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西村秀智と『静原の呪い』65

「おふたりへのおすすめはこちらをご覧ください」

 三度(みたび)渡された書類に目を落とし―――息を飲んだ。


『異世界【トリアンム】へ干渉』

 表題に目を奪われる。干渉。つまり――。


 期待に震えながらも下段に目をやる。干渉内容の詳細が記してあった。


 手紙などの荷物を送る場合。重さ・サイズごとの必要ポイント。

 動画を送る場合。時間に応じた必要ポイント。

 トリアンムの映像を見る場合。場所、時間に応じた必要ポイント。

 一対一で姿を見る場合。時間ごとの必要ポイント。二対一の場合。二対二の場合。人数ごとによる必要ポイント。姿を見るだけでなく実際に会う場合。その人数と時間に応じた必要ポイント。


「―――会える、の?」

「リディと?」

「また、会える、の?」


 マコの声が震える。俺は書類から目が離せない。

 必要ポイント数。現在俺とマコが持っているポイント数。どこまでできる。なにを選ぶ。


「ちなみにですが」動揺する俺達がわかっているだろうに、ひなちゃんはなんでもないような顔で口を開いた。


「『リディさんのお守り』をお持ちでない皆様に、先日竹さんが差し上げたお守りと加護」

「そして皆様に差し上げた『竹さんの水』」

「こちらはトモさん竹さんからの『気持ち』ですので褒賞には含まれません」

「気になるようでしたらふたりからの『迷惑料』『口止め料』『結納品』と受け取ってください」

「秀智さん真さんの嫁となった竹さんが『黒の姫』であること、実子のトモさんが『黒の姫の伴侶』であることは絶対口外禁止を徹底してください」

「『黒の姫とその伴侶』と竹さんトモさんは『別人』で『無関係』ということも」

「その『口止め料』として受け取っておかれたらいいと思いますよ」


「ただ、秀智さんから主座様への『智子(さとこ)さんがどんな呪いをかけたか』という調査依頼は褒賞対象となっています」

「ですので、秀智さんのお持ちのポイント数から主座様への依頼料として一ポイント減らしてください」


 告げられた言葉に―――『失敗した』つい、そう思った。


 母がどんな『呪い』をかけたかなんて気にしなければよかった。気になったなら自力でどうにか調べればよかった。ああ。我ながら浅ましい。目の前に伊佐治達とまた会える可能性をぶら下げられただけで、あれだけどうでもよかった『褒賞』が途端に惜しくなるなんて。たった一ポイントでも惜しくなるなんて。


 一ポイント減った現実と、それを惜しむ己の浅ましさと、伊佐治達との時間が減ったことに内心(ほぞ)を噛む。そんな自分の未熟を思い知りさらに(ほぞ)を噛む。


「ところで」

「秀智さんと真さんには、ポイント数を増やす方法があります」


 聞こえた言葉に、思わずバッと顔を上げた。隣のマコも同じようにひなちゃんを見つめている。

 俺達の視線を受けたひなちゃんはにっこりと微笑み、ピッと晃くんを指し示した。


「このコウは精神系の特殊能力持ちでして」

「姫様方が追っておられた『悪しきモノ』の記憶をまるごと得てしまったんです」


「……………はあ」

 意味がわからないながらもどうにか相槌をしぼり出した。


「その『悪しきモノ』、何億年もかけていくつもの『世界』を渡り歩いておりまして」

「現代のこの『世界』でまだ知られていない知識を山程持ってたんです」

「けどそんなもの、吉野の高校生が持ってても正直『宝の持ち腐れ』でして」

「活用する方法も出す場所もなく、ただ『持ってるだけ』の知識(もの)だったんです」


 話の着地点が見えない。それがトリアンムとなんの関係があるのかと思いながらも黙って話を聞いた。


「実は私『とある方』から命じられてることがありまして」

「この『世界』の環境問題を『どうにかしろ』と」

「正直嫌がらせか無茶振りか八つ当たりだと思うんで、放置していても問題ないかとも思ったんですが」


「気付いちゃったんですよね」

「『コウの持ってる記憶に使えるものがあるんじゃないか』と」


 ジリジリしながら話を聞く。ニコニコしているひなちゃんに対し、俺とマコは焦りをにじませ口を引き結んでいた。


「ただ、その記憶をそのままこの『世界』に適用できるのか、なにかで代替しないといけないのか、はたまた方法を変えないといけないのか、その判断が私ではつかないし、広める方法もないので『無理かなあ』と思っていたのです」


「が」


「まさかの人材に出逢えました」


 ニッコリ。それは綺麗な笑みを、ひなちゃんはこちらに向けた。


「秀智さんと真さんなら的確な判断ができる上に世間に広めることもできるんじゃないかと」


「どうですか?」問われたが内容もわからないことに安易に答えることはできず、黙っていた。

 そんな俺にひなちゃんは変わらずニコニコしたまま話を続けた。


「当然大変なお仕事になると理解しております」

「なので、褒賞ポイントはこちらになります」


 ペラリと出された書類に―――息を、飲んだ。


 仕事内容の詳細と、対価となる褒賞ポイント数。


 ―――トモを含めた俺達トリアンムから帰還した七人全員が、トリアンムの三人と実際に会えるのに十分なポイント。これなら三十分は交流できる。


「『とある方に命じられた件』のために『私が』お願いすること、結果的に『とある方々』のためになることから、このような高ポイントになりました」


 マコも書類に目が釘付けになっている。その目に、気配に、やる気がにじむ。

 完全にやる気になっているマコに満足そうにひなちゃんが続ける。


「お願いしたいことは次の四つ」

 ひなちゃんの声にマコが顔をあげる。


「コウの記憶を『視て』もらう」

「『視た』記憶から使えるものを取捨選択する」

「必要に応じてこの『世界』向けにアレンジする」

「世界中に広める」


 一本ずつ指を広げながらの説明は、書類に示されているものを簡略化しただけで内容は同じ。だが実際やろうとしたら大変なことは容易に想像できる。理論展開だけならすぐにでもできるかもしれないが、検証に時間がかかる。そもそも素材選定から時間がかかるものもあるだろう。『世界中に広める』と一言で言うのは簡単だが、そのためには国や企業の協力も必要だ。

 ううんと(うな)る俺にひなちゃんが変わらぬ調子で声をかけてきた。


「例えば理論展開や骨子だけ作って、他の研究者さんや企業に丸投げするのでもいいです」

「結果的にこの『世界』の環境問題が解決すればいいので」

「『世界中に広める』のも他の方に丸投げでもいいです」

「それこそ『両親の法事に出たことをきっかけに終末期について考えるようになった』とか『自分はもう高齢になったから今考えている理論を自分ひとりでは検証しきれない』とか説明して、世界中の研究者と共同研究するとか、骨子を丸投げするとか、できないですかね?」


 ―――提案に納得しかない。

 頭の中で検討。マコと視線を交わしうなずきをもらい―――。


「―――できる」


 まっすぐにひなちゃんの目を見据え答えれば「ありがとうございます」と余裕たっぷりの笑顔が返ってきた。俺達が断るなんて考えてもいなかったとわかる態度に、手のひらの上でいいようにされているような感覚を覚えムカついた。


「では、改めて確認です」ひなちゃんがぐるりと全員を見回す。

「褒賞を受け取っていただけますか?」


 ニコニコ笑顔がムカつく。くそう。


 正直、喉から手が出るほど欲しい。偶然を待つしかなかった伊佐治達との再会の機会。これを逃せば次いつチャンスがあるかわからない。俺はもう七十代になった。それこそいつまで生きられるかわからない。だから尚更このチャンスを逃せば二度と伊佐治達と逢えないかもしれない。


 だが。


 己のナカの信念がそれを『浅ましい行為』だと言う。それを飲み込むことは毒を飲み込むことと同義に感じる。これまでの信念が、己の根幹が(けが)されると。これまでの生き方すべてを否定されると。


 自分でやった覚えのない『功績』を持ち出され『褒賞だ』と押し付けられることに違和感と忌避感を感じる。『乗るな』『危険だ』と警鐘が響く。


 葛藤していたのはどのくらいか。

「俺はもらいたい」軽い声が後ろから上がった。

 誰がと振り向かなくても声でわかっていたのに振り向いた。碓水が軽い調子で挙手していた。


 俺は責めるような目をしていたのだろう。碓水が俺に向け目を細めた。


「『やる』って言うモンを断るのも失礼だろう?」

 そう言われたらそうかもしれないが。


「それにタダでもらうわけじゃない」「『働きに対する対価』だ」「なら尚更『受け取らない』と固辞するのは失礼だろう」「先方の面子を潰すことになる」

 ……そう言われたらそうかもしれないが。


「この書類を見ただけでも、色々と考えてくださったことが伝わってくる」碓水は続ける。

「少しでも俺達の働きに報いようと、少しでも俺達に喜んでもらいたいと、心を砕いてくださったことが伝わってくる」

「それほどの気持ちを(ないがし)ろにするほうが無礼で不遜(ふそん)なんじゃないか?」


 ………そう言われたらそうかもしれないが!


 碓水の言うことはいちいち正しい。悔しいがそのとおりだと思う。それでも納得できない。己の信念と正義が『否』と言う。


 どうすべきか迷い、マコに目を向ける。マコはやる気になっている。目が合った俺に『受けたい!』と訴えている。


『褒賞』は欲しい。それは間違いない。これを逃せば二度とリディ達に逢えないかもしれない。それでも。

 チラリ。マコの向こうの暁月と久十郎に視線を向ける。ふたりとも黙ってうなずいた。

 チラリ。反対隣の定兼と麻比古にも視線で問いかける。ふたりともやはりうなずいた。


「お受けになられたらよいと思います」ユイまでそんなことを言う。


「どうも、あちこちの神様方が関わっておられるようです」

「皆様が『褒賞』を受けることを望んでおられます」


 ………『神託』か。


 ニコニコのユイに知らず眉根が寄る。

 それでも葛藤していたら「ユイさんのおっしゃるとおりです」とひなちゃんから声がかかった。


「実はですね」

「トリアンムのリディさん伊佐治さんに先に褒賞の話をしたんです」

「おふたりのご希望は『皆様とまた逢えること』」

「皆様とお別れして十五年、ずっと『願い』をかけておられたそうです」

「だもんで、今回逢える理由と機会ができて、トリアンム(あちら)の方々が張り切っておられまして……」


「………なんでひなちゃんがそんなことわかるの」

 思わずツッコめば「まあ色々ありまして」とかわされた。


「とはいえ『異なる世界』を繋ぐことはなかなかに大変でして」

「色々()き集め検討して『秀智さんと真さんが環境問題解決に尽力してくれたら許可する』との言質を取りました」


「だからどこからそんなもん取るの」

「そこはまあ企業秘密ということで」


 ニコニコとひなちゃんは答える。


「なので、どちらかと言うと『褒賞』はただの名目です」

「『褒賞』を言い訳に、皆様とリディさん伊佐治さんをまた逢わせたい方々、この『世界』の環境問題をどうにかしたい方々の『願い』を叶えていただきたいんです」

「ぶっちゃけ『そのために働いていただきたい』ということです」


 あまりの言い草に唖然とするしかできない。なんだよそれ。『褒賞』ってそういうんじゃないだろう。


「最初は『ちゃんとした褒賞』を提案しようとしたんですよ?」俺の考えを見透かしたようにひなちゃんが言う。

「金銭とか特別な薬とか竹さんの作ったアイテムとか」「人間世界の戸籍とか家とか働く場所とか」

「けれどトモさんが『少なくとも親父は絶対受け取らない』って断言されまして」


「実際そうだったでしょ?」えらそうに息子が言う。


「で、『じゃあ何なら秀智さんが受け取りたがるか』と相談した結果が『トリアンムへの干渉』です」

「自分のチカラでどうにもならないことで、真さんが心の底から『願う』ことならば、秀智さんも飲むだろうと」


 余計なことをバラした憎たらしい息子をにらみつけたが、どこ吹く風とばかりに飄々としていやがる。憎たらしい。


「とはいえ、皆様への『褒賞』を集めても『異なる世界』へ干渉するには足りなかったんです」

「で、諦めかけていたところに『コウの記憶を見せて環境問題解決のために働いてもらっては』という案が出まして」


 誰だそんな余計なことを思いついたのは。眉を寄せたそのとき、サッと晃くんが顔をそむけた。………きみか。


「あちこちに確認を取ったところ『それならいいよ』と許可が出ました」


 晃くんをにらみつけている俺に気付いているだろうに、ひなちゃんは軽い調子で話を続けた。


「ですので、秀智さんと真さんがコウの記憶を見て、環境問題解決の骨子を作り世界中に広めてくださるならば、それだけでトリアンムのリディさん伊佐治さんレーイダーン様と面会できます」

「面会してもお釣りが出ます」

「なので、他の皆様はご自分のポイントはそれぞれにお使いいただいて大丈夫ですよ」


 どういうことかと思ったら。


「………お見通しですか」 諦めたような、感心したような声が聞こえた。

 久十郎に向けてひなちゃんがニッコリと微笑む。


「トモさんから皆様のお人柄もうかがいました」

(いさぎよ)い方々ばかりだと」

「同時に、秀智さんにとても甘い方々だと」

「ご自分のためには『褒賞』など拒否するだろうけれど、秀智さんのためならば受けるだろうと」


「図星でしょ?」またも息子がえらそうに言う。


「まあ難しく考えるなよ」

「親父達を働かせるためのエサぶら下げてるだけだから」

 息子の言い草に頭痛くなってきた。


「ホントは『竹さんのお守り』も渡したかったんだが、『リディさんのお守り』だけで十分だって判明したんだ」

「竹さんも他の姫達も守り役達も『なにか御礼をしたい』『恩に報いたい』ってやきもきしてたんだけど、『リディさんのお守り』があるからそれ以上の加護や守護は過剰になって悪目立ちすることになるし、薬や知識なんかも親父が欲しがるようなものは思いつかないしで、逆ギレ寸前だったんだよ」


「だから、トリアンムの話したら乗り気になっちまって」

「めちゃくちゃはりきってあちこちと交渉してくれたんだ」

「かなりハードな交渉もしてくれたらしい」

「だから逆にこの話受けてくれないと困る」


 ……………。


 飄々としている息子に腹が立つ。ムッとしたのを隠さず文句をぶつけた。


「………『褒賞』って話じゃなかったのか?」「普通『褒賞』ってご褒美的なモノじゃないのか?」

「親父が素直に受けないからだろう」

「お前なら受けるのかよ?」

「受けないよ」「だからこんな脅迫じみたことになったんじゃないか」


 息子とにらみ合っていたら。

「ヒデさん」マコから声がかかった。


「ボク、受ける」

 決意の籠もった眼差しに、言葉を奪われた。


「ヒデさんの気持ちもわかる」

「特になにかしたつもりもないのに突然『あげる』って言われて気持ち悪いのも、『なんか裏があるんじゃないか』って疑う気持ちも」

「けど」

「ボクは、このチャンスを(のが)したくない」


「その『記憶をみる』っていうのがどれほど大変なことかわからないけど」

「ボク、やりたい」

「リディと、伊佐治さんと、レイと、また逢いたい」


 なにも言えないでいる俺にひとつうなずき、マコはひなちゃんに向き直った。


「ボクが受けます」

「みた記憶の分析も、世界中に広めるのも、ボクがやります」

「ボクだけでは足りないところもあるかもしれませんが、精一杯やります」

「リディ達に逢わせてください」


 マコの態度にひなちゃんがニンマリと笑う。時代劇の悪代官のようなひなちゃんの雰囲気にマコの危険を感じ取り―――覚悟を、決めた。


「〜〜〜わかったよ!!」

「やるよ! やればいいんだろ!?」

「『褒賞』受けて、記憶見て、論文作りまくって世界中に広めればいいんだろ!?」


「ああくそう! 絶対母さんに叱られる! 親父にもどやされる!」

「誰か説明してくれよ!? しっかり言っといてくれよ!!」


 頭をかきむしりぎゃあぎゃあとわめく俺に、マコが「ありがとう!」と抱きついてくれた。

「おれからあちこちに進言しときます」「秀智さんは悪くないって」晃くんが約束してくれる。

「もちろん私もご報告申し上げます」ひなちゃんも。

 息子は『さっさと認めないから』と言いたげな生意気な顔。黒陽さんはホッとして微笑んでいた。


「では秀智さんと真さんへの『褒賞』は『トリアンムの皆様との面会』でいいですか?」

「……ホントにそれ『褒賞』なの……?」


 ケロリと確認してくるひなちゃんに思わずツッコめば「『褒賞』ですよ」と返ってくる。


「足りない分を働いてもらうのはまた別のお話です」

「そもそもの許可を取るというのが大変なんです」

「なので、正確には『トリアンムの皆様との面会のための交渉その他』が『褒賞』となります」

「おふたりに記憶を見てもらったり世界中に広めてもらったりするのは、面会のための実動分です」


「境界を開いたり、ふたつの『世界』を繋いだり、色々と大変なんですって」

 ぼかした説明でも大変さは伝わった。くそう。なにもかも受け入れるしかないじゃないか。


 それでもココロは複雑。伊佐治達にまた逢える喜びと、浅ましく『褒賞』を受け入れた己に対する失望。碓水の説明も息子の説明も理解できる。それでもやはり『やっぱり拒否すべきだったんじゃないか』とどこかで考えてしまう。


 そんな俺に構うことなく、ひなちゃんがテキパキと話を進める。

「では早速行動にうつりたいと思います」

「秀智さん真さん以外の皆様はご希望の『褒賞』をご検討ください」

「先程申しましたとおり、おひとりで複数のものでも、複数人でひとつのものでも対応可能です」

「お渡ししたリストにないものについても、可能であれば対応させていただきます」


「秀智さんと真さんはこちらへ」

「コウの持つ記憶、かなりの量になっています」

「ですので、おふたりには時間停止の結界に同行していただいて受け渡しをさせていただきたいと思います」


「……そんなにたくさんなの?」

「かなり」

 真顔でうなずくひなちゃんと晃くん。


「………それ、俺はともかくマコにかなりの負担になるんじゃあ………」

 不安を口にすれば「おそらくは大丈夫です」と返ってきた。


「むしろ真さんがいらっしゃるからこそ可能だと判断致しました」


「………『看破分析』?」

「はい」


 マコの特殊能力『看破分析』のことはトモに明かしていた。トモからひなちゃんへと伝わったと。ちらりと息子に視線で確認すればしれっと答えた。


「関係者に伝えていいか、確認取ったろ?」

「……………」


 まさかその情報使うことになるとは思わなかったよ。そう文句を言いたくても明かしたのも許可を出したのも俺の迂闊(うかつ)さだからなにも言えない。


「それとですね」黙った俺にひなちゃんが続ける。


「真さんが『巫女の系譜』とお伺いして、ちょっと調べてみたんです」

「ただの興味本位で『どこの系譜かなー』と」


「そうしましたら」


「真さんのルーツは、伊勢でした」

「伊勢のとある神職と巫女の間に生まれた子供のひとりが、真さんのご先祖様です」


 ペロリと明かされた言葉に、マコが息を飲んだ。


「この伊勢のとある神職と巫女の間には二男三女の五人の子供がおりまして」

「真さんはそこの三女の子孫です」


「で、このコウは長女の子孫」

「私は次女の子孫でした」


 ピッピッと晃くんを、自分を指し示し、ひなちゃんは続ける。マコをまっすぐに見つめて。


「つまり」

「私達と真さんは、同じ系譜に連なる者同士です」

「同じ夫婦の血を受け継いでいるので、記憶の受け渡しも比較的負担が少ないと考えます」


「………てことは??」

「トモと晃くんとひなちゃんは『遠い親戚』ってこと?」


 マコと晃くんひなちゃんが同じ系譜ならば、マコの息子であるトモもそうなる。系図を頭に浮かべながらの確認に、ひなちゃんから「そうです」と返ってきた。

「驚きだよな」と息子は呑気なもの。けれどマコは呆然としていた。


「―――ボクの………ルーツ………」

「ボクに………『親戚』………」


 ずっと天涯孤独だと思っていたのに、まさかの『親戚』の存在が明かされた。マコにとっては青天の霹靂だろう。


「ご希望でしたら後程家系図をお渡しします」

 ひなちゃんの提案にハッと再起動したマコは、力強くうなずいた。「よろしくお願いします」と頭も下げた。


「ですので、真さんには数学者としての見解はもちろんですが、秀智さんと晃の中継機的役割も期待しています」

「晃と真さんの間には私が入らせていただきます」

「同じ系譜の人間を重ねるので、抵抗は少ないと考えます」


「まあそうは言ってもある程度の負担はあると予想されます」

「ただ、おふたりは『半身』ですので、普通のひとよりは負担が少ないと思います」

「『半身』は『互いを補い合う』という特性がありまして」

「そばにいたり抱き合ったりするだけで回復することが確認されています」


「それもあっておふたりならばコウの記憶を見せても問題ないと判断した次第です」

「いかがでしょうか」


 色々考えてくれたらしい。そしてひなちゃんの判断は『問題ない』と。それなら大丈夫か………?


「やります」


 心配し検討を重ねる俺が答えを出すより早くマコが答えてしまった。やる気に満ちあふれているのはかわいいが、本当に大丈夫か?

 俺が黙っている間に「よろしくお願いします」とひなちゃんがまとめてしまった。本当に大丈夫なのか?


「心配するな」「ひなさんが『大丈夫』と判断したなら大丈夫だ」

 息子が無責任なアドバイスをくれる。まったく参考にならない。


「論拠出せよ」

「実績がある」

「具体的に出せって」

「開示できないんだよ」

「……………」


 ……………こいつ………説明する気ないだろう。


「いいから飲み込め」

「………お前開祖様の記憶取り戻してから色々雑になってないか?」

「中身ジジイになったからな」「そんなこともあるかもな」

 ケロリと返す息子。ふてぶてしい。記憶取り戻したからか? いやこいつは元からこんなヤツだった。


「では早速ですが、記憶の受け渡しを致しましょう」ひなちゃんがテキパキと話を進める。


「こちらはこちらで時間停止かけますので、皆様は黒陽様に時間停止かけてもらって話し合ってください」

「じゃあトモさん、黒陽様」「お願いします」


 ウチの連中に話しかけたひなちゃんの続いた言葉に、息子と黒陽さんが立ち上がる。黒陽さんはウチの連中を誘い部屋の後半分のエリアに集めた。息子はひなちゃん晃くんとともに俺とマコを反対側へと(いざな)う。


「じゃ、早速」


 息子がなにかを取り出した。握り込まれたソレがなにかはわからないが、霊力を込めて起動させた。

 すぐにわかった。周囲と『切り離された』と。結界が展開されたと。


「ハイ完了」

 簡単に言いやがって。こんな一瞬でこれだけの結界展開するなんて、どうなってんだ。非常識なひとに囲まれてお前も非常識になってんぞ。


 周囲と『切り離された』ことを視線で確認したひなちゃん。ひとつ息をつき、こちらに微笑みかけた。


「これで時間は気にせず記憶の受け渡しができます」

「この部屋に入った時点で黒陽様が時間停止をかけてくださっていましたが、記憶の受け渡しはそんなすぐにできるものではないので、他の皆様をかなり待たせてしまうことになりそうだったんですよ」

「『待ってもらう間どうしよう』と話していたら、竹さんが結界の中でも使える『異界を作る霊玉』を作ってくれました」

「わかりやすく言いますと、結界の中に別の時間停止の結界を展開したということです」

「ですので、時間のことはお気になさらず」

「体調をみながら、無理のないペースで進めますね」


 ひなちゃんがそう説明してくれる。が。

「……………二重結界、てこと……………?」

「まあ簡単に言えば?」

「……………」


 マコにはその異常さがわからないからただ首を傾げている。俺がナニに驚いているのかと。仮にも術者を名乗るだけの知識と技術を持つ俺にとっては二重結界なんて、それも時間停止のかかったものを二重になんて『あり得ない』以外ない。それなのに息子も晃くんひなちゃんも『当然』と受け入れている。


「まあまあ」「細かいことは置いておきましょう」

 ひなちゃんは軽く言うが、俺は頭抱えたい。


「それよりも、追加でご説明したいことがあります」

 わざわざ結界を別で展開してから口にするということは、俺とマコ以外には聞かせたくないということ。なにを言い出すのかと意識を切り替えた。


「先程申し上げました、私達のルーツである『伊勢のとある夫婦』についてですが」


 マコが前のめりで聞く姿勢になる。考えたことも想像したこともなかったご先祖様の話に興味津々なのが伝わってくる。


「この夫婦について、色々と調べてみました」

「夫も妻も、精神系能力者でした」

「そのうえ、夫は『神の(いと)()』、妻は『看破洞察』の特殊能力持ちでした」


「それが関係しているのかどうかはわかりませんが、子孫にあたるひと達には『神の(いと)()』や精神系能力者が何人もいます」

「『看破』系の特殊能力持ちも」


 ニヤリと笑うひなちゃんに――察した。


「―――お察しのとおり」

「私も精神系能力者です」

「『看破』系の特殊能力を持っています」


 なるほど。だから別展開した結界内で明かしたのか。


『能力者』が己の能力を明かすことは禁忌に近い。知られることは不利にしかならない。どこで利用されるか、忌避されるかわからない。特に精神系能力者は己の能力を秘匿する者がほとんど。それが特殊能力となると尚更。


 俺とウチの連中がマコの特殊能力を知っているのは母がマコを『()た』ときにバラしたから。このたび俺達がマコの能力のことを明かしたのは息子だから。息子の信用する奥様と守り役様だから。他の人間には俺もウチの連中も口外しない。『関係者への開示』については『息子が必要だと判断したならば』と許可した。半分は『まあ使うことないだろう』と思ったから。油断だったと今は反省している。


「今回の件で必死に、文字通り死に物狂いであれこれ調べたり作戦立案したりしていたら、特殊能力が発現しました」

「本人が心の底から必要とし、努力を重ね磨きあげて、はじめて発現するのが特殊能力です」

「ですので、特殊能力の素地を持っていても発現していないひとは子孫の中にたくさんいると思われます」


「そんな中で真さんは『特殊能力が発現したひとり』と言えます」

「さらには『(いと)()』でもある」

「『あの夫婦の子孫』と、どなたもが納得の能力者です」


 マコの頬が紅く染まる。『まさか先祖を引き合いに出される日が来るなど思ってもみなかった』とその顔に書いてある。喜ぶマコに俺も嬉しくなる。


「まあその話は置いておいて」

 そんなマコにひなちゃんも微笑んでいたが、話を切り替えた。


「私も『看破』系の特殊能力持ちですので、真さん秀智さんへの記憶の譲渡は比較的負担が少ないと考えます」

「とはいえ、ホントに莫大な量なので、休憩を挟みながら無理のないペースで進めたいと思います」


「よろしくお願いします」


 丁寧に頭を下げるひなちゃんと晃くん。こちらも「よろしく」と頭を下げた。



   ◇ ◇ ◇



 どこからか取り出した椅子を息子が丸く並べる。そこに四人で座った。円陣を組んだ状態で晃くんとひなちゃんが手を繋ぐ。ひなちゃんの空いた手をマコと繋ぎ、マコと俺が手を繋ぐ。俺も晃くんと手を繋いだほうがいいかと思ったが「繋がなくていいですよ」とひなちゃんに言われた。それならと片手は膝の上に置き、言われるがままに瞼を閉じた。


 何故か息子は俺とマコの間に立っていた。いつでもサポートに入れる位置。ちょっと引っかかったが、まあ気にしなくてもいいかとスルーした。


「では、始めます」晃くんの声に瞼を閉じたまま「はい」と答える。


「楽にしててください」

「呼吸を合わせます」

「吸って………吐いて………吸って………」

 晃くんの声に従って呼吸しているうちに無心になっていく。慣れ親しんだ感覚。精神が研ぎ澄まされる。 周囲と溶ける。


 ―――パチ。パチッ。パチチッッ。

 瞼の裏に閃光が弾ける。

 ひとつ弾ける(ごと)に情報が浮かぶ。『始まりの地(ハトヒール)』『神無き国(ナシェド)』『ナダーク』。知らない『世界』。知らない地名。知らない歴史。知らない文明。そのはずなのに『知識』として流れてくる。次から次へと情報がインプットされていく。物理法則。化学反応。気象学。物質科学。機械工学。知らないはずの知識。現代のこの『世界』にはないはずの知識。成功と失敗。数多の歴史を重ね続け編み出された最適解。目を耳を(ふさ)ぎたくなるような事例。生活を豊かにした事例。失敗を元に改善した事例。様々な事例が情報として流れ込んでくる。爆撃により誘発された核爆発で真っ白になったところでプツリと情報の波が切れた。


 ハッと気付いたときには息子に支えられていた。反対の腕でマコも支えている。なるほどこうなることを予測しての息子かとぼんやりする頭で理解した。


 情報で頭がパンクしそう。穴という穴からなにかがあふれて出そう。吐き気に似た不快感をこらえていたら息子が回復をかけてくれた。さらに晃くんがお茶を飲ませてくれる。これ『竹ちゃんの水』使ってるな。めちゃめちゃ美味い上に回復する。


 それでもまだぐるぐるする。うつむき額を押さえていたら「立てるか?」と息子から声がかかった。

「ちょっと寝ろ」「お袋とくっついて寝たら落ち着くはずだ」

 そう言われマコはどこだとようやく顔を上げた。さっきまではなかったベッドがあった。そこにマコが横になっていた。俺より霊力量少ないこと、俺より先に記憶を受けていたことから、俺よりも負担が大きかったんだろう。


 マコを護らなければと頭が切り替わる。息子の肩を借りながらどうにかベッドへあがる。青い顔のマコの頬を撫でていたら「さっさと横になれ」と息子に指示された。

「気が済むまで寝ろ」「目が覚めたら声かけな」そう告げ、息子がバサリと大きな布を俺達にかける。なんだこの掛布。霊力がめちゃめちゃ染み込んでくるぞ。


 息子から見えなくなったことに安心し、寝落ちする寸前でマコを抱き込む。

「じゃあな。おやすみ」

 かろうじてそんな声を聞いた気がするのを最後に、プツリと意識が切れた。



   ◇ ◇ ◇



 不思議なことに、目が覚めたらすっかり回復していた。マコの顔色も元に戻っていた。流し込まれた異世界『始まりの地(ハトヒール)』の情報は、当然の一般常識のように頭に染み込んでいた。

 ふたりベッドに横になったままああだこうだと話をする。話しながらマコが分析をし、ふたりで考察を重ねる。色々話をしているうちにいつの間にかまた眠っていた。

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