様の高間原(あちら)』に滞在している時間分、おふたりの時間は経過します」

「戸籍年齢と実年齢の乖離がさらに大きくなってしまいます」

「それはすなわち、『こちら』で過ごす時間が短くなるということで――」


 ひなちゃんが言葉を濁す。けど。


「いや? 別にいいよ」

「は??」


 キョトンとするふたりに、わざと軽い調子で笑った。


「だってマコも一緒に行くんでしょ?」「ならいいよ」

「俺にとって大事なのはマコだから」「マコがいるならそれでいい」


「―――ご家族やご友人と過ごす時間は―――」

「いらないいらない」


 明るく手を振り、ふたりに微笑みかけた。


「『西村家(ウチ)』は退魔師の一族だよ?」

「『突然の別れ』の覚悟は一番に覚えさせられるんだ」

「こいつらとも洋一達とも、もう十分付き合ったよ」

「今更一年二年それが減ったって、誤差でしょ」


「俺、そんなに人付き合いいいほうじゃないし」

「それよりも『宗主様の高間原(ところ)』に行ってみたい」


「研究者たくさんいるんだよね」質問すれば「はい」と晃くんが答える。


「面白い話いっぱいできそうだな!」「さっき考えた道具作れるかな!?」

「間違いなく作らされるな」

「なら迷うことはない! 行こう! すぐ行こう!」


 息子の答えにやる気が起こる。ノリノリで立ち上がる俺に驚愕の眼差しを向けていたひなちゃんだったが、ハッとしてマコに目を向けた。


「真さんは、よろしいのですか?」

「いいよ!」

 即答し楽しそうに笑うマコに、ひなちゃんは絶句してしまった。


「楽しそうなヒデさんが見られるなら、ボクはそれが一番」

「ボクも『宗主様の高間原(ところ)』行ってみたかったから、うれしいよ!」


「ね!」「だな」

 ニコニコの俺達にひなちゃんも納得したらしい。ストンと肩が落ちたあと、苦笑を浮かべた。晃くんと顔を見合わせ、微笑み合う。


「………それでは、大変恐縮ではございますが、『宗主様の高間原(たかまがはら)』にご同行いただきお知恵をお貸しください」

「具体的な対価は後程ご提案させていただきます」

「よろしくお願い致します」


 深々と頭を下げるひなちゃん晃くんに了承を返した。


「行くのはボクとヒデさんだけ?」

「他のみんなは?」


 マコの質問にひなちゃんが答える。


「今回はおふたりだけでお願いします」

「色々話し合いが必要になると思われますので、主座様をはじめ多くの同行者がおります」

「人数が増えればそれだけ転移時の負担が大きくなります」

「さすがの『時間調整した転移ができる者』も、これ以上の人数増加は『ムリ!』とのことでした」


 納得する俺達にひなちゃんが説明を重ねる。


「護衛やお世話に関してはご安心ください」

「トモさんとこのコウが責任持っておふたりをお守りします」


「研究者達から守りきれる自信はないんだが」

「ていうか、トモは多分連れて行かれるよ」


 ピッとひなちゃんが手のひらを息子と晃くんに向けたが、当のふたりからは頼りにならない言葉しか出てこない。


「まあ世話役は誰かつけてもらうよ」「親父達の生活力の無さは理解してる」

「失礼な」

「事実だろう」


 息子とやり合っていたら「それなら」と新八郎と朱音が俺達の日用品を差し出してきた。ついでとばかりにあれこれと取扱注意点みたいなことを口にする。失礼なヤツらだな。


 とりあえず日常生活はこれでどうにかなりそう。ある程度は俺の無限収納に入れてるし。


「他になんか要るモンあるか?」

 念の為にと質問すれば息子は首をひねった。


「筆記用具と紙は俺が持ってる」「ノーパソとポータブル電源とプリンタも」「あとなんか要るか??」

「どうだろ? 大丈夫じゃない?」

「試作したりするにしても、道具も材料も『宗主様の高間原(むこう)』にあるよな」

「ごはんも寝床も問題ないよねきっと」


 息子と晃くんのやり取りの結果「身一つで行けばいいだろう」と結論付けた。


「なんだか楽しそうだねえ」

「だな」

 マコとふたりウキウキするのを隠さず微笑み合っていたら、ウチの連中から「先方に迷惑かけるなよ」とか「ちゃんと飯を食えよ」とかやいやい言われた。さらには息子と晃くんに頭を下げている。なんでだろうな??


「では、申し訳ありませんが秀智さんと真さんはこちらへご同行願います」

「他の皆様は今しばらくこちらでお待ちください」

「おそらくは五分から十分くらいで戻ると思います」


「よかったらこちらをどうぞ」ひなちゃんの言葉に晃くんがどこからかちゃぶ台を出し、次々と茶菓子を出す。さらに「こちら冷茶が入っています」というポットと紙コップも。

「簡単なもので申し訳ありません」ひなちゃんはそう言うけど、十分すぎるほどだよ。

「お言葉に甘えさせていただきます」「ありがとうございます」暁月とユイが卒なく応じ、部屋を出る俺達に手を振って見送ってくれた。



   ◇ ◇ ◇



「こちらへ」ひなちゃんに先導されるままに階段を上り、連れて行かれたのは先日息子達の婚約祝いパーティをしてくれた広いリビング。先日と同じメンバーが待っていた。

 主座様とその保護者四人。なっちゃん佑輝くんヒロくん。菊ちゃん梅ちゃん蘭ちゃん蒼真くん。緋炎さん白露さん。そしてかわいいお嫁ちゃんの竹ちゃん。


「お義父(とう)様。お義母(かあ)様」

「竹ちゃん!」

 そのかわいいお嫁ちゃんの竹ちゃんがパッと笑顔を浮かべこちらに来てくれた。マコが諸手を挙げ寄ってきた竹ちゃんをハグする。息子が俺の横でギリギリと歯を食いしばっているのは気付いているか? 体感ひと月以上会えてなかった竹ちゃんにようやく会えて抱きしめようとしたのに母親(マコ)に先こされて怒ってるぞ。そんな心の狭い息子に俺達と一緒に上がってきた黒陽さんとひなちゃん晃くんが呆れたような諦めたような顔をしていた。


「わあ! ここで会えるなんて思わなかった!」「元気だった!?」

「はい!」「お義父(とう)様もお義母(かあ)様も、大変なお仕事をしておられたと聞きました」「ありがとうございます」

「大したことないよぉ〜! 楽しかったよ!」「ね! ヒデさん!」

「そうだな」


 マコが俺に声をかけたことで竹ちゃんの目がこちらに向いた。俺と隣に立つ息子をその視界に入れた竹ちゃんは、すぐに息子だけに意識を向けた。


 ふんわりと細められるその目だけでどれだけ竹ちゃんが息子が好きなのか十分に伝わってくる。愛おしいと、大切だと、言葉にしなくてもにじみ出ている。

「トモさん」「おつかれさま」

「うん」


『大好き』を隠すことのない視線をまっすぐに向けられた息子は一瞬前の鬼のような形相(ぎょうそう)から一転、デロデロにとろけた表情(かお)をしていた。

 そんな息子にさしものマコも苦笑を浮かべ、抱き締めていた竹ちゃんを開放した。ポンと背中を押して息子のほうに誘導。素直な竹ちゃんはすぐに息子の前に立った。


 手の届く位置に竹ちゃんが立った途端にその手を握る息子。仕方ねぇなあ。まあ体感ひと月以上会ってなかったならそうなるか。


 イチャイチャしだした息子夫婦は放っておこう。室内に意識を向け、頭を下げた。


「改めまして、皆様。このたびは当家にご尽力いただき、ありがとうございました」

「西村家を代表して御礼申し上げます」

 九十度で頭を下げれば、マコと息子も一緒に頭を下げた。


 さっき階段上がってるときに息子に指摘されなかったらこんなこと思いつかなかった。俺的にはあの法事の騒ぎは二か月以上前の話。膨大な『記憶』を『視た』のも含めると何百億年前にも思える。だからすっかり忘れてたが、皆様にとってはつい昨日のことだ。


 あの一連のあれこれが、普通はあり得ない好待遇だということは十分に理解している。だからこそ後日改めて御礼をしないとなと思ってはいた。その前にまさかの仕事押し付けられて遥か彼方に飛んでいってたが。


 息子が指摘してくれたおかげで思い出せてよかった。「俺達よりは義兄(にい)さんのほうが安倍家のどなたかにお会いできる可能性が高いから」と洋一達から預かって無限収納に入れておいた菓子折りを取り出す。


「こちら、義弟(おとうと)からの気持ちです」「お納めください」

「律儀なことだ」

 苦笑の主座様が「オミ」と声をかけられた。晴臣くんが「では遠慮なく頂戴致します」と受け取ってくれた。


「それとこちらは皆様に」


「どこで誰に会うかわからないから」と帰国するときはお土産を多めに購入して無限収納に突っ込んでいる。地元の有名店のチョコを、マコと手分けしてひとりひとりに手渡した。

「ホンの気持ちです」「お口に合えばいいのですが」


「これ知ってる!」「有名なヤツ!」ヒロくんの母親の千明さんに続き父親のタカくんまで「懐かし!」「こんな貴重なものを!」「ありがとうございます!」とテンション高く喜んでくれた。そのおかげで他のひと達もテンション上がって喜んでくれた。よかったよかった。


「梅ちゃんと蒼真くんには追加でこれも」

 そう言ってふたりそれぞれに高級チョコを差し出した。


「ありがとうございます」ニンマリ笑ってそう言えば、『バレてる』と書かれた顔を引きつらせていた。


「ふたりとは色々おしゃべりしたいと思ってね」「仲良くしてもらえたらうれしいな」

 わざと軽くそう言えば、ふたりは互いに顔を見合わせてからこちらにニッコリ微笑んだ。

「もちろん!」

「こっちこそ、よろしくね!」


「なんて呼べばいい?」

「俺は『ヒデ』でいいよ。マコは?」

「ボクも『マコ』って呼んで欲しいな!」


 キャッキャとじゃれていたら、ふとひなちゃん晃くんが菊ちゃんに頭を下げているのに気がついた。

 つい注視したら、俺の視線に気付いたらしい菊ちゃんと目が合った。


「……まあ、いいでしょう」

 ため息とつぶやきを落とし、菊ちゃんがその大きな目に俺達をうつした。


「秀智」「真」

 ただ呼ばれただけなのに、ビッと背筋が伸びた。威厳のある(たたず)まい。恐ろしいほどの美少女という姿形の話ではなく、内側から高貴さがにじんでいる。突風のような迫力に、自然と「ハッ」と返事をし、頭を下げていた。


「もうわかってるらしいけど、改めて」

「私が高間原(たかまがはら)の西、白蓮(はくれん)が女王、白菊(しらぎく)よ。『(きく)』でいいわ」

「それと私の守り役の白露(はくろ)


 菊ちゃん――否、菊様の名乗りに他の面々が『いいの?』という表情をしている。そんな周囲に呆れたような菊様が梅ちゃんに目を向けられた。


「仕方ないでしょ。もうバレてんだから」

「大体梅と蒼真が決定打だったんじゃないの」


「私なにもしてないわよ!」

「ボクだって!」


「………残念ながら梅様」


 ギャイギャイと文句を口にする梅ちゃん蒼真くんに対し、ひなちゃんが申し訳なさそうに口を挟んだ。


「昨日の青眼寺でのやり取り。最初に声をあげられた時点で秀智さんに『先日の婚約おめでとうパーティで会った梅ちゃんと蒼真くん』だとバレました」

「それであんな高レベルな技を展開され、他にもあれこれと知識と技術をお見せしたので、秀智さんにはおふたりが『姫様と守り役様』だと確信されました……」

「元々先日の初顔合わせで竹さんと黒陽様が『姫様と守り役様』だと明かしておられました」

「伴って、あのパーティに同席しておられた菊様蘭様が『姫様』だと、白露様緋炎様『守り役様』だと、確信されました……」


 ショックを受けたような表情で絶句する梅ちゃん蒼真くんに、他の面々は苦笑しかない。なんかゴメン。


「まあまあ梅様」

「この前のパーティで秀智は気付いてましたよ」

「だって私に『虎じゃないんですね』って聞いてきましたもの」


 白露様のお言葉に、途端に梅ちゃん蒼真くんは機嫌を直した。

「じゃあ私達悪くないじゃない!」「そうだそうだ!」

 梅ちゃん蒼真くんがブーブー文句言うのを無視した菊様はこちらに顔を向けられた。


「私達が『高間原(たかまがはら)の姫と守り役』と知っているのはアンタ達ふたりだけ?」

「一応は」


 菊様のご確認に、隠し立てすることなく正直にお答えする。


「ウチの連中――俺達についてくれてる、帰国してすぐ息子達の挨拶に同席していたメンバーですね――そいつらは竹ちゃんと黒陽さんは『姫様と守り役様』だと知っています」

「竹ちゃん黒陽さん御本人から直接聞きましたので」


「他の皆様については、先日同席させていただいたときに『もしかしたら』と思っているとは思います」

「ですが、口にはしていません」

「そのことについて話し合うこともしておりません」

「なので、竹ちゃんと黒陽さん以外の皆様について、はっきりと『姫様と守り役様』と知っているのは、今のところは俺と妻だけということになります」


『記憶』を『視て』より確信したんだが、そのことを口にしていいのか判断つかないから黙っていた。

 それでも俺の返答に菊様はひとつうなずかれた。


「竹と黒陽はいいわ」

「もうあちこちに知られてるし」

「アンタの身内が他に口外しなければいいでしょう」


 息子がムッとしてますが。いいんですか? 無視ですかそうですか。


「まあ、アンタ達ふたりには私達の正体を明かしてもいいわ」

「けど、他の者には絶対にナイショにしなさい」

「『もしかしたら』と思われてる程度なら構わない」

「けど、もし聞かれても明言は避けなさい」


「いいわね」のお言葉に「はい」と承知する。他になにを言えと?


 そうして改めて自己紹介をしていただいた。梅ちゃんが『東の姫様』。蒼真くんが『東の守り役様』。蘭ちゃんが『南の姫様』。緋炎さんが『南の守り役様』。守り役様達は『高間原(たかまがはら)』の『記憶』で『視た』のと同じ姿。


『記憶』を『視る』前から『姫様と守り役様(そう)』だと察してはいたが、あの『記憶』を『視た』あとだと感慨深さが違う。五千年苦労してきたのを肌感覚で知ったから、今こうして対面しているだけで感極まってしまう。

『よくがんばったね』『責務が果たせてよかったね』『「呪い」が解けてよかったね』口からこぼれ出そうな言葉をどうにか喉の奥に押し込んだ。


「トモとひなから色々と報告を受けている」

「アンタ達のおかげで私達の責務が果たせ、『呪い』も解けた」

「色々と世話になったわね」

「ありがとう」


 えらそうにおっしゃった菊様がニヤリと口の端を上げられた。

 大雑把な口調ながらも心の底から感謝していると伝わる。細められたその目は、言葉よりも多くのものを語っておられた。

『不器用な方なんだろうな』とか『「白の女王」という立場上、こんな言い方しかできないんだろうな』とか察せられた。まあ対人スキルや社交性に関しては俺もえらそうなこと言えた立場じゃないんだが。


 他の姫様方や守り役様達も「ありがとう」と感謝を口にしてくださる。特にウチのお嫁ちゃんとその守り役様は隠すことなく最大限の感謝をくれる。自分の立場を配慮してか他の方々もおられるからかその場に立って頭を軽く下げるだけに留めてくれているけれど、そうでなかったら「やめて!」とこちらが叫ぶくらいに感謝を示してくれるだろうとわかる。そのくらい目が、表情が、気配が感謝を伝えてくれている。


 息子とひなちゃんから色々聞いているらしい保護者の四人とヒロくん達まで頭を下げてくれた。そんなんしなくてもいいのに。


「我らはただ息子のために『祈り』を捧げただけです」

「結果的に皆様方のお役に立てたならよかったです」


 そう告げ、姿勢を正した。俺の態度にマコもピッと姿勢を正す。


「皆様」「このたびは大願成就並びに『呪い』の解呪、おめでとうございます」

「おめでとうございます」


 ふたり揃って頭を下げた。顔を上げれば誰もが満面の笑みを浮かべていた。釣られてこちらも笑みがこぼれた。


「まあそれはさておき」

 菊様の一言が雰囲気を変える。

「次は『白楽の高間原(ところ)』に力を貸してちょうだい」


「期待してるわよ」

 ニンマリと微笑まれるお姿は美しいのに、何故だろう。魔王とか悪の女王とかいう単語(ワード)が浮かぶぞ。マコとふたり「ハッ」と頭を下げた。


「『白楽の高間原(ところ)』で白露達は動物の姿を取らせる」

「長年その姿だったから、今更人間の姿を見せていちいち説明すんのは面倒なのよ」


「だから驚くんじゃないわよ」と言われ了承する。

 菊様にうながされ、黒陽さん達が姿を変えた。

高間原(たかまがはら)』以降の『記憶』で『視た』ままの姿。知ってはいても実際目の前で見ると存在感がすごい!


「すごい! ホントに龍だ!」「触ってもいい!?」

「いいよー」

「わあぁああ!! すごーい!!」

 青い龍を撫でたり観察したりとマコは大忙し。


「『変化の術』!」「俺もやってみよう!」

「今はやるな」「また落ち着いてからな」

 なにに変化しようかと考えていたら息子に止められた。残念。


 そのままひなちゃんから説明がされる。今回『宗主様の高間原(ところ)』に行くのは俺とマコが得た知識を使って様々な問題を解決するため。技術革新もそのひとつ。「詳しい話は『宗主様の高間原(あちら)』に行って宗主様や各担当者から聞いてください」と言われ了承する。


 向かうのは俺とマコの他に、四人の姫様とそれぞれの守り役様、霊玉守護者(たまもり)の五人、そして主座様。ひなちゃんは同行すると思ってた。

「霊力量が足りません」「私が行けば却ってご迷惑をおかけしてしまいます」なのでひなちゃんは留守番。同じ理由で保護者の四人も留守番。


 四人の姫様とそれぞれの守り役様も問題解決のための人員として向かわれる。主座様は主座様で宗主様とお話し合いがある。霊玉守護者(たまもり)の五人は『宗主様の高間原(ところ)』の人間との仲介役だが護衛と助手も兼ねている。

「なので、早くても数か月、長ければ年単位の時間が必要になると予測されています」


「よろしいでしょうか?」心配そうに確認してくるひなちゃんに「大丈夫だよ」「うん!」と了承を返す。


「じゃあさっさと行きましょう」

「その前に――蒼真」

 菊様の指示で、念の為にとマコとふたり霊力量を一時的に上げる薬を蒼真くんから渡される。『宗主様の高間原(ところ)』は高霊力な『世界』なので、俺はともかくマコは「いきなり転移したら具合悪くなるかもしれない」と。俺ももらったのは念の為。「多い分には問題ないだろう」と。


 栄養ドリンクのような液体を一気に飲み干す。少しするとなるほど、身体の底から霊力が湧き出すのがわかった。「すごいもんだね」素直に称賛を贈れば蒼真くんが得意気に微笑んだ。


「ちょうどいいや」「マコ、ちょっと霊力循環してみよう」

 マコと手を繋ぎ、ふたりの間で霊力循環した。いつもは俺が霊力を流すことでマコの体内の霊力を循環させるが、今回試してみたのは『記憶』にあったやり方。魔力中心の『世界』や魔法社会の『世界』もあったので、こちらで言う霊力の操作とか訓練とかも『記憶』には色々あった。ぶっ倒れて目覚めたあとに試してみたそれを実践してみればうまくいった。薬で底上げされた霊力が循環することでさらに増えた。


 霊力操作の修行を少ししかしていないマコが熟練の能力者みたいなことをしたもんだからその場のみんなが驚いていた。「どうやった!?」「なにしたの!?」息子と佑輝くんが前のめりで聞いてくる。主座様とヒロくんも聞きたいのを隠すことなくまんまるになった目をこちらに向けておられる。「ああで」「こうで」と説明し再び実践すればどなたもが興味津々で一緒にやった。


 ハッと気付いたひなちゃんにより講習会は強制終了。「この霊力量ならマコが具合悪くなることないでしょう」梅ちゃんの太鼓判を受け、ようやく移動することとなった。


 蒼真くんの指示で参加者がひとかたまりになる。俺はマコの手を繋ぎ、言われるままに立っていた。


「じゃあ、行くよー」


 一言告げた蒼真くんがフヨリと浮かんだ。『記憶』を『視て』いたときはそのまんま受け入れていたが、こうして目の当たりにすると次から次へと疑問が浮かぶ!


「どうやって飛んでるの!?」

「磁場に反発するパターン!? 反重力効果を生み出す器官があるの!? それともなんかの術式!?」

「触っていい!? なにを計測したらいいかな!?」


 蒼真くんの周りでマコとふたりキャッキャしていたら何故か蒼真くんに逃げられた。ついでに梅ちゃんも引いていた。なんでだろうな??


 よくわからないが、とにかく指示どおりに立ち言われるがままに目を閉じた。「いいよ」との声に瞼を開けば目の前の光景が変わっていた。周囲の霊力量が違う。全方向から圧力がかかる。が、事前に霊力量を増やしていたおかげか倒れるほどではない。マコがふらついたので肩を抱き霊力循環する。深呼吸しているうちにマコも落ち着いた。


「大丈夫?」蒼真くんが心配してくれる。「どうにか」答えるマコに回復をかけてくれた。おかげで自分の足で歩けるようになった。


 トリアンムをはじめ息子が赤ん坊の頃に『跳ばされた』先でもこんな感じだったよなあと懐かしく思い出す。あの頃は高霊力に反応して自動展開する結界装置持ってたからどうにかなったが、今回は事前の霊力増幅で結界展開しなくても大丈夫そう。トリアンムほどの霊力量じゃないしな。

 そういえばあの自動展開する結界装置、アメリカに戻るときに母さんと親父に渡したまんまだ。あれどこ行ったんだろうな? 遺品整理でも出てこなかった。『西村の子供』の誰かに渡したのか、道具屋に返したのか。あれも再現したいな。ここなら霊力量多いから色々作れそうだな。


 そんなことをツラツラと考えていたら、数人の男がやって来た。どうも誰かが式神で到着を知らせたらしい。先触れのつもりだったのにむこうから出迎えが来たと。これから宗主様のところに挨拶に行くと。


「ようこそおいでくださいました」「宗主様のお世話をさせていただいております、白杉と申します」初対面の俺とマコに丁寧に挨拶してくれる代表らしき男にこちらも挨拶をする。ある程度話は通っているらしい。


 案内されるままに足を動かし立派な建物にお邪魔してこれまた立派な部屋に座れば、護衛を連れた小柄な老人を紹介された。互いに名乗ったあとは白露様が諸々の事情を説明。流れるように議論が始まりあっという間に意気投合。次から次へとひとが増え、ああだこうだと話が盛り上がった。


 気がついたら部屋を与えられ、世話役がついていた。マコと一緒なら俺に文句はない。飯も風呂もいただきマコと布団に横になった。



 翌朝からもたくさんのひとと議論をした。あちこち見学したり道具を検証したり。


 いつの間にか「智白の両親が来た」と広まっていたとかで「手合わせしろ」と絡まれた。こっちも『記憶』で『視た』だけで検証したかったあれこれがあったので喜んでお付き合い。念の為にと竹ちゃんに結界展開してもらっててよかった。まさかあんな高威力出るとは。これトリアンムと同じだな。『世界』の霊力量が違うからブーストかかってる。荒野にしてしまった場所を修復するのも簡単だし。


 そんな話もし、検証もし、術式やらなんやらも実践し、あれこれと楽しく過ごしていた。

 そのうちに「優先順位が決まった」とかで、術式構築と陣の開発を主に取り掛かった。


『宗主様の高間原(たかまがはら)』は俺達のいた『世界』と時間の流れが変えてある。具体的には俺達の『世界』の一日が『宗主様の高間原(たかまがはら)』の半日。半分のスピードで時間が経過する。なんでそんなことになっているのかといえば、そういう陣を組んでいるから。

『死ねない』『呪い』を受けていた祖母である白露様と少しでも長くいるために。姫様方や白露様達を少しでも長く助けられるために。


 けれど『呪い』はなくなった。白露様は永遠を生きることはなくなり、姫様方も『記憶を持って転生』することはなくなった。そうなると『半分の時間経過』のままだとあっという間に白露様達は亡くなってしまう。それは嫌だ!! ということで、同じ時間の流れになるよう陣を変更することとなった。


「それならついでに」と、かねてよりの懸案事項だった『宗主様がお亡くなりになられたあともこの世界を維持できる仕組み』について検討。喧々諤々の議論を交わし、ああだこうだと試作をし実験をし、非常に有意義で楽しい日々を過ごした。

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