西村秀智と『静原の呪い』66
マコを抱き霊力を循環させながら眠った。眠っている間にも情報が夢の中を駆けてゆく。
夢の中の俺達は手を繋ぎその光景を眺めている。ああだこうだと話し合う。まるでトモがマコの腹の中にいたときみたいだなと懐かしく感じた。
寝ては起きてを何度繰り返したのか。ようやく起き上がれるようになった。まだ頭はグラグラするが、記憶を『視た』直後よりはかなりマシ。目覚めたマコも顔色がマトモになった。
掛布にくるまったままふたりで少し話をし、ベッドから出た。身体を伸ばすとバキバキとあちこちから音がした。どれだけ長く寝てたんだと驚いた。
軽く身体をほぐしていたらふと衝立が立ててあるのに気付いた。俺達がゆっくり休めるようにと気遣ってくれたらしい。それならと無限収納から朱音に持たされているスキンケア用品と鏡をマコに渡し、化粧を落とさせた。「化粧したまま寝ちまったな」「朱音に叱られるかな」そう言いながら俺もウエットティッシュで顔を拭いた。それだけでも随分とスッキリした。ついでだからと自分達とベッドに浄化もかける。服がシワシワなのは仕方ない。これ新八郎に叱られるかも。
「こんなことならパジャマで『視』ればよかったな」「せめてジャージにすればよかったね」言いながら互いの体調を確認。いつものように霊力循環すれば問題ないのが確認できた。無限収納に入れたままの『竹ちゃんの水』を飲んで、ようやく衝立から出た。
◇ ◇ ◇
衝立から出ると、息子がなにやら術を行使していた。手をかざした場所に扉ができる。それをひなちゃんが検証。ぐるりと見回し開閉し中を覗き。なにしてんだと思いながら「起きたぞ」と声をかければ「おう」「おはようございます」と返ってきた。
「ちょうどよかった」息子が言う。「今トイレできたから。使いな」
「「……………は?」」
某アニメのなんちゃらドアのように立っている扉を指差す息子。意味がわからずポカンとする俺とマコに、息子は扉を開けてみせた。―――洋式便器がひとつ。横には洗面台。
「安倍家の離れ一階のトイレと繋げてるから」「排水とかも問題ない」「遠慮なく使え」
「「……………」」
意味がわかない。なんだこの空間。物理法則どうなってんだ。
ぐるぐるしていたら「いいから使え」とトイレに押し込まれ扉を閉められた。トイレを目の当たりにすると身体は正直に尿意を訴える。生理現象には勝てず恐る恐る使えば問題なく使えた。ホントどうなってんだ。
交代でマコがトイレを使う。戻った俺は「ここ座れ」と息子にうながされ、いつの間にかセットしてあった丸テーブルの椅子につく。パパッと俺の前に出されたのは鏡と電気シェーバー。
「………つまり『髭を剃れ』と?」
「さっぱりするぞ?」
「これもどうぞ」と追加で出されたのは櫛。用意周到が過ぎる。
そんなことをしているうちにマコがトイレから出てきた。俺の隣にマコを座らせ、同じように鏡と櫛を渡す息子。ひなちゃんと晃くんはテーブルに料理を並べている。寝起きだからか朝食っぽいメニュー。白飯に味噌汁、魚の焼いたのと玉子焼きと小鉢が三つ。海苔もつけてくれた。
「デザートもあります」「よかったらどうぞ」
「ナツが『竹さんの水』を使って作ってくれたものです」
「なっちゃんの料理!?」途端に涎があふれてくる。
「食う食う!」急いでセッティングされた席に移動しようと立ち上がったのに息子に肩を押さえられ座らされた。
「先に髭を剃れ。頭を整えろ」
「そんなのあとでいいよ! せっかくのなっちゃんの料理が冷めるだろ!」
「……………仕方ないな」
「大人しくしてろ」息子がザッと髪に櫛を通してくれ「髭はあとで自分でやれ」と開放してくれた。息子はマコにも同じように髪を整えてやった。
ふたりで「いただきます!」と手を合わせ、嬉々として朝食をいただく。めちゃくちゃ美味え! 噛み締めるだけで、飲み込むだけで回復していくのがわかる!
「ホント生活力ないな」「どれだけ暁月さん達に迷惑かけてるか、今のだけでもわかったぞ」なんか息子がブツブツ言っていたがそれどころじゃない! この美味い飯を堪能しなければ!
「今回はなっちゃんの料理食べられないと諦めてたんだよ」「まさかこんな場面で食えるなんて!」
「なんでこんなに美味しいんだろうねえ!」「どれも美味しい!」
文字通り五臓六腑に染み渡る美味さ。ああ染みる。美味い。
半分くらい食べたところで少し落ち着いた。タイミングを見計らってくれたらしいひなちゃんが問診をしてくれる。俺もマコも体調も頭も問題なし。そう伝えるとホッとしていた。
「『異界』ってわかるか?」
息子によると、この空間は息子が作った『異界』らしい。空間に穴を開け、別の空間を作り出す。術者の霊力次第でその広さは自由自在。どんな空間にするかも術者の思い通り。竜宮城を例に出され「なるほど」と理解した。
「お前が赤ん坊の頃『跳ばされた』神様や『主』の『世界』も『異界』か?」
「多分な」
「どうやるんだよ。術式教えろよ」
「単純に霊力量と想像力だよ」「あとは空間認識能力」
「今回は竹さんが『基本の空間』を込めた霊玉くれてたから俺は霊力込めて起動するだけだったけど、本来は莫大な霊力量が必要なんだ」
そうしてああだこうだと話をする。どれも興味深い。「そのあたりの話はこれから『視て』いただく『世界』に詳しい理論体系があったはずです」ひなちゃんのつぶやきにやる気が出た。
ともかくここは『異界』。だから出入口を調整することで時間停止と同じ効果が出るし、別空間と繋げることでトイレの給排水もできる。らしい。
「え。竹ちゃん、万能か?」思わずつぶやけば「万能なんだよ」と夫である息子はため息を吐き出す。
「万能なのに、本人にその自覚がない。『自分はなにもできない』『大したことはない』と思い込んでいる。実際は信じられないくらいの高霊力保持者であり得ないレベルの高レベル術者なのに、本人もその守り役もそのことを理解しない」
息子のボヤキのような説明に唖然とするしかできない。
「どれだけ説明しても、どれだけ褒めても『気を利かせてそう言ってるだけ』『身内故の過剰評価』としか受け取らない。逆に『気を遣わせてごめんなさい』と謝罪してくる」
「自己評価最低なんだ」
「どうも昔色々あったらしい」
「自己肯定感皆無なんだ」
「だから今、自己評価も自己肯定感も上げようと色々してるとこ」
具体的には「こうして色々なものを作ってもらって、どれだけ助かったか、どんなふうに役に立ったか、わかりやすく説明して褒めまくっている」と。
「とにかく自信をつけさせないと」
「俺がどれだけ彼女が好きかはだいぶ理解できるようになってきたから、そこを切り口に自己評価上げさせてる」
ぼやき口調ながらもやる気をにじませる息子。そこに竹ちゃんへの愛情と、彼女から愛されている自信も見え、まさかあの息子がこんなことになるとはと驚き半分呆れ半分で見つめてしまった。
「だから実はお袋が竹さんにベタベタ構うの、助かってるんだ」
「あれだけ純粋に好意を向けられて構われたら、さすがの竹さんもマイナス思考を出すことないみたい」
「ありがとな」そう微笑む息子の表情は初めて見るやわらかいもので、思わずまばたきを重ねてしまった。
「………ナニ。お前、頭でもぶつけたのか?」
「失敬な」
「ああ、そうか…『呪い』か……」「ホント『静原の呪い』は恐ろしいな……」
「親父も同じだろうが」
そこから『静原の呪い』について五人で検証。結果『ただ単に「半身持ち」が多いだけ』と判明した。『半身持ち』の危険性を実例つきで説明されれば、自分にも覚えがあるだけに納得しかなかった。
そもそも静原の土地が『霊力の溜まりやすい場』。そこを清め護るために常駐した一族が静原家。そういう役割を求められているから当然高霊力保持者で、護るために武力をつけ退魔をしてたらいつの間にか退魔師集団と認識され依頼を受けるようになった。
『場』になるほど清らかで高霊力の土地で暮らしているだけでも高霊力が宿る。その上に霊力を鍛える修行をするもんだから当然霊力が増える。必然、高霊力保持者ばかりの一族になる。
霊力はすなわち生命力。なので長命な者が多い。それはイコール霊力を増やすために鍛える時間が多いということ。そうして転生したときにはまた高霊力を持って生まれ落ちる。
転生するときはたいてい縁のある者のところに生まれ落ちる。静原の人間は『守護者』の役割を請け負う者がほとんど。なので生まれ変わるときも土地が呼び寄せたり自ら望んだりして静原家に再び生まれ変わる。
霊力が多いということは『願い』を叶えるために捧げる霊力も多い。で、死ぬ間際に『生まれ変わってもまた伴侶と結ばれたい』と『願い』をかけ、その『願い』が叶って転生しても結ばれる。それを繰り返し『半身』と成る。
静原の誰も彼もがそんなことをした結果、『半身持ち』の多い一族となった。そして『静原の呪い』なんてものが爆誕したと。
「つまり? 俺も死ぬ間際に『またマコと結ばれたい』と強く『願い』をかけたら、生まれ変わってまた結ばれるってこと?」
「可能性は高いです」
ひなちゃんの答えにマコが喜んだ。
「ボクも絶対『願い』をかけるからね!」「ううん! 今から毎日『願う』よ!『生まれ変わってもヒデさんに逢えますように』『また結ばれますように』って!」
なんて可愛いんだ俺の妻は。そんなに俺のこと愛してくれてるなんて。俺、しあわせ!
「俺も」「今日から毎日『願い』をかけるな」
勝手にゆるむ顔を向ければマコはそれはそれは可愛らしい笑顔を返してくれる。俺の妻、最高かわいい。
「ハイハイ。そういうのはふたりになってからやれ」
「今は記憶『視る』のが先だ」
息子が呆れ果てたように急かしてくる。仕方なく食事を再開した。
◇ ◇ ◇
デザートも食後のコーヒーもいただき、息子に命じられて歯も磨き髭も剃り顔も洗って再び記憶を『視る』。今回は事前にジャージに着替えさせてもらった。無限収納に入れててよかった。
自己評価と自己肯定感が低くて、でも万能な竹ちゃんが作ってくれたのが、俺達が使っている掛布。「竹さんの霊力を糸にして作ったもの」「布にするときに『祈り』を込めてるから『疲労回復』と『浄化』が勝手についてる」息子がそう説明してくれたが意味わからん。なんだそれ。勝手に付与がつくとか、聞いたことないんだが!?
「だから言っただろう」「あのひと――正確にはあのひとと黒陽、非常識なんだよ」「おまけに世間知らず」
どこか疲れ果てたように息子がこぼす。苦労してんだな。
そんな非常識で世間知らずなお姫様を世に放つのは「危険しかない」と満場一致。本人の希望もあり、高校には行かせずに安倍家の離れで恩人のための古文書解読をして過ごす予定だと。なるほど確かに。ちょっと聞いただけの俺でもそれが最良だと思う。
で、そんな非常識なお姫様が時間停止の結界も作ってくれていた。俺達が倒れていたベッドの四方に結界石が置いてあり、所定の位置に衝立を設置することを鍵として時間停止の結界が展開する。俺達が衝立を動かして出れば解除される。
「だから本当に時間のことは気にせずにしっかりと休んでください」
「休めば休んだだけ記憶が馴染みます」
ひなちゃんの言葉に納得。実際そのとおりだった。
『視て』いる俺には途方もない時間に感じるのに、そばに立つ息子には「一呼吸二呼吸くらいしか経っていない」らしい。目を閉じ呼吸を合わせ、すぐにぶっ倒れると。
そうしてぶっ倒れた俺とマコをベッドに運び掛布を掛け、時間停止の結界を展開。結界の外側にいる息子達には結界を展開して一息ついただけで俺達が出てくると。
なんて言うか、時間効率いいな。
「だからこそ『非常時以外使用禁止』ってハルに厳命されてんだよ」息子が悔しそうにぼやく。
「まあな。わかるんだよ」「あったらつい使っちまうし」「そしたら戸籍年齢とも周囲ともどんどん乖離していくって」
「実際俺、戸籍年齢は十六だけど、実年齢は二十歳過ぎたしな」
ため息まじりに言う息子に「ん?」と疑問が浮かんだ。頭の中で計算。多分間違いないと判断し、息子に問いかけた。
「二十歳過ぎ? もっといってんだろ」
「え?」
驚く様子から自覚はないらしい。
「お前ガキの頃あっちこっちに『跳んで』たじゃないか」
「すぐ戻れたときもあったが、引き留められたときもあったぞ」
「覚えてないのか?」問う俺に「は??」しか言えない息子。
「ええと、『宗主様』? のところに何年いたんだっけ?」
「………俺は、三年ちょい………」
「ふむ」指折り数えながら再度検討。
「トリアンムに一年一か月いたろ? 俺達がいたときも『跳ばされた』場所によっては戻ったときに時差があったし、俺達が渡米したあと親父と母さんがおまえについてた時も何度もそんなことがあったって聞いてるぞ」
「で、『宗主様』のところで三年ちょい」
「てことは、最低でも五、六年は先取りしてんだろ」
「竹さんとあちこちご挨拶にうかがったときも時間停止かけてましたよね」
ひなちゃんの言葉に「あ」と息子が間抜け顔になる。
「一回一回は数時間でも、回数が多かったですからね。下手したら今回の件のご挨拶関係だけで二、三年は先取りしてるんじゃないですか?」
「………そうかも………」
「てことは八年、もしかしたら十年は先取りしてんじゃないか?」
「十年となると、二十六、七になってますね」
「そりゃ大人に見えるね」
ひなちゃんとマコが納得したようにうなずく横で息子は呆然としている。そこに晃くんがポンと手を打った。
「ああ。トモのこともあってサトさんと玄さんは亡くなったときの年齢が戸籍年齢と違ったんだ」
「なんの話?」質問すれば晃くんはあっさりと教えてくれた。
「ハルが言ってたんです。サトさんも玄さんも戸籍年齢九十歳で亡くなったけど、実年齢は多分百十五、六だったんじゃないかって」
「そんな年齢だったのにあんなにピンピンしたのかあのふたり」
「やっぱりバケモンだったな」
呆れ果ててぼやく俺と違い、マコは単純に驚いている。「そんなお歳だったなんて」「なら仕方ないのか……」なんかブツブツ言っている。
「霊力とはすなわち生命力です」
「なので、高霊力保持者ほど長命な傾向にありますね」
ひなちゃんの説明に「なるほど」しか言葉がない。
「高霊力保持者の中でも、霊力操作に長けていたり修行を重ねた方は、常に体内霊力を循環させることで体調を整えています」
「皆さんもそうですよね」
「そうやって体内霊力を循環させていたら血流やリンパやらの流れも良くなります」
「細胞も常に活性化状態になります」
「病気の原因となる悪性細胞が生まれることも血栓などのつまりができることもなく、健康で若々しい状態を保てます」
「結果、元気なまま長く生きられるというわけです」
「実際秀智さんも真さんもとても年齢相当には見えません」
「真さんは元々童顔なのもあって若く見えるのもありますが、秀智さんが霊力循環しておられる効果が大きいですね」
「高霊力保持者のなかでも『半身』がいる者は特に長命のようです」
「『半身』は互いを補い合う傾向があります」
「そばにいたりくっついているだけで互いの霊力が混じるので、普通のひとよりも霊力が強いです」
「その、混じって強くなった霊力が循環するので、必然細胞が活性化され体内の流れも良くなり、若々しく健康に長く生きられるようです」
「じゃあヒデさんも長生きできるね!」喜ぶマコに「だといいな」と返していたら、ひなちゃんから「実はですね」と声がかかった。
「『褒賞』の話ですが」
「最初は『秀智さんの寿命を伸ばす薬』という案もあったんですよ」
「少しでも一緒にいられる時間が伸びることは、秀智さんも真さんも喜んでくださるんじゃないかって」
「けれど西村家の姿勢というか潔さから鑑みて、『秀智さんは受け入れないかも』となったんです」
「息子のトモさんも『親父は受けないだろう』と断言されましたし」
「で『トリアンムへの干渉』の方向で提案させていただいたのですが」
「やっぱり寿命がよかったですか?」
「て言っても、もう変更は効きませんが」
心配そうに問いかけてくるひなちゃんの気持ちがうれしい。ホント良い子だな。
「いや」
「伊佐治達と逢えるほうが嬉しい」
正直に答えれば、ひなちゃんも晃くんもホッとしていた。
「ありがとね。気を遣ってくれて」
「いえ」
「余計なお世話でしたね」そう言うひなちゃんに「そんなことないよ」と返した。
「そりゃ少しでもマコといられる時間が多くなるならうれしい」
「けど、だからって『寿命を伸ばす』のは『違う』と思うんだ」
「でも、気持ちはうれしいよ」「ありがとね」
再度礼を言えばひなちゃんも晃くんも困ったように微笑んだ。息子はと言えば「だから言ったでしょ?」と言うだけ。
「まあ俺達年齢差があるから」
「ひなちゃん達が『俺に寿命を』と思ってくれるのも理解できるよ」
「けど、寿命に関しては『なるようになる』と思ってる」
言いたいことを言う俺の話をひなちゃん達は黙って聞いてくれる。
「長生きするよりも、マコといられるほうが重要だ」
「まあ死ぬまで元気でいられるように心掛けるよ」
「母さんと親父みたいに、死ぬ前日までピンピンしてたいな」
「それは理想ですよね」
「そうだったらいいねえ」
ニコニコ返してくれるひなちゃんとマコ。晃くんも息子もウンウンとうなずいている。
「俺達『生命の器』つなげてるから、死ぬときはほぼ一緒なんだよ」
「マコは早死にすることになるから、それだけは申し訳ないんだが」
「そんなのどうでもいいよ」
俺のボヤキにマコがすぐに反応する。
「ボクだってヒデさんがいない世界で生きていたくない」
「『ふたりで一緒』なのが大事なんだから」
「それに、もしかしたら元々ボクの寿命が短かったかもしれないじゃない」
「ヒデさんのおかげで今でも生きてる可能性だってあるわけでしょ?」
「マコ……」
ニッコリ微笑む愛しい妻に胸を鷲掴みにされる。目を奪われる俺に、マコはやさしい表情のまま続けた。
「寿命なんて、誰にもわからないんだから」
「『遺されない』『一緒に死ねる』ってわかってるだけでも、ボクは安心だよ」
「おかあさんに感謝だね」
「………そうだな」
感極まって泣きそうなのをどうにかこらえ、笑みを返した。ふたりで見つめ合っていたら。
「………ちょっと、いいですか?」
ひなちゃんから声がかかった。
「『生命の器』って、なんですか?」
「『つなげてる』って……」
マコとふたり顔を向ければ、おそるおそるというようにひなちゃんが質問してきた。
「そういう術があんの」
そうして説明。母が幼い頃、妖魔に『呪い』をかけられたこと。それを解こうと母の父親である俺の祖父が死に物狂いであちこちの術式や『呪い』を片っ端から調べ研究したこと。そうやって祖父が集め調べ研究し再構築した術式のひとつが『対象者二名の「生命の器」を結び付け寿命を分け合う術』。祖父は己の寿命を母に分け与えたかったが、祖父をもってしても『親子』では術式が成立しなかった。『夫婦の契り』を交わした結び付きの強い男女でないと『生命の器』を結び付けられないとわかり、断念。両親が結婚するときにその話を明かされ、母が自分達に術を行使。結果、両親は一年差で生命を終えた。
「母さんが自分達にかけて気付いた改良点を洗い出して、じいちゃんと再検討した術式を俺達かけてるから」
「『同時』までは無理かもしれないけど、ほぼ同時期に死ぬはず」
「だから一般的に見て俺は長生きだと思われるだろうし、マコは早死にだと受け止められるだろう」
「それだけはマコに申し訳ない」
「何度も言ってるでしょ?」
「ボクが望んだんだよ」
「『ヒデさんに置いて逝かれたくない』っておかあさんにお願いして、教えてもらったんだよ」
「ヒデさんのいない世界でひとり生きるなんて、ボクにはできない」
「重くてゴメンね?」わざと言っているとわかる可愛らしい謝罪にキスしたくなった。が、子供達がいる手前どうにかこらえる。
「重さなら負けないぞ」ニヤリと笑って返せばクスクスとしあわせそうに笑う妻。俺の妻、最高かわいい。
「その術、難しいですか!?」
ガバリと晃くんが身を乗り出してきた。
「おれでもできますか!?」「教えてください!!」「対価、なんでも支払います!!」
ひなちゃんがなにか言おうと口を開いたけれど、それより早く晃くんが続けた。
「おれ、もうヒナに置いて逝かれたくない」
「おれもヒナとずっとずっと一緒にいたい」
「遺されたくない」
あまりにも切実な晃くんに、さては転生者だなと察する。前世でもひなちゃんと結ばれていたと。で、置いて逝かれたと。
「お願いヒナ」
真剣な眼差しで晃くんがひなちゃんの手を取る。
「おれと一緒に死んで?」
「物騒か」
パコンと晃くんの頭をはたくひなちゃん。
「だってイヤなんだよ!」「どれだけつらかったと思うの!?」「もう絶対置いて逝かれたくない!!」
「離れろ駄犬」
ぎゃあぎゃあ泣き喚きひなちゃんに抱きつく晃くん。抱きつくというよりすがりついている。そんな晃くんをひなちゃんは見事にあしらい、疲れ果てた様子でこちらに顔を向けた。
「………申し訳ありません秀智さん。その術式、可能でしたら教えてください」
「対価はお支払いします」
頭を下げるひなちゃんに、晃くんもようやく離れてからこちらに頭を下げてきた。
「俺も教えて欲しい」
横から息子も真面目な顔を向けてきた。
「俺ももう置いて逝かれたくない」
「お願いします」
「教えてください」
真摯に頭を下げる息子。仕方ねぇなあ。
「いいよ」
「はいこれ」
母から受け取ったまま無限収納に入れっぱなしだった術式を書いた奉書をポンと渡す。受け取った息子がすぐに開き必死の様子で目を通していく。
「対価はいらないよ」「結婚祝いに取っといて」
「「ありがとうございます!!!」」
「ありがとうございます」
息子と晃くんはわざわざ立ち上がり九十度に頭を下げ、ひなちゃんは座ったまま困ったように頭を下げた。
そこから五人でああだこうだと術式について話し合い。「ああして」「こうして」「こんな感じ」「今はこんなで」あれこれ話すのを息子と晃くんは必死の様子で聞いていた。
「これ、今の私の霊力量じゃあ無理ね」「アンタ、できる?」
「やる!!」
ひなちゃんの問いかけにやる気を燃やす晃くん。「明日から術の勉強する!」「白露様に修行つけてもらう!」
「術の勉強もいいけど学校の勉強もしなさいよ」「大学落ちたら同級生になれないわよ」「落第したらその分結婚送れるわよ」
「〜〜〜!! がんばる!!!」
ひなちゃんは晃くんを見事に手のひらの上で転がしている。微笑ましいふたりだなとニコニコと見守った。
他にもあれこれと話をし、下世話な話で息子をからかえば逆にマコに暴露された話で返り討ちにされ、赤裸々な話を口にした晃くんがひなちゃんに殴られと、楽しい時間を過ごした。
◇ ◇ ◇
記憶を『視て』は倒れ眠り、目覚めてはなっちゃんの料理を堪能し息子達と話をする。
何度目かの会話の中で、トリアンムとのやりとりをひなちゃんがバラしてくれた。
「トリアンム側にもリディさんと伊佐治さんの寿命を伸ばす提案をしたんです」
「少しでもレーイダーン様や皆様と過ごす時間が増えることは、あちらのどなたもに喜んでもらえるんじゃないかと」
「ですが、断られました」
「『寿命はいらない』『それよりマコ達にまた逢いたい』と望まれまして」
まああのふたりならそう言うだろうな。
「ていうか、やりとりできたの? ひなちゃんが??」
「私ではないです」「『とある方』がやりとりしてくださいました」
「その『やりとり』の一部がおふたりへの『褒賞』に含まれてます」
「『世界』を越えての交渉は『かの御方』をもってしてもなかなかに大変だったそうで」
そう説明されれば感謝しかない。
「三年前の『禍』のときも今回も、トリアンム側からの『祈り』の効果があったと判明しました」
「その恩に報いるため、トリアンムにも『褒賞』をお渡しするべきだと相成りました」
「で、秀智さん達への『褒賞』の件と合わせて、トリアンムの偉い方々にこちらの『とある御方』が交渉してくださいました」
なんかツッコんで聞いたらマズそう。「へー」と相槌を打つだけで流しておいた。
「トリアンムとこの『世界』の間で何度も『界渡り』が行われていたこと、トモさんの持っていた『リディさんのお守り』があったおかげで、比較的穏便に『つなげる』ことができたそうです」
「で、トリアンムのエラい方々に筋を通し交渉し、レーイダーン様、リディさん、伊佐治さんと接触致しまして、ご希望をお伺いした結果『皆様に逢いたい』と希望されたというわけです」
なるほどなるほどとうなずく俺とマコ。
「トリアンムは高霊力の土地柄なこと、神様であらせられるレーイダーン様と『愛し児』であり聖女であるリディさんのおチカラで『条件』を満たしておられました」
「故に『異なる世界を結ぶ』許可もすぐにおりたそうです」
「ですが、秀智さん達『こちら側』は色々掻き集めても足りなくて」
「断念しかけたときに『環境問題解決のために働かせる』という案が出まして」
「『エラい方々』に御提案致しましたところ、裁可されました」
「このまま環境破壊が進めばこの『世界』は滅び一直線だそうで」
「『それを防げるのであれば』と」
「ですので、実はおふたりの働き如何でどのくらい交流できるかが決まります」
「がんばってください」ひなちゃんのエールにマコのやる気が燃え上がる。
「おれ達もできる限り協力します」「おれ達が生きてるのはおふたり含めた皆様のおかげですから」
晃くんの言葉に息子も黙ってうなずいた。
「それに、おれ達の子供達に環境問題で苦労させたくないです」
「おふたりのがんばりで環境問題が少しでも解決するなら、おれ達の子供も孫も平和に暮らせると思うんで」
続いた晃くんの言葉にマコがハッとした。
「そっか!」
「トモくんと竹ちゃんに子供が生まれたら、それはボクとヒデさんの孫になるんだ!」
「はわわわわ」徐々に赤く染まる頬を両手で押さえ、マコが叫んだ。
「『孫』!」
「ボクに、『孫』!!」
ずっと天涯孤独で淋しい幼少期を過ごしてきたマコにとって、どれだけ努力しても手に入れることのできない『血縁』は喉から手が出るほど欲しかったもの。それが今回次々と与えられただけでも歓喜に震えていた。そこに己の血脈が続くと示され、感極まってしまった。
「やる! やるよ!」
「ボクとヒデさんの『娘』と『孫』のために!」
「ボク、がんばる!!!」
ガバリと立ち上がり宣言するマコに、晃くんひなちゃんは「頼もしい」とニコニコ。が、息子は呆れ果てたようなげんなりとした顔をしていた。
「落ち着け」「無理するな」
「もちろん息子のためにもがんばるよ!」
「だから落ち着け」
どれだけ息子が諌めてもマコの闘志は燃え上がる一方。「やるよ! やるよ!!」「よし! 次『視』よう!!」マコに急かされ食事を終え、次の『記憶』を『視た』。
◇ ◇ ◇
『記憶』を『視て』ぶっ倒れ、眠り続けマコと話し合いを繰り返し、起き出してまた飯をいただく。何日経ったんだ。そしてあとどのくらいあるんだ。
「半分は越えました」俺の思念を『読んだ』らしい晃くんから返答が。まだ半分もあんのかよとげんなりした。
そんな俺に苦笑していたひなちゃんがふとなにかに気付いた。「ちょっと、いいですか」許可を求めマコの手を握り、じっとなにかを探っていた。
そうして手を離し、教えてくれた。
「真さんの特殊能力が進化しています」
意味がわからずキョトンとする俺とマコ。「そんなことあるの」と息子も驚いている。
「『看破分析』だったのが『看破洞察』に進化しています」
「たまにありますよ。同系統の上位能力に進化することは」
「真さんの意識が変わったからでしょうか」
「意欲かもよ」
晃くんとふたりで検証するひなちゃん。
「――いえ、一番は経験値でしょうね」
「『看破分析』を酷使した上でさらに上の能力を求め磨いているこの状況こそが、特殊能力の進化につながったのでしょう」
「それだけ過酷なことをさせているということでもあるので、それは申し訳ないです」
頭を下げるひなちゃんにマコが首を振る。
「『やる』『がんばる』って決めたのはボクだ」
「ボクがボクの『願い』のために――『もう一度リディ達に逢いたい』ためにやってることだ」
「逆にそんなチャンスをくれたみんなに感謝してるよ!」
慌てるマコにひなちゃんは困ったように微笑んだ。
「なにはともあれ、これなら以降の記憶分析がより進みます」
「がんばりましょう」
そうして食事を終え次の『記憶』を『視て』はぶっ倒れ、というのを繰り返した。
◇ ◇ ◇
「実はトリアンムの皆様に諸々ご説明したときにですね」
何度目かもうわからなくなった食事中。ひなちゃんが教えてくれた。
「リディさんと伊佐治さんからご提案がありました」
「『可能であれば今回の一回きりでなく、今後も逢いたい』と」
途端にマコの背筋が伸びる。コクコクとうなずくマコにひなちゃんが苦笑を浮かべた。
「で、『エラい方々』でお話し合いが持たれたそうです」
「これまで十五年間『リディさんのお守り』を通してつながっていたこと、『祈り』のやりとりが行われていたことなどから、ふたつの『世界』を結ぶことは、条件付きで認められました」
「『条件』って?」
「『直接会えるのは多くて一年に一度、三時間だけ』
『リディさんと伊佐治さん、秀智さんと真さんの四人だけが参加できる』というものです」
「『一年に一度』なんて、織姫と彦星みたいだね」
ひなちゃんの説明にマコが笑う。その笑顔には『年に一度は逢える』という喜びがにじんでいた。
「ただ、その『一年に一度』も可能かどうかは、おふたりにかかっています」
だから、続くひなちゃんの言葉にマコは表情を引き締めた。
「まず、ふたつの『世界』を結ぶためのエネルギーはそれぞれがまかなうことを求められました」
「具体的には『祈り』と霊力ですね」
「真さんはこれまでも『リディさんのお守り』に話しかけたり『祈り』を込めたりしてこられましたが、それとは別で真さん秀智さんそれぞれが『エラい方々』に向けて『祈り』と霊力を捧げていただく必要があります」
「『エラい方々』って、早い話が神様?」
「まあ大きく言えば」
「神様に『リディと伊佐治さんに逢わせて』ってお願いすればいいってこと?」
「そうですね」「あとは『逢えるようにしてくれてありがとう』ですとか『これまでトモさん達を守ってくれてありがとう』ですとかもよいかと」
ひなちゃんの説明にマコはハッとした。
「そっか」
「神様がリディ達の『祈り』を受けてトモくん達を守ってくれたんだね」
「それはリディ達のことがなくても御礼しなきゃ!」
さらにやる気を燃やすマコ。仕方ねぇ。付き合うか。
苦笑する俺に気付かないマコは、さらにひなちゃんに質問した。
「『ありがとう』ってお祈りするだけでいいの? 祭壇作ってお花とかお菓子とかお供えしたほうがいい?」
「祭壇は……どうかしら?」
「いらないと思う」何故か晃くんが即答した。
「真さんと秀智さんが『祈り』を捧げるのに、なにか対象がないと難しいって言うんなら祭壇作って鏡とか水晶玉とか置いたらいいと思うけど」
「これまでみたいに『リディさんのお守り』に『祈り』を込めるので大丈夫だと思う」
晃くんの説明に「だ、そうです」とひなちゃん。マコとふたり了承した。
「御礼や感謝のお気持ちが強くあれば、エネルギーも溜まりやすいと思います」
「秀智さんは高霊力保持者ですし真さんは『愛し児』。そのおふたりは『半身』です」
「なので、元々普通のひとよりはエネルギーが溜まりやすいです」
「そのおふたりでも、意図的に『異なる世界』の扉を開くためには、がんばってエネルギーを溜めないと難しいそうです」
「なので、できる限り『祈り』の回数を重ねてください」
説明に再び了承。
「こんな感じ?」マコがいつぞやのように『リディのお守り』を握り込み「神様、ありがとうございます」と祈りを込めた。
「いいですね!」「バッチリです!」ひなちゃんから絶賛が返ってきた。
「それを一日に何度もしてください」
「わかった」「ありがとう」
ホッとするマコにひなちゃんも笑顔でうなずいた。
「おふたりが溜めるエネルギーは、わかりやすく言えば、往復の交通費と滞在費です」
「『入国許可は出す。交通手段も手配する。けど費用はおまえらが負担しろ』と、そういうことです」
「なるほど」「まあ道理といえば道理だな」
説明されれば納得しかない。
「仕方ねぇ」「がんばるか」ボヤキ混じりに言う俺に対し、マコは「がんばろうね!」とやる気を燃やしている。
「とはいえ」ひなちゃんが説明を続ける。
「『こちら』はトリアンムよりも『世界』の霊力量が少ないので、『界繋ぎ』にかけるエネルギーが多く必要なんですって」
「いくら秀智さんが高霊力保持者で真さんが『愛し児』で、おふたりが『半身』だとはいえ、おふたりだけでは当然エネルギーが足りません」
「「え」」
話が違うじゃないか。
固まる俺達にひなちゃんは淡々と続ける。
「なので、このあと作っていただく『環境問題解決のための骨子』を活用して改善されたり製作されたあれこれで人々がおふたりに向けた感謝や尊敬も、『祈り』としてエネルギーに変換することになりました」
「世界中の人々が対象です」
「外国は日本よりも高霊力保持者が少ないそうです」
「『霊力なし』レベルの方がほとんどだと」
「それでも、微々たる量でも、何十億と数が集まればそれは充分『チカラ』に成ります」
「つまり、おふたりの今後のご活躍によってリディさん伊佐治さんと毎年逢えるかが左右されます」
「がんばってください」
「「えええええ………」」
それはどうなんだ? 俺達が考えついたことじゃないのに俺達が『名』を出すのはマズいだろう。研究所を通して発表して俺達は隠れておこうと思ってたのに。ていうか、俺達に目立てってことか? これまで以上に狙われるじゃないか。
なんと答えてよいのかぐるぐるしている俺達に構うことなくひなちゃんは続けた。
「ちなみにですが」
「世界中の人々がおふたりに向けた感謝や尊敬も、『祈り』としてエネルギーに変換する件ですが」
「申し訳ないですが、丸々全部をおふたりのために使うことはできません」
「『祈り』をエネルギーに変換するのにもエネルギーがいるんです」
「その『対価』として、『祈り』の半分を『エラい方々』に献上することになりました」
「期間は秀智さんと真さんおふたりともが亡くなるまで。――トリアンムに干渉する権利を有するおふたりが生きている限りは『祈り』の半分はおふたりのために使われます」
「おふたりが亡くなったあとは、すべて『エラい方々』がお受け取りになられます」
「まあ早い話が先行投資ですね」
「『世界中の人間を対象にしたエネルギー献上』なんて、『エラい方々』でも得られるチャンスはまず無いです」
「たとえ微々たる量でも、継続して献上されることが重要だそうで」
「そのためにもおふたりには『わかりやすくて目立つ功績を』刻んで歴史に名を残し、限りなく長く尊敬を集めるようにしてもらいたいそうです」
「………なにその無茶振り」
「いやあ。案外『無茶』じゃないと思うんですよねえ」
げんなりする俺に対しひなちゃんは楽しそう。
「うまく狙いがハマれば、伝記書かれるでしょ」
「ノーベル賞みたいな新しい賞作ったり」
「開発した製品に秀智さん真さんの名前を入れるとか」
「なにそれ」
「どれもイヤなんだけど」
『やっぱやめるか』頭の隅にチラリと浮かんだ考えを口に出す前にひなちゃんがさっぱりとした調子でかぶせてきた。
「まあまあ」「今はお気になさらず」
「ひとまず『記憶』全部『視』てください」「そのあともお話し合いが続きますよ」
丸め込まれた気がしないでもないが、乗りかかった船だと飲み込んで『記憶』を『視た』。




